野ざらし

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デンマンさん。。。 今日は落語の“野ざらし”のお話ですかァ~?

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卑弥子さんは落語が嫌いなのですかァ?
いいえ。。。 別に嫌いではありませんけれど。。。
卑弥子さんは落語の“野ざらし”を聴いたことがありますかァ~?
もちろんありますわ。。。 あたくしの好きなお噺ですわァ~。。。
マジで。。。?
あたくしは柳家小三治さんの演じるお噺がお気に入りなのでござ~ますう。

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でも、どうして急に落語の“野ざらし”なのでご~ざますかァ?

あのねぇ~、5月17日に『ロマンの昔話』という記事を書いたのですよ。。。 その中で“墨田の渡し”という箇所を改めて読んでみたのです。
墨田の渡し

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古代には関東から奥州を往来するには、この隅田川上流北端のところが交通の要所で、河水の難所でもあった。
そここに水神を祀ったのはその意味からだった。
この流域には、ヤマトタケル伝説から流罪となった平安貴族や、「更級日記」を書いた菅原孝標の女(すがわらたかすえのむすめ)、また源頼朝と関東武士や真言と天台僧たちの足跡が残っていて、だれもがここを通過しなくてはならなかった。
業平が川を渡って名高い言問いの歌を詠んだのは、じつは言問橋がかかるところではなくこの地であり、橋の名は後から付けられたものだ。
(中略)
梅若伝説 その哀しみの岸辺
春の墨田の渡しで、塗り笠ををかぶって笹を手にした狂女が船に乗る。
東岸には大勢のひとが集まっている。
何事かとたずねる乗客に渡し守が、ちょうど昨年の今日、人買いに連れられみちのくへ下っていく12,3歳の少年が行き倒れ、ここに柳を植えて葬られたという。
それを聞いた狂女は、それこそ都・北白河の吉田の某(なにがし)の一子、わが子の梅若だと気がつく……
伝説によると梅若は吉田少将惟房(これふさ)の子で、信夫の藤太に買われ、捜し求めた末に母は狂ったのだった。
梅若は「たずねきて問わばこたえよ都鳥 隅田川原の露と消えぬ」と詠んで息絶えた。
能の名作「隅田川」ではシテの狂女は、“深井”とよばれる老いはじめた中年女性の面(おもて)をつけて舞う。

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この梅若の塚を守るために建てられた木母寺(もくぼじ)は、墨田神社の北に隣接している。
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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)
163-165 ページ
『スカイツリー下町歴史の散歩道』
著者: 東京遊歩連
2012年12月10日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 山川出版社
『ロマンの昔話』に掲載
(2016年5月17日)

この上の話の中にちょうど昨年の今日、人買いに連れられみちのくへ下っていく12,3歳の少年が行き倒れ、ここに柳を植えて葬られたという話が出てくる。。。 この話の後で次のようなエピソードが語られるのですよ。

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また隅田川の河床から出土した多くの頭蓋骨を祀った首塚もある。
水難者や行き倒れ者などの骨が多かったためで、川淵に沈んだ鐘の行方がわからなかったように無縁仏が葬られた。

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旧(鐘紡)工場跡の先にあって、名跡を誇る墨東最後の寺は多聞寺だ。
隅田川七福神のひとつ、毘沙門天を祀っている。
七福神めぐりを北から南下すれば最初の寺であり、北上すれば最後の寺になる。
(中略)
さて、この北辺の地は落語でも有名なところだ。
鐘がぼんと鳴りゃサ、上げ潮南サ
烏がぱっと出りゃコラサのサ 骨があるサイサイ
サイサイ節を歌って釣りをするのは、長屋の八さん。
隣に住む清十郎におんな客で、隅に置けない事情を聞き出したところ、釣りに行き、多聞寺の鐘の音が聞こえ帰り支度をしていると、葭のあいだから烏が飛んで野晒しになった骸骨があった。
気の毒にと瓢箪酒をかけて供養してやった。
その礼かどうか、美人の幽霊がゆうべたずねてきたという。
これを聞いて、あんな美女なら幽霊でもかまわないとばかり、その場所にやってきた。
浮かれ騒いだすえに野晒しに供養の酒をかけて帰り、待つことしばし。
さてその夜、八さんの家にやってきたのは……幇間(ほうかん)だった。
名作「野晒し」の一席だが、野晒しの骨が落語になるのも場所のなせるところだろう。
(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)
168 ページ
『スカイツリー下町歴史の散歩道』

つまり、“梅若伝説”の少年「梅若」だけじゃなく、“墨田の渡し”のあたりの河床には、昔から水難者や行き倒れ者などの骨が多かったのですよ。

つまり、それで清十郎さんが多聞寺の鐘の音が聞こえ帰り支度をしていると、葭のあいだから烏が飛んで野晒しになった骸骨があったのござ~ますか?
そうです。。。 要するに、落語の“野ざらし”は、こうして自然に出来上がったのですよ。
でも。。。、でも。。。、それは違うと思いますわァ。
卑弥子さんは、どうして そのようなことを言うのですか?
だってぇ~、落語の“野ざらし”は、もともと中国のお話に基づいているのですわァ。
あれっ。。。 卑弥子さんは、見かけによらず落語に詳しいのですねぇ~。。。 その中国の話ってぇどういう内容なのですか?
原話は中国の明代に書かれた笑話本『笑府』の中に出てくるのでござ~ますわ。 “野ざらし”を供養した男のもとに楊貴妃の霊が訪れのでござ~ます。 それを聞いて別の男が“野ざらし”を供養すると、なんとトラヒゲ将軍の張飛の霊がやって来るのですわ。 つまり、同じ読みの「妃」と「飛」を掛けたのですわァ~。。。 うふふふふふ。。。
卑弥子さんはどこで、そのような話を仕入れたのですか?
あたくしの知り合いに中国の古典を講義している殿方がおりまして、その方から聞いたのですわァ。 大体、次のようなお話でござ~ますう。
ある男が馬嵬(陝西省興平市)でしゃれこうべを見つけました。
哀れに思った男はそのしゃれこうべを丁重に葬ったのです。
その夜、男の家の戸をたたく音がします。
「誰だ?」と聞くと、戸の向こうから「妃(フェイ)でございます」という声が。。。
戸をあけて見るとそこには絶世の美女がいました。

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その女が言います。
「私は楊貴妃です。
馬嵬で死に、葬られていたのですが、長い年月の間に私の骨は野ざらしになっていました。
しかし、あなたが弔ってくれたおかげで成仏できます。
今夜はあなたの徳を慕ってまいりました。
ぜひ一晩、ご一緒させてください」
次の日、隣に住む男がその話を聞き、うらやましがって、野ざらしの骸骨を捜しに向かうと、さっそく一つ見つけ、弔いました。
その晩、期待しながら隣の男が待っていると、夜中に戸をたたく音がします。
「誰だ」と問うと、「飛(フェイ)と申すものでござる」という声がします。
期待して男が戸を開けると、美女ではなく、トラヒゲの大男がいました。
隣の男が仰天して、「あんたは、いったい誰なんだ?」と問うと、トラヒゲの男は答えます。
「拙者は張飛というもんでごわす」
「もしかして。。。、もしかして。。。、あの『三国志』に出てくる身長八尺、豹のようなゴツゴツした頭にグリグリの目玉、エラが張った顎には虎髭、声は雷のようで、勢いは暴れ馬のよう、一丈八尺の矛(ホコ)を自在に操(あやつ)って戦場を縦横無尽に駆けた武将の“張飛将軍”ですか?」
「そのとおりでごわす」
隣の男はぶるぶる震えながら「なぜ、張飛将軍が……」と聞き返すと、張飛は答えます。

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「拙者が漢中で殺された後、そこに葬られていたのでごわす。
だが、長い年月の間に俺の骨は野ざらしになってしもうた。
しかし、そなたが弔ってくれたおかげで成仏できもうす。
今夜はその徳に感じ入り、粗臀を差し上げに参った」

“粗臀を差し上げる”というのは、“お釜(カマ)をほらせてあげる”ということですねぇ~。。。 きゃははははははは。。。

デンマンさん!。。。 このような抹香臭(まっこうくさ)いお話のときに、そのような馬鹿笑いをなさらないでくださいなァ~。。。
やだなあああァ~。。。 卑弥子さんは オシもの話を真面目な顔で話すのですねぇ~。。。 まさか卑弥子さんの口から そのようなオシもの話が聞けるとは思いませんでしたよ。
でも、その話には続きがあるのですわァ~。。。
あれっ。。。 まだオシもの話が続くのですかァ~? うししししし。。。
いい加減にしてくださいなァ。。。 そういうお話ではござ~ませんわァ。
じゃあ、いったいどういう話なのですか?
上の中国のお話が、すぐに“野ざらし”になったのではないのでござ~ますわァ。
ほおォ~。。。 その中国の話が韓国に伝わって、それから日本に上陸したとでも言うのですか?
いいえ。。。 その中国のお話が関西に伝わったのですわ。。。 そこで“骨釣り”というお噺になったのですわァ。。。 次のような“あらすじ”でござ~ますう。
幇間(たいこもち)の茂八(もはち)はある日、芸者衆らとともに贔屓客(ひいききゃく)の商家の若旦那に連れられて屋形船に乗り、木津川から船で沖へ出て魚釣りをすることになりました。
若旦那が「一番大きい魚を釣ったもんには、その寸法だけカネをやる。 1寸につき1円の祝儀じゃ」と宣言しました。
そのため、茂八は張り切るあまり、自分の鼻に釣り針を引っかけてしまいます。
痛がる茂八は「わたい、背(=身長)が5尺3寸ですさかいに、53円くださいな」と若旦那に言ってせびります。
しかし、若旦那は相手にしません。
そのうち、茂八は頭蓋骨を釣り上げます。
気味悪くなって、茂八が頭蓋骨を川に投げ捨てようとすると、若旦那にいさめられます。
「寺に持って行て、供養(くよう)してやるのがええ」と金銭を渡されて帰されます。
茂八は一度は金を自分のものにしようと考えますが、自分の懐(ふところ)に入れると罰が当たるのではと考えて 結局 寺へ行くことにします。
その夜、男の家に若い美しい女が訪ねて来ます。
女は「自分はご供養していただいた骨の主で、お礼にまいりました」と話し、自殺した自分の身の上を語って聞かせたあとで、「お寝間のお伽(とぎ)をさせていただきます」と、茂八に寄り添うのでした。
茂八と女の様子を壁越しにのぞき見していた隣の男は、翌日、茂八から事情を聞いて、興奮した様子で大川へ駆けつけます。
男が釣れた魚を捨ててしまうので、船頭はビックリします。
そのうち、男は中州のアシの間から骨を見つけ、大喜びで寺へ持って行くのでした。
夜になって、男が自分好みの女が来るのを強く期待しながら待っていると、大男が現れます。
その男が言います。
「京の三条河原で処刑されて大川に骸(むくろ)をさらし、やんぬるかな、と嘆く折、ありがたや今日のご回向。
御礼に、寝床を共にいたしましょう」
男が驚いて「誰だ」と尋ねます。
大男は「石川五右衛門」と答えるのでした。
男はうなずきながら納得するのでした。
「なるほど、やっぱりカマに縁がある」

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きゃははははは。。。 五右衛門が“釜茹(かまゆ)で”で処刑法されたのと“オカマ”をかけたのですねぇ~。。。 卑弥子さんは、意外にオシもの噺をたくさん知っているのですねぇ~。。。 京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義するより、いっそのこと女流落語家になったらどうですか?

デンマンさん! そのような下らない事を言わないでくださいましなァ~。。。 オシものお噺で生活するなんてぇ、あたくしはイヤでござ~ますわァ。
つまり、その関西の“骨釣り”の噺が、関東で“野ざらし”になったのですか?
そういうことですわ。
でもねぇ~、僕は思うのだけれど、“野ざらし”は実話に基づいて作られた話だと思うのですよ。
そのようなことはござ~ませんわァ~。。。 中国のお話が関西に伝わって“骨釣り”になり、それから関東で“野ざらし”になったという事が通説になっているのでござ~ますわァ。
あのねぇ~、そう言う通説には嘘があるのですよ。
では、いったい どのような実話が“野ざらし”に隠されているのでござ~ますかァ?
この“野ざらし”の噺の現場は、“墨田の渡し”のすぐ近くです。。。 次の地図を見てください。

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青丸で囲んだのが、これまでに出てきた多聞寺 と 梅若塚ですよ。。。 見れば分かるように、すぐ近くに向島がある。。。 ここは昔から有名な“花街”なのですよ。

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「全国花街めぐ里」(松川三郎著)なる奇書によると、「向島という土地は、元来東京から芸妓を連れて遠出で遊びに行くところで、向島芸者はその遠出の座敷に招かれて徒然を取巻くために生まれたものだ」という。
都心の喧騒を離れて川を渡ると心なごむ気分は変わらず、今も向島の若い芸妓たちはお声がかかれば、箱根でも出張はいとわない気さくさだ。 (略)

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粋な黒塀に竹垣、京すだれの町並みの見番通りで、まず目をひかれるのは京小間物「向島まねき屋」。
和装洋品や和雑貨の品揃えで芸妓さんご用たしの店だ。
ここから左右の路地に「すみ多」「波むら」「壱松」「京屋」「水野」の料亭が並ぶ。
(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)
169 ページ
『スカイツリー下町歴史の散歩道』

つまり、「野ざらし」に出てくる長屋に住む清十郎さんに おんな客がやって来る。。。 しかし、その女客は決して幽霊などではなかったのですよ。

幽霊でなかったならば、じゃあ、何だったのでござ~ますか?
向島で芸妓をやっている清十郎さんの娘ですよ。。。 隣の八さんに尋ねられると、いろいろと困った事情もあるので、娘だとは打ち明けられない。。。 それで幽霊だと言ったまでのことですよ。
つまり、オツムの足りない八さんは、それを真に受けてしまったと言うわけですか?
そういうことです。。。 いつの時代にも八さんのような。。。、太田将宏のような。。。オツムの足りない男はいるものですよゥ。

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