12歳少女の短命(PART 1)

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その日、私は防波堤から砂浜に駆け降り、風に舞い上がって耳あてのついた帽子のような形になって、ふわふわと飛んでゆくコンビニの袋を追いかけていた。
母がコンビニで買ったアイスクリームを取り出したとき、風にあおられて袋が飛ばされ、私はそれを追いかけているのだけれど、母は防波堤に腰かけ、アイスを食べながらそんな私を見て笑っているのだった。
意外に遠くまで飛んだビニール袋に追いつき、ジャンプしてつかまえたとき、何かが走ってくる気配を感じた。
逆光でよく見えないその何かは、私の足元まで駆け寄って来て止まった。
何?
私が見下ろすと、それは黒い子犬で、その子も私を見ている。
くりくりした黒い瞳。

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前世以来の再会だとでも言うように、その子犬は私をじっと見つめる。
私はドキドキしながら思わずしゃがんで、子犬の頭をなでた。
子犬はぶんぶんとシッポを振り、もっとなでてとばかりに小さな頭を私の手のひらにグイグイと押しつけてくる。
その間も、目はじっと私を見つめている。
私の中に何かが流れ込んでくる。
この子を連れて帰りたい!と思わず抱き上げると、私の腕の中で子犬は安心したように丸まった。
「つかまえてくれて、ありがとう」
声のほうを振り返ると、セーラー服の女の人が私の横にいた。
「ダイスケが人になつくの、はじめて見た」
女の人が両手をさしのべるようにすると、それに反応して子犬は私の腕をすりぬけて、ピョンと彼女の胸に飛び込んだ。
私は放心してしまって、ただそこに立ちつくしていた。
彼女は子犬の前足を持ち、「バイバイ」と振った。
私も「バイバイ」とつぶやき、遠ざかってゆく子犬を、姿が見えなくなるまで見つめていた。
「行こうか」
いつのまにか横に来た母に肩を叩かれた。
「見た? 今の犬見た?」
私は興奮していた。
「見てたよ。 あかりは犬、怖くないんだね」
「かわいい……」
私を見つめていた黒い瞳。
腕の中にいた温かみと重み。
それから私は街や海辺で犬を見かけると、じっと見つめてしまうようになった。

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(写真はデンマン・ライブラリーより)
12-13ページ 『犬と私の10の約束』
著者: 川口 晴
2008年2月25日 第11刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

12歳の“あかりちゃん”という女の子と、お母さん、それに“あかりちゃん”になついた子犬のお話なのですよ。

実に可愛らしい子犬ですわねぇ~。。。
そうです。。。そうです。。。 この話には続きがあるのです。
ごめんね、あかり。
おかあさんはあかりを置いて先に逝きます。
ソックスが生きているうちはソックスが私のかわり。
あかりを見守ってくれるよ。
そして、ソックスも、いつかはあかりより先に逝くでしょう。
そのとき、私はいよいよ念願の風になります。
いつかあかりは私を風みたいだってほめてくれたよね。
あれ、かなりうれしかった。
ちょっといたずらな風が吹いたら、私がそばにいると思ってください。

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それからもうひとつ。
『犬との10の約束』は覚えてくれてる?
あれにはつづきがあります。
それは約束ではなくて、『虹の橋』という詩です。
ソックスが先に逝ってしまったあとで読んでみてね。

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『虹の橋』
動物は、死んだあとに虹の橋と呼ばれる場所で暮らします。
そこは快適で満ち足りているのですが、ひとつだけ足りないものがあります。
それは特別な誰か、残してきてしまった誰かがそこにはいないこと。
それがさびしいのです。
草原で遊び回っている動物たちのうち一匹が突然遊ぶのをやめ、遠くに目をやります。
一心に見つめるその瞳は輝き、からだはかすかに震えはじめます。
その子は突然草原を飛ぶように走り出します。
あなたを見つけたのです。
あなたとあなたの特別な友だちは再会のよろこびに固く抱き合います。
そして、あなたを心のそこから信じているその友だちの瞳を覗き込みます。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
心からは一日も離れたことのなかったその瞳を。
じゃあ、元気でね。
芙美子 母より
(写真はデンマン・ライプラリーより)
200-201ページ 『犬と私の10の約束』
著者: 川口 晴
2008年2月25日 第11刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

子を持つ母親とすれば、やはり子供を置いて先に逝くことを考えて本当に身を切られるようにつらかったでしょうね。 しかも、子供はまだ10代の娘というのだから。。。なおさら後ろ髪を引かれるような思いでしょう。

あかりちゃんはまだローティ-ンで、しかも一人っ子だったでしょう。。。 お母さんはマジで心残りだったでしょうねぇ~。。。
あかりちゃんと子犬との出会いのエピソードは あかりちゃんの12歳の誕生日のことです。 その日、お母さんがゴールデン・リトリーバーの子犬をあかりちゃんにプレゼントするのだけれど、子犬を家に連れて帰るときに倒れて入院するのですよ。
何の病気ですか?
膵臓ガンです。。。 あかりちゃんのお父さんはお医者さんなのだけれど、膵臓ガンがかなり進行していたのにも気づかなかった。 結局、手遅れで、あかりちゃんのお母さんはあの世に逝ってしまう。 あかりちゃんは子犬の名を「ソックス」とつける。 可愛がって育てたのでソックスはあかりちゃんになついて大きくなる。 それでもやがてソックスが10歳になる頃に急に体が弱って、ソックスもあの世に逝ってしまう。
なんだか本当に可哀想ですわねぇ~。。。
あかりちゃんとお父さんで犬小屋を始末している時に、奥の方に封筒に入った書き置きが見つかる。 その書き置きがすぐ上で引用したお母さんの置き手紙ですよ。
魂ってぇ、やっぱり信じる人には感じられるものなのですわねぇ~。。。
そういうことです。。。
。。。でも、タイトルの“12歳少女の短命”というのは、どういうことなのですか? あかりちゃんは12歳の誕生日を迎えて、その後なくなってしまうのですか?
いや。。。 タイトルの“12歳少女の短命”というのは、あかりちゃんとは別人ですよ。。。 先日、記事で取り上げた怜美(さとみ)ちゃんのことです。

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■『12歳少女の死』

この事件では、日本中がずいぶんと騒ぎましたよねぇ~。。。 衝撃的な事件でしたわァ。。。

真由美ちゃんも覚えてますか?
もちろんですわ。。。 私は当時、宇都宮の女子高に通っていました。。。 クラスメイトの間でも、すごい小学生が出てきたというので、もっぱらの話題になりましたわ。。。 世代のズレというか。。。小学生の女の子がカッターナイフで同級生の女子生徒を殺してしまうなんて、とても考えられませんでした。
そうでしょうねぇ~。。。 あの事件は日本中を震撼させたと言っても、言い過ぎではなかったと思いますよ。。。
。。。で、デンマンさんも、この事件では衝撃を受けたのですか?
僕は、たぶんネットのニュースでこの事件を知ったと思うのですよ。。。 自宅にはテレビがありませんからね。。。 それで、しばらくたってから、この事件のことで記事を書いたことがあったのです。

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■『東京が世界で一番生活費が
高い都市になると佐世保で
小学生女児が殺人事件を起こす』
(2005年8月26日)

事件が起きたのは2004年6月1日。。。 デンマンさんが初めて この事件のことで記事を書いたのは1年後ですわねぇ~。。。 で、どうして最近、また この事件を取り上げたのですかァ?

あのねぇ~、たまたま2週間ほど前にバンクーバー市立図書館で借りた本を読んでいたら、上の事件が取り上げられていたのですよ。。。 本を開いて読み始めるまで、この事件のことが書いてあるとは思わなかった。
つまり、しばらくぶりに、事件の全貌を知って、改めて衝撃を受けたのですか?
そうです。。。 怜美(さとみ)ちゃんは12歳で命を奪われてしまったのですよ。。。 僕が本を読んで衝撃を受けたのは、怜美ちゃんのお母さんの直美さんは、事件が起きる3年前に乳ガンで亡くなっていたのです。
あらっ。。。 怜美ちゃんが小学校3年生の時ですかァ~?
そうなのですよ。。。 それも5年間の闘病生活を続けたあとで亡くなっているのです。。。 お母さんが亡くなった時、怜美ちゃんには中学3年生の次兄と、徳島の大学に進学した長兄がいた。。。 幼い時に母親を失っただけに3人の子供たちの結びつきは強かった。。。
つまり、デンマンさんが冒頭で引用した あかりちゃんのエピソードと、その後に続くお母さんの手紙は、怜美ちゃんが12歳で命を奪われた事件を読んで思い出したのですか?
そうなのですよ。。。 たぶん、怜美ちゃんのお母さんは次のような手記を書いただろうと思うのです。

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おかあさんは怜美(さとみ)を置いて3年前に先に逝ってしまったので本当に心残りでした。
二人のお兄ちゃんたちは、大人ではないけれど、
怜美と比べたら、もう大きくなっていたから、
おとうさんと 何とか力強く生きて行けると思いました。
でも、怜美はまだ小学校3年生でしたからね。。。
あなたを置いて あの世に逝かねばならないことを
本当に神様に向かってうらみましたよ。
どうして、わたしはこのような運命になってしまったのか?
神様がいるならば、なんとかしてくれるのではないか?
おかあさんは、本当に神様をうらみましたよ。
せめて、怜美がお嫁に行く姿を見てから逝きたかった。
おかあさんは、何度も何度も神様に祈りました。
でも、おかあさんの祈りは神様には通じませんでした。
だけど、今になって思うと、神様はやっぱり
おかあさんの祈りを聞き届けていたのですね。
こうして12歳になった怜美と、こちらで会うことができたのだから。。。
おかあさんがあまりにも心配して
怜美のことを想って寂しがるものだから、
神様は、とうとう おかあさんの思いを察して
怜美をお迎えに行ったのよ。
だから、同級生の久美ちゃんをうらまないでね。
あの子は決して悪い子ではないのよ。
ただ、魔がさしたのね。
。。。と言うか、神様が あの子に乗り移って
怜美を おかあさんの元へ連れて来てくれたのよ。
こうして怜美の元気な姿を見て
おかあさんは本当に心から安心することができたもの。。。
おかあさんは生前の苦しみも、
これまで3年間の寂しさも、やっと報われたような気がするわ。
これからは、怜美とおかあさんで“千の風になって”
おとうさんと二人のお兄ちゃんが
元気でいつまでも幸せな人生を送ってゆけるように、
見守ってあげようね。。。

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どうですか、真由美ちゃん。。。 あの世にいる怜美ちゃんのお母さんの気持ちが解りますか?

デンマンさんは、あの世があると信じているのですか?
もちろん、信じてませんよ。。。 でも、怜美ちゃんとおかあさんで“千の風になって”、怜美ちゃんのおとうさんと二人のお兄ちゃんを見守ってあげているということは信じることができますよ。

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(すぐ下のページへ続く)