カッパのロードスター

幌を開ければFeelin`good。カッパーレッドの
路渡☆くんとの楽しいドライブ日誌。

草レース、メモリー。

2013-08-24 00:38:29 | フラッシュバック
古い写真とは別に、がらくた箱に放り込まれていたトロフィー、
マジに残していた訳じゃないので、一部ですが出てきました。
もちろん何の格式も無い草レースでのトロフィーですが・・・(^_^ゞ

1980年代(私、27歳~37歳)は、バイク好きがこうじてモトクロスを。
といっても、あくまでお遊びレベルですが・・・
モトクロスって何じゃ?って方も居られるでしょうし、「あぁ、崖を登ったり
岩を乗り越えたり」って、よく言われますが、あれはトライアル。
最近では「空中で回ったり、手を放したり」・・・あれも違う競技ですw

モトクロスとはモーターサイクルクロスカントリーってことなんでしょうが、
MXと略すのは世界的に通用するようです。
専用競技車(モトクロッサー)で、不整地のクローズドサーキットでよーいドン、
競走する競技です。10分+2周、40分+2周とかのレースで、一斉にスタート、
ゴールする早さで順位が決まります。要するに早い者勝ち、単純なスポーツです。
よく混同されがちなトライアルとは使うバイクも違うし、こちらは速さじゃなく
技量を競う競技。設定されたコース(セクション)を、いかにバイクに
乗ったまま走り切るかを競います。セクションは10~15用意され、
周回するものではありません。順位は減点方式、足を1回地面につけると
1点減点、と行った具合に各セクションをトライしていきます。
一度も足をつくことなくセクションを走り抜ければ、減点0でクリアー。
減点数が少ない方が勝ちとなり順位が決まる試合です。
モトクロスとトライアルは、サッカーとゴルフくらい違う競技なんです。
競技の難易度ではトライアルはピカイチ?ロードレースなどはツーリング
ペースであれば誰でもサーキットを走れるし、モトクロスもフラットな
部分なら慣れれば誰でも走れますが、トライアルのセクションは、バイクに
乗れる程度ではまず走れないもんね。(^_^ゞ

モトクロスの魅力、ひと言では表せません。オフロード走行もやってみないと
分りませんが、バランスが必要な二輪で不整地を駆けるのですから楽しい。
そんなところで、よーいドンだから面白くってしかたない。(^_^ゞ
真冬でも汗だくになる、夏はもう地獄ですが・・・。オールシーズン、しかも
全天候。雪が降ろうが土砂降りの雨でも余程のことが無い限り中止は無い。
ワイルドなスポーツです。他のスポーツもそうですが、初心者と上級者の
差は大きいながら、同じレベルの者同士で競い合う楽しみも。

公式戦(MFJ公認レース)に出るにはMFJ(日本モーターサイクルスポーツ協会)
発行のライセンスが必要で、この当時はA級・B級・ジュニア・ノービス
というクラス分けがされていました。最初はノービスクラスで、MFJの会員に
なって申請すれば発行してもらえます。
地方選手権などに出場し、規定の入賞ポイントを得れば、ジュニアに昇格。
頂点のA級を目指していくってことになります。
※現在のクラス分けはIA(国際A級)を頂点にIB(国際B級)、
NA(国内A級)、NB(国内B級)です。
その他に年齢・性別で、キッズ・ジュニア・レディースクラスがあります。




私の場合、本格的にやるつもりはなく、公式戦なんて考えてなかったのですが
何事も経験、1年間だけライセンス(ノービスクラス)を取って、唯一、参戦
した時の写真↑だと思われます。まだ始めて2年目くらいの頃だったかな
ゼッケン86、結果は・・・後ろから数えたら入賞?(^_^ゞ

これはクラブの練習場でのスタート風景。


モトクロスの場合、スタートは横一線に並びます(競馬と一緒)。多い時には
30台、それ以上の場合は後ろにもう1列、2列ってこともあります。
そこから、狭く絞られた第1コーナーに向かって一斉にフル加速で突っ込んで
行くのは、他のモータースポーツでは見られない醍醐味でもあります。
当時はスターティングマシンも普及していないので、ヘッドタッチスタート。
エンジンを掛けた状態で、左手をヘルメットに添えて待ち、フラッグが
降り降ろされると同時にクラッチレバーを握りギアを入れて発進するという
もので、ちょっとしたコツが必要でした。


左の髭にもじゃもじゃ頭の人物は、クラブの会長さん。風貌とともに性格も
かなり個性的、誤解もされやすい人でしたが、イイ人でした。すでに故人。


このモトクロス場は、宇治の養鶏場団地の一角を借りたもので、私の所属した
チーム ファントム(YAMAHA)と京都ボブキャット(KAWASAKI)が共同で管理、
当時は朝、まずクラブ員でスコップ、ツルハシでコース整備でした。
後にこのコースは大々的に整備され、地方選手権も開催されたこともある
「チキンランド」というMXコースに発展したのですが、それも今年一杯で
閉鎖されるらしい・・・

このコースで当時、クラブ主宰のローカルレースが開催されていました。
草レースなのでライセンス不要、クラス分けも独断でAクラスは公式戦に
出ているような上級者(といってもノービスだったりしますが)、Bクラスは
そのノービスでも通用しないヘタレ。それにもついて行けない初心者は
Cクラスが用意されていました。これだけ分けてくれると、速く走れない
ライダーでも同じレベル同士でレースの醍醐味が味わえて楽しかったです。
このクラス分けでシリーズ戦として年間チャンピオンを決定するというもの。
レベルが違う、速過ぎると判断されるとシーズン途中でも昇格。その判断は
クラブ会長の胸三寸・・・



超草レースなのに「京都スーパークロス」は厳ついですが・・・
私はBクラス、トロフィーが残っているのはこれだけですが、頭(1位)を
取ったこともあり、84年 年間チャンプを獲得♪ それでも昇格せず
確か次の年も年間ポイント1位で、チャンプ・・・会長の温情で?(^_^ゞ

私が体験したモトクロッサーでのレースは、ほとんどこのホームサーキットで
このシリーズ戦くらいなもの。タイヤやウェアなど賞品で潤ってました。

80年代後半は、市販車(一般公道を走れるトレール車)でのレースに
YAMAHA DT200R(37F)で参戦することも多くなりました。
市販車レースですから、ライダーのレベルもちょうどBクラス程度。
MXの公式戦に出ているようなライダーはまず来ません。(^_-)v



エンデューロ(耐久)レースもあって、タッグを組んで参加するのも
楽しいものでした。当時はMXコースを使って1時間、2時間程度が
主流だったと思いますが、一人で走り切るにはちとキツイもんね。
そのくせ同日のスプリントレースにも参戦、スプリントレースは
10分+2周を2回、ヒート1とヒート2を戦って総合順位が決まります。




先日、見られなくなったベーターのビデオテープをキタムラでDVD化して
もらったところ、この時↑のレースの模様が入っていましたのでYouTubeに。

出演 出場者〕

ゼッケン1番、ヨッシー君。赤シートのDT200R 赤ヘル・赤パン。当時30歳。
「ぽ集」にも何度かコペンで参加。

ゼッケン2番、あさしん君。青シートのDT200R 青ヘル・青パン。当時30歳。
「ぽ集」にはメルセSLK280やホンダTypeRなどで参加経験あり。

ゼッケン5番、1京都さん。125クラスでは黄色のバイクで、Sヒート2では
青シートDT200R、あさしん君の代走。エンデューロは私とタッグを組み・・・
白ヘル・青パン。当時39歳。
「ぽ集」ではお馴染の常連さん、いつも乗って来るバイクが違います。

ゼッケン3番は、わたくし。青シートDT200R 白ヘル(赤のストロボライン)
赤白パンツでヒート1は、赤袖のジャージー、ヒート2は白袖。当時34歳。

撮影はあさしん君の奥様、もう片手で撮れるようになった8mmビデオです。
それをベーターテープにダビングした映像が26年ぶりに・・・
画質が悪くて見難いですが、それもまた希少資料ってことで。(^_^ゞ

スプリント 125以上クラス ヒート1


スプリント 125以上クラス ヒート2



どうでもいいけど優勝は?・・・ありました!出てきましたよ証拠が
カワサキ中日本支部主催のエンデューロ、KAZE京都大会。
2時間エンデューロレースで、あさしん君とタッグを組んで優勝♪



この日は発売したばっかりのKDX125SR、KDX200SRの試乗会も兼ねており、
その試乗車もエントリー、完全優勝を目論んで上級ライダーで参戦。
ダントツに速かったのですが・・・
慣らしが済んでいないエンジンを回し過ぎたのか、あえなく全滅、リタイア。
勝負にならんわ!と淡々と走り切った我々に予想もしなかった優勝が
転がり込んだという顛末。
何はともあれ、第1回のKAZE京都大会で、金字塔?\(^◇^)/


そんなこんなで楽しい想い出が甦りました。こんなトロフィーは捨てようと
思ってましたが、またガラクタ箱に放り込んでおきましょう・・・