天満宮、天神さんは全国津々浦々1万以上あると言われていますが
その代表格、元締め的存在が京都北野の天神さんでしょう。
『北野天満宮』
もちろん太宰府天満宮も有名だし、大阪天満宮も天神祭で有名なんですが・・・
言わずと知れた天満宮とは、菅原道真を天神さんとして祀ったもので、
歌人、学者、政治家として活躍した平安前期の実在人物であるのに
それが何故、神様扱いになったのか?それは波乱万丈の人生と数々の逸話からかな。
かなり賢才に富んだ人だったようで、宇多天皇や醍醐天皇に重用され
遣唐大使にも抜擢されるが、遣唐使の廃止を主張、廃止へと導く。
右大臣にまでのぼりつめるが左大臣藤原時平の陰謀でうその証言により
大宰権帥に左遷され、不遇のうちに病死。
都から太宰府へは流刑にも等しかったようで、道中刺客に命を狙われたりもしたようだ。
没後、都では皇太子の急逝・宮中への落雷・天候不順などが続き、
道真の祟りだと恐れられ、その怒りを鎮めるため天満宮が造られたようで
今でこそ学問の神様として親しまれている天神さんも、恨みをかった人達にとっては
祟り神だったのかも知れない。
いずれにしろ、天変地異、災害から逃れるためと優秀でありながら
不遇な人生を辿った道真の鎮魂を兼ねているのだろう。
「くわばら」って言葉も、こんな道真の逸話から生まれた言葉であるのは衆知の通り。
道真の没後、たびたび落雷の被害にあった都で、菅原家所領の桑原には
一度も落ちなかったという言い伝えから、雷の鳴る時は雷除けのおまじないとして
「くわばら、くわばら」と唱えるようになったとか。
天神さんと言えば、「梅」ですね。天満宮の神紋も梅鉢紋です。
これは、菅原道真が梅を愛でたこと、太宰府左遷の時に詠んだ有名な歌がいわれでしょう。
東風(こち)吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
主である道真を慕って、一晩のうちに太宰府に飛んで行き根付いたという
「飛梅伝説」がこの詩からできました。
北野天満宮には約2000本の梅が見られます。『梅苑』も今度の土曜から開園です。
ちなみに、梅干しの種の中に入ってる食べられる部分を「天神さん」って言いますよね。
あれって、天神さんだから食べたらあかん。とか、食べたら頭が良くなるとか・・・
天満宮は梅と並んで「牛」も象徴的です。
北野天満宮には、20体ほどの牛が置かれてるようです。
牛は天満宮では神使とされていますが、そのわけは・・・
道真の生まれた年が丑年、道真が亡くなったのが丑の月の丑の日、
太宰府に下る際、道真が牛に乗って下ったとか、牛が刺客から道真を守ったなど
諸説ある様ですが、いずれも伝承なので真偽のほどはわかりません。
それより罰当たりな族が居るようで、去年の6月には
「京都・北野天満宮で牛像が壊される」という事件がありました。
このため12月の20日に、可愛い仔牛の像が奉納され新しい名物となるでしょう。
「つぶらな瞳、新“撫牛”を奉納」
いずれにしろ心無い人間には天罰を・・・!
そして、ご利益を得るには、願いを叶えたい自分の身体の部分と撫で牛の同じ部分を
撫でるといいとか。願い事は牛の耳元で囁いてあげてね。
道真にはこんな伝説も残されてます。それは、道真と河童・・・
太宰府に下向する途中、時平の追っ手を逃れ大分に上陸、筑後川を下り
福岡県久留米市北野町あたりで追討の者に襲われた菅原道真を、ここに住む
河童の大将三千坊が助けたそうな。その際、河童の三千坊は敵に片手を切り落とされ
その片手は今も北野天満宮(福岡県久留米市)に、宝物として保存されているそうです。
ひとつ間違えれば、天満宮のシンボルは牛じゃなくてカッパになってたかも・・・(笑)
2009.1/18、北野天満宮にて。雨天。
その代表格、元締め的存在が京都北野の天神さんでしょう。
『北野天満宮』
もちろん太宰府天満宮も有名だし、大阪天満宮も天神祭で有名なんですが・・・
言わずと知れた天満宮とは、菅原道真を天神さんとして祀ったもので、
歌人、学者、政治家として活躍した平安前期の実在人物であるのに
それが何故、神様扱いになったのか?それは波乱万丈の人生と数々の逸話からかな。
かなり賢才に富んだ人だったようで、宇多天皇や醍醐天皇に重用され
遣唐大使にも抜擢されるが、遣唐使の廃止を主張、廃止へと導く。
右大臣にまでのぼりつめるが左大臣藤原時平の陰謀でうその証言により
大宰権帥に左遷され、不遇のうちに病死。
都から太宰府へは流刑にも等しかったようで、道中刺客に命を狙われたりもしたようだ。
没後、都では皇太子の急逝・宮中への落雷・天候不順などが続き、
道真の祟りだと恐れられ、その怒りを鎮めるため天満宮が造られたようで
今でこそ学問の神様として親しまれている天神さんも、恨みをかった人達にとっては
祟り神だったのかも知れない。
いずれにしろ、天変地異、災害から逃れるためと優秀でありながら
不遇な人生を辿った道真の鎮魂を兼ねているのだろう。
「くわばら」って言葉も、こんな道真の逸話から生まれた言葉であるのは衆知の通り。
道真の没後、たびたび落雷の被害にあった都で、菅原家所領の桑原には
一度も落ちなかったという言い伝えから、雷の鳴る時は雷除けのおまじないとして
「くわばら、くわばら」と唱えるようになったとか。
天神さんと言えば、「梅」ですね。天満宮の神紋も梅鉢紋です。
これは、菅原道真が梅を愛でたこと、太宰府左遷の時に詠んだ有名な歌がいわれでしょう。
東風(こち)吹かば 匂い起こせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
主である道真を慕って、一晩のうちに太宰府に飛んで行き根付いたという
「飛梅伝説」がこの詩からできました。
北野天満宮には約2000本の梅が見られます。『梅苑』も今度の土曜から開園です。
ちなみに、梅干しの種の中に入ってる食べられる部分を「天神さん」って言いますよね。
あれって、天神さんだから食べたらあかん。とか、食べたら頭が良くなるとか・・・
天満宮は梅と並んで「牛」も象徴的です。
北野天満宮には、20体ほどの牛が置かれてるようです。
牛は天満宮では神使とされていますが、そのわけは・・・
道真の生まれた年が丑年、道真が亡くなったのが丑の月の丑の日、
太宰府に下る際、道真が牛に乗って下ったとか、牛が刺客から道真を守ったなど
諸説ある様ですが、いずれも伝承なので真偽のほどはわかりません。
それより罰当たりな族が居るようで、去年の6月には
「京都・北野天満宮で牛像が壊される」という事件がありました。
このため12月の20日に、可愛い仔牛の像が奉納され新しい名物となるでしょう。
「つぶらな瞳、新“撫牛”を奉納」
いずれにしろ心無い人間には天罰を・・・!
そして、ご利益を得るには、願いを叶えたい自分の身体の部分と撫で牛の同じ部分を
撫でるといいとか。願い事は牛の耳元で囁いてあげてね。
道真にはこんな伝説も残されてます。それは、道真と河童・・・
太宰府に下向する途中、時平の追っ手を逃れ大分に上陸、筑後川を下り
福岡県久留米市北野町あたりで追討の者に襲われた菅原道真を、ここに住む
河童の大将三千坊が助けたそうな。その際、河童の三千坊は敵に片手を切り落とされ
その片手は今も北野天満宮(福岡県久留米市)に、宝物として保存されているそうです。
ひとつ間違えれば、天満宮のシンボルは牛じゃなくてカッパになってたかも・・・(笑)
2009.1/18、北野天満宮にて。雨天。
河童の頭を撫でれば、賢くなるとか・・・
お受験グッズも河童だらけ?(オモシロイ)
牛じゃなくてカッパなら面白かったかもしれませんね。