■ルイが突然成長したのか?
3歳を過ぎて、いたずらは落ち着いてきたものの、まだ油断のできないルイが、ここへきて激変した。
毎朝、会社へ出かけるぼくのカバンのベルトに噛みついて、「とうちゃん、おいらを置いていくな!」とばかり抵抗し、玄関まで廊下を引きずられていたのに、今週はその気がないらしい。玄関でぼくが靴を履いてから声をかけると見送りには出てくる。すぐに寂しげな顔をそむけて引っ込んでしまうのは以前のままである。
置いていかれるのがいやだという気持ちは痛いほど伝わってくる。前にいたわんこたちも出勤するぼくを決して見送りはしなかった。クールに割り切っているだけだろうと思っていたが、もしかしたら、ルイのように見送るのがいやだったのかもしれない。
それにしても、突然のルイの変貌ぶりにぼくも家人もとまどっている。単にルイが成長し、そのあげくおとなしくなってしまったという解釈はたしかに成り立つ。
昼間は寝てばかりいるそうだし、夜も以前のように夕飯後のぼくに「遊ぼうよ、遊ぼうよ」の攻撃はまったくしてこなくなった。寝そべって、暗い表情をぼくに向けているだけである。
■そんな顔色のうかがい方もあるのか?
「どこか身体の具合が悪いのかしら?」と家人はしきりに心配する。「昼間も夜もおやつだってねだらなくなったのよ」というが、食欲が落ちているわけではないし、散歩を朝晩いって、きれいなウンコを出している。鼻のまわりや顎の血色だって変わりない。
ルイのこの変化の原因だが、断定はできないまでも、ぼくにも家人にも思い当たることがある。先月の半ばに、家人が逆流性食道炎で体調を崩した。一度は回復の兆しを見せたが、仕事のストレスもあって身体ばかりでなく、ゴールデンウィーク明けあたりから精神的にも不安定な状態が続いていた。
ルイがしきりに家人をうかがうようになったのはそのころからだった。リビングにいても家人の足下に伏せて、いつも彼女の顔を見上げていた。
「どうしたの? なんでお母さんの顔ばかり見ているの?」
ときどき、家人が声をかけたくなるほど、これまでにないルイの行動だった。もしかして、ルイは家人の体調や精神の不安定を感じ取って背負い込んでいるではないか。
「ルイがあんたのことを心配してるんだから、気持ちを強く持てよ」
家人にそういいながら、ぼくは当初半信半疑でいた。
■番犬のルイが番をしているもの
じっくり観察していると、ルイの精神状態にも波があった。しょんぼりしているかと思うと、最近はやらないようなはしゃぎ方をみせたりする。ぼくらの足下からスリッパをくわえていったりするのだが、なんかとってつけたようだし、無理してやっているのがわかるほどすぐにやめてしまう。
それも家人の心模様と明らかにリンクしているというか、シンクロしているようしか見えないのである。ルイが家人を励まそうとしているとまではいわないが、反映しているのは間違いなさそうである。
家人が最悪の状態のときは、朝の散歩さえ歩くのをいやがり、しぶしぶついてきた。ぼくも気になっていつもよりルートを短くして早めに上がっていた。
家人の体調が回復に向かっているとはいえ、本調子にはまだ遠いと思うのは本人の様子からの判断ではなく、ルイの状態からそう思うのである。ルイがまだ本来の元気を取り戻していないからだ。
朝、ぼくのカバンのベルトにぶら下がり、「とうちゃん、いくな! おいらを置いていくな!」とぼくを止めようになったとき、きっと家人も心身の健康を取り戻していることだろう。
ルイは感心な番犬である。