☆極悪コンビだった?
むぎとの別れから来週で二か月を迎える。この間、寂しさを噛みしめつつ、いくつかの意外な展開に目をみはる場面もあるった。大きくはシェラの変化とご近所の反応である。
ときおり、ほかのわんこに吠えつくシェラは、ご近所でも札付きの悪いイヌだ思われているだろうといううしろめたさがぼくにも家人にもある。散歩の途中、シェラの姿を見ただけで嫌悪感を露骨にするわんこ仲間も少なくない。
「嫌われもの」になってしまったのは、気まぐれとはいえ、ほかのイヌに吠えつくシェラが悪いのだから、ぼくも家人も別のイヌと出逢うとあわてて避けるようにしてきた。
シェラも必ず吠えるかとというとそうでもなく、また、相手によってはまったく吠えない場合も多々ある。それだけになおさらややこしくしているだろうが、ぼくたちが逃げても、追いかけるようにわざわざ近づいてくる飼い主さんもいる。連れているイヌばかりか、飼い主さんもフレンドリーな性格なので、イヌ同士を遊ばせたいのだろうが、こちらはいつ吠えつくかわからない「弱虫わんこ」である。
「吠えるからこないでください」と懇願すると、いかにも不快そうな顔を見せる人が多い。たしかに、シェラとむぎの様子を見ていると、なぜ、拒絶されたのかわからないかもしれない。
なんせ、むぎは耳を伏せ、いかにもフレンドリーな態度で「遊びたいな」と全身で訴えている。そんなむぎが目立っただけにこちらの「こないで!」というお願いがすぐには理解できない方がいても不思議はない。
☆孤高のシェラ
しかし、向こうから近づいてきてある一定の距離になると、シェラは「寄るな」とばかり猛然と吠えかかる。とりわけ、よそのわんこがむぎのそばにきて、むぎがビビる態度を見せたりしたらもう大変である。
シェラがまったく吠えないお気に入りのわんこもいるが一緒に遊んだりは決してしない。シェラはいつも孤独なイヌである。
シェラが吠えるのは怖いからだし、あるいはむぎを守るためなので、トラブルになって噛みつかれたことはあっても、相手に噛みついたりはしない。それでも、ルックス的に迫力があるので、吠えられたほうは飼い主さんがびっくりし、たいていは恐れをなして逃げていく。
だからシェラはずっと近所の嫌われものだった。シェラの吠え癖を知っている人は向こうから避けていく。こちらとしては、ゴロツキにでもなったような引け目を覚えつつ近所の散歩に出かけていたものだった。なんとも肩身の狭い思いをしてきた。
☆むぎがいなくなってから……
むぎがいなくなってから、ふだん、挨拶程度で言葉を交わしたこともないようなわんこ仲間のご近所さんから、このところ家人は頻繁に声をかけられるようになったという。
夕方の散歩は同じ主婦同士が多い。むぎの死は、そうした方々の口から口へと伝わっていったらしく、さんざんお悔やみの言葉も、「ほんとうにかわいい子でしたものね」というお褒めもたくさんいただいた。
シェラも、むぎを失った当初はションボリして歩いていたので、「かわいそうに、見るからに寂しそうだね」と同情さえされたほどだった。いつの間にか、むぎの死はご近所のわんこ仲間の皆さんが知るところとなっていた。
「むぎちゃんのこと、あんなに皆が知っていてくれたとは思ってもいなかった」
家人は、あらためて悲しみにくれた。
いつも逃げてきたし、シェラが吠えるわんこだけに「嫌われファミリー」だとばかり思っていたら、ご近所のやさしさ、思いやりを知り、なんともありがたく、ぼくたちはただただ感謝している。
むぎの他界がきっかけでいろいろな方と親しく言葉を交わすようになっても、シェラとの遠慮がちの散歩は続いている。ぼくのときはそれほどでもないが、夕方の家人と一緒の散歩だと相も変わらずほかのわんこに吠えつくシェラに、油断するとコントロールがきかなくなりそうなほど激しく引っ張られているという。
見るからに歩くのも不自由そうだし、ときどき、砂利に足をとられたり、滑りやすい路面だったりすると転んでいるような16歳8か月の高齢犬なのに……。
☆どちらに転んでも肩身が狭い
いつもシェラばかりが吠えているのかというと、シェラが吠えられるケースも少なくない。
「この子(シェラ)に吠えられて、ウチの子も吠えることを覚えてしまって……」と、シェラに激しく吠えつくわんこを押さえながら、そういわれるのがなによりも辛い。「すみません」と詫びて身を縮めているしかない。
当のシェラはというと、そういう子に対しては、「なにを吠えてるの?」といわんばかりに余裕を見せ、涼しい顔で通り過ぎていく。
「吠える悪いイヌ」と「吠えない良いイヌ」が逆転して、飼い主が焦っている姿はやっぱり気の毒である。