■ 大人になってしまったのかい?
もしかしたらルイは発育が遅いのかもしれない。
3歳になったとたんおとなしくなったというわんこの話を何度か聞いた。先住犬のシェラは、シェパードの血筋を彷彿とさせるだけあって子供のころから活発だったが、4歳間近になってから落ち着いた。4年遅れてわが家の子に迎えたコーギーのムギは最初からおとなしい娘だった。
ムギへの愛惜からやってきたルイは、男の子だけあってシェラやムギとはまた違った個性を発揮している。気の小さなところは飼い主譲りだが、やっぱり男の子だと辟易するくらいわんぱくである。だが、毎日の大半を一緒にいる女房にいわせると、このところすっかりおとなしくなって日がな一日寝ているそうだ。
ようやく大人になったというのはぼくにもわかる。ぼくが会社から帰ってもほとんど相手にしてくれない。
「おい、遊ぼうぜ」
飯を終えたあと、手持ち無沙汰のぼくは床に寝転がっているルイを呼んでみる。だが、ルイは何度目かにようやく首を少し上げてぼくを見るが、「うるさいなぁ」という表情で、まったく動く気配がない。フリスビーを投げつけても迷惑そうな反応しか示さない。
しかたなく、ぼくはソファーに寝転がって寝てしまう。寒いときだったらルイも女房について寝室へいき、ぼくが寝るはずのベッドで寝ている。だが、初夏を迎えたいまは、リビングの床に横になったままぼくと一緒に朝を迎えている。
おかげでぼくは、毎朝のシャワーが続き、もう何日も風呂へ入っていない。
とはいえ、シャワーはルイとの散歩が終わってからだ。30分ほどかけて近所をひとまわりする。途中の公園で柔軟体操を終え、ルイの恋人のチコちゃんと挨拶してから家に戻る。
17キロの体重のルイを、「おまえ、重てえじゃねえか」と叱りながら玄関から風呂場まで抱きかかえていく。足からお腹を洗い、身体を拭いてやってから自分のシャワーとなる。この調子だと、寒くなるまでほとんど風呂へ入らずに過ごしてしまうかもしれない。
■ 朝のひとときだけは成長が止まったまま?
シャワーがすんで、浴室の床を雑巾で拭く。濡れたまま乾燥をかけるより、床と壁だけでも拭いておくと乾きが早い。カビ対策にもなるだろう。
あらかた拭き終わり、浴室のドアを開けて、ドアの真下の濡れた部分を拭いていると、ルイが唸り声を上げて飛んできて、ぼくが手にした雑巾を取ろうとする。
毎朝の儀式だ。なぜ、こんな行動を見せるのかわからない。「ばかめ。おまえみたいなアホなワンコロに取られてたまるかよぉ!」なんて反応するからなおさら張り切るのかもしれない。
それでも、油断をするとぼくのスリッパかバスシューズをくわえて姿を消している。これがあるので、ルイのハンパじゃない抜け毛から足を守るスリッパも、濡れた風呂場の床用のバスシューズも、いまだに100均の製品しか使えないでいる。
ぼくが朝食を摂っている間のルイは、番犬をやっているつもりなのか、ベランダの前へいって外の気配を探っている。異変を感じると吠え出すので、ときどき遠吠えを教える。うまくできると褒めてやる。褒めると気をよくしてぼくの真似をして口を丸めて喉で吠えてみせる。あくまでもお調子者である。
最近の問題はここからだ。ぼくが会社へ出かける支度をはじめると落ち着きをなくす。寝室のタンスからネクタイを持ってくると吠えて飛びついてくる。危なくてならない。油断しているとネクタイを取られるからだ。 ぼくが支度を終えると、フリスビーをくわえて足元で待っている。相手をしてやらないと唸りながら玄関まで追いかけてくる。
以前はぼくのカバンを狙ったり、ズボンやコートの裾を噛んで破いていたが、いまは「遊ぼうぜ!」攻撃に変わった。
玄関の前には厳重なゲートが置いてあるからルイの狼藉もここまでである。
「じゃあ、いってくるぜぇ?」というと世にも悲しげな表情を見せて奥へ引っ込んでしまう。あとはずっと寝ているそうだ。
一方、会社へいったとうちゃんは、ルイと遊ぶのを楽しみにして毎晩帰ってくる。だが、玄関から声をかけても弱虫のルイは怖いから出てこない。リビングのほうから見ているだけだ。近くへいくと通り一遍の喜び方を見せるがあとはグタっと寝てしまう。朝の凶暴さが嘘のような無気力状態である。
だが、これがルイの成長の証だと女房はいう。7月の6歳を目前にしてようやく大人のわんこになったからおとなしくしているのだと……。
ということは、朝のひとときだけはまだ成長していないらしい。
たしかに毎朝振り回されてはいるが、このまましばらく、そう、ぼくがヤツの狼藉の相手ができるだけのパワーが残っているうちは、成長が止まってくれたままでいい。
飼い主が歳とってから飼われたわんこもまた大変なのである。