「シェラ、昨日からどうも元気がないみたいなんだけど……」
「やっぱりそう思うでしょう。なんとなく元気がないのよね。気分がすぐれないのかもしれない」
ぼくが訊くと、家人も同じ思いでいたらしく、昨日の朝、そんな会話を交わした。散歩中、どことなくシェラ(16歳♀雑種)に精彩がなくなっている。飼い主以外にはわからない微妙な変化である。
食欲はあるし、散歩に行くのを嫌がるわけでもない。外へ出ればいつもどおりそこかしこでしつこくにおいを嗅ごうとする。カラスを見つけると吠えつこうとする。だけど、どことなく気力が失せているのを感じる。
散歩の途中で黄色い胃液を吐いたが、これもときたま起こる症状で、たぶん、元気を奪っている直接の原因ではないはずだ。気になったのは、吐いた量が少なかったことだ。
それを家人にいうと、前日、すでに家の中で吐いていたという。やっぱり量はたいしたことなかったらしいが。
三日前と二日前に、散歩の距離を増やしていた。といってもたいした距離ではない。時間にしてせいぜい10分である。
シェラのためでもあるが、ムギ(12歳♀Wコーギー)のダイエットに少しでも役立ってくれればとほんの少々散歩の時間を延長した。その分、ぼくも早起きしている……正確には、早く目が覚めてしまったので散歩にいつもより早く出かけ、時間をかけているというわけだ。
そんな程度のことで疲れが出たとしたらショックだが、昨日の朝は念のために元通りの短い散歩コースに戻していた。
気になって歩く姿を観察した。表情の精悍さが曇っている。尾が下がり気味で歩いている。16歳という年齢のせいなのだろうか。もし、そうなら見守ってやるしかない。
昨日は出先から直帰したので、珍しく午後8時前に家に帰り着いた。ドアを開けると例によってムギが吠えながら飛び出してきた。ぼくの姿を確認すると、奥に知らせに走っていく。報らされてシェラも出てきた。
「あれ、シェラ、元気になったんじゃないのか?」
ひと目見て元どおりのシェラの顔に戻っているのを知った。ぼくの帰宅への喜び方も力強い。気力のみならず、全身にパワーがみなぎっている。
「そうなの。アリナミンを飲ませたら元気になったのよ」
キッチンから家人の声が聞こえてきた。やっぱり散歩の距離が延びたので疲れが出たのだったら安心ではあるが、ショックもでもある。たいした理由じゃなかったという安心感であり、たかだか10分足らず余計に歩いた程度でというショックだ。
せっかく元気になってくれたので、散歩のことは家人には黙っていることにした。
それでも16歳はやっぱり16歳である。今朝もぼくが出かけるまぎわには、なんとなく写真のような姿を見せていた。
ただ、この姿からシェラの様子を見抜けるのは飼い主であるぼくらしかいない。