愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

だからぼくはわんこが好き

2009-07-31 20:27:03 | 日記
◆女王陛下の御意のままに
 昨夜のことである。
 会社から家に帰り着いたのは午後8時のなかば――。近年の標準的な帰宅時間。
 いつものように玄関でムギが吠えながら出迎え、その声で奥からシェラがいそいそと出てきて顔を舐めててくれる。いい加減に応じると飛びついてくる。
 シェラとの儀式の間、ムギは横で早く自分に振り向いてくれと吠えつづける。ムギに手を伸ばすと、まだ足りないとシェラが催促する。これを終えないとぼくの時間はこない。
 ひとしきり、シェラとムギの出迎えの相手をしてから着替え、夕飯を摂るのがぼくの日課である。
 
 「夕方、シェラちゃんもムギちゃんもウンをしてないのよ」
 食事をはじめてすぐに女房が言った。
 さりげない口ぶりの背後には、「あとで姫たちを散歩に連れていきなさい」という命令と、「連れて行かないと、深夜にシェラ姫が騒ぎ出して起こされて、あなたが眠い目をこすりながら散歩に行く羽目になるのよ」との威圧……いや、恫喝がこめられている。
 「はい、はい、あとで散歩に行こうね」
 ぼくはシェラとムギに語りかけながら、わが家の女王陛下に恭順の姿勢を示していた。

◆え、どこへ行くの?
 この14年間、朝の散歩はぼくが、夕方は女房がわんこたちの散歩をやっている。苦痛だと思ったことはない。この散歩がぼくと女房の身体的、精神的な健康維持にどれだけ役立ってくれているかはかりしれない。
 きみたちがいてくれるからこそ、ぼくたちは元気でいられるのだよ――毎朝、そんな感謝をこめてぼくは朝の町へと出かけていく。
 
 「ほら、シェラちゃん、そろそろお父さんが行ってくれるわよ」
 夕食を終え、ソファーに身体を沈めて夕刊を読みながらひと休み。わんこたちの散歩のことなどケロリと忘れていたところへ女王陛下の厳命が下った。ときとして、このままぼくがソファーで眠ってしまうのを女房はご存知だからだ。
 一度寝てしまったら、ぼくは地震がこようが火事になろうがテコでも起きないのを陛下は知っている。そうなる前にと機先を制しての命令である。 

 二匹の姫たちはというと、特段、散歩に行きたがっているわけではない。床に転がってすっかりくつろいでいる。外は雨模様だし、迷惑な話だがわが家の最高権力者からの指示とあらば逆らうわけにはいかない。
 ぼくは散歩着に着替え、「え、どうしたの?」と戸惑っている姫犬たちを急かせて散歩に出かけた。
 
◆わんこのおおらかさ
 弱い霧雨なので傘も持たず、いつも玄関の棚に常備してある小さなフラッシュライト(懐中電灯)を携行した。街灯の明かりの届かない場所で大きいほうをやられたとき、その排泄物の回収に困らないための用心である。
 
 しっとりと濡れた舗道を姫たちは朝の散歩のときよりもゆったりした足取りで歩いている。時間がたっぷりあることをちゃんと知っているかのようにやたらめったらあちこちにおいを嗅ぎながら……。
 やがて、植え込みの横でシェラがオシッコをし、すぐにムギもつづく。雨降りの中の散歩なのでオシッコを洗い流したり、稀薄にするすための水は持参んしていない。
 
 朝とは違うこのコースのお決まりの場所までくると、まず、シェラが待望のウンをした。今回は並んでやりはしなかったが、ほどなくムギも同じようにすませてくれた。まことにもって親思いのわんこたちである。
 
 「明日の朝はやらないかもね」
 家に戻ってちゃんとすませたと報告するぼくに女王陛下が感想を述べた。
 もし、明朝、ちゃんと排泄をやってくれないと、夕方の散歩を早めに連れていかなくてはならなくなる――陛下はそれを危惧しておられるのである。昼間のわらわのお出かけ時間が短くなるではないか……と。
 
 「だいじょうぶ。今夜は今夜、朝は朝さ……」
 ぼくには確信があった。排泄が夜だったからといって朝に影響があるほどわんこたちは機械的じゃはない。わんこの排泄行為はもっとおおらかである。
 
◆結果は……? 
 では、今朝、どうだったか?
 ぼくの予測どおりだった。しかも、シェラのほうは二度したし、その分、いつもより多かった。
 
 だからぼくはわんこが大好きだ。


ママが大変だ!

2009-07-30 21:08:35 | 日記
☆すぐに手術を
 昨日、ぼくは会社を定時に出て7時前には家へ戻り、そのままシェラをこの3年間お世話になっているK動物病院へと連れて行った。当然、ムギも同行した。 
 たかがイボである。病院へは土曜日に連れて行けばいいと思っていたが、女房の「痛いのかもしれないし、自分で舐めて噛み取ったりしないかなぁ」という不安全開の言葉の裏に、早く病院へ連れて行かないと女房のほうが病気になりかねないとの予兆を読み取ったからである。
 
 診察はいつもどおり素早く、説明も明快だった。
 正体はイボ。悪性の場合もあるが、可能性は低い。自然にポロリと取れてしまうこともあるからしばらく様子をみてもいい。取るなら方法はふたつ。全身麻酔で根まで含めえぐるように切除する。あるいは、部分麻酔で下地の皮膚をえぐらず、イボそのものだけを切除する方法。これだと再発することもある。
  
 三つの選択肢のうち、迷わず最後の部分麻酔を選んだ。
 何もしないのは女房のこころの負担が続く。全身麻酔はシェラの14歳の年齢から身体の負担になりかねない。
 「それじゃ、やりましょうか」
 先生はこともなげにいって立ち上がった。局部に麻酔薬を塗布すると、「10分ほどで効いてきます。お呼びしますので待合室で待っていてください」。
 
 10分後、シェラは先生にリードを引かれ、おとなしく処置室へと入っていった。ムギが不安げに見送る。ムギにとっては経験したことのない展開である。

 ほどなく、処置室からシェラの絶叫が聞こえてきた。
 泣いていた。助けを求める悲痛な叫びである。やがて、断末魔のような声……。
 女房の顔がこわばるより先にムギが処置室の扉の前へ駆け寄ると激しく吠えた。
 「ママ、どうしたの? 大丈夫なの? ねえ、どうしたの?」と、ぼくたちには聞こえる。

 処置室からシェラの声が聞こえなくなっても、ムギは扉の前から動こうとしない。必死で中の様子をうかがっている。

☆で、結末は……
 すべてが終わるまでに15分ほどだったと思う。その後、シェラはひと声とて上げなかった。 
 先生の話によると、シェラが叫んだのは処置の準備の段階(たぶん、手術台に固定されたとき)であって、手術の最中はまったくおとなしかったという。なるほど、おびえたふうもなく、ケロリとした顔でゆったりとした足取りで戻ってきた。

 豹変したのはムギだった。シェラに走り寄り、無事をたしかめると反転し、夢中で出口に急ぎ、この場から早く逃げようと焦りまくっている。シェラのほうは何事もなかったように落ち着き払った足取りでムギにつづく。左足を気にする様子さえない。
 
 切り取られたイボはぼくが想像していたよりは大きかった。先生からはイボの手術の過程と止血の方法の説明があり、万一、出血したときわれわれがやるべき措置の指示、化膿止めの薬を5日分出すなどを聞かされた。
「もし、またイボが出てきたら同じように処置しましょう。今回、わざわざ病理検査に出す必要はないと思います」

 支払いは女房にまかせ、シェラとムギをひと足先にクルマへ乗せるために病院をあとにした。やがて、晴れやかな顔で戻ってきた女房にぼくは興味津々で訊いた。
 「で、いくらだった?」
 その値段を聞いて驚いた。女房は予想どおりと言っていたが、なんと薬代込みで1万円に満たなかった。「血液検査」も「病理検査」も「レントゲン撮影」も「半日入院」もしていないから当たり前というレベルの話ではない。そんな必要はなかったのだ。
 あらためて言うまでもないけれど、わんこを飼うなら、なんとしても腕のいい、そして良心的なお医者さんとの出逢いが不可欠である。

☆もしも、ムギがピンチになったら……
 病院での出来事がほんの小1時間だったとはいえ、シェラもムギもどっと疲れが出たようで、家に戻るとゴロンと横になり、シェラなどぼくがいくら呼んでも顔さえ上げない。まったくのシカトである。
 「わたしのママの一大事!」とばかりシェラの元へ馳せ参じようとしたムギのけなげな姿に、ぼくと女房の間でムギの評価は跳ね上がった。
 
 そりゃそうだ、わが家にきて以来、ずっとシェラを頼り、いまだにシェラの庇護下にあるムギである。シェラなしでは生きていけないのをいちばんわかっているのはムギ自身のはずだ。
 
 それゆえに、ぼくたちは恐れている。年齢から言えば、シェラの寿命が先に尽きてしま可能性が高い。もし、シェラが逝ってしまったら、きっとムギはすぐに後を追うだろうという女房の憂慮がにわかに現実味を帯びた昨夜のムギの反応だった。
 
 「ところで、今日、扉の向こうで悲鳴を上げていたのがムギだったら、こちらにいるシェラはどうしただろうか?」
 ぼくは女房に訊いてみた。
 「逃げるんじゃない」
 答えが即座に返ってきた。
 ぼくもそう思う。この推量まず間違いないだろう。
 
 決してシェラが薄情なわけではない。ムギのシェラへの思い入れが深過ぎるのだ。

【写真=処置室の前で微動だにせず中をうかがうけなげなムギ】

足に異常が!

2009-07-29 22:14:14 | 日記
☆高齢犬の宿命
「シェラの左足がおかしいのよ」
 昨夜、寝ようとしていたぼくに女房が少なからぬおびえを含んだ声で言った。今しがたもしきりに舐めていたし、夕方の散歩のときも心なし歩き方がいつもと違っていたという。

 自分自身に関してはもちろんだがおよそ病気に対してすぐにナーバスな反応を見せる女房殿である。ここで「めんどうくせなぁ」なんてリアクションを見せたらえらいことになる。「なんでもないさ」と思いながらも、「どら、どら」と言って、ベランダとの敷居を枕に寝転がっているシェラに声をかけて左後脚の、人間でいえば膝の横あたりをさぐってみた。
 
 つい先ほどまで舐めていたのがわかるほどたしかに濡れていた。その中央にポチとしたイボがあった。直径は2ミリ程度だが、長さが5ミリほど。
 老犬になると、イボができやすいというのは何度となくお医者さんから聞かされている。
 実際、シェラの腹部から脇の下にかけて、脂肪の塊と思えるポニョポニョした大小のふくらみがいくつかある。支障がないかぎりはあえて削除する必要はないし、切除してもすぐにまたできるだろうから様子を見ていようというお医者さんの助言にしたがってそのままにしている。
 
 若いときから皮膚に脂肪の塊ができやすい体質の子だった。背中に10円玉くらいの腫物が何度かできて、切除したこともあったが、たいていはいつのまにか消えていた。
 しかし、10歳を前にしたあたりからできはじめた腹部の大きなポニョポニョは位置を少し変えたり、ふたつに分かれたり、また合体を繰り返しながらわずかずつ“成長”していた。
 
 老犬の中には背中にイボをたくさん背負っている子もいるという。症状はさまざまらしい。きっと、個体差があるのだろう。ムギもときおり小さな脂肪の塊ができることがあるけど、高齢だからできやすくなっているという兆候はない。

☆イポ1個切除で10万円なり!
 3年ほど前、動物病院を変えた。ムギの前脚にできた小豆大のイボを診てもらったとき、「何でもありません。ただの脂肪です。でも、じゃまだろうから切りましょう。明日、午前中に預けてもらって夕方にはお返しします」ということで手術をした。
 夕方、引き取りに行ったらイボはきれいになくなり、直径2、3ミリのピンクのきれいな地肌が見えた。
 手術というほどの手術ではない。しかし、請求された金額は10万円。
 う~ん、いくらなんでも……ということで、二度とそのクリニックへは行かなくなった。
 
 横浜・都築にあるそのクリニックは、開院して間もなくから通っていた。だんだん繁盛してくるにしたがい少しずつ様子が変わっていった。とにかく、何でも金を巻き上げようという魂胆を感じはじめていた矢先だった。
 
 10万円の根拠には、クリニック側にも言い分はあるだろう。全身のレントゲン検査をしたし、血液検査までやった。病理検査も……。
 しかし、たかが小豆大のイボくらいでやるべき検査とは思えない。以前、ほかの病院でシェラの背中の腫物を切除したときは納得できるほどのリーズナブルな料金だった。

 小さなイボ1個に10万円はどう考えても法外としか思えなかった。(つづく)



弱虫わんこ

2009-07-27 22:14:25 | 日記
      
 
☆こわい! こわい……
 今朝もまたシェラが5時過ぎに起こしにきた。
 呼吸を荒くしてしきりに不安を訴えている。何が不安なのだろう? 今朝は風が強かったのでそのせいかもしれない。風や雨に敏感な子である。天候の変化の先に雷鳴を予感するからだろう。

 子犬のころは花火の音や雷鳴にまったく動じなかったシェラだったのに、1歳の春あたりから花火や雷の音におびえるようになった。半端じゃないおびえ方だ。ブルブルふるえて、激しく喘ぎ、よだれがすごい。このまま悶絶して死んでしまうのではないかというくらい怖がる。
 
 3歳のころ、長野・戸隠までキャンプに行った。夜、飯綱温泉のアゼィリア飯綱という宿まで風呂へ行ったとき、リアシートの窓は全開にしてシェラをひとり駐車場の(まだムギはいなかった)クルマに残した。小一時間してクルマに戻るとクルマの目の前で宿泊客の若者たちが盛大に打ち上げ花火をやっている。まとめて数発ずつに火をつけて……。

 シェラは半身をクルマの窓から乗り出していた。もし、リードでつないでなかったら窓を乗り越えてどこかへ逃げ去っていたかもしれない。
 若者たちは、そんなシェラにまったく頓着していなった。ぼくの目にもシェラは花火を喜んで眺めているように見えたくらいだった。
 
☆地獄の季節
 シェラにとって夏は地獄の季節である。暑さに加えて、花火大会があり、近所の子供たちの花火があり、ときおり、雷が鳴る。夕がた、子供たちのはしゃぎ声が聞こえただけでおびえ、風が吹いただけで怖がる。
 
 最近まで、花火の音には鈍感になっていた。女房は耳が遠くなったのじゃないかと心配したが、理由はわかっていた。
 3年ほど前のゴールデンウィークに長野・松本市街を見下ろす山の上でキャンプをやった。このとき、連日、朝から花火の音にさらされた。松本市の各所で、連日、何かイベントが開かれているらしく、その開始の合図の花火だった。そんな繰り返しでさすがのシェラも慣れっこになってしまったらしい。3日目、突然、動じなくなった。
 
 以来、しばらく平穏な夏がつづいた。
 やれ、やれと思ったのもつかの間、またここへきて、花火や雷鳴に対してナーバスになっている。
 たしかに向こうっ気だけは強いけど、それも弱虫の裏返しでしかない。ひたすらに気の小さいわんこである。飼い主に似て……。
 シェラに輪をかけて弱虫なのがムギのほうだけど、どういうわけか、幸いにして雷や花火にはまったく怖がる様子がない。写真のようにシェラがバクバクになっている脇でシラーッとしている。

 二匹そろってパニックになられたらたまったものじゃないだろうと思う。

【写真=3年前、雷に慌てふためいて浴室に逃げ込んだシェラ。シェラにつきあったムギは雷よりも自分たちに向けられたケータイが怖い】

呪いたくなる夏の暑さ

2009-07-26 22:24:02 | 日記
 夏の日が戻ってきて、暑い日曜日となった。

 昨日、ワクチンを注射しているので、シェラとムギの様子を気にしていたが、変調は感じない。朝の散歩もいつもどおりだった。
 
 昨夜、近所のどこかで花火大会があったらしく、音だけが聞こえてシェラが落ち着かなかった。その影響なのか、明け方にも寝室までやってきて、入り口から首だけ部屋に突っ込んで荒い息をしているので目が覚めてしまった。まだ6時前だった。
 呼んでやるとベッドの脇へやってきたので頭をなでてやる。それで安心したのか床に転がって静かに寝てしまった。
  
 今日は昼過ぎから俳句の会があってそれが終わらないと出かけられない。ぼくや女房の様子を観察しながら、「置いていかれてなるものか」という顔で見ていたが、途中であきらめたようで、ふたりともおとなしく留守番にしたがった。

 わんこたちとクルマで外出したのは4時半をまわっていた。まだ暑いけど風が少し涼しい。
 どこへ行こうか迷いつつ、時間が時間だけに南町田のアウトレットモールへ出かけた。気が向けば隣の公園へ行ってもいい。
 昨日出かけたこどもの国に近い「奈良北公園」(横浜)とこのグランベリーモールに隣接する「鶴間公園」(町田)が足繁く通っている散歩の公園である。
 
 グランベリーモールへクルマの駐車場へ車を停め、鶴間公園まで散歩へ行けばいいと思っていったのだが、シェラたちはいまひとつノリがよくない。やはり昨日のワクチンで本調子ではないのかもしれない。

 ワクチンばかりでなく、この暑さはわんこにとって地獄である。今年は冷夏という予報が出ている。稲作をはじめ農作物に冷夏は打撃だが、わんこたちにはありがたい。それだけに複雑な気持ちだ。
 秋の気配とともにホッとするようになって久しい。シェラがわが家の娘になって以来である。この近年、夏の到来に恐怖を感じはじめている。暑さに耐えるわんこたちの姿を見るのが辛い。
 あんなに好きだった夏を呪い、嫌いな冬が大好きな季節に変わった。だから、冷夏と聞いて心のどこかで歓迎してしまうのである  

【写真=夕飯の買い物行ったママをひたすら待つ(前からとうしろから)】