愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

雷が怖い!

2021-07-30 14:08:57 | シェラの日々

正午ごろ、雷雨が通り過ぎていった。
ルイは雷が鳴っても動じる気配すらないが、9年前までいっしょにいたシェラは、雷や花火が怖く怖くててどうしようもなかった。

急に落ち着かなくなるので、どうしたのかなと思っていると、まもなく遠くから雷鳴が聞こえてくる。
人間よりもすぐれた耳で遠雷をキャッチしていたのだろう。
身体がふるえ、よだれをたらし、とにかくひたすら怖がった。
家にいれば風呂場に逃げ込んでしまう。

2歳までは雷も花火も平気だった。
2歳になった年の5月、裏磐梯にある秋元湖へぼくとふたりでキャンプに出かけた。
そのとき、湖に遊びにきていたグループが、「キ〜〜〜ン!」と人間でも不快な金属音がする花火を打ち上げた。
それが引き金になって打ち上げ花火が苦手になり、雷もだめになった。

夏に花火はつきものである。
「打ち上げ花火禁止」のキャンプ場でも、盛大に打ち上げ花火で盛り上がる非常識な家族やグループはあとをたたない。
地元の主催で本格的な花火大会が催されることもあった。
その度にシェラはヨダレをたらしてふるえ、クルマに避難し、家人に抱かれて恐怖の長い時間をやり過ごした。

一緒にいたむぎが平気だったように、同じコーギーのルイも花火や雷には無頓着である。
ありがたいと思いながら、雷鳴が聞こえてくるたびに、大きな図体をしてふるえていたシェラをなつかしく思い出す。
あきれ顔で横にひかえていたむぎもまた恋しい。

シェラのために冬の寒さを待ちわびる

2011-11-17 21:54:47 | シェラの日々

☆春までになんとかしたいね 
 「あら、シェラちゃん、ずいぶんシャキッとしたじゃない」
 昨日、夕方の散歩のときに家人が近所のわんこ仲間から言われたという。実は、ぼくも昨朝の散歩で同じ感想を抱いたばかりだった。

 初冬の冷え込みのせいかもしれないし、土曜日から飲ませているステロイド効果かもしれない。なんであれ、悪性の腫瘍を押さえ込んでくれる効果があってくれればいいのだが、むろん、まだわからない。
 このところの盛んな食欲も、ステロイドのせいなのか、それとも老化ゆえなのかわからない。食べることで元気でいてくれるなら太らせない程度で聞き届けてやりたい。

 これから寒さに向かう季節だというのは、大いなる期待材料である。シェラは寒ければ寒いほど元気になるわんこである。死んだむぎの寒そうにしている顔は知っているが、シェラは寒さをエネルギーに変えているかと思えるくらいめっぽう強い。
 その代わり、暑さには情けないほど弱い。どちらかというとむぎのほう暑さには強かった。その油断ゆえにむぎを殺してしまったのかもしれない。

 シェラの腫瘍をなんとかしようとしているいま、もし、暑さに向かう季節だったら、ぼくたちはきっと絶望的になっていただろう。だが、冬に向かうというだけで、シェラの命が、少なくとも来年の春過ぎまでは保証されているかのように思ってしまう。


☆早くもっと寒くなれ! 
 これは今年にかぎったことではなく、去年も、一昨年も、似たような安心感を抱いた記憶がある。老年期を迎えたシェラが、冬の間は決して死なない、必ずや生き抜いて春を迎えてくれると強烈に思い込んできた。それほどに、シェラは冬の申し子だった。

 でも、ほんとうのところ、「今年はどうだろうか?」と思う。冷静に振り返ってみると、いつもの年と違うからだ。
 晩春から初夏へ移り行くある日、それまで毎朝決まって歩を刻んでいた散歩のコースをシェラが嫌った。断固拒否したのである。この日を境にして散歩の距離は半分以下に縮まった。たしかにシェラの姿は老犬そのものであり、衰え方は痛々しいほどだった。

 高齢のみならず、首の腫瘍や右足の脂肪の塊のせいもあったろうが、もうひとつは迫りくる夏の暑さという陽気のせいだとぼくは確信してきた。機を一にしてむぎにも、いまして思えば病魔が巣食った。驚くほど同時だった。そして、暑さがむぎの身体に追い討ちをかけた。
 
 だから願う。早く寒くなれと……。
 まもなく、本番の冬がやってくる。この冬はとりわけ寒いそうだ。ぼくも年のせいで暑さ寒さにめっきり弱くなったけど、シェラのためにはうれしいニュースである。いま、自分の身体には応える寒さだが、いまはシェラのために寒さを待ちわびつつ、深夜の散歩だって楽しんで日々を送っている。

 

別れるために出逢ったわけではないけれど

2011-11-13 23:55:18 | シェラの日々
☆突然の訪れる不幸の哀しみ 

 「もう少し、せめてもう少し一緒にいたかった」
 その言葉がぼくの胸に突き刺さる。

 名古屋の叔母の葬儀に出かけた。直前まで元気だったのに、木曜日の夜、突然帰らぬ旅に発った。82歳。「お父さんを置いてわたしは死ねない」といいつづけていたそうだが、87歳の叔母婿の叔父が遺された。

 「好きで一緒になったのだから、もう少し一緒にいたかった」
 初七日の席で、車椅子の叔父は涙ながらに再び挨拶をした。身内だけになったという安心感で赤裸々な心情が吐露できたのだろう。
 喋るのが仕事の教員でありながら叔父はまったくもって無口な人だった。だから、叔父の若いころの声さえぼくは知らない。叔父の本質をいまようやく知った思いだった。親しみが湧いた。
 63年を幸せに暮らした夫婦には、もうこれでいいという時間などないのだろう。この夫婦愛にぼくは圧倒された。

 人間と犬とを同列で見るのが不遜なのを承知でいえば、愛情を傾けた者を喪う痛みは同質である。覚悟を固める暇もなく、突然訪れた愛する者の不帰の旅立ちに戸惑い、悔しさを滲ませる叔父の姿をぼくは正視できなかった。それはむぎを喪ったときのぼくに重なる。
 犬ですらぼくにはあれほど辛かったのだ。叔父の気持ちは察して余りある。

☆シェラへのぼくたちの覚悟 


 昨日はシェラの腫瘍について病院でレクチャーを受けた。右足の間接から付根にかけての大きなコブは脂肪の塊なのでさほど心配するには及ばない。だが、喉に宿った腫瘍は悪性である、と……。リンパ腺も抱え込んだ腫瘍であり、位置が位置だけに手術して摘出は困難。薬で様子を見るしかない。

 願いはひとつ、まもなく17歳を迎えるシェラに病理的な痛みであれ、治療のための外科的な痛みであれ、およそ痛みの類いは与えたくない。シェラが痛みから距離をおける手段こそが最善の選択だと信じている。
 若干の延命の代償に痛みや苦しみを与えるのはぼくたちの本意ではない。シェラのみならず、それはぼく自身もまた同じであり、家人にとっても自身の願いである。

 いくつかの方法の中から、とりあえず、ステロイドを投与して観察することにした。放置すれば、腫瘍が大きくなり(実際、かなりの速度で肥大化している)、食事や呼吸に困難をきたしかねない。それはそれで苦痛を伴う。

☆愛するがゆえの惜別 

 毛艶は若いころと遜色ないほどだし、顔だってすっかり白くなってしまったがまだしっかりしている。何よりも食欲は衰えていない。目もまだけっこう見えている。
 ただ、耳はさらに遠くなったし、歩くスタミナは高齢犬そのものだが、「生きていこう」とする気力は揺るぎない。そんなシェラの意志に応えてやりたい。

 幸いにして、シェラの場合はぼくたちが覚悟をする余裕がある。むろん、これからどんな辛さが待っているか計り知れないが、ぼくたちもまたそれに耐えていこうと思う。そうした時間を与えてもらえたことがどれだけ幸せなのかを噛み締めながら。
 別れこそがこの世の宿世だよねと納得できるように……。
 
 それでもシェラを送ったあとにきっと思うだろう、「もう少し、せめてあと少し一緒にいたかった」と――。


願いも空しく腫瘍は悪性だった

2011-11-11 22:35:57 | シェラの日々
 
 夕方近く、ケータイに家人からメールがきた。朝、名古屋の叔母の訃報が届いており、明後日の告別式にぼくだけでもいく手はずになっていたのでその連絡かと思ったら、シェラの腫瘍の件だった。
 病院から電話があり、首の腫瘍の病理検査の結果が出て、悪性だったという。なかば覚悟はしていたが、暗澹たる気持ちになる。悪いことは重なるものだ。

 「(シェラの)今後のことを相談したいので、近々、病院へきてください」と先生から連絡があったそうである。
 明日は家人が仕事だし、明後日は朝からぼくが名古屋までいかなくてはならない。明日、ぼくひとりで病院へいくつもりでいた。
 
 とても夕飯のしたくをする気になれない。明日は作るから今日は外へ食べにいきたいという家人からのメールを受けていつもより早めに家に帰った。
 シェラとルイを家に置いて近所のファミレスに出かけた。思っていたより家人がしっかりしてくれていたのでホッとした。明日は仕事をほかのスタッフに変わってもらい、病院へいくという。それができるならやったほうがいい。
 
 今後、シェラとどんなつきあい方をしていったらいいのかを明日、病院で相談する。これまでにも増してシェラとの日々を大切にしていきたい。
 今朝も散歩から戻ると、玄関に伏せてしまった。最後のころのむぎのように……。シェラも日々体力が衰えている。クレートの乗り降りにも迷いがる。まだ助けてやらなくても乗っていくが、もうすぐ手助けをしてやらねばならなくなる予感がある。
 
 とりあえずは明日である。


弱虫わんこが年取ると

2011-11-09 12:48:23 | シェラの日々
☆相手かまわず吠えるようになった


 「散歩へいってよそのわんこと逢うと、シェラが相手かまわず吠えつくから引っ張られて危なくて……」
 家人がしきりにこぼすようになったのがシェラの最近の変わりようである。
 歩くときの足許は危なかっしいシェラだが、いまだパワーは残っている。17歳近いとはいえ、いまだパワフルな22キロのわんこをリードでコントロールするには非力な家人にとってなかなかの苦労であろう。ちゃんということを聞いてくれるから大丈夫というのが前提の散歩なのである。
 
 とはいえ、このところのシェラはまた目に見えて老化が進んだ。だからこそ、よそのわんこたちに吠えつくようになったともいえる。
 生来のチキンハートの弱虫わんこである。シェラが吠えるのは怖いからと相場は決まっている。「寄るな」「くるな」「あっちへいけ」といいたいだけでなのだ。だからよそのわんこにも人間にも噛みついたりしたことは一度もない。
 もっとも、襲われてよその犬に噛みつかれたことは何度かある。そういうとき、いつもぼくが襲ってきた犬を相手に大立ち回りを演じてきた。

☆耳がほとんど聞こえなくなった

 もう一段階進んでしまった老化のうち顕著なのが聴覚である。ぼくや家人が帰っても、すぐそばまでいって声をかけてやらないと反応しない。しかも、かなり大声でないと……。
 寝ていようが起きていようが同じである。かすかに何か聞こえたので顔を上げ、目の前に映る様子から状況を判断して反応するというのが現在のシェラである。

 年齢とともに訪れた五感の衰えのうち、いまのシェラに顕著なのはこの聴覚に続いて視覚らしい。
 目の前のおやつを一部残してしまうことがあり、これは「見えていないから」と家人は主張するが、ぼくは単に嗜好が変わっただけだと思っている。弱ったとはいえ、目と鼻でおやつくらいは捉えているはずだからである。むろん、視覚も嗅覚も歳相応に衰えてはいるだろうが……。

 散歩のとき、ただでさえしつこかった道端のそこかしこで臭いをかぐ行為が、年齢とともにさらにしつこくなった。その執念たるや呆れるほどである。嗅覚は犬の生存にかかわるほどの重要なファクターであり、それが衰えてきたからこそ、シェラも本能的に必死になっているのではないかとぼくは思っているが、本当のところはまるでわからない。

 味覚や触覚にいたってはさらによくわからない。
 ただ、食欲だけはまだ健在でなかなか旺盛である。もっとも、ボケて食べたことを忘れても、現象としては「食欲旺盛」となるが、幸いにして老化もそこまでは進行していないはずである。

☆これが最後にならないようにと


 触覚は、どうなっているのだろうか。人間ほどに重要ではないだろうが、むしろ、身体に生じている痛みを隠しているきらいがある。
 近所にいる先輩格の高齢犬は、家族ですら身体に触ると怒って噛みつくそうだ。飼主さんは、歳とって気難しくなったとおっしゃるが、きっと、あちこちに痛みがあるからではないだろうか。たとえば、神経痛のような……。
 
 これはシェラにもあてはまる。触って怒りはしないが、後脚になんらかの痛みがあるようで、雨の日、レインウェアを装脱着するときに気をつけないと唸って痛みを訴える。
 もっとも、毎日、散歩から戻って雑巾で足を拭いてやるときはガマンしている。

 身体のコンディションは、日々、微妙に表情を変える。それが歳をとるということなのだろう。
 今日もインターネットでシェラのドライフード3㎏を注文した。こうして注文できることがとってもうれしい。これが最後にならないことを祈りつつ手続きを終えるのが、いつのまにか習慣となってしまった。