愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

遊び過ぎてさすがに疲れたぜ

2017-09-28 21:14:00 | ルイとの日々
■ 食欲が落ちたらしいけど
 このところ、朝のルイは食欲を失っている。原因は、もっとおいしいご飯がほしいからか、歳のせいだからなのか、それとも、疲れがたまっているからか?
 もしかすると、全部が原因かもしれない。
 
 ルイのご飯は獣医さんから推薦されたドライフードである。どこにでも置いてあるわけではないので、毎回、インターネットで取り寄せている。
 ドライフードだけでは、あまりにも無味乾燥でかわいそうだというので、女房は、毎回、においづけのようにふりかけやそぼろのような別のフードを混ぜている。

 最近、においづけ代わりにチーズをやってしまったという。それからというもの、朝の食べが悪くなった。ふりかけだけを食べてドライフードを食べようとしない。 
 小言をいいながら、女房はふりかけをもう一度まぶし、ドライフードを手で食べさせている。「甘やかすな。一食や二食抜いても死なねえよ」といってもやめない。「これだけデブなんだから心配するな」といってもいうことをきかない。ルイは明らかに「もっとうまいもんがあるだろう」という顔をしている。


■ ドライブはどちらも疲れる
 そうやってようやく食べさせてもドライフードが食器の中に残っている。それ以上は食べないからだ。これは6歳という年齢のせいかもしれない。デブだからちょうどいい。どこかが悪いという兆候はない。
 エサの食べが悪くても、毎朝、会社へ出かけるぼくに相変わらず「遊ぼうぜ!」光線を浴びせかけてくる。
 
 ルイにも疲れがある。毎週末、ドライブにつきあわせているからだ。クルマではケージに入れているが、ドライブ中はたいてい起きている。しかも、行き先が山道やらアップダウンの激しい曲がりくねった道が少なくない。ルイはケージの中でカーブ毎に右に左に踏ん張りとおしているそうだ。かなり疲れて当然だろう。
 
 今月だけでも週末の休みはけっこう遠出していた。ハードなルートもあった。運転するぼくも疲れるが、それにつきあうルイも楽じゃない。週の前半は、昼間、死んだように寝ていたらしい。
週明けは、ぼくも会社でヘロヘロなので、月曜日や火曜日はなるべく予定を入れないできた。水曜日あたりから復活して、週末がピークになるように調整する。そして、遊ぶ。


■ ひたすらもう太らないように
 敬老の日がらみの連休は長野の戸隠へ出かけた。15日の金曜日に休暇を取り、18日までキャンプの予定だったが、列島をうかがう台風のおかげで一泊で帰ってきた。
 片道300キロを2日続けて運転したぼくはバテバテになった。つきあわされたルイもたまったものじゃなかったろう。
 翌週の23日の土曜日は墓参りで御殿場まで走った。翌日は友人の家族と山中湖で合流して遊んだ。むろん、ルイも一緒である。

 ぼくもルイもバテた。ルイは食欲をなくした。やっぱり疲れたのだろう。
ぼくのほうは、幸い変わりがない。仕事上のストレスだってあって当然ながら自覚がない。ストレスを生じるとどうなるのかよくわからないのだ。インフルエンザで高熱が出ても食欲が落ちないような人間である。もちろん、70余年の人生に食欲が落ちた記憶がない。
 もしかしたら、去年のいまごろ、やたらステーキが食べたくなっ
たのがストレスだったのかもしれない。もちろん、せっせと食べた。

 いずれにせよ、ぼくもルイも何があろうと体重が落ちないのが厄介だ。むしろ、これ以上太らないようにと、それだけを心がけている。
ルイが太ると重くなってしまう。ぼくがこれ以上太ると着るスーツがなくなって出費が増える。現状維持こそがぎりぎりの妥協なのである。


わんこのように純な心で

2017-09-01 22:21:45 | ルイとの日々

■ 筋金入りのチキンハート
 怒涛のような1年だった。といってもルイには直接関係がない。ルイのとうちゃんに余裕がなくなってしばらく放っておかれたけど。
 去年の今日、勤めている会社の代表になった。就任までひと月を切ってのオーナーからの指名だった。予期していなかっただけに慌てた。最初の半年ほどは仕事のことばかり考えていて気持ちの余裕が持てなかった。もちろん、いまも余裕はないのだが、少し慣れてきて「社長を演じる」のが楽しめるようになっている。
 
 春までは、会社で疲労困憊となり、夜、家に戻ってからはルイと遊ぶどころではなかった。朝の散歩以外放っているのに気づき、これはいかんと、少し前からルイには意識的に声をかけてやり、スキンシップも再開した。
 だが、当のルイは迷惑らしい。放っておかれたのに慣れてしまい、かえってそのほうが心地よかったのか、かまってやってもあからさまに「放っておいてくれ」という態度でいる。目があったとき、「こい!」といっても知らん顔だ。

 先代のシェラやムギに「こい」といえば、迷惑そうではあったが、しぶしぶやってきて、「なんの用かしら?」といわんばかりの顔をする。「チュッチュは?」というと、「やっぱりそれなのね」とおざなりのキスをしてさっさと離れていった。
 それでもシェラのキスには愛情があった。ムギのキスには報恩があった。ルイは無視である。
 
 キスを嫌がるくせに、ルイはしじゅうぼくの足元に転がっている。
 女房は、「ボスに守ってもらおうとしているのね」というが、もしかしたら、逆にボスたるぼくを守っているつもりなのかもしれない。しかもポーズである。守っているのを演じているだけの……。
 夕方、ぼくの帰りを玄関で待つルイは、ドアの鍵を開ける音で奥のリビングへ逃げていく。逃げ遅れて、ドアを開けたぼくと目があっても逃げていく。それほどのチキンハートなのである。


■ 演じるのも楽じゃない
 弱虫わんこながら、本能にはあらがえないらしく、番犬を演じようとするのは同じコーギーのムギがそうだった。いつも玄関の内側で番犬をやっていた。
 キャンプへ出かければ、リビング用のシェルターの裾から上半身を外へ出して見張っているのである。シェルターを使っていないキャンプでは、タープの外で見張っている。これは最初の写真のようにルイも同じだ。
 ただ、ムギはうれしそうに番犬をやっていたが、ルイはオス犬のくせにあきらかに緊張している。チキンだからしかたない。

 ルイを非難してばかりいられない。
 社長室のデスクに座り、社長を演じながら、いまのオレはムギかな? それともルイだろうか? と思うことがある。これまでの1年間はきっとルイのように緊張していただろう。しかし、これからは、ムギのように楽しそうに社長業を演じたいものだ。
 幸い全社挙げての苦労が実って6月決算は思いもよらない大幅な利益を計上した。この上げ潮に乗らない手はない。

 だからといって慢心はすまい。これからもわんこたちのように裏表なく素朴に、そして清廉に生きていきたい。何よりも、恩に対して裏切りで報いるような下衆には成り下がるまいとあらためて思う。
 つい最近も、自らが苦境のときにすくい上げ、引き立ててくれた恩人を陥れようと画策した人間をまのあたりにした。天網恢々疎にして漏らさず。悪行はたちまち露見して自滅していった。だが本人は自分のやった行為の醜悪ぶりに気づいていない。憐れだ。

 こちらはせっかく天がくれた僥倖である。思い上がらず、裏切らず、正々堂々と生き、胸を張って職務をまっとうしたい。純な心をあまねく持ったわんこたちに恥じないように。