愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

燃え尽きんとする余塵にも似た命の気高さ

2012-02-04 23:19:06 | がんばれ、シェラ!

☆まだ息をしてるだろうか?
 せめて週末までは生きていてくれとの願いが通じたらしく、シェラと一緒にこの週末を迎えることができた。今週、すでに大半の時間をシェラはどんよりしと寝たままで過ごしている。
 夜や朝、ぼくと家人は寝ているシェラをそっとのぞきにいく。口には出さないが、まだ息をしているだろうか? 生きていてくれるだろうか? それだけが気になってしまうからだ。

 朝、目覚めれば、どんな時間だろうと、まずはシェラを見にいく。かすかに胸の辺りが動いていればほっとしてベッドに戻る。すると、寝ていたはずの家人が、「シェラちゃんはどう?」と訊く。「うん、静かに寝ているよ」と答える。家人が見にいって帰ってくれば、「どう?」とぼく……。

 もう食事をまったく受けつけないし、水さえもすぐに吐いてしまう。元々、吐き癖のあるシェラである。吐くときのいかにも苦し気な様子を、かねてから家人は恐れてきた。だから、食べたがらない食事を与えることができず、水さえも与えるのにひと苦労だった。このまま、燃え尽きんとする余塵を眺めるがごとき態度の自分たちでいいのかと焦燥感に駆られていたところ、幸いにしてコメントの助言の数々に助けられている。

 スポーツドリンクを薄めてた水をドレッシング容器に入れ、歯茎を濡らす要領で飲ませ、食事代わりにスープを少しずつ飲ませてやった。嫌がりながらもシェラは飲んでくれた。もしかしたら、ぼくたちだけの自己満足に過ぎないかもしれないが、シェラが反応してくれただけでうれしかった。



☆こんなになっても休日の外出を待つなんて
 ルイの朝の散歩は、シェラがいないからたっぷり歩いてやることができた。ぼくたちがシェラのかまけて相手をしてやる頻度が減っている分、ルイの運動量もじゅうぶんではなくなっている。それだけに、今朝は天気もよかったのでたくさん歩いてやるつもりでいた。せめて、5000歩くらいはと……。

 4500歩あたりで終わってしまったが、家に戻るとシェラがしっかり目を見開いて迎えてくれた。むろん、寝たままである。朝食を摂りながら、家人がそっとぼくに囁いた。
 「シェラちゃん、今日が休みだって知ってるわよ。いつもなら、虚ろなどんよりした顔で寝ているだけなのに、しっかりした目をしてるわ」
 なるほど、見開いた目がぼくを正面から見ていた。
 「シェラ、あとで散歩にいこうな」
 汚れた口のまわりを拭いてやりながら、ぼくはシェラに語りかけた。

 今朝までのシェラはいつ呼吸が止まってしまっても不思議ではないような容態だった。ずっと食べていないし、ほとんど飲んでいない。口のにおいだって、いかにも「尿毒」という悪臭である。こんな毒素に身体を蝕まれているのかと思うと、ただただやるせない。
 撫でてやったときの反応だって実に鈍いものだった。昏睡状態になっているわけではないが、ほとんど意識が遠のいているものだとばかり思っていた。それが、家人のいうとおり、しっかり目を見開き、「お父さん、今日はお休みでしょう。どこへ連れていってくれるの?」と訊いている。


☆最後までカフェ犬でいような
 ぼくの約束を楽しみにして待ったのか、それとも休日のお出かけをあてにして待ったのか、シェラはぼくの動きに俊敏に反応して目を開いた。
 午後3時、本当に散歩ができるかどうかわからないまま、シェラをカートに入れ、ルイはリードをつけてぼくたちは散歩に出かけた。シェラの気分転換に、近所をちょこっとまわってやるだけのつもりだった。ご近所のわんこ仲間の奥さんたちが行き会う度に声をかけてくださり、励まし、涙ぐんでくれた。つくづくありがたいと思う。

 カートの中で、シェラは伏せもせず、坐ったままでいる。横たえて楽な姿勢にしてやろうとするのを嫌がり、しっかりと坐ったままでいる。
 いかにもシェラらしい。クルマのシートでも、まず、よほど疲れていないかぎり、いつも坐ったままで乗っている。家人が、「シェラちゃん、疲れるから伏せしなさい」といってもきちんと坐り、表の風景を眺めているのである。
 
 ほんの5分か10分で帰るつもりだったが、シェラの気力に促されて、ぼくは家人に提案した。
 「モスバーガーまでいかないか」
 家人も、「ええ、そのつもりよ」と笑顔で答えた。せめて土曜日まで生き延びてくれと願ってきたことがアホのようである。
 ぼくたちはシェラを「カフェ犬」と呼んでいる。休日、とにかく、カフェの類いのテラス席でひとときを過ごすのを楽しみにしているわんこだからである。家人ゆずりのカフェ好きでというわけだ。だから、最後になるかもしれないテラス席でひとときを過ごしたいのである。


☆まさかオシッコまでしてくれるなんて
 寒さがゆるんだ土曜日の午後、もしかしたらテラス席には先客がいるかもしれないと危惧したが、幸運にも空いていた。シェラが何も食べることができなくても、そこにいるだけで満足してくれるはずだ。スポーツドリンク入りの水も持参していた。ここで過ごした時間を含め、結局、小一時間の散歩になった。

 家人が、「帰りにどこかでシェラを歩かせてやりたいんだけど……」というので、草のある場所へまわった。まもなく宅地になる予定の畑の跡地である。カートから下ろして置いたとたん、シェラは腰をかがめ、オシッコをした。家人が歓声を上げた。ぼくはしばし信じられなかった。
 
 しかし、たしかにシェラはオシッコをしていた。しかも、そこそこの量である。昨日からの水のおかげであろうか。たったそれだけのことで、ぼくたちはとってもハッピーな気持ちで家に戻ることができた。

 そして夜、ほんの数10分、家人ともどもシェラとルイを置いて家を留守にした。戻ってみると、玄関前のシェラを寝かせていた場所にシェラがいない。まさか動いてしまうなんて思いもよらなかった。もっと意外だったのは、シェラが動いて寝ていた先だったが、詳細のレポは明日に。
 

きみをこんなに苦しめてしまったなんて

2012-02-03 22:53:07 | がんばれ、シェラ!

☆もし、こんな日にシェラが死んでしまったら……
 このエントリーは、ぼくの昨日からの懺悔の記録である。

 昨朝、家を出てから気になっていたことがふたつあった。ひとつは、朝の散歩にシェラを連れていかなかったことである。立ち上がるのもしんどそうだったし、オシッコは寝ながら漏らしていたのでオムツをさせている。わざわざ連れ出すには及ばないだろうと散歩は見送った。

 気になっていたふたつめは、朝、会社へ出かけるときに時間が迫っていたのでシェラとルイに声をかけてやらなかったことだった。いつも、「じゃあ、いってくるよ。早く帰ってくるからね」などといって頭を撫でてやるのに、昨日はそれを飛ばして家を出ていた。なんでもないときなら気になるはずもないが、瀕死のシェラに大切なことを忘れたようでしきりに悔やまれた。

 もし、こんな日にシェラが急変して死んでしまったら間違いなく「なんであのとき……」「あの日の朝にかぎって……」と悔やみ続けていくだろう。会社へ着いても落ち着けず、昼過ぎに家人のケータイへ電話をかけて様子を訊いてみた。
 とりたてて散歩へいきたがるふうもなく、相変わらず静かに寝ているという。「やれやれ……」とため息を洩らし、ようやく落ち着くことができた。


☆もうシェラとの時間はほとんどない
 会社の終業時刻と同時にケータイへ家人からメールがきた。
   悪いですが、少し早く帰れますか?
   シェラを少し外に出したほうが良いかなと
   思うのですが、私の力では無理なので。

 むろん、ぼくはすぐに帰り支度をはじめた。10分後、オフィスを出ようとしているところへまたメールがきた。
   水を飲ませたいので、薬局で水差しを買ってきて
   ほしいんだけど。

 返事を準備していると、再メールが……。
   大丈夫でした。買っていたのがちょうどあり
   ました。


 7時を少しまわったころに家に帰り着いた。玄関のドアを開けると、目の前にシェラが寝ていた(写真=上)。ぼくの帰ってきたのには気づかず、ぐっすり寝ている。カバンの中からカメラを出して撮す。もしかしたら、これがぼくを出迎えてくれる最後になるかもしれないから……。
 寝ている姿がなんとも愛しい。17年間という決して短くはない時間をともに生きてきた愛惜の果て、もう残された時間がほとんどないからなおさらにつのる愛しさだろう。

 「ね、シェラちゃんのオムツを外してやりたいから手伝ってくれる」
 着替えもせず、カバンを置いただけで写真を撮っていたぼくに家人がポツリといった。夕方、シェラはオムツをつけたまま何度か部屋の中をウロウロしたらしい。「シェラちゃん、お散歩にいく?」と訊いてもまた寝てしまったりして、散歩にいきたいのかどうか判然としなかったという。

 ぼくがシェラの身体を持ち上げ、家人がオムツを取ろうとするが、家人は腕がすくんでなかなか外せない。不本意に身体を持ち上げられたシェラが、「ウーッ!」と低く唸る。「オレがやるからどけ!」といって、左手でシェラを支え、右手でぼくはなかば強引にオムツを外した。「そんな乱暴に……」家人がぼくに抗議する。「身体を持ち上げられているのだってシェラには辛いんだよ」ぼくは妥協しなかった。


☆やっぱりガマンをしていたんだね
 シェラのオムツはまったく濡れていなかった。拍子抜けするほどである。
 「この子のことだから、もしかして、穿かされたオムツを濡らしちゃいけないと思ってガマンしてたんじゃないのか」
 「そうかもしれない」
 オシッコがしたくなっても出せないでがまんしているのではないか……。ぼくは服を脱ぎ捨て、散歩着に着替えるとカートまで運ぶためにシェラを抱き上げた。

 抱き上げたシェラはすっかり軽くなっていた。そりゃそうだ、もう4日間、食べていない。外でカートから出して地面に置いてやると、たちまち腰が砕けて座り込む。手を添えて立たせるとよろけながらもけんめいに立ってくれる。
 その場でオシッコをする。一週間前に比較すると量が多いとはいいがたいが、このところの量としては多めである。

 倒れそうになりながら、2メートル、3メートルと移動し、また同じくらいの量のオシッコをした。凍りつくほどの悔恨が押し寄せてきた。間違いない。やっぱりシェラは、慣れないオムツをされてお漏らしさえできなくなっていたのである。なんというかわいそうなことをしてしまったのだろうか。 
 「シェラ、悪かった。ごめんな。苦しかったろ。もうオムツなんかしないからな。また、オシッコがしたくなったら、どこであろうと遠慮なくやってしまってもいいからな」
 シェラをカートに戻しながら、ぼくはシェラに二度、三度と詫びた。


☆すべてが裏目に出てしまった
 自分の夕食が終わってすぐにもう一度シェラをカートに乗せて連れ出した。再び同じくらいの量のオシッコが出た。
 家に戻ると、もうひとつの間違いを犯していたことに気づかされた。最初の散歩から戻った直後、ぼくはシェラに水を飲ませていた。ふつうの容器からは飲まず、水道の蛇口からしか飲まなくなっているのを見て、家人が水差しを使おうとして、ふと、わが家のわんこグッズの中に水差しに代わるちょうどいい容器を見つけて使っていた。

 それはぼくが100円ショップで手に入れたソフトプラスチックのドレッシング容器だった。オス犬のルイを散歩に連れていったとき、足を上げてどこかへ引っかけたオシッコを洗い流すために買ったのだが、まだ使っていなかった。
 その容器に水を入れて口の脇から差し込み水を出してやると、シェラはガブガブと飲んだ。平置きの容器から飲めなくなったということは、もう、舌が動かなくなってしまっているからかもしれない。

 水を飲まなくなったのではなく、飲めなくなっていたのだ。さぞや辛かろうと、ぼくは胸が押しつぶされそうな痛みを感じながら水を飲ませた。
 だが、二度目の散歩から戻った直後、シェラはその水を吐いてしまった。大量に飲ませすぎたのだろう。苦しそうに吐くシェラにまたぼくは謝り続けた。
 この日、ぼくがシェラのためによかれと思ってやったことのすべてが裏目に出て、シェラをさんざん苦しめてしまった。

 シェラ、ごめんね……


きみが心置きなく旅立てるようにぼくたちも強い心でいないとね

2012-02-02 22:16:23 | がんばれ、シェラ!

☆どんなひどい悪臭だってそれもきみのにおいなら
 底冷えのする一日だった。今日も昨日から続く冷たい風が吹いていた。これが東京の冬の正しい姿なのかもしれないが、シェラの命の灯火が消え入らんとするこのときだけに、心の中にも凍てつく風が吹きぬけていく。足がすくむほどに冷たい風である。

 昨日のシェラの下痢は、前日の注射が効いたらしく、幸い鳴りをひそめてくれた。だが、月曜日からの絶食状態は変わらず、シェラに食欲は戻ってこない。「もうしかたないよ」とぼくはあきらめているが、家人はなんとか少しでも食べさせようと、朝な夕なにウェットフードやシェラの好みそうな肉に火を通したりして用意し、手でシェラの口元に持っていく。においを嗅いではくれるものの、やっぱり横を向かれてしまう。
 
 シェラの吐く息の悪臭はますますきつくなり、家中がシェラの口臭で満ちている。シェラの身体の負担たるやどれほどのものかと思う尿毒素特有の悪臭である。その中でぼくたちは食事をし、眠りにつく。外から帰ると、玄関に立っただけでドアを開ける前からにおってくるほどだ。これさえもシェラのにおいだと思えばたちまち馴染めてしまう。
 
 毎日飲ませているステロイド剤をどうしたものかと家人が電話で病院へ訊いた。飲ませると嘔吐を誘引してしまうように思えたからである。すでにこの段階だからだろう、ステロイドの投与は中止することになった。
 それでも吐くようなら吐き気止めの薬を飲ませるようにいわれたそうだ。ほとんど食べていないのだから吐くものなんか何もなく、胃液を吐いたりしている。さぞや苦しかろう。
 
 家の中でもほとんど歩かなくなった。大半の時間を寝ている。たまに場所を移動するときによろけて歩くくらいである。昨日の朝は朝の散歩に連れ出し、オシッコだけはさせたが、体力の消耗が激しいようなので今朝はもうやめて寝かせておいた。


☆水まで飲めないのかと思ったら……
 足腰の衰えが進むとともに失禁がはじまった。同時に食欲ばかりか水さえ飲まなくなった。
 失禁といっても、シェラに明確な自覚はないと思う。もし、自覚があれば、尿意を催したときから外へ出たいと騒ぐはずだからだ。寝ていた場所から別の移動したとき、元の場所が濡れている。オシッコであり、もうひとつがヨダレの痕跡である。むろん、身体もオシッコで濡れてしまっている。
 
 これだけでもシェラがすでに次の段階に入ってしまったことがわかる。悲しんでいる余裕などない。われわれが強い心でシェラの旅立ちを見届けてやらなくてはならない。シェラが心置きなく死出の旅に発てるように……。
 
 脱水症が進めば、それだけ身体の苦痛も増すはずである。なんとか水を飲ませてやりたいと思うのだが、なぜか水の入った容器の前で見ているだけである。容器ごと鼻の先まで持っていっても飲もうとしない。
 この悩みは、夜、泊り込みでやってきたせがれが解決してくれた。彼はシェラを風呂場まで連れていき、水道の蛇口を開けたのである。流れ出る流水に、シェラはかぶりついて大量の水を飲んだという。外では好んでやりたがるシェラ流の水の飲み方だが、家でやったことなど一度もない。視覚に障害が起こり、容器の水が見えないのか、頼りの嗅覚が鈍ったためなのか、本当のところはわからないが、この方法で今朝も風呂場で大量の水を飲んだ。


☆深夜のわんこ用オムツ騒動
 昨夜、シェラが風呂場で水を飲んでいた午後11時ごろ、ぼくはクルマで町田駅に程近いディスカウントショップまでいっていた。それというのも、日曜日にシェラのために買っておいた紙オムツが単独では使えないことがわかったからである。オムツカバーとセットでないと装着できない。
 
 シェラの失禁対策としてオムツを使おうと出してみてはじめてカバーが必要だとわかったのが午後9時、カバーを置いてありそうな近所の大型スーパーが閉店する時刻だった。それから、家人となんとかならないかあれこれ知恵を絞ったが解決策が見つからないままあきらめかけていたとき、明け方までやっているディスカウントショップの存在を家人が思いついたのである。
 
 オムツカバーがあってくれと祈るように出かけたものの、その店では取り扱っていなかった。帰りかけたそのとき、人間の子供の紙オムツなりカバーなりをなんとか流用できないものかとひらめいた。孫もいない身なので、どんな商品があるのかさえわからぬまま売り場へいくと、目の前に数種類のパンツ型の紙おむつが並んでいた。
 犬と人間の子供とでは身体の形状が違うのだから多少の無理は承知である。問題はサイズだった。迷いつつ、そこにあるいちばん大きいサイズを買った。


☆おとなしくオムツをさせたシェラ
 家に戻り、ハサミでシッポ用の穴を開け、両サイドのきつく締まってしまいそうな部分を切り開いて、なんとかシェラに穿かせることができた。ふだんなら、こんな異物を身体にまとうのを嫌がり、あっという間に外してしまうだろうが、おとなしくつけたままでいる。そんなことも感じなくなってしまったのだろう。
 
 朝、ひと晩中穿いていたオムツを取り替えようと脱がせてみると、オシッコもウンコもやっていない。オムツをしたのでシェラが緊張して出さなかったのだろうか。それもまたシェラに訊いてみないとわからない。
 ひと晩中、寝ないでシェラを見守ってくれたせがれによると、今朝、また風呂場で水道の蛇口から水を大量に飲んだそうである。
 
 だが、シェラにオムツをさせることが、実はとんでもない間違いだったと今日の夜になるまでぼくも家人も気づかないでいた。よかれと思ってやったオムツだったが、シェラを苦しめてしまう結果になるなんて……。その顛末は明日また記すことにする。
 

「お母さん、苦しいよ!」と訴える悲痛な叫び<1月31日>

2012-02-01 21:07:42 | がんばれ、シェラ!

☆ようやくの思いで歩いてくれたが
 昨日31日は、シェラにとっても家人にとっても苦しく、辛い一日だった。
 完全に立てない、歩けないという状態になってはいないシェラだが、ときおり、立てなくなり、むろん、歩けなくなってしまうことがある。昨日の朝の散歩がそれに近かった。
 
 ぼくが促しても、散歩にいく意志さえもう失くしてしまったのではないかと思えるほど身体を動かさない。強引にハーネスを着け、抱きかかえてクレートに入れた。外へ出ればなんとか動いてくれるのではないかというかすかな望みに賭けた。
 
 ルイをどうするか迷ったが、やっぱり横にノーテンキなルイがいるほうが刺激になるだろうと思い、一緒に連れ出した。それがどんなに苦労するかは承知の上である。動かないシェラの面倒をみながら、一瞬たりともじっとしていないルイを操らなくてはならない。しかも、シェラへの「遊ぼう攻撃」は断じて阻止しなくてはならない。
 
 だが、やっぱりそんなルイが一緒だったせいか、外へ出たシェラはもがくようにクレートから出てソロリと立ち上がった。足をとられながら30メートルほどをゆっくり歩き、駐車場の砂利の上でオシッコをした。前の晩に出しているとはいえ、それでもやっぱり量が少ない。
 
 ほどなく、ウンコの体勢をとる。しぼり出すようにしてほんの申し訳程度が地面にこぼれたがそれきりだった。便意はあるらしく、倒れそうになりながらけんめいに背中を丸めて力んでいる。いまのシェラには限界を超えた長さだった。とうとうお尻から座り込み、悲しげに低く鳴いた。
 「もういい。もういいから、シェラ、帰ろう」
 ぼくはシェラを抱き上げた。
 
 泊まってくれたせがれからの話によると、早暁、家のリビングで下痢便を出しているからしかたないのかもしれない(昨夜、あらためてせがれから聞いた話によると、朝方、彼が風呂へ入っているとシェラが、苦しげに鳴いたそうである。あわてて風呂から出てみるとリビングの床の上に排泄していたという)。

 
☆家人からの辛いメール
 会社での昼休み、ケータイに家人からメールがきた。
 「時間があったら電話ください」(12:16)とある。緊張しながら電話をすると、シェラの下痢がひどくて、何度か外へ連れていっているが、なかなかウンコが出てくれないらしい。しかも、クレートの中で漏らしてしまってもいるという。病院へ電話をしてみたら、腎不全の末期に起こりうる症状なので連れてきてくれれば下痢止めの注射をしてくれるそうだ。
 
 家人は、ぼくに早く帰ってきてほしいのだろうが、4時から恵比寿でどうしても外せない緊急案件のミーティングを予定している。「とにかく、ミーティングを早めに終えて帰るようにするから……」 としかぼくには答えようがなかった。

 「シェラちゃんが、『お母さん、苦しいよォ! 出ちゃうよォ!』って籠(クレート)の中で辛そうな声で訴えてお漏らししてるの。外へいかなくてもベランダでやっていいわよって出してもやらないのよ。『早く外へ連れてって!』って鳴くの。もう、もう、かわいそうで、かわいそうで……」
 当事者の家人も辛いが、それを聞いてすぐに帰ってやれないぼくも別の辛さがある。もちろん、もっと苦しんでいるのはシェラなのだが。

☆「もうあなたの帰りを待っていられません」
 午後2時36分、再びケータイにメールがきた。シェラの様子がますますひどくなっており、ぼくの帰りを待ってはいられないのでせがれに会社から帰ってきてもらうよう頼んだという。
 病院へはクルマで行かなくてはならない距離であり、家人は運転できない。家人が運転できたとしても、20キログラムのシェラを彼女が運ぶのはとうてい無理だろう。
 
 5分後に状況説明の追加メールがくる。
 「かなりかわいそう!遠慮がちなんで、たいてい間に合わなくて籠のなかやら玄関やらで、大変です。ウェスがあったら助かるけど、もう残り少ないの」
 悲惨な状況が目に浮かぶ。日曜日に、こんな事態もありうるからとホームセンターでウェス(ボロ布)の1キログラム入りを一個買ってきてあった。それを今日のわずかな時間で使い尽くしつつあるらしい。ぼくはすぐに電話をかけ、もし、ウェスが足りなくなったらぼくのアンダーシャツを使うようにと指示した。

 ぼくが家に帰り着いたのは午後7時を少し過ぎた時刻だった。マンションの前で散歩から帰ってきたルイとせがれに会う。家では病院での注射ですでに落ち着いたシェラが顔を上げてぼくを迎えてくれた。
 いかにも疲れ果て、もう、立つ余力は残っていないのが見て取れる。そんなシェラの首を抱き、「シェラ、疲れたろ。大変だったね」と今日の悲劇をいたわった。


☆ずっとそばにいたいのに……
 着ていたスーツをソファの上に脱ぎ捨て、普段着に着替えるとぼくはすぐにホームセンターにクルマを走らせた。念のために1キログラムのウェスを二袋と紙おむつを買うためである。どちらもシェラのためにはもう使わないかもしれない。それでも万一のためにと買った。

 夕飯を食べながら一日の顛末を聞いた。電話をかけたとき、先生から、「便に血が混じっていませんでしたか?」とまず訊かれたそうである。下血が末期の症状のひとつなのかもしれない。下痢の原因は、尿毒症からきているという。ますます口臭がひどくなっているから腎不全が進行しているのは覚悟していた。
 
 まったく食欲を失くしているシェラだが、夜、ぼくがおやつをやると食べた。野菜入りの鶏ささみのやわらかいスティックである。これをちぎってやると二本分食べてくれた。
 昨夜もせがれが泊まってくれたが、なんとか朝まで静かに過ぎた。朝の散歩は昨日と同じだった。オシッコはいつもの半分以下、すぐに帰りたがった。朝ごはんはまったく食べない。もう水さえ飲もうとしない。

 あと何日かの命になってしまったシェラの死に目には会えないかもしれない。それもしかたないと思っている。もしかしたら、これが最後かもしれないと思いつつ、「シェラ、いってくるからね」といって頭を撫でて玄関へ向かう。
 「いってきます」と玄関を出るとき、「会社にいくほうが楽でしょう」と家人が背後でいった。
 「朝からそういうイヤミをいうなよ」
 「そんなつもりじゃないわよ。いってらっしゃい」という家人の不安げな声を背にぼくは歩き出した。しかし、たしかに会社へいってしまうほうが楽である。
 
 それでも、彼女と代われるものなら最期の瞬間までずっとシェラに付き添っていてやりたいと本心から思う。どんなに手間がかかろうともシェラなら苦痛になるはずがない。17年間、苦楽をともにしてきた紛う方なき大切な家族なのだから。


きみはもういなくなってしまうんだね<1月30日>

2012-01-31 21:57:59 | がんばれ、シェラ!

☆漏らしてしまったのを知らせにきたのかい
 半開きのドアを引っかく音で振り向くとシェラが立っていた。
 風呂から上がり、自分の部屋のPCでメールやフェースブックのチェックをしているうちにもう午前12時半を過ぎてしまった。そろそろ切り上げて寝なくてはと思っていた矢先だった。
 風呂へ入る前に散歩着に着替え、廊下で寝ているシェラに、「散歩へいこうよ」と何度か声をかけてみた。いかにもけだるそうに薄眼を開けてぼくを見るが、まったく動く様子がない。こうなったら、明け方だろうがなんだろうが、シェラの催促があったら応じてやればいい。よしんば、家の中でやってしまってもいいじゃないかと家人と話し、夜の散歩はいかないで風呂へ入ってしまった。
 
 シェラの体調の状態から、わざわざ呼びにくることがぼくには意外だった。「わかった。すぐにしたくするからな」といって部屋を飛び出す。先ほどまでシェラが寝ていたあたりの床の、シェラが歩くときの滑り止めのためのカーペットが濡れていた。その滲みの大きさからみて、失禁したというより漏らしてしまった程度であり、それを教えにきたのかもしれない。ぼくの部屋の前の、シェラが立っているあたりの床もいくらか濡れていた。
 
 その健気さに涙がこみあげてきた。遠慮なくやってしまえばいいものを……。
 風呂へ入っていた家人が慌ただしく出てきて、ぼくの話を聞いてやはり泣いた。ぼくたちのただならぬ気配にルイがケージの中で烈しく鳴いている。
 
 このルイもまた、シェラに迫る異常さを察知してナーバスになっているようだ。ぼくが風呂へ入る前に、ケージから出してやったのに、家人の脇に寄り添うだけでまったく遊ぼうとしないのである。いつもなら、ケージから出せばたちまち突貫小僧と化して部屋の中を全力疾走して、閉じ込められている鬱憤を晴らすのに……。どこか身体の具合が悪いんじゃないかとぼくも家人も本気で心配したほどだった。
 
☆延命はしないでいいよな
 シェラがもう歩けなくなるだろうと思い、マンションの構内の移動に使うクレートの上部を外し、夕食後に風呂場で洗って干しておいたばかりだった。上部を外せば、シェラを抱いて乗せることも容易である。さっそく使ってみるとなかなか調子いい。もっとも、シェラのほうは寄りかかるところがないので戸惑っている。
 そのまま外へ連れ出し、いつもオシッコをする場所までいって下ろしてやった。クレートの上半分を外しても、20キログラムの体重をなんとかするには、やっぱり家人ひとりでは無理だとわかる。

 冷たい風が吹く中で、シェラはオシッコをすませ、よろけながら少し移動してじっとしている。こういうときのシェラはたいてい便意を催すのを待っているはずだ。
 ぼくはシェラを抱え上げ、30メートルほど先の、シェラが好んでウンコをする場所まで運んでいった。そこでもシェラはしばらく立ち尽くしていたが、待っていた便意は湧いてこなかったらしい。
 
 家に戻り、玄関へと抱いて運んだ。足を拭いてやろうにも、すっかり腰が砕けている。家人がシェラの身体を横に寝かせ、形だけ足を拭いた。口臭がまたいちだんときつくなっている。毒素が身体をまわっているのだろう。水を持ってきて口の前に置いてやったが横を向いてしまった。


☆もう覚悟はできている
 シェラが嫌がるので途中でやめてしまったが、まだ数回分残っている点滴液のことが頭をよぎる。
 「点滴、やらないでいいよな」
 ぼくは家人に確認した。「もうやめて」と家人も同意してくれた。
 この期に及んで、ぼくたちはシェラの身体のバックギアを入れたくない。苦悶しているわけではないのなら、もう、シェラの天命に従い、あるがまま、なすがままに見守り、静かに送ってやりたい。ぼくたちが別れの覚悟を決めるだけの時間をシェラはじゅうぶんがんばって生き延びてくれた。

 午前2時、せがれが心配してきてくれた。朝までシェラの横で寝ようと思っていたが、「いいよ、オレが見てるから……」というせがれにシェラを託し、ベッドで寝ることができそうである。「なんかあったらいつでも起こしてくれ」
 午前4時過ぎ、ルイの鳴き声で目が覚め、のぞきにいくとまだせがれがシェラに付き添ってくれている。2時間後の午前6時、起きていくと彼が徹夜でシェラを見守ってくれていたことを知る。シェラはリビングでウンコをしてしまったらしい。それでルイが騒いだのだろう。
 「下痢してるからがんまんできなかったらしいよ」という報告を聞き、一晩付き添ってくれたことへの礼をいった。

 だが、これは31日に待っていた波乱の序章に過ぎなかった。