■ ルイにも仲間がいたほうが……
住んでいるマンションの自治会の掲示板に4歳になるトイプードルの「里親探し」の貼り紙が出た。教えてくれたのは女房である。ぼくも彼女も口にはしないが、ルイがひとりだけでいいのかという思いを持ちはじめている。
シェラにむぎという仲良しの妹分がいたように、ルイにもわんこであれ、にゃんこであれ、仲間がいたほうが楽しいのではないかと勝手に思っているだけなのだが。
「里親探し」の貼り紙が出て2日経ち、3日経ってもまだ掲示板に貼り紙はあった。
朝に夕に掲示板をのぞいて、ぼくも女房も落胆し、どこかでホッとしてもいた。まだ間に合う……と。
貼り紙の話を女房がぼくにしたとき、ルイに仲間がいたらいいかもしれないと思っているのはぼくだけではなく、女房も同じなのだと確信した。ウチで引き取ってやろうかという気持ちは一緒でもなかなかいいだせなかったのは、ぼくたちがすでに70歳という年齢になっているせいだった。
むぎが死んで、その悲しみから逃れるためにルイを探し、この子がほしいという女房の気持ちは痛いほどわかったものの、ぼくは最後まで躊躇した。この子とぼくたちとどちらが先に逝くかわからなかったからだ。
それでもルイを迎える決断をしたのは、ひとりぼっちのシェラを元気づけることができるかもしれないとの思いと、やっぱりぼくもむぎのいない喪失感をどうにもできずにいたからだった。
■ 明らかに捨てられた子だった
「ともかく、事情だけでも聞いてみよう」か。
週末を控えた昨日の夜、ようやくぼくたちは本音を切り出した。もう午後10時になっていたが、女房が貼り紙にある電話番号に電話をかけた。相手は同じマンションの住人だった。ただ、自分たちが飼えなくなって里親を探しているわけではなかった。
近所の道路を歩いているところを、その家の息子さんが保護したのだという。身体に埋め込まれていたチップで生年月日から、どこのペットショップでだれに売られたのかも判明した。たぶん、自分が高齢で飼いきれなくって放棄したのであろう。
ルイより3か月遅く生まれた4歳の男の子である。甘ったれだが聞き分けのいいお利口な子だという。保護したお宅には老犬がいて二匹は飼えないというので里親探しをしているのだという。
切迫した事情があるわけではないとわかって少し安心したが、貼り紙のどことなく寂しげな白黒の写真に胸が痛んだ。
翌日にあたる今日、たまさかぼくが仕事で出勤になってしまったので、夕方の7時に、男の子同士でもあるのでルイとお見合いをさせてようすを見ることにした。ぼくも女房もすっかり勝手知ったる多頭飼いのあれこれを考え、「こうなったら、なにがなんても健康を保って長生きしないと!」と共通の決意表明を笑顔でかわした。
足元でうずくまってぼくを見上げるルイにも、「明日、おまえの弟分がくるぞ」と何度となく教えてやった。
■ ルイを迎えたときの決意
トイプードルがどんなわんこかは、10年前に一緒にキャンプを楽しんだご夫婦のところにかわいい子がいたのでよく知っている。犬種的に問題はなかった。それでもまだぼくの気持ちの中にある一抹の迷いを消し去ることができなかった。
ルイとの朝の散歩から帰るまでに、ぼくは、夕方のお見合い里子に迎えることを断る口実をあれこれ探していた。
ぼくの迷いはやっぱり自分たちの年齢であり、体力の衰えである。経済的な負担への不安もあったが、そんなものは自分たちが質素に暮らせばなんとでもなる。ただ、ふたりそろって目前の目標であるとりあえずの80歳までなんとか生き延びられる保証はまったくない。
もし、これからの10年間のどこかで、ぼくか女房のどちらかに異変があったら、いったい、2匹の犬たちはどうなるのだろう。介護老人にならないといえるだろうか。
ルイを迎えるとき、ぼくが決断したのは、シェラがすでに16歳になっていて、まだ喉のガンは見つかっていなかったが、20歳まで生きてくれてもあと4年、そのときに70を迎えるぼくたちも、その後、なんとかどちらかひとりが生き延びることができれば、シェラのなきあとのルイだけなら最後まで面倒をみてやることが可能だろうと思ったからである。
■ 老いては子に従え
朝の散歩から帰ったぼくを待っていたのは女房の意外な言葉だった。
「あれからよく考えたけど、やっぱりわたしたちにもう一匹は無理じゃないかしら」
むろん、ぼくも同感だった。
「オレたちもあと10年、いや、せめて5年若かったらな」
「昨日、(わんこと)会わなくてよかったわ。あとで謝りの電話をしておくわね」
いまもうちの子に迎えてやりたいとの思いは強いが、やっぱりお互いが不幸になるかもしれない。
女房が翻意したのは、昨夜、帰ってきたせがれに意見されたためだった。
ペットロスになりかけている母親のために、「また飼えばいいじゃない」といってルイを探してくれたのは彼だった。そのとき、ぼくは、「もし、オレたちがふたりともルイを遺して先に逝ってしまったら、責任上、おまえがあとの面倒見ろよ」と約束させていた。
ルイはしかたないけど、それ以上はカンベンしてくれという彼の言い分もよくわかる。
「老いては子に従え」という。ぼくたちもそんな年齢になっている。せめて、ルイには老いた飼主だからと不幸にしたくない。
ルイの最期を看取るまでは、ぼくはボケずに這ってでも面倒をみてやりたい。自分の食べるものを詰めても世話してやる。そして、シェラやむぎとも一緒に虹の橋を渡りたいものだ。
あのかわいいトイプードルとは、残念なが縁がなかったが、これから幸せな生涯をまっとうしてくれることを心から願わずにいられない。