おさむのブログ

日常考えていることや、感じた事を書いています!!

山田方谷④

2023年10月08日 09時09分27秒 | 自分のこと
鳥羽伏見の戦いでは西軍(いわゆる官軍。実態は薩長軍)に恭順するか否かの対応で全国に激震が走った。

備中松山藩は譜代大名であり、藩主板倉勝静は幕府の老中首座(今でいう内閣総理大臣)であるから、薩長の過激派組織に恭順するわけにはいかぬ。しかし、方谷は民を救うことを選択。松山城の無血開城となって戦火を免れた。

この前後に玉島事件が起こった。こちらの記事に詳しいのでURLを添付します。

玉島事件

ここがその柚木邸。ご子孫の方に詳しくお話を聞くことができました。天井の白くなっている部分が鮮血の跡。



熊田恰



『責任』とはこういう事だ。私らは生きることに潔さがない。しみじみこの間で静かな時間を過ごしました。

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丸川松陰が母を亡くした方谷(14歳)に『なぜ学問をするのか』と問いました。その答えがこの文面。赤字は松陰の添削。

今回の旅でこの一筆が最も私の心を打ちました。『述懐』



まあまあそこそこ生きてなるものか。おめおめと歳を重ねてなるものか。

先ずは目の前にある仕事をぬかりなくしっかりやり切ります。


実に、いい旅でした。

ではまた。

おさむ

北澤工務店ホームページhttps://www.e-kitazawa.com/






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