(まだまだしぶとい) チラシの裏日記

鉄道写真中心に、撮影行記やその思い出話、音楽鑑賞記などを

色々ツッコミ処。

2022年12月10日 | ネットあれこれ
 ってな訳で山本直樹氏の名作、件の第二巻。

左下にキハ22。
昭和46~47年だったら有り得ない「首都圏色」


こちらは左上がオハ12系(キハ40?)。


 どっちもとうほぐの汽車やガスカーキパDの様子を描いたと思われるカット。
 前者は昭和40年代が舞台なのに、あさま山荘事件後の世界がひろがってるという奇っ怪。朱色一色に塗られ始めるのは事件後5年以上経ってから以降なんだが。あまつさえあの当時にはキハ17系とかいうのも現役で走ってた訳で、こっち(鉄道)系のブログを幾つか見て回ると男鹿線とかでも走ってた記録がある。
 後者はオハ12?尤も、12系客車は既にデビュー済みで尚且つ絶賛量産中(北陸トンネルの件で一旦中止になるが、アレは事件後の47年11月)だったが、冷房付きだったので臨時列車での運用(”つばさ51号”や”しおじ51号”なんかの特急列車としても)が多かった。しかし、はしだのりひことシューベルツの「花嫁」に出てくる夜汽車に使われていたのはオハ35系やスハ43系、ややもすればスハ32系等、冷房のなかった「在来」(まぁ、旧型だけど)の客車で、冷房が付いてたとしたら急行列車とかの寝台車(除くスハネ30)とグリーン車ぐらいしかなかった。
 更に12系では取っ手になってた部分は、スハ43系では頭凭せになっていたが、オハ35系以前には付いてなかった装備である。況して木造客車の部品を内装に多用した鋼体化客車のオハ61系なぞ何をかいわんやという。
 本来ならリアルタイムで連載されてた頃に突っ込みたかった所だが、鉄博の陰に隠れて及びもつかなかったようだ。背景描写も細かくていい仕事してたと思うのだが、やはりあの時代にリアルで乗ってた人間として「そこ違う!」と言わずにいられなかった。

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