2.連邦保健福祉省・疾病対策センター(CDC)等の対応
今回まで特に取り上げてこなかったが、メキシコ湾の周辺州民や清浄作業員の健康に関し、極めて重要な役割機能を担っているCDCや分散剤等毒物被曝への取組みはどのような内容であろうか。
CDCは“2010 Gulf of Mexico Oil Spill”という専用ウェブサイトを設置している。8月4日付けの最新リリースでは次のような内容の業務に取組んでいる。
「ガルフ・コーストの各州に配置された11名を含むCDCと「毒性物質・疾病登録管理局(Agency for Toxic Substances and Disease Registry: ASTDR)の計 328名のスタッフが対応している。その主な業務は次のとおりである。
[健康への影響の監視体制]
①沿岸5州の原油流失に基づく健康脅威に関する監視体制
CDCは2つの確立された国民の健康に関する国家的監視システム「全米毒物データ監視システム(National Poisoning Data System)」および体的な疾病が診断される前に疾病発生の兆候パターンを検知するウェブベースの電子疾病兆候監視情報システム“BioSense”システム (筆者注7)を使用している。これらの監視システムは喘息(asthma)、cough(咳き)、胸に痛み(chest pain)、目の炎症・痛み(eye irritation)、吐き気(nausea)、頭痛(headache)の悪化を含む目、皮膚、呼吸、心臓血管、胃腸神経系システムの兆候の追跡に使用する。これに関し5州とCDCは定期的にデータと概要を交換している(州の調査結果はCDCウェブサイトで公開される)
これら監視システムがこれらの兆候と合致するグループにつき州や地域の国民健康管理職員はそのフォロ-アップのため兆候と原油流失の相関関係につき調査することになる。
これらの監視システムは異なる方法ではあるがいずれも原油の接触する可能性の高い人々やグループへの健康への影響への兆候を保健当局に提供するよう設計されている。また、CDCの国立労働安全衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health:NIOSH)は産業界、労働安全衛生局や沿岸警備隊その他連邦や州の機関と情報を緊密に共有している。
②ディープウォーター・ホライズン対応作業員の「BP作業に係る病気・怪我に関するNIOSH 報告」を設置している。
NIOSHはまた必要に応じ、原油流失に関する病気や怪我に関し記録の作成や接触するためのメカニズムへの労働者の任意調査への参加も働きかけている。この結果現在までに4万9千人以上の対処作業者(BPの教育を受けた作業員、ボランティア、臨時船舶運行者、連邦機関の作業者等)が回復している。
[データ解析作業]
CDCの環境健康保護チームは、連邦環境保護庁(EPA)と協力してメキシコ湾から送られてくるデータを検証し続けている。原油、原油の構成物や分散剤が長期短期的に健康被害を引き起こすかどうかを決定するためにデータの標本抽出の検査している。これらのデータには空気、水、土や沈殿物、および実際に海岸や沼地に行き着いた廃油の見本等が含まれる。」
3. 連邦保健福祉省・食品医薬品局(FDA)のフロリダ州、ミシシッピー州の「安全宣言」に至る経緯と検討課題
(1)FDAの商業漁業海域規制に関する安全性監督面の法的根拠
FDAは「食品・薬品および化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act :FD&C Act) 」に基づき、すべての魚類や水産製品につき化学物質や生物学的に見た危険がないことにつき監督責任を持つ。
この目的の実行のため、各州は海産物の収穫海域の閉鎖や再開煮を行う法的権限を持つ一方でFOAAは連邦の監督海域の開閉の権限を持つ。このためFOAA、FDA、EPAお呼び沿岸諸州はメキシコ湾産の海産物の安全性監督のため包括的、協調的複数機関の共同手順を定め一元的な運用を保証している。
[海への原油流出により消費に不適合となるのはどのような場合か]
①発がん性がある多環式芳香属炭化水素(PAHs)の存在が確認された場合である。
②石油臭いが確認された場合である。海の汚れ(taint)といわれており、規制法の下で不純物混入とみなされ食品として販売することは認められない。
[分散剤により海産物が消費不適合となる場合とはどのような場合か]
現在の科学レベルにおいてデープウォーター・ホライズン対応のために使用されている分散剤は海産物における食品の生物濃縮(bioaccumulate)の可能性は低く、また人間にとって毒性は低い。それにもかかわらず用心のため政府は分散剤のモニタリングと被曝したかも知れない海産物の検査を続ける。
分散剤の汚れは有害ではないかも知れないが薬品臭(chemical smell)をもつ海産物の法定基準に不適合とされ、その販売は許可されない。
[標本抽出、検査および閉鎖穫海域の再開に関する共通手順]
1.実際にはまったく原油に汚染された漁業海域の再開手順
2.実際原油に汚染された海域の再開手順
この試験は魚、エビ、カニおよび二枚貝(牡蠣、イガイ等)に対し行われる。
臭覚試験の評価基準:サンプルは試験される海産物の種の食べられる量により決められる。最低10人の臭覚専門家からなる委員が「生」および「煮た」両サンプルを評価する。再開決定のためには老練な専門家の70%が各サンプルから石油や分散剤の臭いを検出しないことである。
(2)全関係州が安全宣言してはいない
FDAサイトで見る限り、7月末に再開宣言したのはフロリダ州、ルイジアナ州およびミシシピー州の3州である。
8月2日のAP通信の記事や7月末にNOAA、FDAが関係州の「漁業・野生動物保護委員会」あて報告しているとおり、その安全宣言の元になる検査は「臭さ検査(smell test)」である。
なお、8月7日時点のFDAサイトではいつ撮影した写真かは不明であるがFDAのハンブルグ局長がニューオリンズのオクラ料理店(gumbo)でうまそうにシーフード料理を食している写真が載せられている。この写真はあくまで「FDA's Role In Ensuring Seafood Safety」の項目の横に掲載されており、今回の安全宣言とは無関係といえばそれまでであるが、紛らわしい写真である。
4.全米科学アカデミー医学研究所(Institute of Medicine of the National Academies:IOM)が7月22日、23日にルイジアナ州ニューオリンズで開催した研究会「メキシコ湾原油流失による人の健康被害に関する科学的評価(Assessing the Human Health Effects of the Gulf of Mexico Oil Spill:An Institute of Medicine Workshop)の意義とその内容
“Bloomberg Businessweek”によると連邦保健・福祉省のシベリウス長官のたっての要請にもとづき開催された研究会である。連邦機関による一方的な情報開示だけでなく、歴史上類を見ない大事故に対し米国の科学者の良識を具体的に体験できる良いサイトであるし、科学者が広く国民に扇情的ではなく、あくまで科学的研究結果に基づき正確に説明する姿勢はわが国の研究機関もこのレベルまで進んで欲しいと考え、やや詳しく紹介する。
特に、2日間の全発表のプレゼンテーション資料や速記録も読めて専門外の筆者にとっても大変参考になるウェブ・サイトである。
そこで網羅的ではあるが、現在および将来の取組み課題を整理する意味で”Agenda”をあげておく。なお、速記録を読みやすくするため1日目と2日目に分け、各agendaにつき該当頁を付記した。
第1日目(7月22日)
SESSION I: AT-RISK POPULATIONS AND ROUTES OF EXPOSURE
・Panel Discussion:「実績の調査( Taking Stock)」:「誰がどのように各種リスクに曝されているのか?( Who Is At risk and How Are They Exposed?)」(64頁~)
・「被曝ルートや被曝する人々(Routes of Exposure and At-Risk Populations)」(66頁~)
・「汚染地域の住民(Residents of Affected Regions: General and Special Populations)」(75頁~)
・「清掃担当者やボランティアの職業面からのリスクと健康への危険(Occupational Risks and Health Hazards:Workers and Volunteers)」(82頁~)
SESSION II: SHORT- AND LONG-TERM EFECTS ON HUMAN HEALTH –
Panel Discussion: The Here and Now: What are the Short-term Effects on Human Health?(109頁~)
・「短期的な身体への影響(Short-term Physical Effects)」(111頁~)
・「短期的な身体ストレス(Short-term Psychological Stress)」(119頁~)
・「暑さによるストレスと疲労(Heat Street and Fatigue)」(126頁~)
Panel Discussion. 「身体への遅れてかつ長期に健康に影響することにつき正確に理解することの必要性(The Need to Know: What are the Potential Delayed and Long-term Effects on Human Health?)」(146頁~)
・「神経性疾患のガンとその他慢性的な症状(Neurological Cancer and other Chronic Conditions)」(147頁~)
・「子供の健康への影響と脆弱性(Impact on Health and Vulnerabilities of Children)」(154頁~)
・「妊婦や子供への影響(Human Reproduction)」(164頁~)
・Stress(176頁~)
・「従来の原油流失事故で学んだこと(Lessons Learned from Previous Oil Spills)」(180頁~)
SESSION III: STRATEGIES FOR COMMUNICATING RISK
・「国民を引き込む一方で健康の保護(Engaging the Public, Protecting Health)」(205頁~)
・「本研究会参加者との対話(Dialogue with Workshop Participants)」(223頁~)
・
第2日目(7月23日)
SESSION IV. OVERVIEW OF HEALTH MONITORING ACTIVITIES
Panel Discussion. 「各州政府はどのようにメキシコ湾原油流出に人間への影響についてもモニタリング活動を行っているのか(How are State Governments Currently Monitoring the Effects of the Gulf of Mexico Oil Spill on Human Health?)(10頁~)
SESSION V. RESEARCH METHODOLOGIES AND DATA SOURCES
Panel Discussion.「批判的考察 Critical Thinking」: 「どのような調査手法やデータ資源は監視やモニタリング活動に利用できうるか(What Research Methodologies and Data Sources Could Be Used in Surveillance and Monitoring Activities? )」(65頁~)
・Overview of Research Methodologies and Data Collection(68頁~)
・ Surveillance and Monitoring(73頁~)
・Environmental Assessment, Risk and Health(81頁~)
・Mental Health(87頁~)
・「生物医学的情報科学(Biomedical Informatics & Registries)(95頁~)
SESSION VI. FUTURE DIRECTIONS AND RESOURCE NEEDS
Panel Discussion. 「今後の対策:どのようにして我々は効率的監視およびモニタリング・システムを開発するか(Looking Ahead: How Do We Develop Effective Surveillance and Monitoring Systems? )(128頁~)
3.連邦環境保護庁(EPA)のディープウォーターホライズン- BPメキシコ湾原油流失事故(Deepwater Horizon – BP Gulf of Mexico Oil Spill) ウェブサイトの抜粋、仮訳
2010年4月20日、メキシコ湾のマコンド試掘油田で操業していた石油掘削リグDeepwater Horizonが爆発して沈没し、Deepwater Horizonで11人の労働者が死亡し、海洋油史上最大の石油流出が発生した。損傷したマコンド海底油田から400万バレルの石油が、87日間にわたって流出し、2010年7月15日に最終的に上限が設定された。2010年12月15日、米国はBP Exploration&Productionに対して地方裁判所に申し立てを行った。他の数人の被告は流出の責任があると主張した。 このウェブページは、ディープウォーターホライズン油流出に対するEPAの執行対応、前例のない55億ドルの水質浄化法の罰金、天然資源の損傷、最大88億ドルのBP Exploration&Productionとの記録的な和解を含む、いくつかの被告との和解に関する情報と資料を提供する。 このウェブページは、EPAの執行関連の活動のみに限定されており、BP Exploration&Productionおよびその他の流出に対する法的またはその他の訴訟(医療請求および経済的損害に対する私的当事者/集団訴訟の和解など)、流出の責任者に対する訴訟は網羅していない。ルイジアナ州東部地区の米国地方裁判所は、この目的のためにディープウォーターホライズン油流出事故のウェブサイトを開設した。
4.欧州委員会の輸入品目規制のうち「第三国リスト」の意味と改正内容
EUの食品の安全性に関する規制は米国に比べ厳しいことはいうまでもない。
EUの輸入品目規制 II.農産品輸出入ライセンス制度、動物の獣医学的検査、食品衛生については今回のメキシコ湾の原油流失事故と大きく係わってくる(筆者注8)
欧州委員会決定(2009/951/EU)は2009年12月時点では米国におけるEUに輸出予定の二枚貝に関し適所な管理システムの評価につき生きた二枚貝については認識していたが、メキシコ湾を除き人体への重大なリスクについては具体的に表明していなかった。そのためメキシコ湾以外については2010年7月1日までの6か月間の相互検査体制の同等性を条件に輸入を認める「暫定決定」を行っていたのである。
「筆者注8」で説明したとおり、7月1日以降、結果的にEUの二枚貝や棘皮動物、被嚢亜門動物、海洋性腹足類の輸入が承認される第三国リストから米国は外されたことになり、米国のメキシコ湾だけでなく輸出漁業全般への影響極めて大きいと考える。
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(筆者注7) CDCは2003年、具体的な疾病が診断される前に疾病発生の兆候パターンを検知するウェブベースの電子疾病兆候監視情報システム「BioSense」を開発した。BioSenseは、連邦・州・地方政府機関や病院などの公共衛生関連組織向けのシステムであり、一般公開はされていない。BioSenseは、州・地方の公衆衛生局が管轄区域内の病院から取得したデータや、病院、国防総省(Department of Defense:DOD)や退役軍人省(Department of Veterans Affairs:VA)の医療施設や研究所から直接集めたデータを分析し、経時変化や地理的分布などの分析結果をほぼリアルタイムで表示することができる(NTT データ:米国マンスリーニュース 2009年11月号より一部引用)
なお、CDCの説明では、5つのメキシコ湾岸州の86の医療施設等を包含しており、その職員は原油流失の関連する特異症候群をチェックできる体制となっており、調査結果は日々関係州に通知される。
(筆者注8) わが国のJETROがEUにおける輸入品国規制につき次のとおり解説(6頁以下)している。(英学名および一般的な名称は欧州委員会決定原文に基づき筆者が補足)
「・二枚貝(bivalvia molluscs:ハマグリ、シジミ、牡蠣)、棘皮動物(echinoderms:ウニ、ヒトデ、ナマコ等)、被嚢亜門動物(tunicates :ホヤ等)、海洋性腹足類(marine gastropods:バイガイ、巻貝等 )ならびに魚製品(fishery products)の輸入が承認されている第三国リストを規定する2006 年11 月6 日付欧州委員会決定2006/766/EC(2006 年11 月18 日付官報L320 掲載)
・食用のいかなる種類の魚介製品の輸入も承認される第三国のリストに関し決定2006/766/EC を改正する2008 年2 月18 日付欧州委員会決定2008/156/EC(2008 年2 月23 日付官報L50 掲載)
・決定2006/766/EC の付属書I およびII を改正する2009 年12 月14 日付欧州委員会決定2009/951/EU(2009 年12 月15 日付官報L328 掲載)
[JETROの解説]欧州委員会決定2008/156/EC(2008 年3 月1 日より適用)により、欧州委員会決定2006/766/EC で規定された二枚貝や棘皮動物、被嚢亜門動物、海洋性腹足類および魚製品の輸入が承認される第三国リストが更新された。
欧州委員会決定2006/766/EC は、食用の動物性製品の公的管理体制に対するルールを規定した規則(EC)854/2004 に基づき、これまで個別に規定されていた2 つの第三国リストを統合したもので、同規則の付属書I には二枚貝や棘皮動物、被嚢亜門動物、海洋性腹足類の輸入が承認される第三国リストが、また付属書II には魚製品の輸入が承認される第三国リストが記載されている。
輸入承認の対象となる個別の製品の変更や要件の変更ならびに第三国リストへの国の追加および削除などを反映し、決定2008/156/EC および決定2009/951/EU が採択された。
なお、日本はこの第三国リストに含まれており、日本からの魚製品の輸入および冷凍または加工した二枚貝等の輸入は基本的に可能となっている。ただし、衛生証明書の添付やEU により認定された施設で生産された製品であることなど、その他の要件も満たす必要がある。」
[参照URL]
・NOAAが発表した科学者の報告「ディープウォーター・ホライズンの結末:原油流失事故で結果的に原油に何が起きているか( BP Deepwater Horizon Oil Budget: What Happened To the Oil?)」
http://www.deepwaterhorizonresponse.com/posted/2931/Oil_Budget_description_8_3_FINAL.844091.pdf
・FDAのフロリダ州沖の海産物の安全宣言
https://www.fda.gov/food/food-safety-during-emergencies/gulf-mexico-oil-spill
・FDAのミシシピー州沖の海産物の安全宣言
https://www.gulflive.com/mississippi-press-news/2010/08/mississippi_oysters_are_safe_t.html
・全米科学アカデミー医学研究所(IOM)が7月22日、23日に主催した研究会「メキシコ湾原油流失による人の健康被害に関する科学的評価」
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK209920/
・欧州委員会の輸入品目規制のうち「第三国リスト」に関する決定
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:L:2009:328:0070:0075:EN:PDF
・2002年スペインのガリシア海岸沖で発生した老朽タンカー「プレステージ号」の海洋汚染事故の人体への影響検査報告
http://www.jpmac.or.jp/img/research/pdf/A201640.pdf
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