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米国やEU加盟国における銀行上級役員や職員の高額報酬問題の現状と課題(NO.2完)

2009-09-12 16:41:13 | 金融機関等の法令遵守

2.EU委員会の高度専門家グループ(ラロズィール・グループ:議長Jacques de Larosière)による立案政策や金融監督等の改善勧告報告書
 本報告書(全文)は4章全86頁からなるが、次のとおりの構成である(筆者注15)。わが国の政策立法者(policy maker)や金融関係者は、世界中の金融危機をめぐる日々のメデイア情報を悲壮感をもって単に眺めるのではなく、本報告書の持つ意義を改めて分析し、真の原因の探求と長期的観点に立った政策のありかた、見直し項目について早急に研究を進めることが、金融システム全体の安定化と底の見えない不況からより早い段階での脱出につながるのではないか。

第Ⅰ章 金融危機の原因(causes of the financial crisis)
(1)マクロ経済面の原因(例:過剰流動性、低金利―極めてルーズな金融政策―特に米国);大規模かつ世界的な不均衡の累積;リスクの過大または過小な価格付け(mispricing of risk)、レバレッジ金融機関(低い自己資産比率で巨額な資金を動かす金融機関)の大規模な増加)
(2)リスク管理(金融機関、監督機関、規制機関のリスク管理および透明性の欠如-影のバンキングシステムの集積、証券化(the originate to distribute model))およびほとんど理解不可能な複雑性を導いた。)
(3)信用格付け機関
仕組み商品(structured products)や主要な利益の対立に関する大規模な失敗
(4)企業統治
 弱い株主と企業管理の弱さ(間違った動機づけをもたらす役員報酬計画)
(5)規制・監督
 誤った景気循環誇張作用(Procyclicality)(筆者注16)
(以下略す)筆者注9を参照されたい。

3.スイス、オランダや英国における報酬問題と政府の姿勢
(1)スイス
 3月4日にスイス金融最大手のUBSは、4月15日の株主総会で現取締役会議長のピーター・クラー(Peter Kurer)は再任せず、スイス連邦政府の元財務相(元連邦議会議員)であるカスパル・フィリガー(Kaspar Villiger:68歳)が議長に就任する人事内定を発表した。EUのメデイアによると、UBSのトップ経営者は1週間ごとに変わるという不安定な経営を続けており、2月28日に前任CEOマルセル・ローナー(Marcel Rohner)が退任したばかりであり、さらにUBS自身、昨年来米国の連邦内国歳入庁(Internal Revenue Service:IRS)から約17,000人のUBSに口座を有する米国の富裕層の氏名の公表を刑事訴追のかたちで迫られており、同行は顧客名の公開は銀行秘密保護法違反と反論しつつも最終的には2009年2月18日に課税回避幇助(ほうじょ)の疑いを認め、7億8,000万ドル(約760億5,000万円)を米国政府に支払うことで合意するなど、多難な経営を問われている。
 このような状況下でUBSは2008年11月27日の臨時株主総会において、①既存の報酬体系の見直し(Review of existing compensation systems)(UBSグループは臨時株主総会に先立ち11月17日に役員報酬報告(Compensation Report-)—新報酬モデル(UBS’s New Compensation Model)-を公表している)、②報酬制度の変更(Changes to compensation programs)、③付与済インセンティブ・アワーズ(報奨報酬)の返還に関する事項(筆者注17) (Issue of repayment of previously granted incentive awards)を決定した。
 新報酬モデル(全15頁)の柱となる項目は、(1)UBSの報酬改定の主要要因(key facts)、(2)2008事業年度における可変的役員報酬(variable compensation for 2008)、(3)2009年度以降における報酬計画(compensation 2009 and beyond)、(4)UBSのコーポレート・ガバナンスと報酬ポリシー(corporate governance and compensation policy)である。以下、各項目の要旨のみ説明するが、その透明性の徹底性を理解するために、わが国の関係者による詳細な分析は必須と考える。
(1) UBSの報酬改定の主要要因
①2008事業年度について、UBSのトップ経営者にはボーナスは支給しない。取締役会議長(Chairman of the Board )、CEOおよびUBSグループ執行役員会のメンバーは固定基本給のみ受け取る。さらに全上級管理職(all members of the senior management)に対し2008年度は変額報酬部分を減額する。
②2009事業年度以降については、今回定めた新報酬モデルをトップ経営層に適用
する。新報酬モデルは次の3つの要素からなる。
1.固定基本給(A fixed base salary)
2.変額現金報酬(variable cash compensation)
3.変額株式付与報酬(variable equity compensation)
 変額現金報酬は、プラスボーナスまたはマイナスボーナスというシステムに基づき、最大年間変動現金報酬の3分の1は積極的な事業展開結果に従い事業年度末に支給される。また残りはボーナス計算上、第三者預託(escrow)により保持される。
同様の概念が株式付与報酬にも適用され、数年以上のUBSの積極的な業績に基づき支給される。当該株式数およびその価値はUBS株式の長期的価値の醸成と価格実績に依存する。支給された株式は、3年経過後のみ完全に確定し(vest)、トップ経営層はこれら株式をさらに長期に保有することが義務付けられる。会長およびUBSグループ執行役員会に関する2009年報酬モデルはすでに改定された。同様の報酬改定は以下の役員クラスやいわゆる「進んでリスクを取った特定の従業員(specific employees,the so-call “risk takers”)」に対し同様の方法で行なわれる。また、それ以外の従業員に関しては、変額報酬の現行システムは基本的には変わらない。
(2) 2008事業年度における可変的役員報酬
 会長およびUBSグループ執行役員12名のボーナスはない。非常勤役員等は2008年度に関しては引続き固定報酬を受け取るが、その半分は現金で残り半分の株式は4年間保有が固定され売却はできない。また、変額報酬の一般原則として、2008年度に関しては銀行の業績悪化を反映し減額する。2009年1月末までに年間の金融業績が確定したときは変額報酬の規模、組成およびその割当についてスイス連邦銀行委員会(Swiss Federal Banking Commission:SFBC)と協議のうえ決定することになる予定である。
 UBSは、マルセル・オスペル元会長など旧経営陣が受け取った役員報酬のうち約7,000万スイスフラン(約58億3,000万円)の返還を決定しており、またピーター・クラ-会長等現経営陣も2008年のボーナス返上を決定している(前記インセンテイブ・アワーズの返還)。
 
(2)オランダ
 オランダ銀行協会(加盟銀行数87)の諮問委員会が2009年4月7日に行った「信頼を回復するために(Restoring Trust)」と題する報告書への対応として作成したのが今回の「行動規範(Code Banken:Banking Code)」である。英国「フィナンシャル・タイムズ」が報じたところ行動規範の前書きの最後にもあるとおり、本規範(全16頁)は銀行協会が監督機関である財務省への強い配慮があり、また内容面でも本ブログで述べたとおり国際的な監督当局等の動向も十分に配慮したもので今後他国への影響も視野に入れた内容といえる。
 本ブログでは、その前書きの内容および目次からその主旨と全体構成を見る。
A.前書き
・行動規範はオランダ金融監督法(We op het financieel toezicht:Wft)に基づき銀行免許を持つ銀行のオランダ国内およびEU加盟国内の支店活動を含むすべての活動に適用する。銀行が金融グループの一部の場合や連結ベースの場合でも適用し、また本規範の諸原則は銀行グループの関係機関にもすべて適用する。
・2008年12月10日制定した「オランダ・コーポレートガバナンス規範(De  Nederlandse corporate governance code )」は加盟銀行に適用され、非加盟銀行に対しても任意ではあるが時として適用され、本規範もガバナンス規範の基本原則を取り込んでいる。特に本規範は取締役会、監査役会や銀行におけるリスク管理や監査に焦点を当てている。また規範は報酬(beloning)に関する基本原則を含むものである。
・行動規範は自らよって立つものではなく国内、欧州および国際法や規則、判例
法や規範すべてを視野に入れたものである。国内、欧州および国際事情、個々の銀行(銀行グループの場合はグループ)の活動や特性は本規範の適用時に考慮されなければならない。年次報告において各銀行は規範を適用また適用しなかった場合はその理由の全部または一部を含め説明を行わねばならず、またウェブ上でその報告を行わねばならない。
・リスク選考(riscobereidheid)は、銀行が目標の追求に向け合理的に予見できる量を参照せねばならない。
・金融商品承認手順(Product Goedkeuringsproces)は、特定の商品が銀行の支出とリスクにおいてあるいは顧客の利益に則して作成、配分されるよう参照されなければならない。この手順は注意義務とリスク管理において大規模な試験を包含するものである。
・本規範は2010年1月1日施行予定である。
・国際的な規範の導入や策定を状況に応じタイミングを見て、将来本規範の改定が必要となろう。
・本規範の遵守状況については、財務省と協議のうえ任命する独立監視委員会が毎年モニタリングする。

B.規範の目次
1.行動規範の遵守(NALEVING CODE)
2.監督委員会(RAAD VAN COMMISSARISSEN)
2.1 メンバー構成と専門知識(Samenstelling en deskundigheid)
2.2 任務と活動方法(Taak en werkwijze)
3. 常務会(RAAD VAN BESTUUR)
3.1 メンバー構成と専門知識(Samenstelling en deskundigheid)
3.2任務と活動方法(Taak en werkwijze)
4. リスク管理(RISICOMANAGEMENT)
5.監査(AUDIT)
6.報酬方針(BELONINGSBELEID)
6.1 基本原則(Uitgangspunt)
6.2 統冶(Governance)
6.3 取締役会メンバーの報酬(Bestuurdersbeloning)
6.4 可変報酬(Variabele beloning)

(3)英国の主要金融機関の役員報酬の見直しの論議
A.破綻・国有化銀行のトップ経営者の報酬問題と政府・議会の論争
 英国の代表的な銀行の経営破たんの状況はわが国でも日々伝えられるが、ドイツやスイスの大銀行のトップであるCEO等がボーナス受給を放棄したのに比べ、ブラウン首相を始めとする政府の姿勢も必ずしも明確でなかった。筆者も昨年秋以降状況を主要メデイアによりフォローしていたが、議会の公聴会をはじめ閣内、労働組合会議など閣外の関係者を巻き込んだ論議が行われ、その間に大手金融機関はますます損失額が膨らむといった英国金融システム自体がマイナス・スパイラルに陥っていたことは間違いない。
 最近の話題では、3月20日付インデペンデント紙はでダーリング財務相が国有化が進んでいる金融機関のトップ経営者のボーナスや報酬にキャップをかけることを拒否したと報じている。同相は、19日の下院特別財務委員会(Treasury Select Committee)において議員(MP)に対し、政府は金融部門の過度な報酬支給に対し行動をとることを強く希望するが、一方でキャップによる規制は英国の税収入面でブラックホールを作ることになり「両刃」の手段と考えると述べている。すなわち、政府の所得税および国民保険の12%が伝統的に金融部門からの収入に依存しており、仮に役員報酬にキャップをかけるとしたら税収面で痛手を受けるし、また税金で尻拭いした金融機関の(bailed out banks)トップ経営者はより高い報酬を求めて海外の金融機関に移るであろうと証言している。
 他方で、同相は将来の報酬支給に対する要請のために報酬に関する強制規範を設けることにより、経営を失敗した銀行員(元RBSのCEOのフレッド・ゴッドウインに対する70万3000ポンド(約2,320万円)の報酬支給を含む)を活性化させることに対する国民の怒りに政府として応えることが不可欠であると述べている。なお姿勢が曖昧である。

B.金融サービス機構(FSA)が金融機関向け「報酬実施基準(remuneration code of practice)」を策定・施行
 FSAは2009年8月12日に銀行、住宅金融組合(building society)およびブローカーデーラーのための「報酬実施基準(Reforming remuneration practices in financial services)」公表し、その施行は2010年1月1日である。(筆者注18)英国のメディア情報等によると、次のような内容である。
・施行時期までに各機関は報酬基準の策定やリスク管理強化と調和のための適用および維持に関する手続・実施方法を定めなくてはならない。
・本基準は報酬方針の声明の作成を金融機関に義務付けるもので、「8原則」とその詳細なガイダンスからなる。FSAは近々金融機関の報酬委員会の委員長に関する文書を作成する予定である。
・本基準は賞与報酬の仕組みに関しては、当初FSAが公表した基準案に比べ詳細な記述はないが、8原則の中で上級行員(senior employees)や大きなリスクを扱う担当者(risk takers)に関する記述を置き、リスク管理を強化している。
・「8原則」は次の分野をカバーしている。
①報酬方針とそのメンバー(例えば報酬委員会(remuneration committee)、報酬方針声明)の役割
②報酬とリスク問題および法遵守の設定手順(Procedure for setting
remuneration and risk and compliance function)
③従業員の報酬に関するリスクと法遵守効果
④収益ベースの測定とリスク調整(Profit-based measurement and risk-
adjustment)
⑤長期業績測定(Long-term performance measurement)
⑥非財務面の業績測定基準(Non-financial performance metrics)
⑦長期的奨励計画の業績測定方法(Measurement of performance for long-term
incentive plans)
⑧報酬の仕組み

C.金融監督機関であるFSAの役職員の報酬問題
 FSAの副議長であったSir James Crosbyは2009年2月11日に急遽辞任しておりFSAの役職員の報酬問題は英国のメディア度も時々取り上げられている。
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(筆者注15)31の勧告を含め、本報告書の内容の重要点を理解するには、別途公表された要旨(18頁)を読むことをすすめる。

(筆者注16)「プロシクリカリティ(procyclicality)」とは金融機関の貸出を通じた信用膨張と信用収縮の景気循環への増幅効果をいう。2008年11月15日に米国ワシントンで開催されたG20金融サミットでの「金融・世界経済に関する首脳会合宣言」などで使用されてから一般的になった言葉と思っていたが、実は「景気悪化時には貸出の信用度が低下するので、バーゼルⅡの下では自己資本賦課が増加するため、金融機関の貸出姿勢が後退して景気の悪化を増幅する、という主張である。」と2004年11月に「新BIS 規制案の特徴と金融システムへの影響」において日本銀行信用機構局参事役 宮内 篤氏が紹介されている。

(筆者注17)「 付与済インセンティブ・アワーズ」という訳語はUBSの日本語サイトから直接引用した。日本の株主は、言葉の意味がほとんど理解できないであろうから、補足しておく。役員や従業員に対するインセンテイブ・アワーズとは、いわゆる報奨型報酬である。欧米の企業では株式関連報酬が一般的であり、代表的なものとしては、①ストック・オプション、②譲渡制限付株式、③パフォーマンス株式、④パフォーマンス・ユニット、⑤SAR(Stack Appreciation Rights:株価連動型報奨受給権)などがある。報酬に支払方法で区分すると①と⑤は値上がり利益型、②と③は株式の価値そのものが報酬となる、④は金額固定型である。

(筆者注18) FSAは2009年3月18日に経営リスクが集中する大銀行やブローカーデイーラーのほか連結自己資本価値(consolidated regulatory capital worth)が10億ポンド(約 1,490億円)または同価値が20億ポンド(約2,980億円)の国際金融グループの支店およびFSAが監督下におく金融機関や住宅金融組合向けの「報酬実施基準(案)」を公式に発表した。約45の金融機関が対象となるがFSAこの基準は報酬の絶対額を定めるものではないと述べている。

〔参照URL〕
http://www.whitehouse.gov/the_press_office/TreasuryAnnouncesNewRestrictionsOnExecutiveCompensation/
http://ec.europa.eu/commission_barroso/president/pdf/statement_20090225_en.pdf
http://business.timesonline.co.uk/tol/business/industry_sectors/banking_and_finance/article5721401.ece?&EMC-Bltn=MLWE7A
http://www.ubs.com/3/e?pg=1&or=r&lo=t&qt=2008+compensation+ceo
http://www.nvb.nl/scrivo/asset.php?id=291492
http://www.fsa.gov.uk/pubs/policy/ps09_15.pdf

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