12月に入りトランプ前大統領に関する裁判の動向に関する米国メデイアの報道に動きが顕著になっている。筆者は本ブログで一部取り上げたが、やはり断片的メデイア情報では不十分であり、わが国でも本質的かつ正確な裁判解説が必要と考えた。
その結果、やはり毎日グローバルな裁判動向を取り上げているピッツバーグ大学ロースクールの提供サイト“JURIST”でかつ同スクールの博士課程にあるローレン・バン(Rauren Ban)氏の解説記事が最も網羅的かつ正確であると判断した。
Rauren Ban 氏
そこで“JURIST”の記事からRauren Ban氏の解説を3本抜粋し、以下で補足を加えたうえで仮訳した。なお、同氏を初めトランプ裁判の解説は2024年早々より具体的展開が深まることは違いない。筆者なりに引き続きフォローしたい。
なお、米国のメデイアだけでなくわが国のメデイアも同様に各裁判所の決定につき一喜一憂している節がある。トランプ陣営における特に2024年11月の大統領選をにらみ最高裁の判決の先延ばしを図っている事実を冷静に受け止め、法的争点を正確に報道するのが法学者やメデイアの責務であろう。
1.連邦地裁判事は2020年の米国大統領選挙妨害事件でトランプ大統領の免責特権の主張を否定
2023 年 12 月 2 日付けJURIST解説記事を以下、仮訳する。
ドナルド・トランプ前米大統領の2020年の選挙妨害事件を管轄する連邦地裁判事は12月1日、トランプ氏は大統領免責特権(presidential immunity)(注1)の主張によって係争中の4件の刑事告発を却下することはできないとの判決を下した。
米国連邦地方裁判所判事ターニャ・チュトカン(US District Judge Tanya Chutkan)氏は、トランプ氏は米国大統領として「公的な責任の『外周』内で行われた行為に対する刑事訴追の絶対的な免除」を享受しているとするトランプ氏の主張に反論した。 チュトカン氏はその代わりに、「元大統領は連邦刑事責任に関して特別な条件を享受していない」と認定した。
Tanya Chutkan 判事
トランプ氏は当初、10月5日に大統領の免責に基づいて訴訟を却下する申し立てを提出していた。その申し立ての中でトランプ氏は、大統領として行ったあらゆる公式行為について刑事訴追からの「絶対的免責(absolute immunity)」を享受していると主張した。その議論に基づき、トランプ前大統領は、2021年1月6日の自身の行動(筆者注2)は「大統領としての公式責任の中心」にあると主張した。トランプ大統領は、「検察は選挙の公正性を確保し、それを主張する努力が職務の範囲外であったとは主張しないし、主張することはできない」と主張した。 現連邦政府は10月19日の申し立て(motion)でトランプ前大統領の主張に異議を唱え、これに応じた。
12月1日の決定の中で、チュトカン判事はトランプ前大統領の法律解釈に同意せず、却下の申し立てを拒否した。
まずチュトカン氏は、合衆国憲法の解釈は大統領の刑事訴追免除を支持しているというトランプ前大統領の主張に言及した。トランプ氏の主張は、部分的には、合衆国憲法の弾劾判決条項に基づき、自身も議会で弾劾され有罪判決を受けた犯罪でのみ起訴される可能性があるという主張に基づいている。
チュトカン氏はこの主張に反対し、「憲法の条文には(トランプ氏が)主張する免除を与えるものは何もない」と述べた。 チュトカン氏は、「憲法の起草者や批准者のいずれも、弾劾されて有罪判決を受けない限り、前大統領が刑事免責されることを意図または理解していたという証拠はなく、ましてや弾劾判決条項(Impeachment Judgment Clause)がそのような効果を持つという広範なコンセンサスは存在しない」と説示した。
また、トランプ前大統領は、「個人責任が大統領の意思決定に与える萎縮効果」や、元大統領が連邦、州、地方当局から刑事訴追される可能性について懸念を表明した。さらにトランプ氏は、大統領がそのような訴追の脅威を知った場合、公務の遂行に気を取られたり、躊躇したりする可能性があると主張した。
しかし、チュトカン氏は事件の状況を理由にこの懸念を一蹴した。 具体的には、「これらの懸念は、元大統領の連邦刑事訴追という文脈では同じ重みを持たない」と彼女は述べた。 チュトカン氏は自身の所見を支持して、ニクソン政権時代の過去の最高裁判所の判決に言及し、「『誠実で適度な毅然とした』大統領なら、合法的な意思決定の義務を遂行することを恐れることはない」と強調した。
さらにチュトカン氏は、本事件で大統領の免責を否定すればさらなる訴訟への「水門を開く」ことになるというトランプ大統領の主張には何の根拠もないと判示した。なお、 チュトカン氏が論じたように、この事件に対する大統領免責の適用に関する彼女の決定は、この事件およびこの事件だけに適用される。
最終的にチュトカン氏は「どの大統領も難しい決断に直面するだろう。意図的に連邦犯罪を犯すかどうかはその中に含まれるべきではない。もし彼女がトランプ大統領の罷免要求を認めれば、「法の尊重を促進し、犯罪を抑止し、身を守り、犯罪者の更生を図る」という米国民の利益が妨げられるだろう」とチュトカン氏は論じた。 こうした理由から、チュトカン氏はトランプ氏の却下申し立てを拒否し、2024年3月4日の公判期日に向けての審理の推進を再開した。
この事件は、トランプ氏が直面している91件の刑事裁判に及ぶ4件の刑事裁判のうちの1件である。 同氏は、2020年の米大統領結果を覆す取り組みを共謀し、それに参加したとして4件の妨害罪で起訴されている。 同氏は2023年8月に無罪答弁(pleaded not guilty)を行い、なお容疑を否認し続けている。(筆者注3)
2.12月11日、連邦検察は連邦最高裁判所に対し2020年の選挙干渉事件におけるトランプ大統領の免責問題を取り上げるよう要請
2023 年 12 月 11 日付けJURIST解説を以下、仮訳する。
連邦検察は12月11日、2020年の米大統領選挙中に選挙干渉を行ったとしてドナルド・トランプ前大統領に対する刑事事件への介入を連邦検察当局に要請した。
ジャック・スミス特別検察官(Special Counsel Jack Smith)は、トランプ大統領が在任中に犯した犯罪に対する刑事訴追からの絶対的免責権があるかどうかを判断するため、コロンビアD.C.連邦控訴裁判所で現在係争中の控訴を取り上げるよう裁判所に要請したが、地方裁判所は以前この訴えを却下した。
Jack Smith 検事
スミス氏は控訴裁判所への請願の冒頭で、「この訴訟は私たちの民主主義の中心にある根本的な問題を提起している。 そのため、(トランプ氏の)免責の主張が当裁判所によって解決され、被告の免責の主張が却下された場合にはできるだけ速やかに被告の裁判が進行することが極めて重要である」と述べた。
この訴訟は現在、2024年3月4日に裁判に進む予定である。しかし、米国コロンビアD.C.控訴裁判所がトランプ大統領の控訴を審理している間は、現在保留中である。 この控訴は、大統領特権に基づいて訴訟を却下するというトランプ大統領の要請を却下した12月1日のターニャ・チュトカン地方判事の判決に端を発している。
トランプ前大統領は、合衆国憲法が大統領在職中に犯した行為に対するいかなる刑事責任も免除していると主張し続けている。 またトランプ氏は、同じ容疑ではないものの、すでに米連邦議会下院で裁判にかけられ弾劾されているため、刑事告訴は二重の危険(double jeopardy)に相当すると主張している。
通常、この訴訟は米国連邦最高裁判所で取り上げられる可能性がある前に連邦控訴裁判所を経る必要がある。しかし、2024年3月4日の公判期日で敗訴する可能性に直面し、連邦検察当局は12月11日、控訴手続きの迅速化を求めた。「米国はこれが異例の要請であることを認識している」とスミス氏は控訴裁判所への請願書に書いた。
そこで、その理由に関しスミス氏は次のように説明した。
「以下の決定に対する控訴審理が控訴裁判所で通常の手続きを経て進められた場合、審査のペースによっては最終決定が得られるまでに何か月もかかる可能性がある。 たとえ判決が早く下されたとしても、そのような判決のタイミングによっては、連邦最高裁判所が今会期中に審理し判決を下すことができない可能性がある。」
すなわち、連邦最高裁判所の会期は2023年10月に始まり、判事は通常、裁判所の判決の大部分が発表される6月か7月まで勤務することが予想されている。
トランプ大統領は現在、この事件で4つの刑事訴追を受けており、2024年3月4日にコロンビアD.C.控訴裁判所で陪審裁判が行われる予定である。本件は、前大統領が直面している4つの刑事事件のうちの1つであり、その範囲は連邦および州の刑事告訴数が91件に及ぶものである。
3.米連邦最高裁判所、連邦選挙干渉事件におけるトランプ前大統領の免責請求の迅速な審理を否定する決定
2023年12月22日のJURISTの解説を以下、仮訳する。
米国連邦最高裁判所は、ドナルド・トランプ前大統領の「大統領の絶対的免除(absolute presidential immunity.)」の主張の審理を促進するよう求めるジャック・スミス特別検察官(Special Prosecutor Jack Smith)の要求を却下した。 この動きは、スミス被告が12月11日にトランプ氏に対する2020年の選挙干渉訴訟でこの問題を取り上げるよう連邦最高裁判所に要請した後に行われた。
最高裁判所は短い命令の中で、「判決前の裁定令状の申し立ては却下される」と述べた。 判事らは同決定の理由を示さず、反対意見もなかった。 この決定は、訴訟が通常の上訴手続きを通じて進められることを意味する。 現在、米国コロンビアD.C.巡回区控訴裁判所で係争中であり、2024年1月9日に弁論に進む予定となっている。
以前、スミス氏は最高裁判所に対し、2024年3月4日の公判期日を維持するために事件の審査を迅速化するよう要請していた。 トランプ前大統領がターニャ・チュトカン地裁判事(District Judge Tanya Chutkan)の判決に対して控訴している間、この事件の一審裁判所でのすべての審理手続きは一時停止されている。
12月1日、チュトカン判事は、トランプ氏がこの件で直面している4つの刑事告発について大統領の免責特権がないことを明らかにした。 スミス氏は最高裁判所への提出文書で、「(トランプ氏の)免責の主張が当裁判所によって解決され、被告の免責の主張が却下された場合には可能な限り迅速に被告の裁判が進行することが極めて重要である」と主張していた。
スミス氏の申し立てに応じて、トランプ氏は裁判所によるこの問題の審査を迅速化するよう求めるスミス氏の要求に反発した。
トランプ前大統領は、この事件は公的に重要であるからこそ、「猛スピードではなく、慎重かつ熟慮した方法で解決」されるべきだと主張していた。
トランプ氏は自身のソーシャルメディアプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」で連邦最高裁判所の12月22日(金)の決定を称賛した。
今回、スミス特別検事は連邦最高裁判所に対し、トランプ大統領の大統領免責請求の審査を迅速化するよう要請すると同時に、コロンビア特別区巡回裁判(D.C. circuit)に対し控訴手続きの迅速化も要請した。 DC巡回控訴裁判所は12月13日に手続きを迅速化することに合意していた。つまり、この問題に関する両当事者の準備書面(brief)(筆者注4)は2023年12月末までに提出される予定となっている。
*****************************************************
(筆者注1) 大統領免責特権(presidential immunity)につきFind Law の解説を以下、仮訳する。
合衆国憲法は、刑事訴訟や民事訴訟からの大統領の免除について直/接議論していない。 その代わりに、この特権は、最高裁判所による第 2 条第 2 項第 3 項の解釈を通じて、時間の経過とともに発展してきた。
大統領は、上院の休会中に発生する可能性のあるすべての空席を、次の会期終了時に期限切れとなる委員会を付与することによって補充する権限を有する。
トランプ政権の元当局者が議会の調査で召喚されたため、大統領免責の考え方は近年メディアの大きな注目を集めた。 しかし、この法理論は 1860 年代にまで遡る。(以下は 略す)
(筆者注2) 2020年大統領選挙で第45代米国大統領ドナルド・トランプ氏が敗北してから2か月後の2021年1月6日水曜日の午後早く、彼の支持者の暴徒が米国議会議事堂を襲撃した。 ワシントンD.C. 暴徒は、議会合同会議が次期大統領ジョー・バイデンの勝利を正式に認定するための選挙人投票の集計を阻止することで、トランプ大統領の権力を維持しようとした。 この事件を調査した下院特別委員会によると、この攻撃は選挙を覆すためのトランプ大統領の7つの計画の集大成であった。
事件の直前、最中、あるいは直後に5人が死亡した。1人は国会議事堂警察に射殺され、もう1人は薬物の過剰摂取で死亡、3人は自然死であり、その中には自然死と判断された警察官も含まれていたが、検視官もこう述べた 「起こったすべてのことが彼の状態に影響を及ぼした」と述べた。 警察官138名を含む多くの人が負傷した。 この攻撃に対応した警察官4名が7か月以内に自殺で死亡した。 2022 年 7 月 7 日の時点で、攻撃者による金銭的損害は 270 万ドルを超えている。(Wikipediaを抜粋、仮訳した )
(筆者注3) ドナルド・トランプ前米大統領は8月3日、ワシントンのコロンビアD.C.の連邦裁判所で4件の刑事告発について無罪答弁を行った。この容疑は、トランプ氏が2020年大統領選挙への介入を共謀したとされる8月1日に開封された起訴状に端を発している。
トランプ前大統領は、4つの連邦刑事告訴の罪状認否のため、個人弁護士とともにモクシラ・ウパディヤヤ連邦地裁判事(Magistrate Judge Moxila A. Upadhyaya)に出廷した。 トランプ氏は、(ⅰ)米国連邦政府に対する詐欺の共謀(conspiracy to defraud the US government)、)(ⅱ)公的手続きの妨害の共謀、公的手続きの妨害と妨害の試み(conspiracy to obstruct an official proceeding, obstruction of and attempt to obstruct an official proceeding)、および(ⅲ)米国の有権者の投票権に対する共謀(conspiracy against US voters’ civil rights)について無罪を主張した。 これらの罪状にはそれぞれ、最高で5年、20年、20年、10年の拘禁刑が科せられる。(JURIST解説から抜粋、仮訳した)
(筆者注4) 裁判のさまざまな段階で提出される、訴訟の論点を明らかにして自らの立場を有利に運ぶための書類を指す。
*****************************************************************:
Copyright © 2006-2024 芦田勝(Masaru Ashida).All Rights Reserved.You may reproduce materials available at this site for your own personal use and for non-commercial distribution.
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます