切り貼り事件が社会を賑わしているが、切り貼りなんて作業は音楽のレコーデングや映画作りでは日常的に行われていることであるという話を聞いたのを思い出した。
音楽録音は磁気テープが採用されるようになってから格段に改良されたという。ロウ盤を使っていた時代には、レコード制作は長時間がかかったという。こんな話を聞いたことがある。私の好きな歌手に近江俊郎という人がいた。彼が音楽学校を卒業して歌手になるとき、録音室で何回も何回も録音を繰り返し作曲家やデレクターのOKが出たのは最後のロウ盤でようやく録音が終了したときであったという。それがだめだったら歌手になれなかったと近江俊郎自身が何かの番組で語っていた。
磁気テープが使用できるようになってからは繰り返し録音したテープを聞きながら瑕疵のある部分を発見すると他の録音テープの同じ箇所を切り取り入れ替えたという。その頃のアマチュアエアチェッカーは競って同型の装置を当時の金額で数十万円で買って使用していた。私の友人の一人もそんな趣味を持っていた。そしてしばしば自慢話を聞かされたものである。
そのテープは毎秒38cmというスピードで録音したものなのでゆっくり再生すれば切り取る部分を正確に位置決めできたという。とはいえテープの切り貼り作業はかなり高度の技術であった。うっかりするとその部分が新しい瑕疵になってしまうので神経をすり減らす仕事だと聞いたことがある。私などは貧乏でその継ぎ接ぎテープを秋葉原の店で安く買ってきて使用したものである。自分でも試しにやったことがあるが中々上手くいかなかった。
映画の撮影でも実際に映写される映画の数十倍もの長さの撮影フィルムを切り貼り編集して新しいフィルムに焼き直すのが普通だという。そのために記録係や編集者は大変な作業をするらしい。最新映像技術は知らないが、映画もデジタル化していて色合いやキズなどは例えばコンピュータ上で編集するという。
このように切り貼りするのが当たり前の社会もある。それは作品を少しでも良くしたいという編集技術者の技である。