今日はクールなリッシュです。
ベルギーというだけでブランド感が出てより美味しいような錯覚が生まれる日本人は、みっともないのかいじましいのか。
チューチュースエ!チューチュースエ!・・・「VOW」にあったような気がします。
吸ってクールを手に入れろ!チューチュースエ!
馬鹿のひとつ覚えのように思い出話をします。かき氷の話です。
昔ウチの近所に、スーパーとデパートの中間のようなお店がありました。4,5階建てで、1階が食料品売り場、上階で衣料品扱ってたり本屋が入ってたりして、一番上にゲームコーナーがあるタイプのお店です。1990年代まではどこの町にもありましたよね。
そのお店の入り口前に、夏の期間中だけ、屋台みたいな形でかき氷屋さんが出ていました。昔ながらの、ジャリジャリしてて、イチゴとかメロンとかブルーハワイとか、露骨な着色料のシロップで、ストロー兼スプーンを使って食べるやつです。
そのお店、あらかじめ氷を削って、冷凍庫で保管しておいて、客が来たらシロップだけかけて出せるようにしていたんですね。注文があってから削るようにはしていなかった。
なぜそうしていたのかはわかりません。客を待たせないための気遣いだったのか。それとも、空き時間をムダにしないよう、削った氷のストックを作っておこうと考えたのか。
いずれにせよ、注文があると冷凍庫からパッと削り置きの氷を取り出して、すぐにシロップかけて提供してくれたんです。ありつけるのが早かった。
しかしその氷、しばらく冷凍保存されていたせいで、削られた粒がひとかたまりになってしまっていたのです。固くて、なかなかスプーンが通らず、無理に食べようとすれば、直接かぶりつくしかなかった。なんとかスプーンで砕いたとしても、一口サイズのかたまりで口に運ばねばならず、かき氷というより「氷」そのものに近かった。かき氷ならではのシャクシャクとした食感はなく、ガキッガキッと荒々しい音を立てて食べねばならなかったのです。
今にして思えば、食べる人の都合を考えていない、実に不親切なものでした。しかし子供のころは、物事を深く考えていなかったので、かき氷とはこういうものだと、疑問に思うことなく受け入れていました。
今なら言うでしょうね。注文してから削ってくれよって。
最近はかき氷の進化が著しいですよね。かつてのような粒感のあるシャリシャリタイプじゃなく、口の中でスーッと溶けるふわふわタイプ。
実はね、僕は子供のころ、すでにこのふわふわタイプのかき氷も食べていたんです。と言うのも、親にかき氷機を買ってもらったんですね。いかにも家庭向けってかんじの、手動で削るやつ。
一番単純な作りの鉛筆削りありますよね?構造はそれに似てるんです。専用の容器で氷作って削るんですけど、ハンドルをグルグル回すと、氷が刃にあたって削れていくのです。その際、力を最小限にして回すと、氷がうすーく削れて、すごくふわふわになることに気づいたのです。
僕は弟がひとりいるんですけど、弟と一緒に感動しながら食べてました。あれは1990年代前半のことでしたから、ふわふわを20年ほど先取りしていたことになります。
すごくないですか?すごくないと言われればそれまでですが、すごくないですか?
それと今は、昔ながらのかき氷で、自分でシロップかけられるお店もありますよね。いくらでもかけたいだけかけてよくて、しかも何種類も同時にかけていいってやつ。
まるで夢のようですね。子供のころに行きたかったですよ。
今はもうそんなにかき氷食べないんですよね。好きじゃなくなったということではなく、体が冷えすぎるんで敬遠しちゃうんです。
こういうのも老化の一種ですかね。
ここで新型コロナウイルス関連身辺ニュース、ではなく雑感。
なんか、思っていたよりもマスク解除に向かうスピードが速まってますね。20日には後藤茂之厚労省大臣が、マスク着用が不要なケースを示しました。屋外だけでなく、屋内であっても条件次第でマスクを外していいとのこと。
日本って、なんだかんだお上の言うことに素直に従う人が大多数だから、政府の見解とあらば「じゃあそうさせてもらいます」ってマスク外しちゃう人が続出するんじゃないかって思いましたけど、公式見解後も、あまり変化はないようですね。
みんな同時にマスクを外すことはできないから、誰かが先んじなきゃならないわけですけど、その「先んじる」をやりにくいのが日本。みんな人の目を気にするし、「先んじる」ことで出しゃばってるとか、無神経だとか見なされるおそれがある。
だから「逆チキンレース」のように、一歩踏み出したいんだけど踏み出せない。誰か先に踏み出してくれないかってうかがい合い、結局誰も踏み出さない。お上よりも空気のほうが強いということですね。このジレンマ、どうやったら解消できるのでしょうか。
あとひとつ気になるのが、マスク着用が全面的に解除されたとき、マスク製造に携わってきた人たちはどうなるのか、ってことです。
需要が急速になくなっちゃうわけだから、工場が閉鎖され、従業員のリストラが敢行されるおそれがあります。「マスク倒産」や「マスク失業」が相次ぐかもしれません。
いちいち気にするほどのことではないのかもしれませんが、それでも気になります。
ベルギーというだけでブランド感が出てより美味しいような錯覚が生まれる日本人は、みっともないのかいじましいのか。
チューチュースエ!チューチュースエ!・・・「VOW」にあったような気がします。
吸ってクールを手に入れろ!チューチュースエ!
馬鹿のひとつ覚えのように思い出話をします。かき氷の話です。
昔ウチの近所に、スーパーとデパートの中間のようなお店がありました。4,5階建てで、1階が食料品売り場、上階で衣料品扱ってたり本屋が入ってたりして、一番上にゲームコーナーがあるタイプのお店です。1990年代まではどこの町にもありましたよね。
そのお店の入り口前に、夏の期間中だけ、屋台みたいな形でかき氷屋さんが出ていました。昔ながらの、ジャリジャリしてて、イチゴとかメロンとかブルーハワイとか、露骨な着色料のシロップで、ストロー兼スプーンを使って食べるやつです。
そのお店、あらかじめ氷を削って、冷凍庫で保管しておいて、客が来たらシロップだけかけて出せるようにしていたんですね。注文があってから削るようにはしていなかった。
なぜそうしていたのかはわかりません。客を待たせないための気遣いだったのか。それとも、空き時間をムダにしないよう、削った氷のストックを作っておこうと考えたのか。
いずれにせよ、注文があると冷凍庫からパッと削り置きの氷を取り出して、すぐにシロップかけて提供してくれたんです。ありつけるのが早かった。
しかしその氷、しばらく冷凍保存されていたせいで、削られた粒がひとかたまりになってしまっていたのです。固くて、なかなかスプーンが通らず、無理に食べようとすれば、直接かぶりつくしかなかった。なんとかスプーンで砕いたとしても、一口サイズのかたまりで口に運ばねばならず、かき氷というより「氷」そのものに近かった。かき氷ならではのシャクシャクとした食感はなく、ガキッガキッと荒々しい音を立てて食べねばならなかったのです。
今にして思えば、食べる人の都合を考えていない、実に不親切なものでした。しかし子供のころは、物事を深く考えていなかったので、かき氷とはこういうものだと、疑問に思うことなく受け入れていました。
今なら言うでしょうね。注文してから削ってくれよって。
最近はかき氷の進化が著しいですよね。かつてのような粒感のあるシャリシャリタイプじゃなく、口の中でスーッと溶けるふわふわタイプ。
実はね、僕は子供のころ、すでにこのふわふわタイプのかき氷も食べていたんです。と言うのも、親にかき氷機を買ってもらったんですね。いかにも家庭向けってかんじの、手動で削るやつ。
一番単純な作りの鉛筆削りありますよね?構造はそれに似てるんです。専用の容器で氷作って削るんですけど、ハンドルをグルグル回すと、氷が刃にあたって削れていくのです。その際、力を最小限にして回すと、氷がうすーく削れて、すごくふわふわになることに気づいたのです。
僕は弟がひとりいるんですけど、弟と一緒に感動しながら食べてました。あれは1990年代前半のことでしたから、ふわふわを20年ほど先取りしていたことになります。
すごくないですか?すごくないと言われればそれまでですが、すごくないですか?
それと今は、昔ながらのかき氷で、自分でシロップかけられるお店もありますよね。いくらでもかけたいだけかけてよくて、しかも何種類も同時にかけていいってやつ。
まるで夢のようですね。子供のころに行きたかったですよ。
今はもうそんなにかき氷食べないんですよね。好きじゃなくなったということではなく、体が冷えすぎるんで敬遠しちゃうんです。
こういうのも老化の一種ですかね。
ここで新型コロナウイルス関連身辺ニュース、ではなく雑感。
なんか、思っていたよりもマスク解除に向かうスピードが速まってますね。20日には後藤茂之厚労省大臣が、マスク着用が不要なケースを示しました。屋外だけでなく、屋内であっても条件次第でマスクを外していいとのこと。
日本って、なんだかんだお上の言うことに素直に従う人が大多数だから、政府の見解とあらば「じゃあそうさせてもらいます」ってマスク外しちゃう人が続出するんじゃないかって思いましたけど、公式見解後も、あまり変化はないようですね。
みんな同時にマスクを外すことはできないから、誰かが先んじなきゃならないわけですけど、その「先んじる」をやりにくいのが日本。みんな人の目を気にするし、「先んじる」ことで出しゃばってるとか、無神経だとか見なされるおそれがある。
だから「逆チキンレース」のように、一歩踏み出したいんだけど踏み出せない。誰か先に踏み出してくれないかってうかがい合い、結局誰も踏み出さない。お上よりも空気のほうが強いということですね。このジレンマ、どうやったら解消できるのでしょうか。
あとひとつ気になるのが、マスク着用が全面的に解除されたとき、マスク製造に携わってきた人たちはどうなるのか、ってことです。
需要が急速になくなっちゃうわけだから、工場が閉鎖され、従業員のリストラが敢行されるおそれがあります。「マスク倒産」や「マスク失業」が相次ぐかもしれません。
いちいち気にするほどのことではないのかもしれませんが、それでも気になります。