先週の金曜日、3月31日に、佐伯啓思は、1年前の論考『「ロシア的価値」と侵略』につづく論考『西欧の価値観「普遍的」か』を朝日新聞紙上に寄せた。
1年前のそのとき、BBC(英国放送協会)が、西欧の価値観を守るために、ロシアのウクライナ侵攻に反対せよとの論評を出したこともあり、私は、限定的であるが、佐伯の論考に共感を示した。
私が限定的共感なのは、そこでの「西欧の価値観」というのは、現在、政治の実権を握っている権力者の主張する価値観であり、西欧の人々が一致していだいている価値観でないからである。そんな価値観を守るために戦えとBBCが言ったことに私が驚いたのである。ロシアのウクライナ侵攻を価値観の攻め合いと見ることに私は同意しない。
ところが、佐伯は、「西欧の価値観」という妄想を膨らませ、多様なはずの西欧の文明への攻撃性をましている。
佐伯は、先週の論考で、つぎのように言い切る。
「今日の、ウクライナを挟んだ、ロシアと西欧諸国の対立は、その深層にあっては、旧約聖書の絶対的一神教に端を発する2つの世界観の対立ということも不可能ではない」
こうなると、佐伯は被害妄想から「大和民族主義」に囚われているのではないかと疑いたくなる。佐伯の批判する「旧約聖書の世界」「神の救済」「ユダヤ・キリスト教」は彼の妄想であって、公正な論考とは思えない。
佐伯のいう「米国中心のグローバル文明」は、100年前に日本の知識人の一部がいだいていた西欧文明に対する劣等感を思いださせる。
私は「グローバル化」自体を悪いことと思わない。世界が平和になって経済的人的交流が深まれば、異なった文化が接触し、新しい文化が生まれる。良いことではないか。
ところが、現在、米国政府は中国を悪者として経済的交流や人的交流を拒否している。グローバル化の逆行が始まっているのだ。これは、ロシアのウクライナ侵攻前に始まっていたことである。当時、米国政府やイギリス政府は、ロシアを共産党独裁の中国に接近させるな、と言っていたのである。ロシアを西欧文明圏の一員と見なしていたのである。一番の悪党は中国としていたのである。ところが、ロシアのウクライナ侵攻が始まると、米国政府は中国にロシアを援助するなと急に言い出した。
米国政府の中国敵視政策は、米国中心の世界経済を揺さぶる中国の経済的台頭にある。日本政府がこんな米国政府に追従していて大丈夫なのか、を佐伯は心配すべきである。ドイツ政府やフランス政府は米国政府から距離を置いている。
日本の歴代政府は、日米戦争に敗戦した後、この78年間、米国市場から締め出されることを恐れ、「自発的対米従属」を続けていたのである。これこそが、日本国民に課せられている問題ではないか。
そんなこともあってか、佐伯の論考がでた翌日、朝日新聞は《フロントランナー》で『自発的対米従属 知られざる「ワシントン拡声器」』を書いた猿田佐世を紹介していた。私は、佐伯より猿田に共鳴する。
「自由と富の拡張、科学と技術による自然支配」そんなものは西欧の価値観ではない。マルクスやカウツキーやガルブレイスは、経済成長の無前提的な賛美に異議を唱えている。ガルブレイスは自分たちの生活を不安定する市場競争を誰も望んでいないことを『ゆたかな社会 決定版』(岩波現代文庫)で、明らかにしている。環境運動は、米国でもヨーロッパでも起きている。ドイツ政府は、今年の5月に原発を全廃する計画を崩していない。新規原発を望んでいる自公政権こそ、佐伯は批判すべきではないか。
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