にゃんこままの部屋

その時々に感じたことを、日記風につづります。

希望を与える

2024-03-19 16:41:25 | 映画  テレビ
NHK大河ドラマ「光る君へ」は、大石静さんの脚本ですが、安倍晴明を演じているユースケ・サンタマリアさんは、

ずっと以前に、大石静さん脚本で観たことあると思っていましたが、

NHK正月の特別番組で放送された「愛と青春の宝塚」で、米倉涼子さんの恋人役で出ていましたね。

気が弱いけれど、愛情深い画家さんで、米倉涼子さんをモデルに絵を描いて、のちに二人は結婚するのでした。

藤原紀香さん、木村佳乃さん、米倉涼子さん、中谷美紀さんが、戦争が終わって、焼け跡の中で

タカラジェンヌの誇りをもって、立ち上がり歌い踊るという、人々に希望を与えるこの場面が心に残っています。



「愛と青春の宝塚」 戦争が終わって




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NHK大河ドラマ「光る君へ」  まひろと道長 結ばれぬ恋のゆくえ

2024-03-18 16:01:29 | 映画  テレビ
リフォームの工事にあたって、昔の古い家、隙間だらけであることから、

冬は、外の気温と変わらず(例えば外の気温が6℃なら、室内も6℃)、夏場は、虫がどうしたって侵入することが判明。

隙間を埋める作業が必要になった。

いや、大変。私も室内を片付けなければいけないのですが、腰痛がまだあって、

無理して再発したら元も子もないということで、

今も重い買い物をしてきて、腰をいたわっているので、なかなか思うようになりません。

***


思うようにならないのが、まひろと道長の恋。(NHK大河ドラマ「光る君へ」第十一回)


第十回のおり、「一緒に都を出よう。」と、訴える道長に対して、

「あなたが偉くならなければ、直秀のような無残な死に方をする人はなくならないわ。」

と、道長には社会を変える使命があると、まひろは告げる。


第十一回では、道長はまひろを愛妾としてむかえようと求婚するも、断られてしまう。

「北の方では‥無理だ!」と。

しかし、考えてもみれば、道長の父、藤原兼家は、まひろの父藤原為時を「わしの眼の黒いうちは、官職につけることはない。」
と、突き放していることから、もし、息子の道長が為時の娘のまひろを妾にしていることを知ったなら、そのままにしておくはずがないでしょう。

まひろは道長の妾にもなれるはずはありません。

どうしたって、二人の恋は実を結ぶはずはないのです。













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ミュージカル「シンデレラ」(1976年度 イギリス映画)

2024-03-12 15:08:14 | 映画  テレビ
だんだんと腰痛も治まってきて、朝のゴミ出し、廃品回収の作業、

近所のドラッグストアやスーパーにお買い物と、行動範囲も徐々に広がってきました。

普段通りの生活に戻れるって、当たり前のことができるって、幸せなことですね。

腰痛になる以前に、置いておいた無人販売所の、橙やかぼちゃはぜんぶ売り切れていて、ほっとしました。


***


かぼちゃといえば、カボチャの馬車に乗ったシンデレラの物語を思い浮かべますが、

私の「シンデレラ」は、ディズニーじゃないんですね。

1976年のイギリス映画 ミュージカル「シンデレラ」なんです。

原作はもちろんシャルル・ペローです。

ブライアン・フォーブス監督で、音楽は「メリー。ポピンズ」で有名なシャーマン兄弟が担当。

ロココ調の衣装やヘアスタイルなど、舞台背景が原作に忠実でした。

シンデレラ役は、オーデションで選ばれたアイルランド出身の女優 26歳のジェマ・クレイヴン

小柄で、日本人好みのする愛らしい容姿で、好感度抜群でした。

エドワード王子は、リチャード・チェンバレン。40歳の時に王子様やっているんですねえ。

リチャード・チェンバレンは、知っている人は知っている・・・

私は、イギリス映画「三銃士」のアラミス役で知っていますが、

日本じゃ、1980年の「将軍」で、ブラックソーン(三浦按針)で、有名ですね。

歌ったり、ダンスしたり、鉄棒もするエドワード王子様で、王子の身分に窮屈を訴えている、いままでにない王子の結婚問題が主の「シンデレラ」でした。

シンデレラがお城の舞踏会に現れ、王子様はひとめぼれ。

二人で、ダンスするシーンから。


The Slipper And The Rose: The Story Of Cinderella (1976) - Clip: Mystery Guest (HD)



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NHK大河ドラマ「光る君へ」第十話から 花山天皇と御詠歌

2024-03-11 15:19:28 | 映画  テレビ
第十話では、第65代天皇花山天皇が、藤原兼家の策略により、出家して、退位する様子がえがかれています。

969年、父冷泉帝の弟で叔父である守平親王の即位(円融天皇)とともに皇太子になり、984年、同帝の譲位を受けて即位。
生後10か月足らずで立太子したのは、摂政であった外祖父藤原伊尹の威光によるもの。
17歳で即位時には、すでに伊尹はなくなっており、有力な外戚を持たなかったことは、2年足らずの在位という結果を招いた。=(ウィキペディアより参照)

花山天皇時代は、外叔父藤原義懐が実権を握っており、荘園整理令の発布など革新的な政治を行った。
革新的な政策は関白である藤原頼忠らとの確執を招いた。
さらに皇太子懐仁親王の外祖父である右大臣藤原兼家も花山天皇の早期退位を願っていた。

花山天皇に気に入られた、藤原為光の娘、藤原よし子が入内し、懐妊するも、
17歳で死去。
これにショックを受けた花山天皇は「出家して,よし子の供養をしたい。」
と、言い始める。

さらに「大鏡」では、藤原兼家が、外孫の懐仁親王(一条天皇)を即位させるために、花山天皇退位の陰謀をめぐらしたことを伝えている。

このくだりが大河ドラマ「光る君へ」で第十話の中心となって、ドラマ化されていました。この事件は「寛和の変」とも称されています。

出家した花山天皇は、上皇となり、播磨国書写山の圓教に入り、やがて比叡山延暦寺に登って、法皇となったのちには、奈良時代初期に徳道が観音霊場三十三か所の宝印を石棺に納めたという伝承があった摂津の国の中山寺(兵庫県宝塚市)で、この宝印を 探し出し、紀伊国熊野から宝印の三十三の観音霊場を巡礼し、修行に勤めたという。
この花山法皇の観音巡礼が「西国三十三所巡礼」として、現在でも継承されており、
各霊場で詠んだ御製の和歌が「御詠歌」となっています。
このくだりは、西日本ではとくに有名で知られています。




   宝塚市(摂津の国)にある中山寺

御詠歌 第二十四番 紫雲山 中山寺

 野をもすぎ 里をもゆきて 中山の 寺へ参るは 後の世のため





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アラレちゃんと、ちびまる子ちゃん

2024-03-10 14:10:03 | 映画  テレビ
アラレちゃんも、ちびまる子ちゃんも、

私自身と言うよりも、娘とのかかわりのほうが大きい。


「Dr.スランプ」「ドラゴンボール」の原作者鳥山明さん(享年68歳)

アニメ「ちびまる子ちゃん」のまる子の声でおなじみのTARAKOさん(享年63歳)

が、相次いで亡くなられました。

どちらも、まだ60代で、まだまだご活躍される年代でしょうに。

亡くなるのは早すぎました。


アラレちゃんは、盆踊りで、娘が子供だった頃、「アラレちゃん音頭」でいっしょに踊ったし、

アラレちゃん風の眼鏡が、あるいは眼鏡をかけている女子がアラレちゃんみたいに感じられる時代が一時あったし。

「ちびまる子ちゃん」のテレビアニメは、娘といっしょに観ていたら、

いつしか、私だけ、単独で観ていることもありました。

そのくらいアラレちゃんも、ちびまる子ちゃんも、時代に、浸透していたんですねえ。



お二人のご冥福をお祈りします。


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NHK大河ドラマ「光る君へ」第九回  散楽師と義賊 二つの顔

2024-03-07 15:17:05 | 映画  テレビ
NHK大河ドラマ「光る君へ」

まひろは、下級貴族の姫ですが、しょっちゅう、京の街中へ出歩いています。

当時は、いくら下級貴族でも、姫なので、実際には軽々しくは出歩かなかったであろうと思われますが、ドラマなので。

まひろが出歩くことで、庶民の暮らしぶりが少しはわかります。

この時代の庶民がどのようであったかは、詳しく記された文献がないのですね。

庶民の楽しみとして、街頭で、散楽一座による軽業や物まねと言った芸が披露されています。

一時の笑いをさそうことで、庶民の心の癒しとなっていた「散楽」でした。


ドラマのなかで、庶民の楽しみとして描かれた「散楽」でしたが、奈良時代に大陸から移入されたといわれます。

当初は宮中で行われた催しものでしたが、963年、村上天皇により、宮中での散楽の実演は全く行われなくなりました。

それにより、「散楽」は寺社や街頭などで、以前より自由に演じられ。庶民の目に触れるようになっていったとのこと。

以降、散楽という言葉に集約される雑芸群は、民間に広まった様様な職業芸能に引き継がれていく。

鎌倉時代になると散楽と言う言葉もほとんど使われなくなったとのことです。

散楽のうち、ものまね芸を起源とする猿楽は、のちに観阿弥、世阿弥らによって、能へと発展。

曲芸的な要素の一部は、のちに歌舞伎に引き継がれ、

滑稽芸は狂言や笑いを誘う演芸になり、

独自の芸能文化を築いていったとされます。

「散楽」のうち、人形を使った諸芸は傀儡となり、やがて人形浄瑠璃(文楽)へと引き継がれていったとされます。



ドラマのなかで、昼間は散楽一座をやりながら、夜は貴族の館に忍び込み、反物などの盗みを働き、貧しき人たちに分け与える義賊をやっていた直秀らは、

最後に捕まってしまい、無残に殺されてしまいますが、

だんだんと使われなくなってゆく「散楽」と言う言葉が滅びゆく姿と重ねあわさせてしまうものがあります。

直秀は、貴族中心にえがかれる「光る君へ」のなかで、庶民の代表のような
存在であっただけに、この死は無念ですね。






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雨の一日でした

2024-02-25 17:20:03 | 映画  テレビ
今日は、雨で近所のドラッグストアで買い物した後、畑で収穫して納屋に保管しておいたカボチャをカットして、持ち帰り、

かぼちゃの煮物を作りました。

キッチンの床を磨いたり、レンジ周りを掃除したり、

雨でしたが、洗濯して室内干しにしたりして、一日終わりました。



***



この間から、1970年代後半のベルばら全盛期のころの、宝塚歌劇の思い出に浸っています。

「ザ・タカラヅカ」から、おとぎの国の王子たちが、花の国のフローラ姫をめぐって、争う物語を歌劇にして披露しています。



動画主様、使わせていただきます。いつもありがとうございます。


(050)1976年12月ザタっカラヅンカ~ドリーム・イン・タカラヅカ 榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳、瀬戸内美八、麻実れい


フローラ姫役は、湖条れいかさんですね。とても風情ある素敵な娘役さんでした。

退団された後、結婚されて、宝塚市のイズミヤの2階で、子供さんを抱っこバンドされて、買い物されているお姿を拝見したことがあります。




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ベルばら同窓会 (座談会)を観ながら

2024-02-21 17:21:37 | 映画  テレビ
今日は、キッチンの大掃除をしました。

水垢は、クエン酸豊富な冷凍ゆずできれいになりました。

ゆずを長年冷凍していると、黒ずんで、食用にはならないので、

水回りの掃除に重宝しています。

***

懐かしい宝塚歌劇の「ベルサイユのばら」初演の皆さんの同窓会(座談会)を観て、

懐かしむことにします。


動画主様、使わせていただきます。ありがとうございます。



(027)〇ルば〇同窓会 初風諄、榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、上原まり、安奈淳(手紙のみ)



あのころって、S席が800円だったんですね。高校生のお小遣いでも観れる料金でした。

懐かしいです。

私が初めて宝塚歌劇を観たのは、昭和49年秋の、月組公演「ベルサイユのばら」

それまでは、宝塚は、テレビの「ザ・タカラヅカ」を見るだけで、

やけに目の周りのメイクがすごいな~くらいにしか思っていませんでしたが、

週刊マーガレット連載の劇画「ベルサイユのばら」を、友達から読ませてもらい、

いたく感動。高校2年生の時に、友人と宝塚を初観劇したのでした。

やっぱり、オスカル様を誰がやるのか、気になったので。

今にして思えば、榛名由梨さんのプレッシャーはものすごかったと思います。

歌劇団の期待を背負って、堂々と演じておられました。

昭和50年の花組「ベルサイユのばら(アンドレとオスカル)」も、当然観ましたよ。

高校3年生で受験の年だったのにね。

安奈淳さんのオスカルを包み込むような温かさと優しさと、身分違いの恋に苦悩するアンドレを演じて、

やっぱり、榛名由梨さんって、すごいなあと思いました。

歌劇団の信頼に応える力量と、律儀な性格でいらして、宝塚市の広報大使も務められておられるんですね。

花組は、アントワネット役の上原まりさんがいなければ、「ベルばら」できなかったんですよね。
上原まりさんについては、いろいろ思うことがあって(それは、またの機会に)、素敵な女役さんでした。
亡くなっておられますよね。合掌。

初めて観た宝塚の舞台は、戦いの場面を、ダンスで表現したり、

アントワネットの断頭台のシーンのあと、すぐにネオンが点滅する華やかなフィナーレの大階段に早変わりしたりと、

舞台装置の大掛かりなことに、驚きました。

宝塚のファンになって、結婚して宝塚市に住むことに決めました。

杜けあきさんのトップのころまで、ずっと観ていました。



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NHK大河ドラマ「光る君へ」第七話から

2024-02-19 19:53:19 | 映画  テレビ
今日は朝から雨降る中、郵便局、クリーニングの引き取り、スーパーに買い物と、

走り回りました。

午後からはもっと、雨脚が強くなり、午前中に外の用事をすませてよかった~

午後からは洗濯のあと、ひたすら、保管していたゆずでジャムを作っていました。


***

NHK大河ドラマ「光る君へ」第七話

打毬のシーンは圧倒。カッコイイの一言。練習したんでしょうねえ。

そのあとの、更衣室での会話がいけません。

ネコの小麻呂を追いかけて、探し回った挙句、貴公子たちの会話を立ち聞きしてしまったまひろ。

「・・・家柄のいい女は嫡妻にして、あとは好いた女のところに通えばいいんだよな」

この時代の貴公子たちは、皆、この傾向にあったのでしょう。

傷つくまひろ。この雨夜の品定めを思わせるトークは、「源氏物語」を書くにあたって、大いに参考になったのか?


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懐かしい宝塚スターさんたちの寸劇

2024-02-07 14:35:48 | 映画  テレビ
急に雨が降ってきて、今日は畑仕事はお休み。

天気予報じゃ雨降らないはずでしたが。

この頃の天気は予測不能です。


懐かしい宝塚スターさんたちの寸劇でも見て、楽しむことにします。


(031)1976年元旦 〇塚スター爆笑年賀状(大滝子、榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳、松あきら、上原まり、他)

鳳蘭さんと、汀夏子さんのお芝居はなかなか普段では見れないので、素敵でした。


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