青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

近所の森の蝶1

2021-12-02 13:42:59 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然

近所の森の蝶1

アゲハチョウ科

大型(翅を開いた差し渡しは10㎝前後)で、後翅に長い尾状突起がある種が多く、(ウスバシロチョウの仲間を例外とすれば)ひと目で他の科と見分けがつく。翅は「黒」または「黒と黄や青の斑」で、裏面と表面、雌と雄、季節による色彩・斑紋の変異は少ない。体の構造は蝶の中で最も原始的で、複眼は大きく、前脚は退化せずに中・後脚と同じ形をしている。

成虫は花の蜜を吸い、ぶら下がって翅を半開きにしていたり、小刻みに動かしていたりする。湿地で吸水するのは雄だけで、雌雄ともに樹液や腐果は好まない。日中に活動し、明るい色彩の種ほど日の当たる場所を飛ぶ傾向がある。

幼虫の食草はミカン科、クス科、セリ科、ケシ科、ウマノスズクサ科など臭いの強い植物を食草とし、刺激を受けると頭から悪臭を放つ肉角を出す。4回脱皮して終齢で緑色のユズボウ型になる種が多く、蛹は帯蛹で胸に糸をかけ、懸垂するような姿勢で葉や枝、壁などに上向きにつく。

世界には約500種余。日本産の約20種は大きく2つのグループに分けられる。ウスバシロチョウ亜科(ギフチョウ族、ウスバシロチョウ族)は比較的小型で、地上低くを不器用に飛び、雌の腹部には交尾後に付属物が形成される。丸くて白い翅のウスバシロチョウ族は一見シロチョウ科の種に似ている。アゲハチョウ亜科(ジャコウアゲハ族、アオスジアゲハ族、アゲハチョウ族)は大型で、一定のコースを巡回する蝶道を形成したり、求愛時に雌雄が空中を前後して飛び続けたりする種が多い。

霞丘陵産の11種のほか、首都圏ではほぼ絶滅したが、関西や北陸では都市近郊にも産地が残るギフチョウを参考として追加紹介。



キアゲハ(上)とアゲハチョウ(下)
中国雲南省白水台の宿屋の庭先にて 2009.6.3
【ともに霞丘陵周辺では良い写真が写せなかったので中国奥地産(日本産と同じ)を紹介】



アゲハチョウ科の幼生期など(「里の蝶」から一部をコピー)。



平均的なサイズ 大型

アゲハチョウ科は、最もチョウらしいチョウである。一般の人々が“蝶々”で思い浮かべるイメージは、シロチョウ科のモンシロチョウか、アゲハチョウ科のアゲハか、どちらかであろう。生物の近代分類の祖リンネが、最初に学名を付けた蝶は、ヨーロッパや日本を含む北半球に広く分布するキアゲハ(パピリオ・マカオン)であることからも、その事実は疑いようもない。

いわば「蝶の中の蝶」なのだが、近年、どうも雲行きが怪しくなってきた。教科書的には、以下のようになっている。蝶は鱗翅目(チョウ目)に属し、鱗翅目の大半は(いわゆる)蛾が占めていて、数多くのグループ(例えば上科)に分かれる。蝶もその一グループで、セセリチョウ科単独から成るセセリチョウ上科、その他の全ての“蝶”からなるアゲハチョウ上科、および最近“蝶”の一員に見做されるようになった(以前は所謂“蛾”の一員だった)シャクガモドキ上科の3上科を合わせて、便宜上“蝶”と呼ぶ(ここではシャクガモドキについての見解は割愛)。

大多数の蝶は“バタフライ”とか“パピヨン”とかの名で呼ばれている。それに対し、セセリチョウは“スキッパー”で、一般的な(大衆の)認識では蝶には含めない。すなわち、アゲハチョウ上科に属する各科の蝶(シロチョウもタテハチョウもシジミチョウも)が“バタフライ”であり、セセリチョウはそれとは別の“スキッパー”という別の昆虫と見做されているわけである。

しかし、近年のDNAに因る系統の解析結果で、意外な(困ったというか、当惑せざるを得ない)ことが判明しつつある。アゲハチョウ科は、セセリチョウ科より古い時代に、他の“蝶”たちと分かれている。すなわち、セセリチョウ科を含む大多数の蝶たちが同じグループで、アゲハチョウ科はそれらとは離れた類縁関係にある。ということは、捉え方によれば、アゲハチョウ科以外の蝶が「真正の蝶」で、(蝶の代名詞的存在である)アゲハチョウの仲間は、「蝶ではない」という、究極の捻じれ現象が起こるわけである。

客観的に考えたなら、このことは予測できたことである。確かに、セセリチョウ科の外観は、いかにも地味で、イメージ的に(いわゆる)蛾に近い。一方、アゲハチョウ科には、外観上大きくて煌びやかで派手な種が多く、いかにも蝶のイメージだ。しかし、そのことが系統に反映するわけではない。色眼鏡抜きで体の各構造を調べていけば、アゲハチョウの仲間が、より祖先的な形質を数多く備えていることが分かる。

何よりも、出現した時期。セセリチョウ科のほとんどの種の食草は単子葉植物(主にイネ科)。外観上地味なため古い時代の植物と一般には考えられそうだが、ごく新しい時代に出現し、一気に種分化して現在の繁栄に至っている植物群だ。一方、アゲハチョウ科の多くの種の食草(食樹)、ウマノスズクサ科、クス科、モクレン科などは、被子植物の中で最も古い時代に出現した植物である(ミカン科やケシ科の成立もイネ科より遥かに古い)。例えばモクレン科などは、大きな花が咲いて一般的な感覚ではいかにも「進化した生物」の様に見えそうだが、実は極めて原始的な植物なのだ。それに結びついた蝶のほうも同様の存在であることが知れる。

霞丘陵では、(場所と時期により大量に見ることの出来る)ウスバシロチョウを除き、アゲハチョウ科の種は、ごく僅かしか撮影出来なかった。分布する10種のうち、出会えなかったのが1種、出会ったけれど撮影出来なかったのが1種、1カットのみ撮影が1種、1個体のみ撮影が4種、複数個体出会うも汚損個体しか撮影出来なかったのが3種。散々な結果である。ただし、どの種も、住宅街の中では、かなり普遍的に見られた。食草および成蝶の訪花植物が林の中には少なく、むしろ(園芸植物を主体として)街中に多く植えられているのが、その理由のひとつと思われる。

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ウスバシロチョウ Parnassius glacialis 冰清绢蝶


東京都青梅市霞丘陵 2021.5.1 オス

東京西郊外の丘陵地で、ゴールデンウイークの前後に最も数多く見られる蝶のひとつ。霞丘陵でも幾つかの特定の草地で大発生する。林縁の草地の上を緩やかに飛翔し、ヒメジョオンなどの花を訪れる。やや大き目の中型種で、いわゆる「白蝶」の中では最も大きい。アゲハチョウ科に所属し、飛翔中の印象はシロチョウ類よりも他のアゲハチョウ科各種に近い。アゲハチョウ科の中では祖先的な一群とされるが、比較的近い類縁関係にあるギフチョウ属の種が衰退の一途を辿っているのとは逆に、近年増加傾向にあるように思われる。成蝶の吸蜜源植物が多様なことと関連するのかも知れない。卵は食草のムラサキケマンに直接ではなく、付近の枯れ枝や石礫に産付する。ギフチョウ同様、交尾後の雌には交尾嚢が形成される。年1化(卵越冬)。北海道、本州、四国に分布。フィールド日記4.23/4.27/5.1/5.23。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


ジャコウアゲハ Atrophaneura alcinous 麝凤蝶


東京都青梅市霞丘陵 2021.5.14 オス

一見、アゲハチョウ属の黒色各種(殊にオナガアゲハ)に似るが、類縁的には遠く離れていて、生態的な側面は、むしろウスバシロチョウやギフチョウと共通する部分もある。幼虫、成蝶とも体内に有毒物質を持つ。熱帯アジアの巨大な美麗蝶として有名なトリバネアゲハ類も同じ仲間(ジャコウアゲハ族)。腹部の鮮赤色はジャコウアゲハ族に共通の特徴で、キシタアゲハではこの部分が黄色い。大型種。殊に夏型雌は大きい。雄の翅色は濃黒褐色で光沢を帯び、雌は明るい茶褐色。雌はふわふわ浮かぶように飛び、林床や藪の中に生える食草の葉裏に赤い卵を産付、雄は羽化間もない雌を探して木陰の暗所を旋回し続ける。食草はウマノスズクサ科ウマノスズクサ属。花蜜(アザミ類など)を好む。霞丘陵では著者は入口の民家の向かいの生垣脇草地で出会っただけだが、暗所では多く見られるようである。年3化(蛹越冬)。本州~八重山諸島に分布、南西諸島産は幾つかの亜種に分割される。フィールド日記5.14。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


オナガアゲハ Papilio macilentus 美姝凤蝶


東京都青梅市霞丘陵 2021.5.14 メス

類似するクロアゲハとは尾状突起がより長いことで、ジャコウアゲハとは腹部が黒色で翅の地色の色調が異なることで区別がつく。系統上は外観の異なるナガサキアゲハに近い。ジャコウアゲハ属や、他のアゲハチョウ属の種の場合でも、近縁種間で(ときに同一種内でも)「長い尾状突起を持つ」か、「全く尾状突起を欠く」か、という2つの方向に分かれるという共通の傾向がある。大陸産や台湾産の本種の近縁各種も、尾状突起を持たない種が多い。クロアゲハとは類縁的には離れているが、雄はクロアゲハ同様に後翅表前縁に白い帯状部を生じることは興味深い。雌は翅色がやや淡い。大型種、殊に第2化雌は大きい。食草はミカン科の主にコクサギ。各種の花を訪れ、雄はよく吸水を行う。年2化(主に5月と8月)。北海道~九州に分布。フィールド日記5.14/6.12。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


クロアゲハ Papilio protenore 蓝凤蝶


東京都青梅市霞丘陵 2021.5.14 メス

黒いアゲハチョウの代表的存在で、オナガアゲハの様に長い尾状突起があるわけでもなく、モンキアゲハの様に目立つ大きな白斑もなく、ナガサキアゲハの様に(日本産のアゲハチョウ類としては例外的な)尾状突起を欠くわけでもない、最も「普通の」姿をしている。雌雄はよく似るが、雄はオナガアゲハ同様に後翅表前縁に白い帯状部を持つ。ただし静止時には前翅がこの部分に重なり、白帯が見えないことが多い。後翅の縁に赤斑があり、しばしば雌で顕著に発達する。大型種。食草はミカン科の各種樹木。年2化(蛹越冬)。通常林内などの暗所にいることが多いが、人家の庭の園芸植物などを訪れることも多い。蝶道の形成が顕著。本州~南西諸島に分布。南の地域ほど尾状突起が短くなる傾向があり、台湾産や中国大陸産は尾状突起を全く欠く。フィールド日記5.14/8.19/9.8。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


ナガサキアゲハ Papilio memnon 美凤蝶


鹿児島県屋久島 2006.8.2 メス

以前は関東地方などでは見られなかったのだが、近年多く見られるようになったことから、いわゆる「温暖化」の象徴(分布の北上)として取り上げられることが多い。しかし実態は必ずしもそれに当て嵌まるわけではない。種としてのナガサキアゲハは、確かに熱帯アジアに広く分布している。その中で日本本土産は、雌の白斑の出現程度が極めて僅少であることなど、形質的にかなり特殊な位置づけにある。現在東京周辺などで見られる個体群は、雌に白斑が顕著に表れる沖縄(南琉球の八重山諸島などには在来分布しない)や台湾、中国南部以南の地域集団とは異なる存在である。「北上」と考えるよりも「分布の拡散」と捉えるべきであろう。大型種。雄は白斑を全く欠き、青色鱗を散布。食草はミカン科の主に栽培柑橘類。年3化前後(蛹越冬)。フィールド日記7.20。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
*東京近郊産の写真が無いため他地域産を使用した。日本本土産は雌の白斑や雄の青色鱗は発達しない。


モンキアゲハ Papilio helenus 玉斑凤蝶


台湾花蓮県天祥 2006.8.30 

ナガサキアゲハ同様に「暖地の蝶」の代表とされていて、より北の地域(関東地方北部)まで分布している。台湾や中国大陸南部にも分布するが、その他の熱帯アジア地域に於いては近縁別種に置き換わり、必ずしも「南方系」の広域分布種というわけではない。後翅の大きな白紋が特徴。大型種。雌はより大型で、翅色がやや淡い。外観のよく似た熱帯アジア広域分布種タイワンモンキアゲハPapilio nephelusは、モンキアゲハとは別系統に属し、日本には分布しない。年3化前後(蛹越冬)。食草はミカン科樹木。栽培柑橘類も食するが、野生種のカラスザンショウなどをより好む。栽培柑橘類主体のナガサキアゲハが人里に多く見られるのに対し、本種は樹林内で見られること多い。フィールド日記5.23。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
*東京近郊産の適切な写真がないため他地域産を使用した。斑紋などは本土産とほぼ同じ。


アゲハチョウ Papilio xuthus 柑橘凤蝶


東京都青梅市霞丘陵 2021.4.23

「アゲハ」「ナミアゲハ」とも呼ぶ。「蝶」の代表的な存在が「揚羽蝶」であるとすれば、その名を和名に冠した本種は「蝶の中の蝶」と言う事になろう。モンシロチョウと並ぶ日本で最もポピュラーな蝶である。しかしモンシロチョウがユーラシア大陸に広く分布するのと異なり、本種は日本や中国などの東アジアに限られた分布圏を持つ。分布圏内では極めて普遍的であるが、他地域には(唯一ルソン島のベンゲットアゲハを除き)近縁種が存在しない(北半球広域分布種キアゲハとは系統が異なる)。なおかつ形質的にも分布圏全体で安定していて雌雄と季節型以外には変異がない。案外謎の存在でもある。大型種(春型はやや小さい)。雌は黄色味が強い。前翅中室に数本の条線を生じ、キアゲハと区別できる。食草はサンショや柑橘類などミカン科。花を訪れ、雄は吸水する。年3~4化(蛹越冬)。霞丘陵には何故か少なく、新鮮個体は撮影出来なかった。フィールド日記6.12/6.20/8.3/8.20。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


キアゲハ Papilio machaon 金凤蝶


東京都青梅市霞丘陵2021.4.27

アゲハチョウ(アゲハ、ナミアゲハ)が「東アジア」に限られた分布圏を持つ「地域限定普通種」なのに対し、本種は北半球全域に広く分布している(両者は類縁的にはさほど近い関係にはない)世界レベルでの「蝶の中の蝶」。地域ごとに形質差があり、北米産は多数の種に分けられている。前翅表中室基半部はアゲハチョウのような線条ではなく胡麻斑状になる。アゲハチョウが都市内部や住宅地周辺でも多く見られるのに対し、本種は近郊の田畑などの、より開けた環境に多い傾向がある。幼虫の食草は、ほかの日本産アゲハチョウ属の種が全てミカン科であるのに対し、本種は例外的なセリ科(ニンジン、パセリなど)。花を訪れ、雄は吸水する。年3~4化(蛹越冬)。大型種(春型はやや小さい)。雌は翅色が淡い。日本での分布域は北海道~屋久島。フィールド日記4.22/4.23/4.27。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


カラスアゲハ Papilio bianor 碧凤蝶


東京都青梅市霞丘陵 2021.4.20 メス

地味な種の多い日本産の蝶の中では、例外的な煌びやかな装いをしている。樹林の周辺 のほか、都市近郊でも見かける。北海道~九州に分布し、屋久島・種子島には分布せず、両島を挟んだトカラ列島に産する(両島には近縁種のミヤマカラスアゲハが分布)。奄美・沖縄・八重山産や、台湾・中国大陸産を別種として扱う見解もある(本書では臨機応変に対処を行った)。ミヤマカラスアゲハも地域によっては都市周辺の人里に分布している。前翅裏面の白色部は上下で均等な幅のミヤマカラスアゲハと異なり、本種では上方で広がる。後翅裏には白帯を生じない。雄の前翅表下半部にビロード状の性標がある。食草はミカン科の主に野生種(コクサギ、カラスザンショウ、ハマセンダンなど)。園芸植物を含む各種の花を訪れ、雄は吸水性が顕著。年2化(蛹越冬)。フィールド日記4.20。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


ミヤマカラスアゲハ Papilio mackii 绿带翠凤蝶


長崎県対馬下島 1987.9.22 メス

関西では、著者の地元の兵庫県の都市近郊でも何度か撮影した。しかし首都圏では山地の蝶だと思っていた。一年の撮影を終えた秋になって、たまたま霞丘陵で出会った蝶愛好家の方から、「ここにも結構いるよ」と伺った。関西だけでなく九州でも場所によっては低地で見られることから、首都圏の低地に居ても不思議はないのである。北海道以南に分布。なぜか、カラスアゲハの産しない(飛び越えてトカラ列島に分布)屋久島にも分布している。前後翅とも顕著な明色帯をもつのでカラスアゲハとの区別は一目瞭然だが、暖地産には明色帯の出現が曖昧で紛らわしい個体も少なくない(中国大陸産の一部は酷似)。年2化。蛹越冬。暖地の夏型メスは、蝶の中で最も大きい種のひとつ。春型は夏型より一回り小さいが、黄緑色鱗はより鮮やかに出現する。食草はミカン科のキハダ、カラスザンショウ。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


アオスジアゲハ Graphium sarpedon 青凤蝶


東京都青梅市霞丘陵 2021.4.27

本属を含むアオスジアゲハ族は、アゲハチョウ族、ジャコウアゲハ族と共にアゲハチョウ亜科を形成、前二者がそれぞれミカン科、ウマノスズクサ科を主要食草とするのに対し、モクレン科やクス科を主要食草としている。ウマノスズクサ科共々、被子植物の中で最も古い起源の植物であり、アゲハチョウ科が蝶の中で最も原始的な位置づけにある事と呼応している。日本産のアオスジアゲハ属は、ミカドアゲハと本種の2種。局地的分布の前者に対し、本種は日本の暖地に広く分布。食草はクス科。年3化(蛹越冬)、周年発生経過は一定していない。小さめの大型種。春型は青紋の幅が広い。雄は後翅表内縁に毛の束を持つ。花を訪れるが、アゲハチョウ属の種とは好みの花が異なる。雄は吸水しながら盛んに放尿する。種としては東西2つの異なる分類集団に分かれ、セレベス周辺では(おそらく中国大陸でも)複数の分類群が同所分布し複雑な様相を示す。フィールド日記5.14/8.19/9.8。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。


≪参考≫ギフチョウ Luehdorfia japonica 日本虎凤蝶


兵庫県西脇市 1981.4.17 産卵

年に一度、春にだけ成蝶が出現する「スプリング・エフェメラル」の代表的生物で、“春の女神”として知られる。かつては多摩丘陵などにも分布していた由だが、現在では首都圏の大多数の産地では絶滅、唯一、神奈川県津久井町の石砂山に残存するのみ。関西では都市近郊にも幾つかの地に棲息し続けている。本州の固有種。日本海側には多産地も多い。適度の明るさの雑木林や栗林、若い杉林などの落葉の上を這うように飛び、カタクリやスミレ類などの花で吸蜜し、ウマノスズクサ科カンアオイ類の葉裏に卵塊を産付する。翌春まで一年の大半を、枯葉や土榑に付着した蛹で過ごす。雌は交尾後に交尾嚢を形成。大きめの中型種。同属種ヒメギフチョウが本州中部以北と北海道および日本海対岸域に、他2種が中国大陸に分布する。本属に最も近縁な蝶は、地中海南東部から西アジアにかけて分布する外観がウスバシロチョウに似たArchon属(モエギチョウ:シリアアゲハから改称)。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。




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2021.12.1 「日記」

2021-12-02 08:26:21 | コロナ 差別問題と民主化運動 日記


★12月1日の記事に、いいね!その他ありがとうございました。


読者の方々に質問です(僕は頭が悪いので、教えて頂ければ幸いです)。

【Ⅰ】
マスクは、なぜ必要なのですか?

【Ⅱ】
「沖縄に対する日本」
「台湾・チベット・ウイグルに対する中国」
の違いを教えて下さい。

*ブログ記事の冒頭に、この質問を繰り返し続けます。

・・・・・・・・・・・・

僕がバカで頭が悪くて取るに足らない社会にとって必要のない人間で、それに比べて、ほとんどの日本人は僕よりも遥かに頭が良くて社会にとって必要な人間である、ということは僕自身も良く分かっているんですよね。卑下とか自虐とか嫌味とかではなくて、本当に。

しかしまあ、それと同時に、その頭の良い人たちというのは、どうしてこうもバカな人達ばかりなんだろう、というこいとを、つくづく想ってしまいます。

全然関係ないけれど、今日は、ナンシー関さんの、19回目の命日だったそうです。世の中には、本当に頭の良い人、凄い才能の持ち主、、、というのも、いるんですよね。ナンシーさんが生きていたら、、、、今の社会をどう捉えるのだろう、、、、。でも、現実にはもう居ないんだから、そんなこと考えても意味はないんだな、、、とか、漠然と想っています。

コロナに関連した社会構造は、だいたい僕の(2年前からの)予想通りに進んでいます。頭の良い人達は、そのことが分からないのですね。

アベノマスクが配られないまま1億枚近く(115億円相当)倉庫に残っている、その保管費が6億円だとか、、、、そのうちの1000円でも良いから僕に回してくれれば助かるのだけれど(ちなみにマスクはまだ届いていません、笑)。

ワクチン、どれだけ意味あるのでしょうね。アンケート(僕はこのアンケートというのが一番世の中にとって意味のない行為だと思っています)、ついこの間まで「ワクチン接種賛成」が大多数占めてたのが、おやおや、半分近くまでに減っていますよ、、、^^;。

人工生命(のようなもの)が発見された、とかのニュースもありました。

僕の予想通り、(健康マニアとリスク管理主義者で構成された科学絶対の民主主義社会は)遠からぬうちに永遠の命の獲得に辿り着き、人類は滅びてしまうのだと思います。

今からでも遅くないです。マスクもワクチンも止めましょう。冷房も車も捨てましょう。日本の大衆は「何でアメリカ人は銃を捨てられないのだろう?」と思ってるわけですが、それならば、一度別の空間から自分たちを俯瞰してみてはどうでしょうか?頭の良い人には無理なんだと思いますが。



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近所の森の蝶 ブログ紹介 

2021-12-01 21:15:42 | コロナ 差別問題と民主化運動 身近な自然


近所の森の蝶 ブログ紹介 8回連載で 2回目からは写真10枚前後

フィールド・ガイド・ブック 「近所の森の蝶」 【見本版】
上巻:都市近郊の蝶80種の生態図鑑(附:日本産240種)
中巻:東京都青梅市 『霞(かすみ)丘陵』 フィールド日記
下巻:「海の向うの兄妹たち」中国大陸産との関連を探る
青山潤三 著
Photo office萌葱(MOEGI)

はじめに

著者は、東京の郊外で一人暮らしの老人である。今のアパートに越してから18年間(それ以前の20年間余も同じだが)、外出は最寄りの駅(新宿から青梅特快で一時間の河辺駅)にほぼ限られていた。この35年間の活動拠点は中国大陸で、日本滞在時にはほぼ毎日3つ先の駅スタバに居座ってWi-Fi作業、たまに都心で編集者らと打ち合わせ、そして中国に戻るため空港(成田/羽田)に行く、、、そんなわけで、駅と反対方向には、一度も行ったことがなかった。

73歳になった2021年の春、ふと思いたって、駅と反対側に行ってみることにした。中国には当分戻れそうもない。それでこの機会に、久しぶりに日本の蝶を見て置こうと思ったのである。

駅と反対側がどんなところなのか、全く予備知識はなかった。歩いて行けば、たぶん小さな丘や森に突き当たるだろう。徒歩25分、ファミマの前を通り、セブンイレブンの前を通り、ローソンの前を通り、2つ目のファミマを通り過ぎたところで、塩船観音という神社に着いた。そこまでが住宅街で、その先は緩やかな丘になっている。「霞(かすみ)丘陵」というのだそうである。最高点が205m、河辺駅の標高が180mだから、比高は25mぐらいだ。

その日(2021年3月23日)は、観音像の下の開けた空き地のようなところで、蝶や花を撮影した。日本の都市近郊での蝶の撮影は、かれこれ40年ぶりぐらいかも知れない。浦島太郎の気分である。初日、蝶は6種が撮影出来た。思ったよりも良い感じだ。翌日は、丘陵の内部に分け入って見た。そして、2021年の丸一年間、11月末まで、ほぼ週に平均1~2回ほどのペースで探索を続けた。ほとんど毎回同じコース。 夏の期間には、アパートから歩いて行ける反対方向の森(西の青梅の森東端部、東の狭山丘陵西縁部)にも行ってみた。

春~秋にこの一帯で撮影出来た種は61種。特に目的の撮影対象が有ったわけでも、下調べを行ったわけではない。毎回ほぼ同じコース(地図もチェックしていなかったので長い間自分がどこを歩いているかも把握していなかった)を散歩していたようなものである。住宅街に沿った雑木林の林床、たまに現れる草地、そして尾根の反対側に下る小さな谷。このような環境は、おそらく霞丘陵などの東京近郊に限らず、 (北日本や南日本や島嶼部などを除く)日本の多くの都市近郊地域とも共通しているだろう。そこに棲む蝶たちも、概ね共通していると思う。 

著者が撮影した61種は、何の前知識もなく、何の下調べもせず、ただカメラ(昔人から貰ったものでほぼぶっ壊れているのだが何とか最低限の撮影は出来る)をぶら下げて、ペットボトルに麦茶を詰めて、おにぎり2個をポケットに入れて、サンダル履きでの散策中に為されたものである。ある意味“偶然”出会った蝶たちだ。言い換えれば、日本の各地に住む読者の方々も、年に何度か近所の森の探索を繰り返せば、この60種の7~8割ぐらいには出会えるはずなのである。

著者は、何の知識も前調べもなく、突然思い立って適当に近所を歩きまわって撮影していたものだから、ここに棲んでいるはずの幾つかの蝶には出会い損ねている。探索途上に知り合った地元の蝶愛好家の方からの情報や、僕のこれまでの(40年ほど前の)知識を併せ考えれば、霞丘陵一帯に棲む蝶は80種前後だと思う。それは同時に日本各地(北国や南国や山岳地帯を除く)で身近に出会うことの出来る蝶たちであろう。従って本書は「霞丘陵の蝶」であると同時に、「身近な日本の蝶たちの図鑑」と捉えて頂きたい。

本書ではその80種前後を、2021年に霞丘陵で撮影した写真を中心に紹介していった。今回撮影出来なかった残りの身近な種については、以前各地で撮影した写真(ほとんどがポジフィルムで今の著者の経済事情ではスキャナー機の購入は不可能なため一度印刷物としてなされたものを撮影コピー)で補った。

それが、今回作成した本書である。本来は3章構成を予定しているが、まず第1章「図鑑」編を単独で作成した。「身近な蝶80種」に加え、著者が昔写した日本産全種(約240種)を10頁ほどに纏めて紹介しておくことも考えたが、ポジ→デジタルのスキャンの問題を考えれば難しいので、今回は保留しておく。

第2章は、この1年間の霞丘陵探索日記。ここを訪れた読者に対してのフィールドガイドであると共に、        第1章で出来なかった各種説明の補足を成す。第3章は「海の向うの兄妹たち」。主に僕の35年間メインフィールドである中国に於ける対応集団(姉妹種を含む)の紹介。1~3章併せ約400頁を予定している。

今回、その雛形として、第1章「図鑑編」を「スペッシャル版」として配布する次第である。

2021年12月2日 福生のスタバで早めのクリスマスメロディを聴きながら  

目次

001 はじめに/002 目次/003 本書(第一部)について

【第1部 都市近郊の蝶フィールド図鑑】
004-007 アゲハチョウ科の概要
008-021 アゲハチョウ科各種紹介(ウスバシロチョウ/ジャコウアゲハ/オナガアゲハ/クロアゲハ/ナガサキアゲハ/モンキアゲハ/アゲハ/キアゲハ/カラスアゲハ/ミヤマカラスアゲハ/参考:ギフチョウ)
022-025 シロチョウ科の概要
026-031シロチョウ科各種紹介(モンシロチョウ/スジグロチョウ/ツマキチョウ/モンキチョウ/キチョウ/参考:ツマグロキチョウ/参考:エゾスジグロチョウ)
032-035 タテハチョウ科の概要
036-067 タテハチョウ科各種紹介(アサギマダラ/スミナガシ/ヒメアカタテハ/アカタテハ/キタテハ/ルリタテハ/ヒオドシチョウ/サカハチチョウ/コミスジ/ミスジチョウ/イチモンジチョウ/アサマイチモンジ/ツマグロヒョウモン/ミドリヒョウモン/クモガタヒョウモン/メスグロヒョウモン/ウラギンヒョウモン/オオウラギンスジヒョウモン/オオムラサキ/アカボシゴマダラ/ゴマダラチョウ/コムラサキ/クロコノマチョウ/ジャノメチョウ/ヒメウラナミジャノメ/サトキマダラヒカゲ/ヒカゲチョウ/クロヒカゲ/ヒメジャノメ/コジャノメ/参考:ウラギンスジヒョウモン/参考:ホシミスジ)
068-071 シジミチョウ科の概要
072-087 シジミチョウ科各種紹介(ツバメシジミ/ヤマトシジミ/ルリシジミ/ウラナミシジミ/ベニシジミ/コツバメ/トラフシジミ/ミズイロオナガシジミ/ミドリシジミ/オオミドリシジミ/ウラゴマダラシジミ/アカシジミ/ウラナミアカシジミ/ムラサキツバメ/ムラサキシジミ/ウラギンシジミ/ゴイシシジミ)
088-091 セセリチョウ科の概要
092-101 セセリチョウ科各種紹介(ミヤマセセリ/ダイミョウセセリ/アオバセセリ/ギンイチモンジセセリ/ホソバセセリ/コチャバネセセリ/ヒメキマダラセセリ/キマダラセセリ/ミヤマチャバネセセリ/チャバネセセリ/イチモンジセセリ/オオチャバネセセリ)
*日本産蝶類240種の紹介:編集中(本見本版では割愛)

【第2部 霞丘陵フィールド日記】*編集中(本見本版では一部を抄出)
霞丘陵フィールド日記について
2021年3月: 3.23/3.24/3.27
2021年4月: 4.8/4.10/4.20/4.22/4.23/4.27
2021年5月: 5.1/5.6/5.23/5.25/5.29/5.30
2021年6月: 6.1/6.8-6.18/6.20/6.22/6.24/6.26/6.28
2021年7月: 7.10/7.11/7.12/7.17/7.18/7.19/7.20/7.21/7.22/7.28
2021年8月: 8.1/8.3/8.11/8.19/8.20/8.22/8.27
2021年9月: 9.7/9.8/9.10/9.16/9.19/9.20/9.21/9.28/9.29
2021年10月: 10.2/10.3/10.5/10.6/10.11/10.20/10.23/10.24/10.28/10.30
2021年11月: 11.11/11.12/11.13/11.20/11.25
探索コースの概要と地図(*編集中)

【第3部 「海の向うの兄妹たち」】*編集中(本見本版では割愛)

第一部(上巻)について

「近所の森の蝶」上・中・下の上巻に当たる本書は、種別に纏めた簡易フィールド生態図鑑編である。蝶
愛好家の人々に向けてではなくて、自然に触れようとするごく一般の人たちを対象に、これまでの定説や常識にとらわれることなく、私的な知識をベースに内容の構築を行った。よって「教科書」としての「図鑑」ではない、と言う事を始めに断っておく。

2021年3月23日から同年11月25日までの間に、著者のアパートの背後に広がる東京都青梅市霞丘陵、および、その西方の青梅丘陵西端部と東方の狭山丘陵東縁部で撮影した61種を中心に、今回撮影は行えなかったが、この一帯に確実に分布している(あるいはその可能性がきわめて高い)10数種を加え、各種一頁(基本3組の写真)ごとに紹介していった。

原則として、写真は今回撮影したものを使用した。しかし、幾つかの写真は別地域のものを使った。その多くはポジフィルム時代の撮影で、しかしスキャンが叶わず、以前に発表した印刷物として発表した自著から写真コピーした。その場合、なるたけ都市近郊産の利用を心がけたが、それが見つからない場合は遠隔地域産を使用した。

撮影場所年月日は出来る限り正確に記した。ただし過去の撮影品の一部に関しては、膨大な未整理ポジフイルム原版を照合せねばならず、時間的余裕がないために、暫定的に「データ確認中」として示した。

科の説明は1994年に著者が刊行した「里の蝶基本50種」の科解説の文章を(そこに添えた幼生期の写真共々)そのまま使った。ただし、明らかな誤認箇所は訂正し、全体のバランスを考えた上で、幾らかの改変を行った。そのうえで、更に一頁分の、科全体に対する文章を書き加えた。

各種説明の文章は、文献を参考せずに、その場で思ったことをそのまま書いた(最終的には正誤を照会している)。解説というより、問題提起、と考えて頂きたい。

周年経過については、著者の認識に基づいたうえで、各種文献の記述を参考にして記した。越冬態は、概ね各種文献の記述に基づいた。食草も、各種文献記述に著者の判断を加え、摂取選択して表記した。

学名は、必ずしも現行使用されている名に沿っていない。筆者の判断で、これまでに発表された見解の中から、より適切と思われるものを選んだ。特に選定基準があるわけではなく、全体あるいは各グループ のバランスを考慮し、臨機応変に選択した(それぞれの選択理由を詳しく述べていくとそれだけで長大な記事になってしまうので、ここでは割愛する)。和名は、出来る限り古くから永い間利用されて来た名を選択した。

大きさについては、通常は「前翅長」か「開翅長」の具体的な数字で示すが、本書では2つの理由で、あえて曖昧におおざっぱな表現方法をとった。

ひとつは、具体的な長さの表示では(「前翅長」と「開翅長」の認識上の混乱もあって)感覚的に把握し難いと思われること。もう一つは、雌雄・季節・地域・個体間の差、および翅を閉じたとき開いた時と閉じた時の差を、どれぐらい数字での表現に反映するか、ということ。

そのような視点から、本書では敢えて大まかな「小型種」「中型種」「大型種」に三分し、それぞれ「小さめ」「やや小さめ」「やや大きめ」「大きめ」を補足した5段階(×3)を設定した。シジミチョウ科とセセリチョウ科は、ともに大半が小型種。アゲハチョウ科は、大半が大型種。シロチョウ科とタテハチョウ科は、基本「中型」で、シロチョウ科は「小さめの中型種」、タテハチョウ科は「大きめの中型種」が多くを占める。むろん(特に隣り合った段階との)線引きは曖昧で、あくまで大雑把なイメージの手助けの指標と考えて頂きたい。

ちなみに、小型種は“親指の爪”、小さめの中型種は“親指と人差し指で作った円”、大きめの中型種が“横から見た拳骨”、大型種が“掌(てのひら)”と認識すれば、当たらずしも遠からずだと思う。各科ごとの扉のひとつに、100円硬貨を添えた「一般的大きさ」図(原版頁の写真は「里の蝶」からのコピー)も示した。それも参考にして頂きたい。






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「巨悪」とは誰のことか?

2021-12-01 09:02:29 | コロナ 差別問題と民主化運動 日記




読者の方々に質問です(僕は頭が悪いので、教えて頂ければ幸いです)。

【Ⅰ】
マスクは、なぜ必要なのですか?

【Ⅱ】
「沖縄に対する日本」
「台湾・チベット・ウイグルに対する中国」
の違いを教えて下さい。

*ブログ記事の冒頭に、この質問を繰り返し続けます。

・・・・・・・・・・・・

「文豪」はなぜ「文豪」になったのか、のつづき。

答えは一つだけです。

空気に乗ったから。

「学歴」とか「人気」とか「知名度」とか「人脈」とか、、、。

例えばプロ野球。“実力が全て”というわけじゃないのですね。

「甲子園のスター」とか「六大学のスター」とか、そうであるかないかで(良くも悪くも)一生が決まってしまう。 

必ずしも「派手」か「地味か」という問題でもない。
「地味」を逆手に取る場合もある(ノムさんとか)。
ある意味同じですね。

大衆は本当にバカですから、いずれにしてもひとつの答えにしか反応しません。

マスクもワクチンも、、、民主主義が正しいとかいったこともね。

知名度にもいろいろあって、
「確かなる知名度」と、
いわゆる「一般的知名度」。

社会にとって大事なのは、ひたすら空気によって形成される「一般的知名度」。

それは客観的に対せば本来は「虚像」のはずなんですが、大衆を介して発せられることにより、それこそが「事実」「正義」となって行きます。

総理大臣は、絶対的に偉いのです。習欣平も(日本人の大衆からは)絶対的存在と見做されています。本当は、彼一人では決定出来ない。権力には、いろんなバランスが組み合わさっていると思います。しかし、単純な日本の大衆は、そんなことを考える頭を持っていない。習欣平という、絶対的な虚像を無条件に信じ込んでしまっている。

日本に話を戻すと、総理大臣は絶対的存在ですね。

本当は絶対ではないことは、古くは総理を退いた角栄さんとか、最近では2Fさんとかアッソウさんとか、実際の権力は他にあると何となく分かりますね。絶対じゃないのです、、、、が、大衆にとっては、それでも総理大臣は絶対なのです。

バカな大衆が「絶対」と決めつければ、絶対的存在になります。

あらゆる権力よりも力を持つのは大衆です。大樹に群がっている人々です。

権力とマスコミと大衆は、互いに忖度し合う事で、巨大な存在になります。

菅さんは、歴代総理の中では、それほどエリートではないのですね。安倍さんは、家柄は超エリートだけれど、まあおツムは、、、、。

その事で、良くも悪くもバランスがとれていたと思います。大衆が託した総理という「絶対権力」に、2Fとかアッソウとかが介在する隙があったのですね。

しかし、岸田さんは、紛いなきエリート、そして頭が良い(いわゆる受験脳的な観点で)。

これは怖いですよ。

大衆の要求を防ぐ要素が介在しません。岸田政権下では、大衆と権力がスクラムを組んで突っ走りそうな予感がします。

・・・・・・・・・・

僕は、ネットニュースを趣味で(笑)見たり、様々な分野にコメントを入れたり(僕の場合はむろん「そうは思わない」を数多く貰います)しているのですが、ひとつ恐ろしいことに気付きました。

時間的に古い新しいに関わりなく、或いは殊に自分自身のコメントではなく他の人のトップコメントへのリコメントだったりする場合でも、それなりに(賛同か不賛同かはともかくとして)何らかの反応はあるわけです。

ところが、、、幾つかのコメントのうち、ワクチン関係のコメントの数字が全く動かなくなってしまった。(賛同反対に関わらず)他に対してのコメントは、それなりに動いているのに、余りに不自然です。

おそらく、ワクチンに対して否定的なコメントは(仮に遠回しの表現をしたものであっても)、制御されてしまっているようです。それが「正義」であるということで。

安倍さんも菅さんも二階さんも麻生さんも、、、岸田さんだって(それにあの木下元都議だって)別に「私腹を肥やそう」という想いで動いているわけじゃないと思いますよ(少しはそれもあるだろうけれど)。

権力得た人にとっては、私腹なんて、ちっちゃな欲望、自分の功績で歴史に名を残そう、そこら辺の欲望のほうが大きいんじゃないでしょうか。まあ、大衆は、欲望と言えば「私腹を肥やすこと」ぐらいしか考え附かず、でもって他の人も皆、自分と同じだと思っているわけですね。

大衆が日本で一番偉いのは天皇陛下だと思っているのでしょう(その無意識的反動で次男をバッシングする)。

次が総理総裁。岸田さんのような、頭の良いエリートを、大衆が崇拝してトップにいだくのは、とても恐ろしいことです。

・・・・・・・・・・・

日大の田中理事長。
彼が「巨悪」であることは、みんなもう知っています。

でも、悪の根源は、単に彼一人に帰するのではなく、もっと大きな背景があるのではないか?という疑問も、少なからずの人々が懐いているのだと思います。

例えばこんなコメント。

>こう言う方が長期間君臨し続けられると言うことは、日大全体にその土壌があるのではないか?
個人の問題では済まないと思う。

その通りですね。

そこを追求しない限り、本質的な解決には至りません。

「そこ」とはどこか。諸悪の根源は、どこに辿り着くのか。

自分たちです。集団性自己中の、日本の大衆全てです。巡り巡って、巨悪からの恩恵を受けているのは、「健全な市民」たる、自分たちです。そして、自分たち(大衆)が、「巨悪」の存在を作り上げているのです。

皆さんに問います。社会の改善・浄化を望むのならば、まずは、車も冷房もやめて下さい。



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