ぶらっと 水戸

水戸の見て歩き

水戸の盃(3)

2024-07-17 21:29:19 | 水戸

治紀より拝領の盃(水戸市立博物館 大町3-3-20)
 金町の町人・柴山教長(のりなが)が、水戸藩7代藩主・徳川治紀(はるとし 斉昭の父)から拝領した三つ重ねの盃だそうです。宝尽くしの絵柄のようで、打ち出の小槌、宝珠、分銅などが描かれているようです。御目見得格になったそうですので、よほど多くの献金をしたのでしょう。

 

米寿盃(水戸市立博物館 大町3-3-20)
 桜田門外の変に参加した蓮田一五郎の母・ひでの米寿祝として、明治25年に配られた盃だそうです。「蓮田一五郎 正実母 ひで」と盃に書かれています。以前は、お祝いの記念品として盃がよく使われたようです。

 

上下盃(十銭屋 泉町2-3-16)
 写真・盃の上側にはいっぱいに入れると21cc、下側には9cc入りまた。上下盃というようですが、上からでも下からでも飲めるということと、上戸でも下戸でもともに使えるという意味を重ねている盃のように見えます。

 

富士山盃(ボンメゾン 宮町1-1-1エクセル本館3F)
 盃を伏せると富士山になる盃のようです。去年11月にエクセル本館に入ったボンメゾンにありました。

 

一盃山稲荷神社(愛宕町6-2173)
 この小山は一盃山というようで、那珂国造(なかのくにのみやつこ)建借馬命(たけかしまのみこと)の古墳を築く時に、作業者が朝食前に飯椀一杯ずつ土を盛りあげて築いたとか、丼に入れた飯を伏せた形をしているからなどといわれているそうです。酒の器でなくて残念なのですが、漢字では「一『盃』山」なので…。この山も、古墳か、古墳に関係する施設だったのでしょうか。手前に見える井戸は、丸い井戸枠の上いっぱいにまで水が湧き出ていて、手水舎に引いて、手水(ちょうず)として使われています。

水戸の盃(2)

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