私の探していた答えがみつかった。
それは先日、先輩と温泉で語り合って
導きだして頂いた答えであった。
私が求めているのは「斥力」だったのだ。
それは磁石の同局を向け合ったときの
反発する力。その中心のエネルギーこそ
非常にプリミティブな魅力を感じる。
人間の意識を超えた部分。
自分のそういった嗜好をこれまでは
暗に「あまのじゃく」と片付けてきたが
そうではないのだ。
なんか一辺倒に何かを信じきって
で、喜びに溢れている様というのが
嫌いで
自分はその対局に偏ってきた学生時代。
そして社会人となってからは他人など
どうでもよくなり、自分の中で二つの磁場をもち
その間に意識の中心をおくようになった。
行動にしても然り。
生活自体が学生の頃よりも生々しくなるにつれ
思いはより遠いところへ飛ぶようになった。
やましいところはある。
やがて自分の創造の世界と実生活を結びつけたいと
願うことが多々あった。
その成功というのを夢見ていた。
だから本も作った。
意識で求めてきたのは確実に創作活動一辺倒な自分だった。
なのに実生活の行動はとても社会的で常識的で。
だからふがいない自分が嫌だった。
でも今分かったんです。
斥力だったんだと。
自分が心地よいのはその間の真空の部分だったんだと。
あの本だって、何を訴えてんだか今読み返してわかんないし
このブログだってなんなのかよくわからない。
でも斥力ってのを思ってみると
私はその中で自分なりに真空の状況を作ろうとしているのかも
しれないんだ。
最近、無意味にひかれたりするのもそう。
しかし無だって意識すると無じゃなくなっちゃうから
ほんとになんもない部分ていうのは斥力を働かせないと
生み出せないんじゃないかな。
誰もいない場所
なにもない場所にいきたい。
そんな感覚を説明してくれたのが
先輩が教えてくれた
「斥力」
でした・・・。
完