W A K I の気ままなトンボの目

自分流の勝手な生き方ですが、何か気付いたことを書いてみます。
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これが最後か「先生の短冊花に囲まれて」

2008年04月20日 | 出来事
 きのうに続いてきょうも川柳の話題になってしまうが、造幣局の通り抜けはおおぜいの見物人で賑わっていた、そもそも明治16年、当時の造幣局長遠藤謹助の「局員だけの花見ではもったいない、」との発案で始まったといわれ、以来125年に亘って大阪市民に愛され続けてきた年中行事である。桜の木は125品種370本にのぼる。そして近年は通り抜けの両側の桜の木には、昨年と一昨年の通り抜けの際に募集して入賞した俳句と川柳の短冊が下げられて色を添えている。WAKIたちは実は桜そっちのけで作品を鑑賞するのを楽しみに出掛けてきた、毎年名の知れた川柳作家が名句を寄せていて、きのう紹介した濱田良知さんも常連であった。今年も知人の岩崎公誠さんやこれから講師を担当していただく碓氷祥昭さんも名を連ねていたが、いまは亡き濱田良知さんの短冊を見つけてWAKIもアカトンボも吃驚した。
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先生が逝く 「辞世の句残し先生風になる」

2008年04月19日 | 出来事
 WAKIは平成16年夏、広報の募集で始まった生涯学習センターの川柳教室第1期生として濱田良知先生から川柳の手ほどきを受けた。以来その修了生で川柳会を立ち上げこんにちまで先生の指導を受けてきた。その講師濱田良知先生が昨年暮れに胃がんの宣告をうけ急遽入院、治療の甲斐もなく3月末に80歳の生涯を終えられた、早いものでもうひと月にもなる。17日はその句会であったが最初に哀悼の黙祷を捧げ、あたらしく講師を担当していただいている碓氷祥昭さん以下全員が短冊に弔吟をしたためて披講しながら良知さんを偲んだ、先生は病床にあっても川柳のことは一刻も忘れることなく、われわれの句会にも選句などに応えていただいたが最期まで明晰に句作を楽しまれた、生前「穿ちの濱田」と言われるだけあって素晴らしい作品を数多く残された。われわれユーカリ川柳会一同もご遺志を受け継いで今後も句作に励みますが、先生のご冥福を心からお祈りします。

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社長の思い入れ 「難しい心も運ぶ運送屋」

2008年04月18日 | TOWN
 大阪市内を歩いていて通りすがりに目に留まったこの車、車体のボディに大きな文字で社員一同の思い入れを書いてサインまでしてある。WAKIは実にいい事をしている会社だと思う。でも真心を形にするのはそう簡単な事ではない。従業員は30人ほどの規模の会社で温度管理を必要とするチルド食品を届ける業務の会社のようだ、願わくば「心も一緒に運びたい。」と書いてあるが、願望でなく「心も一緒に運びます。」と断定的に言って貰えばなおいいんだがなあと思う。でも車を見ても清潔でいい仕事をしているのだろうと容易に想像がつく。
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中西悠子選手の快挙 「北京への切符ほんとに素晴らしい」

2008年04月17日 | 出来事
 きのう北京オリンピック水泳選手の選考会があってTV中継された、100m女子バタフライは地元枚方の中西悠子選手が堂々の優勝で2位の加藤ゆか選手とともに北京行が決定した。中西選手は枚方スイミングスクール(枚方SS)所属で、大阪府池田市出身大学、卒業後はスイミングスクールでスタッフとして働きながら競技生活を続けてきた。2000年シドニーオリンピック女子200mバタフライ 7位 、2004年アテネオリンピック女子200mバタフライ 銅メダルの輝かしい記録を持つ、WAKIはいつもバスに乗ってこのスイミングスクールの前を通るがきょうはどんな垂れ幕が掲げられるか楽しみだ。

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大阪発見(2)仁政の鐘 「街なかを歩けば歴史よみがえる」

2008年04月16日 | TOWN
 八軒家浜をあとにしてすぐ通りを三つほど行くと上町台地の北の端中央区釣鐘町、その坂の途中にふと見上げると大きな釣鐘があった、いまはまわりがビルに囲まれているが昔は釣鐘屋敷があったところで吊るされた釣鐘は今は、8時、12時、日の入りの3回、自動的に鳴るようになっていて鐘をつくための棒はリモコンで動くようになっていました。当時とおなじ音色が聞けるって素晴らしいと思った、鐘のいわれは説明のとおりで、新しい知事さんや首相にも聞いて欲しいようでWAKIたちも納得、なにか得をしたような気持ちで本町に向かった。
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大阪ダックツアー 「大川を変わったバスが人気者」

2008年04月15日 | TOWN
 ちょうど昼どき八軒家浜のテラスで川面を眺めながらWAKIはメガ・マックをアカトンボはテリヤキ・バーガーを頬張っていたら、変わった船?がやって来た。WAKIはあわててカメラを持って飛び出した。これが噂の水陸両用バスかと、一瞬目を疑ったがちゃんと水に浮んでいる。天満橋を歩いている人たちも立ちどまって見ている。そしてUターンして桜ノ宮の方角に行ってしまった。ならばとWAKIたちは市内探訪も兼ねて歩いて本町のホテル「シティプラザ・大阪」に向かった、ここはマイドームおおさかの横にあってこの水陸両用バスの発着点だ。しばらくしてバスは帰ってきた、次のお客さんが観光バスでやって来た。見れば某旅行会社のツアー客だ、一日5便で陸上60分、水上30分、停車10分を含み100分のコースで一人3,600円の料金だが予約で一杯だそうだ。この季節、新緑の御堂筋2時間おきに走行する水陸両用バスが見れる。
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名所誕生 「蘇る水の都の八軒屋」

2008年04月14日 | TOWN
 京阪天満橋脇の大川に沿って岸辺が整備されて観光スポットが誕生した。名付けて「八軒屋浜・はちけんやはま」そこには観光船の乗降桟橋も設けられて駅からのアクセスも良く大いに賑わうことだろう。江戸時代この地に八軒の船宿や飛脚屋があったことから出たものと言われますが、この地は交通の要衝でその昔、「蟻の熊野詣」と言われたころは京都から淀川を下った人たちはここで船を降り、九十九ヶ所の王子を経て一路200kmの紀伊路を踏破したと言われています。大阪は水の都こうして水辺が整備されて水に親しむことができることは素晴らしいことです。
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フレッシュマン 「新学期切符売場は人の波」

2008年04月13日 | TOWN
 今の時期駅のコンコースは定期券を買い求める人たちで一杯だ、とくにこの駅はここからさらにバスに乗ってより郊外のキャンバスに向かう学生さんであふれている。毎年このような情景ができるがこの人たちそれぞれに受験や入社試験やそれぞれの悲喜こもごもの暮らしがあって人生の節目を味わったことであろう。また、その人たちをとりまく家族にもおなじような環境の変化を味わったことと思う。WAKIの孫もこうして初めて電車に乗って元気よく通学していることと思う。

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お花見特集(3) 「信貴山は桜前線上昇中」

2008年04月12日 | 自然
 いまの時期、大阪では外環状線を車で走ると生駒から信貴山への山系が変化に富んで実に美しい。というのも平地では終ってしまった満開の桜が山肌に沿って上の方へ上の方へと伸びて折からの新緑と溶けあって実に美しい、WAKIはこの時期車を止めてしばし見入ってしまう。それがこの写真だ。でも外環状線を走る車はお構い無しにがんがん飛ばしている。

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今が大事な時期 「研修を終えて希望の第一線」

2008年04月11日 | 環境
 どの企業も新入社員を受け入れていちばん大切なことが新入社員研修、この日も京都の観光コースにやってきたのはバスガイドの皆さん、みな先輩のガイドさんの説明を聞きながら真剣にメモを取っている。鉄は熱いうちに打てと言われるようにこの時期、いちばん大切なことと思う、企業にとって最も大切な経営資源は人材であり人材育成こそが課題といえよう、世間では利潤追求のばかり名ばかり管理職といった言葉が生まれたがもってのほかである。
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