ある方が、「侘び」について聞かれたそうです。
そして「うまく答えられませんでした」と。
お茶に長く携わっていても、
侘びについてそう簡単に答えられないものです。
何時かは自分なりの侘びを語れるようになりたいとは思いますが。
利休の師、紹鴎は侘びを
「見渡せば 花も紅葉もなかりけり 浦のとまやの秋の夕暮れ」(藤原定家)
という歌で表現しました。
そして利休は、この歌で。
「花をのみ 待つらん人に山里の 雪間の草の春を見せばや」 (藤原家隆)
侘びについて観念的に理解することはできます。
そして人生経験を積んでいくと、実感として感じることも。
でも実践はかなり難しいと思います。
私のような凡人は、まだまだ花も紅葉も好きですし、
時には浦のとまやの良さもわかり、あこがれもしますし。
道具はあり合わせにと言われても、もっと道具がほしいと思いますし・・
でも侘びを ・・少し足りないこと・・・物の豊かさでなく心の豊かさ・・
ととらえていいなら、私にも「侘び」がつかめるかもしれません。
お稽古の場で、
若い方達がいろいろなことを見たり聞いたりして、
自分のお茶を見つけようとする姿を見ることは、
とても楽しいし、嬉しいものですね。