昨日の最上川(山形県)の風景。

例年に比べると半分にも満たない位の積雪。
東の方に奥羽山脈の雄姿が、夕刻のひと時の晴れ間を縫って蒼空の中に聳えている。
そしてあの山の向こうは宮城県だ。

川面の色は外気温の変化に連動して変化する。
昨日は外気温が氷点下のせいか、紺碧の色をしていた。
温度が下がれば下がるほど川面の色は濃さを増す。
濃い蒼さの川面の色は、いかにも水の冷たさを物語っているかのようだ。
写真一番右手の山が樹氷で有名な蔵王。

堤防を降りてみた。
この辺りはおよそ最上川の中流だ。
江戸時代には舟運が盛んで、米の運搬は河口の酒田港までこの川面を帆掛け舟が往
来した。
写真の撮影場所は、寒河江市(さがえ)だが、ここから約5キロメートル上流にある大江町には今でも舟運の盛んな時期に使われた船着場が残っている。
この大江町は「最上川舟歌」発祥の地といわれ、その石碑も建てられている。
ヨーイサノマカーショ・・・
エーンヤコラマーカセ・・・
エェーンエンヤーエェーーンヤーエェーーン・・
ヨーイサノマカーショ、エーンヤコラマーカーショ
酒田さいぐさけ~まめでろちゃ~
はやり風邪などひがねよに~・・・・・・
真っ赤ん大根塩汁に~
塩しょっぱくて、喰らわんねちゃえェ~エェ~ンやエ~~ン・・・
・・・・・・
と続いていくが
この民謡は江戸時代、ここ大江町から最上川河口の酒田まで米を積んでの舟運の盛
んなころ、子供を残して遠い船旅に出発する船頭達の舟歌として、昭和になってか
ら再現された比較的新しい創作民謡だ。
遥か江戸時代、舟運の盛んな頃、私が今、傍に立つこの冷え冷えとした最上川の川
面を、1艘の米を積んだ帆掛け舟が下って行ったったかと思うと、夕暮れ時の光景
のせいもあってか、しばし時の経つのも忘れ、2~300年の昔を偲ぶ感傷に包まれ、立ち尽くしていた。

気がつくと、最上川の川面からいつの間にか濃い蒼さが消え、残照だけをを映す漆黒の川面に変わっていた。
きっと明日も冷えそうな予感がした・・・・・・・。

例年に比べると半分にも満たない位の積雪。
東の方に奥羽山脈の雄姿が、夕刻のひと時の晴れ間を縫って蒼空の中に聳えている。
そしてあの山の向こうは宮城県だ。

川面の色は外気温の変化に連動して変化する。
昨日は外気温が氷点下のせいか、紺碧の色をしていた。
温度が下がれば下がるほど川面の色は濃さを増す。
濃い蒼さの川面の色は、いかにも水の冷たさを物語っているかのようだ。
写真一番右手の山が樹氷で有名な蔵王。

堤防を降りてみた。
この辺りはおよそ最上川の中流だ。
江戸時代には舟運が盛んで、米の運搬は河口の酒田港までこの川面を帆掛け舟が往
来した。
写真の撮影場所は、寒河江市(さがえ)だが、ここから約5キロメートル上流にある大江町には今でも舟運の盛んな時期に使われた船着場が残っている。
この大江町は「最上川舟歌」発祥の地といわれ、その石碑も建てられている。
ヨーイサノマカーショ・・・
エーンヤコラマーカセ・・・
エェーンエンヤーエェーーンヤーエェーーン・・
ヨーイサノマカーショ、エーンヤコラマーカーショ
酒田さいぐさけ~まめでろちゃ~
はやり風邪などひがねよに~・・・・・・
真っ赤ん大根塩汁に~
塩しょっぱくて、喰らわんねちゃえェ~エェ~ンやエ~~ン・・・
・・・・・・
と続いていくが
この民謡は江戸時代、ここ大江町から最上川河口の酒田まで米を積んでの舟運の盛
んなころ、子供を残して遠い船旅に出発する船頭達の舟歌として、昭和になってか
ら再現された比較的新しい創作民謡だ。
遥か江戸時代、舟運の盛んな頃、私が今、傍に立つこの冷え冷えとした最上川の川
面を、1艘の米を積んだ帆掛け舟が下って行ったったかと思うと、夕暮れ時の光景
のせいもあってか、しばし時の経つのも忘れ、2~300年の昔を偲ぶ感傷に包まれ、立ち尽くしていた。

気がつくと、最上川の川面からいつの間にか濃い蒼さが消え、残照だけをを映す漆黒の川面に変わっていた。
きっと明日も冷えそうな予感がした・・・・・・・。