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~ 恩師の「心行の解説」より ~
「神仏の大慈悲に感謝し万象相互の調和の心が神意なることを悟るべし」
私たちは日々の生活でこの神仏の大慈悲に感謝することを忘れてはいけません。
私たちは神仏のお陰で生きさせていただいております。
神仏といいましても肉体を持たれて、そこらを歩いておられるような神様とは違うのですね。
神様とは、大宇宙の隅々までもその愛をもって支配し、
小さくいえばこの地上界の万象万物を育てはぐくむ大自然の力です。
この力こそほんとうの神であり、また法の体の仏です。法そのものが仏の体なのです。
神という言葉はすべてを生かしすべてをはぐくむことを表し、神ご自身がその大宇宙の中に、
また自然の中にご自分の姿を示されております。
それはお互いに持ちつ持たれつという姿です。
万象相互の調和の心です。
「私は自分の家の神さんにだけ感謝します」という言う人がありますが、
こういう神様はほんとうの神様ではありません。
真の神様とは宇宙の隅々までもその愛をもって支配なさる計り知ることのできない巨大なエネルギーであって、
この神様であれば素直に受け入れることができますね。
私たちが毎日の生活でこうして生きさせていただくには、動物、植物、鉱物を戴いてます。
そして感謝したこともなく、その有難さを味わったこともない空気というものを私たちに与えていただいております。
しかもその空気の中には私たちが生きさせていただくのにちょうど都合の良い量の酸素を入れていただいているのですね。
もし酸素が無かったら、私たちは三分か四分のうちに全部窒息します。
それにもかかわらず空気に対して私たちは感謝することさえ知りませんでした。
またあのお日様に対しても感謝を知りませんでした。もし光が無かったら大変ですし、
熱が無かったら地球はたちまちにして凍ってしまいます。
この熱と光をカロリーに計算しますと、一秒間に石炭二百万トンも燃焼させるだけのものになり、
それをこの地球だけが戴いているそうです。
一秒間で二百万トンもの石炭は十秒間では二千万トンですから、一日経ちましたらもう計算することもできません。
これをお金に換算しまして、もし請求書が来ましたらこれはもう大変なことです。
地球の全財産を持っていっても足りません。
これほど巨大な熱、光を戴いており、しかも一銭の請求もなさいませんから私たちはあって当たり前と思っています。
日々の生活でもそうですね。両親にいていただき、夫婦がお互いに生きさせていただき、子供さんにいていただいて、
しかもそれで当たり前と思っています。
当たり前と思う中から感謝を忘れていきます。
もしいなければどれほど淋しいか、どれほど不自由であるか、そのことが分からないのです。
ですから、神様への感謝ということが、法の生活をする上では一番大切な基本です。
見るもの触れるものすべてに感謝の心を持たせてもらうことです。
「神仏の大慈悲に感謝し」と書いていただいておりますが、自然界に現れたすべてのものが神様の現れです。
すべてのものに感謝することが神様への感謝につながります。
~ 感謝・合掌 ~