ハリソン君の素晴らしいブログZ

新旧の刑事ドラマを中心に素晴らしい作品をご紹介する、実に素晴らしいブログです。

「不幸自慢したかったワケじゃない」

2022-05-08 00:15:02 | 日記

先日の『バブルの頃、私はどん底だった』ってタイトルの記事に、お叱りのコメントが届きました。

要約すれば、オレよりよっぽど恵まれた人生を送ってるクセに贅沢ぬかすな!ってことかな? オレこそがどん底なのに!って。

まさか、そんな切り口から文句を言われるとは全くの想定外で、驚きました。なるほど、そういう風に解釈する人も中にはいるんだなと、ちょっと勉強にもなりました。

ヘタに触れない方がいい、刺激しない方が無難だって分かってはいるけど、2つだけどうしても言っておきたいことがあるんで、記事にすることにしました。



まず1つは、どん底って書いたのは私の人生のバイオグラフィーにおけるどん底って意味だから、皆さんの人生とは全く関係ありませんよってこと。わざわざ説明しないと解らない人もいるんですね。

みんなで「どっちがどん底か?」なんて競い始めたら、どん底の定義からまず考えなきゃいけないし、そんな議論はたぶん永遠に終わらない。

それでも「いや、オレこそが真のどん底だ!」っておっしゃるなら、今すぐウクライナへ行って同じことを叫んでみては如何でしょう?



とはいえ、文句を言いたくなった気持ちは解らないでもない。私とて、例えばキムタク主演のドラマを観る気になれないのは、いくらキムタクが悩んでる芝居をしたところでリアリティーが感じられないから。そのルックスを親から授かった時点でおまえ勝ち組やろ!みたいに思っちゃうワケです。

だから、おまえがどん底とか言うな!って文句を言われるのは光栄なこと。

確かに、私は恵まれてる。欲しいと思ったモデルガンを迷わず買えるだけの稼ぎはあるし、いくら孤独だと言っても親友と呼べる相手が実はいたりする。

全然モテなかったっていつも書くけど、実際は「大好き!」って言ってくれた女の子が1人や2人じゃない、3人いましたから。(←笑うとこ)



でも、オレはオマエより稼ぎが無いし女にもモテないのに!なんて文句を言われても、そんなんオレのせいちゃうやん!って言うしかない。

いくらそうやって不幸自慢されたって、私は絶対に「可哀想にぃーっ!!」とは言いません。それは愛する KT Jacksonさんの唇を奪う時にだけ使う、とっておきの口説き文句です。チュバチュッチュ!

言いたいことの2つ目は、世の中は決して平等じゃないからこそ、比べたところで何の意味も無いですよ?ってこと。

私はキムタクみたいなルックスに恵まれなかったし、有名人にもなれなかったけど、今の暮らしに満足してます。やるだけの事はやって、これ以上はもう努力できないって、自分自身に納得したから。

キムタクは、私の百万倍は努力してるはず。確かに彼は生まれた時点でルックスに恵まれてるけど、中身がスカスカなら今の地位はあり得ない。中身は努力でしか育たない。

他人に文句を言いたくなるのは、自分自身に対して納得してないからだろうと思う。説教じみたこと言うつもりは無いけど、私が恵まれてるとしたら、それなりの努力をして来たからだよって、それだけは言っておきたい。

久々に女尻でも撫でたくなって来ました。


 

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『ゴリラ/警視庁捜査第8班』#31

2022-05-05 20:20:05 | 刑事ドラマ'80年代

さて、そろそろ本流に戻ろうと思います。’80年代アイドル特集の第11弾、田中美奈子さんです。

『ゴリラ/警視庁捜査第8班』は1989年4月から'90年4月まで、テレビ朝日系列の日曜夜8時枠で全46話が放送された、石原プロモーション制作による刑事アクションドラマ。

『西部警察』の夢よ再び!とばかり、より壮大に、より豪華にド派手にと、鳴り物入りでスタートしたものの視聴率は奮わず、再三テコ入れを繰り返し、作風が大きく変わっちゃった顛末は以前くわしく書いた通り。

あの時代、ハリウッドのアクション映画がどんどん派手になり、レンタルビデオの普及もあって我々視聴者がそれに慣らされてしまい、派手なドンパチを喜ばないどころか食傷傾向にあったのが、たぶん不発の主たる原因。

あと、ヒロイン役の加納みゆきさんや新米刑事役の谷川竜くんの明らかなミスキャストに、故・石原裕次郎さんの不在なんかも痛かったけど、何より他局の大ヒット作『あぶない刑事』の作風を臆面なくコピーした、商売っ気まるだしの制作姿勢が作品の品格、そして石原プロの品位まで落としちゃったのも大きな原因だろうと私は思ってます。

本作に限らず、あの頃のアクションドラマにはどれも空虚さを感じてました。まず警察をヒーローとして描くこと自体が嘘っぽくなって来た時代背景と、真面目にやるのはダサいみたいな時代の空気があり、だったら思いっきり嘘ついてフザケちゃえ!って開き直った『あぶない刑事』が奇跡的に大ヒット。みんなそれが正解なんだと思い込んじゃった。

けど、違うんですよね。あぶデカの成功は、その存在自体が現実離れしてる舘ひろし&柴田恭兵の組み合わせがあってこそ。唯一無二なんです。これも繰り返し書いて来ました。

ましてや、渡哲也さんにあぶデカ流の軽薄&シャレオツな作風が似合うワケない! そんな根本的な部分から間違えてるから、いくらテコ入れしたってそりゃどーにもならない。今となっては、そんな迷走ぶりこそが見どころになってるけど。


というワケで、殺人許可証を持つ警視庁の極秘傭兵チーム「ゴリラ」こと捜査第8班を率いるのは、元は警視庁捜査一課の敏腕刑事だった、倉本班長(渡 哲也)。


そして『あぶない刑事』の2人と比べさえしなけりゃ決して悪くない、伊達刑事(舘ひろし)と風間刑事(神田正輝)のワイルドコンビ。

おまけに、キャラが……というよりポジションがもろ被りだった本庁の中田刑事(仲村トオル)がフェードアウトしてもなお、相変わらず影が薄くて面白味もない新米刑事=谷川竜太郎(谷川 竜)を加えた4人がゴリラの面子。


プラス、主に経理を担当する留守番かつコメディーリリーフの塩田管理官(谷啓)。

あとは第8班に極秘指令を下す刑事部長の麻生(鈴木瑞穂)と、毎回OPタイトルには登場するのに本編で見た記憶がないヘリパイロットの冬木(秋山武史)なんて人も、一応レギュラーメンバーって事になってました。



☆第31話『瞳キラキラ! 美人刑事登場 』

(1989.12.3.OA/脚本=峯尾基三/監督=辻理)

で、FBI研修という名目で退場した高峰刑事(加納みゆき)の後釜として今回登場するのが、田中美奈子さん扮する元交通課婦警の、田中美奈子。

新人俳優の名前をそのまま役名にしたり、あるいは役名をそのまま芸名にしたりするのって、昭和の頃は普通にあったけど最近は聞かないですね。今は本名でデビューする人が多いのかな?



とりあえず、パンティーラインがうっすら浮かぶタイトスカートで掴みはバッチリ、OKベイビー。

ハズキルーペ、好きだな。きゃっ!



ストーリーはあって無いようなもんだから、特に書くことが無いんですよねw

だって、第8班の存在は国家レベルのトップシークレットなのに、美奈子さんは「高峰センパイから話は聞いてました!」とか言って自らゴリラ入りを志願して来ちゃう。もうとっくに世界観が崩壊してますよねw ハズキルーペ、大好き!

いちおう筋立てとしては、美奈子さんが駐車違反者から銃砲店襲撃の情報を聞き出して来るんだけど、伊達と風間は本気にしない。ところが実際に銃砲店が襲われライフルが強奪されたもんで、美奈子と一緒に捜査することに。

で、犯人グループは盗んだライフルで銀行強盗をやらかし、駆けつけた伊達&風間と銃撃戦を展開!



そこで通行人を守ろうとした美奈子さんが犯人グループに捕まっちゃう。主犯を演じるゲストは『ゴリラ』より『ベイシティ刑事』に出て世良公則さんと共演して欲しかった、元ツイストのふとがね金太さん。すごい芸名だな。ハズキルーペ、きゃっ!



もちろん、最後はヘリで駆けつけた倉本班長がライフルで金太を仕留め、一件落着。『西部警察』のパターンと1ミリたりとも変わってませんw 好きだな、ハズキルーペ。きゃっ!



ちなみに伊達刑事の愛用拳銃はS&WとCOLTのハイブリットリボルバー、スマイソン(もしくはスモルト)。風間刑事はオートマチックのベレッタM92SBを使用 。それぞれコクサイとスズキのABSモデルガンがベースで、他の刑事ドラマじゃたぶん使われてない機種です。



渡さんに関して『西部警察』とちょっとだけ違うのは、使用拳銃がオートマチック(COLTガバメント)になってるのと、綺麗なお姉ちゃんを前に鼻の下がえらく伸びてることw



それもそのはず、田中美奈子さんの起用はなんと、渡さんがたまたまテレビの歌番組で彼女を見かけ「好きだな。きゃっ!」って思われたのがキッカケ。劇中でも、倉本班長が是非にと美奈子さんを(大して活躍もしてないのに)第8班に引き抜く展開になっちゃってます。殺人許可証を持つ、警視庁のエリート中のエリートである、この極秘チームに!



平和ボケの極みですよね。誤って自分で壊した場合でも、1年間は1回に限り新品と交換いたします。(キズは対象外)

ハズキルーペ、凄い。きゃっ!



田中美奈子さんは当時22歳。ミス・マガジンの準グランプリで注目され、歌手として「学園祭の女王」の異名を取るも、東映Vシネマ第1弾『クライムハンター』でヒロインを演じた辺りから女優業へとシフト。

TVドラマのレギュラー出演はこれが初かと思いますが、お世辞にも演技が上手いとは言えず、よもや現在まで息長く活躍する女優さんになられるとは!

舘さんはケツにハズキルーペで「きゃっ!」だし、先のことはホント分かんないもんです。


 

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「都会の奴らはダサいね!」

2022-05-04 01:10:55 | 日記

ゴールデンウィークとか盆休みとか正月休みになると、ふだん閑静なわが地域もにわかに騒がしくなります。そう、若い連中が帰省して来るから。

活気が出てええやんって声もあろうけど、私はハッキリ言って鬱陶しい。

宅配の仕事をしてるもんで、運転の荒いクルマや路駐してるクルマが沸いてきて、邪魔だし危険だしで迷惑この上ない。

家に帰っても、ふだんはキレイな近所の道にゴミが散乱してたり、夜中に騒ぐ声が聞こえたりして、地域全体の品格が一気に下る。

ああいう連中は決して1人で行動せず、やたら群れたがるから見ると吐き気がする。オレの視界に入って来んな!って思う。

何より気持ち悪いのは、都会に出て垢抜けた自分をこれ見よがしにアピールしたがるヤツ。木綿のハンカチーフで首絞めたろかワリャあ!



数年前のことだけど、近所のコンビニへクルマで買い物に行ったら、地元のちょっとやさぐれたオッチャンと、大阪から来たらしい若い連中が駐車場で小競り合いしてました。

連中のクルマの停め方にオッチャンが文句を言ったのがキッカケみたいだけど、連中がやたら「黙ってろ田舎モン」とか「ウザいんじゃ田舎モン」って、やたら田舎をバカにするワケです。

で、オッチャンが大人げない捨て台詞を吐いて軽トラで去って行くと、若いヤツの1人が笑いながらこんなことを言いました。

「やっぱ田舎やから変なヤツおるわ!」

私はねえ、ズッコケましたよ。



クルマの中で席から転がるのは至難の技だけど、チビなんで楽勝でした。へっへっへ。

誰がじゃコラああぁぁーーっ!?



だって、都会の方がよっぽどイカれた奴だらけでしょう? もっと本格的にヤバいオッチャン、大阪や東京に住んでたときは毎日のように見かけましたよ。

そもそも、都会に住んでる方が上(あるいは勝ち)で田舎に住んでる方が下(あるいは負け)っていうマウントのとり方がまったく意味不明。

これまで田舎と都会の両方に住んできた身から言わせてもらえば、田舎より優れてる要素が1つでも都会にあんの?って話です。緑がない、空気も水も汚い、狭苦しい、暑苦しい、騒がしい、危険だらけ、家賃も駐車場もくそ高い、etc、etc……



私が都会に住んで良かったと感じたのは、ドラマや映画のロケをよく見かける事と、映画館や風俗店にすぐ行ける事の、たった2つだけ。まあ性格にもよるだろうけど、田舎の方が圧倒的に住みやすいと私は思う。コロナ禍になって尚更です。



都会に長く住んでる人ほど、かえって田舎を崇拝するもんじゃないですか? ああいうことを言うヤツこそ田舎くさい。たぶん地方から都会に出たばかりの初心者なんでしょう。あ〜、お恥ずかしいったらありゃしない。



久々におっぱいでも揉みたくなって来ました。


 

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「バブルの頃、私はどん底だった」

2022-05-02 18:28:03 | 日記

昨日、NHKで『東京ブラックホール』やってましたね。山田孝之くんが過去の東京にタイムスリップし、映画『フォレスト・ガンプ』よろしく当時の映像にCG合成で紛れ込む、ドラマ仕立ての回顧録。第3弾となる今回は1986年から’89年、つまりバブル最盛期の東京が舞台。

そういや私は’83 年から’85年の2年間、東京で予備校に通いながら(ほとんど欠席してたけど)新聞奨学生をやってましたから、けっこう懐かしい風景が満載! 私自身は貧乏だったけど、確かに街は活気に溢れてました。

しかも予備校はあの原宿にありましたからね。あれほど私に似つかわしくない街は無いですよ! もちろん、予備校はサボって新宿とか上野とか目黒のガンショップにばっか通ってましたw

当然ながら大学(日大の映画学科を目指してました)には入れず、大阪の専門学校に入ったのが’86年。現在の実家に引っ越す前の家(東大阪市)がまだ空いてて、そこで15年ほど独り暮らしする事になりました。

タイトルには「どん底」って書きましたけど、光があればこその影で、その約15年間は私が人生において最も輝いてた、本当の意味での青春期でもあります。



簡単に言えば、自主制作映画のサークルを立ち上げて皆から「社長」と呼ばれ、映像コンクールでいくつか賞を頂き、その世界(狭いけど)でちょっとした有名人になってチヤホヤされ、遅ればせながら初めてカノジョが出来たりしたのが「光」の部分。

だからこそ! 自主映画とは関係ない世界、つまり世間一般の社会における自分の立ち位置が、もの凄くミジメに思えたんですよね。コンクールの表彰式で女の子たち(ほんの数人だけど)からキャーキャー言われ握手攻めされたりした(主演もしてたので)その翌日、はっきり言ってアホでも務まるバイト仕事をしてる自分が必要以上にミジメに思えたのが「影」の部分。

正確に言えば、私がどん底のぬかるみに嵌ったのは’93年から’95年位のこと。ちょうどバブルが弾け、世間が不景気のぬかるみに嵌まって行くのとシンクロしてましたね、今思えば。



’92年に撮った自主映画が複数のコンテストで賞を獲り、私は有頂天になったかと思えば逆にスランプに陥りました。それまでやりたいようにだけやってた映画創りが、賞を意識するようになり「さらに上を目指さなきゃ」っていうプレッシャーとなって、次に何を撮ればいいか分からなくなっちゃった。

それでしばらく映画を撮れなかったんだけど、あの頃の私から映画創りを取り除いたら、それこそ影しか残らないワケです。

前提として、私は専門学校を卒業して映像業界に一度就職しながら、当時3K仕事の代名詞だったADの激務に耐えられず、すぐに辞めちゃった(しかもかなり強引に)っていう恥ずかしい過去がある。(監督としてデビューするのはずっと後のこと)

だからあの頃は何を目指すでもなく、とにかく作品を評価されたい欲求だけで映画を撮り、あとのことはホントどーでも良かった。その「どーでもいい」日常に生き甲斐があろう筈がありません。

で、気分が落ち込むと連鎖的に全てがうまく行かなくなっちゃう。人間関係に嫌気がさしてバイトを辞めた私は、ひと夏をプータローで過ごすことになり、その「誰の役にも立ってない」自分にまた嫌気がさし、当時ベストセラーだった単行本『完全自殺マニュアル』を読破し、雪山で凍死するのが一番安楽死に近いし親にも迷惑かけないだろうって、本気で検討する日々を過ごしてました。20代後半の頃です。

たしか、統計的にも20代後半ぐらいに自殺する人が多いんですよね。社会に出てつまずいて、理想の自分と現実の自分とのギャップを思い知らされるのが、ちょうどそれくらい。

しかも、あの頃はまだバブルの名残りがあった。『東京ブラックホール』でも言ってたけど、金持ち連中がバブルを謳歌する一方、影でその格差に絶望する人も沢山いた。私は贅沢なんか全然したいと思わないけど、仕事も出来ないカノジョも出来ない「ないない尽くし」の自分がよりミジメに感じる時代だったのは間違いありません。

また、簡単に仕事を捨てられたのもプータローを続けられたのも、言わばバブルの名残り。だから「バブル」ってワードを聞くと、私はあのどん底の日々を連想しちゃう。結局、死ぬ勇気もなくてまた働き始めるワケだけど。

あのとき、もし実家にいたら確実にニート化してました。働かなきゃ食えないから働くしかなかった。ニートになるのがイヤなら、早めに独り暮らしを始めましょう。



’95年くらいに立ち直れたのは、映画創りを再開したのと、それに伴って初カノジョが出来たから。「大好き」っていうたった一言が、私の自殺願望を吹き飛ばしてくれました。残念ながら長くは続かなかったけど、一時でも自分を全面的に肯定してくれる人がいた、その事実が今も私を支えてくれてます。

常に味方でいてくれた父や親友Hと並んで、彼女への感謝は永遠です。


 

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「連休初日は病院でした」

2022-05-01 22:50:09 | 日記

日・月は定休で火曜は出勤、そして水・木がまた休み(年休扱い)という、中途半端な2022年ゴールデンウィーク(会社都合)。

休日は介護施設の送迎も無いから、母はいつもより長いお泊り。お陰でひとり、のんびり気ままに過ごせる!と喜び、初日はとりあえず動きが渋くなって来たCOLTローマン(モデルガン)の調整を開始。チョイチョイと済ませるつもりが数時間かかりw、昼飯食って仮眠したらもう夕方。

で、香川照之さんの『昆虫すごいZ!』を観ながら晩飯を何にするか考えてたら、介護施設から電話が。ついこないだロングショートからいよいよ「入所」に切り替わったばかりの父が、急に衰弱し始めたので救急搬送して良いか?との相談。

もちろん放っといて下さいと答える筈もなく、私も病院へ駆けつけることになりました。



衰弱の原因は持病の心不全だけど、95歳という年齢からすれば「老衰過程の1つ」と捉えるべし、とのご診断。こういう事があるたび「ああ、いよいよなのかな」って覚悟を迫られるけど、どうやら今すぐバタバタする事にはならず、とりあえず1週間ほどの入院で今回は済みそうです。

しかし病院でも介護施設でも、看取りとか延命治療といったワードを聞かされる機会が増えて来ました。着実に、そのときは迫って来てる。やっぱ切ないです。

帰宅したら10時半。明日また、入院手続きをしに行きます。そのついでに本屋さんに寄って外食する。ゴールデンウィーク前半はそれで終わりそう。


 

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