今、葬儀会場です。ご遺体を綺麗にする儀式が終わり、お通夜まで時間が空いたので、控え室で書いてます。
親類縁者を集めてたら、こういう時間もお相手を務めなきゃいけないんだろうけど、家族だけなんでくつろげます。
兄が、母から同じ質問を何度も受けたり、何度もトイレに連れて行かされたりして、困ってるのが面白いですw 私にとっては日常のこと。
通夜の晩は会場に泊まるのが通例らしく、私はいったん母を家に送り、お世話を兄に任せて1人で泊まるつもりだったけど、絶対帰りたがると予想してた母が「どっちでもいい」って言うもんだから、3人で泊まることにしました。
こんな機会はもう無いかも知れないし、料金は変わんないから泊まらないと損。
で、明日の朝、いったん母を家に送り、休ませるつもりだったショートステイに予定通り行ってもらう事にしました。90歳手前の母に2日連続のイベントは心身共にキツいだろうし、私自身も自由に動けるようになるから有難い。
お通夜が終わり、食事を済ませ、母を寝かして、いま一服中。
母は出かける時こそ「こんな格好で行きたくない」みたいなことでムズガッたけど、いざ父と対面すると意外や意外、穏やかに話しかけたりして、夫の死をすんなり受け入れてる様子でした。不思議なもんです。
もちろん、見送った父について語りたいことも色々あるんだけど、それはまた落ち着いてからにします。
今はとにかく、兄の「なにも出来ない人」っぷりがあまりに衝撃すぎて、そっちのことを書かずにいられません。
お座敷の部屋に3人分の布団を敷くため、まず大きなテーブルを動かさないといけないワケだけど、兄は、いちいち私が指示しないと動いてくれない。
で、私が押入れから布団を出して敷き始めても、横で突っ立って見てるだけ。
「こっちから指示しないと動けないの?」
「ふふふ」
「いや、ふふふやなくて」
「こういうの苦手やから」
「えっ、ただ布団敷くだけやで?」
「不器用やから」
「………………」
高倉健かよっ!?なんて小粋なアメリカンジョークを返す余裕もなく、私はただ絶句するしかありませんでした。
いや、不器用でも何でもいいから、手伝うフリだけでもすればいいのに、私が「もうええわ、全部やるから」と言うと「じゃあ」って、喫煙室に行ってタバコを吸い始める。
自分で布団も敷けない人が、一人暮らしで、還暦を過ぎるまで、一体どうやって生活して来たのか……衝撃としか言いようありません。
いや、そんな事より、何から何まで他者にやらせて平気でいられる神経が理解できなくて、私は言っちゃいました。
「さっき、ぞっとしたよ。今までどうやって生きて来たん?」
「そこまで言われなあかんの?」
「言うよ、身内やから。今まで誰も言わなかったんは、赤の他人やからや」
こんなに何も出来ない人が、それを恥ずかしいとも思ってない人が、いずれ退職して我が家に帰って来るかと思うと、さらにゾッとする!とまで言っちゃいました。
認知症の両親の世話をして、さらに何も出来ない、しようともしない兄弟の面倒まで、世話するなんて絶対イヤだから、帰って来ないでくれ!っとまで。
だけど、世間一般の大人たちから見れば、私も「なにも出来ない人」なんですよ。かつて一緒に暮らした女性に、どれだけ叱られたことか。ふふふ……いや、ふふふやなくて。
そんな私が呆気にとられる位だから、ホントに相当なもんです。
他者との関わりを避け続けて生きると、果てはこうなってしまうのかと思うと、孤独上等!のポリシーが脆くも崩れちゃいそうです。
父は、本当に優しい人でした。優しすぎる人でした。心底から尊敬するし感謝してるけど、子育てに関してだけは、その優しさが裏目に出ちゃったかも知れない。
そう、私だって、もし実家に戻らなければ、マトモな生活は送れてなかったかも知れない。自分で家賃を払って生きてる兄の方が、社会人としてはマトモです。
書いてる内に、兄のことをそこまで言えるオレなのか?って、ちょっと我に返りました。私が親のために色々やるのは当たり前。
兄ちゃん、ごめん。昨日は言い過ぎたって、明日言うことにします。
まず最初に、兄に関しては、私がちょっと誤解というか、早とちりした部分があったみたいです。
兄が帰郷するかしないか迷ってたのは、今いる大阪から千葉にいったん戻らないと喪服が無いのと、会社に連絡する専用ケータイを置いて来ちゃったから、だったみたいです。
あと付けの理由で言い訳してるだけ、とも考えられるけど、そういう小賢しいタイプじゃないんですよね。単純に、気が弱いんです。
とにかく兄がオドオドして、ゴニョゴニョと断片的なワードしか言わないもんだから、イラついた私に「えっ、なに? それで?」みたいにツッコまれて、よけいにオドオドして「葬儀にはちゃんと行く」と言いそびれた感じ?
介護もぜんぶ私に丸投げして来た、負い目がそうさせるのかも知れないけど、それにしたって弟相手に弱腰すぎる!
そんな感じでよく、還暦過ぎまで世の中を渡って来られたもんだと、やっぱり驚いちゃうワケです。
いや、私自身も相当気が弱いし、かなりの「コミュ障」だと思うんだけど、兄と会話してると自分が凄いしっかりした常識人みたいに錯覚しちゃうんですよね。
兄はたぶん、ずっと安定した道を進んで来たがゆえに、人に対する免疫力が弱いのかも知れません。荒波に揉まれた分だけ、私の方がちょっと強くなれたのかも? ……って、以前にも同じこと書いた気がします。
喪主は、次男である私が務めます。兄はいったん千葉に帰ったし、認知症の母はまだ夫が亡くなったことを知りません。通夜と葬式には出てもらう予定だから、施設へのショートステイはお休み。
ゆえに私は今週、母の面倒を見ながら1人で、葬儀の段取りと役所関係の手続きに走り回らないといけません。どっちもクルマが必須ですから、運転免許を持たない兄には何も頼めません。
だけど今、こうしてブログを更新するだけの時間はあります。1人だけで全部パーフェクトにこなせるワケが無いから、手を抜けることは手を抜きまくると、開き直りました。
両親も私も、人づき合いを全くして来なかったのが幸いしました。ひっそりと家族葬で済ませ、親戚関係には事後報告。これでかなりの手間が省けます。親戚なんか集めた日にゃあ、私はマジで死んでしまうと思います。
通夜と葬儀はプロの人たちに頼りきって、役所関係の手続きは緊急を要するものから1つ1つ、順番に片付けていく。間に合わなくたって失敗したって、誰にも文句は言わせません。だから大丈夫。
しかし、今日はさすがに猛烈に眠いので、早めに寝ます。明日の午前中、前から予約してある整骨院にも行くつもり。自分第一でなにが悪い?
前回の記事とのギャップが凄いことになっちゃいますが、昨夜、父が老衰で亡くなりました。97歳、大往生です。
昨日の朝、父がここ2日ほど食事が採れてない(流動食が飲み込めない)状態だと介護施設から連絡があり、これは心不全が原因じゃなく老衰だから、このまま看取るかどうかの判断を迫られ、看取ると決めた矢先でした。
けど、そんなすぐに亡くなるとは思いもせず、翌日に顔を見に行く予定だったのに、仕事を終えて帰宅したのと同時にケータイが鳴り、いま呼吸が止まりましたと。
すぐ施設に駆けつけ、葬儀屋さんを手配し、葬儀会館に運ばれるのに付き添い、明日(もう今日になってたけど)の段取りだけ打ち合わせて、深夜1時半ぐらいに帰宅しました。
千葉県に住んでる兄には朝の段階でメールしたけど「細かいことは任せる」との返事。いや、そりゃ俺が全部やるつもりだけど、そこは嘘でも「こっちで出来ることがあれば何でも言ってくれ」と返して欲しかった。
さらに夜、電話で父が亡くなったことを伝えると、めちゃくちゃ眠そうな声で「実はいま(アイドルの追っかけで)大阪にいる」だって。
で、うちは三重県だから大阪ならすぐ来られる筈なのに「いや、あさって仕事だし、どうしようかな」と来たもんだ。つまり兄は、通夜や葬儀に参加するか、あるいは全て弟に丸投げして千葉に帰るか迷っている! 実の父親が死んだのに!
目眩がしました。あまりに驚いて、父が亡くなったショックが少し和らぎましたよホントに。
なんで、そんな人になっちゃったんだろう? 実に興味深い!
早く風呂に入って寝て、怒涛の日々に備えなきゃいけないのに、とにかく自分の兄に驚いたことを皆さんに報告したくて、書きました。
ほんと、感傷に浸るような余裕は無いですね。さすがに泣きましたけど。私は。
PS. おくやみ的なコメントは不要です。私が逆の立場だったら何て書いたらいいか分かんないし。見守って頂ければと思います。
月刊「アームズマガジン」誌で毛野ブースカさんが企画・監修され、ネット通販にて限定発売された「S&W Kフレームラウンドバット対応カスタムグリップ」が我が家に届きました。
毛野さんがタナカ製S&W M19 PC 3インチ "Kコンプ" に「フィンガーチャンネルが無いチェッカリング入り木製グリップを装着したい!」と思われたのが企画のスタートだったらしく、私はそのモデルの銀色バージョン "Fコンプ" を持ってるので「硬くて立派な俺のアレにも装着したい!」と思い勃ち、即予約注文した次第です。
最大の特長は、日本人の小さな手でも握り易いよう配慮された、この薄さ。
私の短小な人差し指でも難なくトリガーに掛かります。欲しい!と思った最大の理由はそこ。誰が短小やねんコラ💢
以前着けてたアルタモント社のサービスタイプも握り易かったけど、これに比べるとトリガーがやや遠かったし、銃本体のゴツさに対して華奢だったから、ルックス的にもこっちの方がバランス良い!
↑ちなみにこのFコンプはエアガンなので、弾丸はただの飾りです。これを買った後に発売されたモデルガンも欲しいところだけど、キリが無くなるから我慢。
↑今回のカスタムグリップをデザインするにあたって参考にされた……かも知れない、アルタモント社の木製ターゲットグリップを着けた、ハートフォード製ヘビーウェイト・スマイソン4インチ。
このスマイソンは2度目の登場ですが、あれからトリガーをワイドタイプに替えてあります。
グリップはやっぱり木製が良い。ラバー製もカッコいいし利便性で優るかも知れないけど、冷たい鉄(プラスチックだけど)に温かい木材のコントラスト、その手触り、木目の美しさ、高級感、そして何より、銃を操作した時に発する音が、ラバーやプラのグリップを着けてる時より断然イイ!
というワケで、以下、これまでご紹介する機会が無かった、私のお気に入り木製グリップの画像を載せておきます。腕前を上げた私の撮影テクをご覧くださいw
↑以前「COLTパイソン357マグナム」を特集した時はまだ我が家に無かった、タナカワークス製のパイソン・ヘビーウェイトモデルガン「Rモデル」4インチ。
パイソン4インチの決定版として以前から欲しかったけど、艶消しブラックの塗装がどうしてもイヤで躊躇してました。思い切って「ブルーイング・カスタム」を買おうともしたけど、オークションで7万とか8万もの値がついてやがるので断念。
そしたら「ブルースチール」のスプレーで塗装した中古が、本来の定価とそんなに変わらない値でオークションに出てたので、めでたく落札。
ガンブルー液で染めて磨いた「ブルーイング・カスタム」の美しさには遠く及ばないけど、そこまでのクオリティーを私は求めてない。なにせABSの黒い地肌が一番だと思ってる位だし。
これくらいのツヤと金属っぽさがあれば、私には充分。しかもバレルとシリンダーのインサートが見えにくいよう加工もしてあって、それで定価と変わんない値段なら買わないワケにいきません。
で、グリップはタナカワークス社の純正、ウェイト入り木グリ。さらにC-Tec製のフルサイズダミーカートを装填すれば、けっこうな重量になります。
実銃のパイソン用グリップは色んなタイプがあるけど、中でもたぶん一番握り易いタイプのが再現されており、もちろん信頼のタナカ製品ですから銃の作動もパーフェクト。まさに決定版のパイソン4インチとなりました。
↑MGC製のABSモデルガン・COLTトルーパーMk-III 6インチ。グリップはいつもオークションに出品されてる職人さんのハンドメイド。高級家具に使用される木材が使われてるので、なんだか気品を感じます。
↑マルシン製のヘビーウェイト・モデルガン、S&W M586の4インチ。以前ご紹介した激安ブルーイング・カスタムだけど、その後グリップをラバーから木製に替えました。
トルーパーのと同じ職人さんによるハンドメイドで、やや作りが粗いけど、ローズウッドの色合いが銃本体の深いブルーと相性バッチリ!
↑コクサイ製の金属モデルガン、S&W M19の2.5インチ。グリップはちょっと珍しい、パックマイヤー社(ラバーグリップの第一人者)による実銃用の木グリ。
ネットオークションで写真を見て「握り易そう!」と思って買ったんだけど、届いた実物は意外とゴツくて、私の手に合いませんw たまにはこういう事もありますw
↑で、以前Fコンプに着けてたアルタモント製サービスタイプ木グリは今、コクサイのABS製モデルガン・S&W M64の2インチに着けてます。
私にはやっぱり、こういう短小なリボルバーが一番お似合いですね。 短小な。
短小な。
………………。
さすがに30年前まで遡ると、若すぎて気持ち悪いですよね。特に寺脇さんは何と言うか、マネキンみたいでホント気持ち悪いw
1992年の11月に放映された『刑事貴族3』の第21話ですが、『相棒』コンビの原点を振り返る為だけのレビューなので、ストーリーはさらっと流します。
かつて窃盗容疑で本城(水谷 豊)に逮捕され、改心して更生を誓ったはずの青年=辰男(吉田友紀)が拳銃強盗をやらかします。
気弱な辰男がホンモノの拳銃を振り回すとは信じられない本城だけど、調べてみると銃はどうやら盗んだクルマから偶然見つけた物であり、チョメチョメ・パートナーの理絵(市川翔子)にそそのかされて強盗に及んだらしい。
理絵役の市川翔子さんは石原プロの『代表取締役刑事』(’90) で射撃の名手=五十嵐刑事を演じられた清純派の女優さん。今回はアバズレ役にチャレンジされてるけど、煙草を吸っても明らかにふかしてるだけで、可愛いですw
で、その拳銃=当時大流行だった「中国製トカレフ」は半年前の殺人事件で使われた凶器であることも判明。辰男はそのトカレフの持ち主すなわち殺人事件の犯人(秋間 登)から命を狙われる羽目になり、本城&藤村(寺脇康文)の自称「代官署最強コンビ」がその行方を追うというお話。
盗んだクルマから見つけた拳銃で強盗を働くようなクズが、誰に殺されようが自業自得だからちっともハラハラしないんだけど、当時の刑事ドラマにはなぜか、このテの話がやたら多かったです。
どうも当時の創り手たち=私より上の世代が「無軌道に突っ走るワル」に対して憧れや共感を抱いてたフシがあり、そこに平和な時代に生まれ育った我々世代とのギャップがあるような気がします。
いや、向こう見ずな猛者には私だって憧れるけど、やってることが泥棒じゃただのクズです。だから「ほっときゃええやん」としか思えず、辰男のために走り回る「最強コンビ」も滑稽にしか見えません。
ストーリーはちょっとアレでしたが、しかし、水谷さんと寺脇さんの息ぴったりなコンビネーション、その軽妙洒脱な掛け合いは、それだけで我々を惹きつける面白さが確かにあり、後に水谷さんが寺脇さんとの再共演を熱望されて『相棒』が生まれた経緯にも納得できます。
↑田中実さんが戦時中を舞台にした作品と掛け持ち出演ってことで坊主頭になった原田刑事と、第18話から新加入した緒方刑事(前田耕陽)の、キャラ的に噛み合わない若手コンビ。
↑同じく第18話から新加入、というか前作『刑事貴族2』の途中で栄転した本庁から出戻りの青木刑事(高樹沙耶=益戸育江)と、末っ子キャラの吉本刑事(彦摩呂)。演じるお二人はそれぞれ、後に「変わり果てた」お姿を我々に披露することになります。
↑ボスの宮本課長(松方弘樹)とベテランの武田刑事(地井武男)。演じるお二人は帰らぬ人となりました。
↑そして当時アイドルまっしぐらの中山忍さんが演じる内勤婦警、しのぶちゃん。宮本課長の姪っ子という設定でした。
なお、前作からのメンバー2人、村木刑事(宍戸 開)と芝刑事(鳥越マリ)は、それぞれ転勤と退職って形で第17話にて姿を消してます。
ところで、後に『相棒』で再会するのは水谷さん&寺脇さんだけでなく、高樹沙耶さんもなんですよね。小料理屋「花の里」の初代女将にして杉下右京(水谷さん)の元妻=宮部たまき役でSeason10までレギュラー出演されてました。
柴田恭兵さんの相手役でヌードも披露された映画『チ・ン・ピ・ラ』(’84) や『沙耶のいる透視図』(’86)、そして『太陽にほえろ!』の後番組『ジャングル』(’87) では磯崎刑事(山口翔太)のチョメチョメ・パートナー役でセミレギュラー出演される等、我々にとって親しみある女優さんでした。
ところが『相棒』出演中に本名「益戸育江」に改名され、沖縄に移住して政治活動を始められてから、ちょっと何だか近寄りがたい感じに。生き方は人それぞれ自由ですから、我々がとやかく言えるもんじゃないけれど、女優「高樹沙耶」のイメージにはもうちょい頓着して頂きたかったかなぁ……
本名を名乗られるようになって以降の益戸さんは、もはや別人。我々はあくまで「高樹沙耶」さんの艶っぽいお姿だけを記憶に刻みたいところです。