『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY            第5章  クレタ島  106

2012-08-22 07:11:04 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 巨大なアポロン神の立像の頭部が高い天井まであり、その前にかしまずく三人を睥睨していた。
 
 アポロン神は、父のゼウス神とは、異質であり、片や、天秤を用いて運命をはかり決断を送るが、もう一方は、組する者に医の方術を用いて癒し、己の意思にそぐわぬ者に殺を施す。しかし、アポロン神の子孫であるアスクレピオスは医神として人間に対して普遍的に接したらしいといわれている。ちょっと余談でした。
 
 アポロンの神前には、貢ぎの全てが奉献されていた。神官の声が殿内に響きわたる。
 『ご両人、アポロン神に対する願い事を祈り、奏上してください』
 二人は頭をたれ床の一点を見つめて、声には出すことなく胸に秘めている一事についてのみ、祈りあげた。アエネアスは口中で絶叫に及んだ。いかに今日まで想いに耐えてきたか、声なき声でわめいた。でありながら冷静さを保っていた。彼の激情は、場に不思議さを起発させた。不思議と言いたいスピリチュアル感に打たれた。彼の座している清澄な空域に存在しているイメージが身体を巡って通り過ぎていった。彼は薄目を開けて傍らの父の姿をつかの間であったが視野に入れた。まさに静そのものであった。彼の姿は語っていた。
 『息子アエネアスよ。民はお前の者であり、お前の時代だ。心して起つのだ。建国せよ!国を興すのだ!』
 『ビッ!バシッ!』
 父の想いが火花を散らしてのスパークである。火柱が背骨を突き抜ける、炎の嵐が身体を巡って、その二つが空中に昇華する、計り知れないエネルギー塊である。灼熱の火の核となるや。時を待たず、巨大に膨大するや、大爆発に及んだ。
 この風景は、誰のものでもなくアエネアス一人のものであった。彼が感じた瞬時の現象であった。
 神官と父の姿は場と静かに融和していた。
 神官は、向きを変え、アエネアスと父アンキセスに対峙して、おもむろに口を開いた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY            第五章  クレタ島  105

2012-08-21 07:11:12 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 彼らは待った。神に対して無頓着な一行であるが神威に浸り、心が圧され、えもいえぬ気分に変わっていくようであった。
 心を開こうと努める者、イリオネス、ギアスは目を半眼に閉じている、そのような中にあってアエネアスは冷静さを保とうと努めていた。少ないが民族を率いている者としての使命と気負いが神威に克とうとしていた。
 足音が耳に届く、場に琴線を張るような緊張が漂った。声が耳を打つ。
 『今日、ようこそここにおいでくださいました。丁重なるアポロン神への心遣いと貢ぎを頂戴いたし、アポロン神に代わり厚く御礼申し上げます。神は如何なる難しきことにも、お応えなさるはずです。神意であり、見えざる手で為される神の御技でもあります』
 一同は神殿の壁にこだまする神官の声音をおごそかに耳にした。
 『さあ~、お二方。奥神殿へとお渡りください』
 アエネアスとアンキセスは神官に連れだって、奥神殿へと進んだ。
 深奥の神殿は、香がたかれ、光の演出も加わり、待席の場とは異質の空間であった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY            第5章  クレタ島  104

2012-08-20 07:01:50 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 一行は神殿の前に起った。神殿は周囲の建物を圧倒して巨大であり図抜けていた。彼らの心身には神に対する敬虔な気が充ちて高まってくる。神域とはかようなものであるかということが感じられた。
 アエネアスは凛として対峙の気構えであるらしい、アンキセスは二度目のことでもあり、何かを思い起こそうとしていた。それでいて頭をたれ気味の姿勢は敬虔と己の謙虚をあらわしていた。
 神殿の中から二人の巫女が近づいてくる。一行は対応するよう身構えた。その二人は麗々しく笑みをたたえた風情は、その美しさで一同をかたまらせた。一行の風体と言えば、一団の海賊を率いている猛者の雰囲気であった。
 巫女が声を発した。抑制の効いた声音は静かに、彼らの堅く閉じた心の扉を融かすように貫いて深奥に届いてきた。
 『よくぞおいでなされました。神官は、只今、先に来駕の方に神託の告示を行っています。こちらでお待ちなさいますよう』
 彼女たちは案内するようにきびすを返した。彼らは、その挙措にえもいわれぬ感情の波立ちを覚えた。
 巫女は一同を神殿のうちに招じ入れた。その場は大きな静謐な空間であった。冷ややかな空気が身に触れてきた。待席に着いたアエネアスはギアスに言葉短く指示をした。
 『ギアス、持参した品々を、これへ』
 ギアスは荷解きのうえ形を整え、巫女に手渡した。
 『アポロン神への奉献の品です。お受け取りの上、アポロン神へお届けいただきたい』
 『確かに受納いたしました。アポロン神へお届けいたします』
 こうして、最初の一事を終えた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY            第5章  クレタ島  103

2012-08-17 05:18:44 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 デロス島はエーゲ海のほぼ中心に位置している島である。アポロンとその妹アルテミスの生誕地でもあり、アポロンの神殿とともにアルテミスの神殿も島の北部にある。デロス島は古くから、人々の集うところとして機能してきた島である。宗教、芸術、交易を中心に商業的に栄えた。岩と石ばかりで草木の一本ない島であるのに考えてみると不思議である。
 ギリシアという国の長い歴史の中でローカルでありながら、より多くの人々が利用する国際的な特色を持っている聖域として発展してきたのである。同じ国際的な聖域として有名なオリンピアやデルホイに並ぶ規模でありながら、これらに比べて、デロス島の神殿や建造物等は貧弱であった。しかし、デロス島の各神殿の祭壇には特定の様式があり、それにまつわる儀式で有名な聖域であった。
 アエネアスがデロス島を訪れたこの時代のデロス島の住民数は、6~7千人ぐらいであったらしい。こののち500年後には、住民数が増えて、この何もない岩と石ばかりの島に25000人もの人々が住んでいたのである。彼らは食糧品を全てミコノス島の交易市場から調達して生活を営んでいた。
 アエネアスの一行は、謹みの心栄えで歩を進めて行った。表情を堅くひきしめ、邪念を払い落としながらライオンの回廊を通り抜けた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY            第5章  クレタ島  102

2012-08-16 07:59:42 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アンキセスは目の届く周囲の風景を懐かしんだ。ところどころに20年前の姿を目にするのだが、大小取り混ぜて建造物が増えていた。アンキセスは感無量の体で口を開いた。
 『あのときの俺たちは神の御前であるということで、神殿の神威をビシビシ身体に感じ、船から下りた俺たちを縮みあがらせた。その神威が俺たちを膝まずかせ、頭をたれさせたものだ』
 彼の言葉は途切れなかった。神に対する己の心のあり方が、その頃に比べて大きく変わっていたのである。
 『おい、息っ!行こう。この先のライオンの回廊を通り抜けていけば神殿だ。神をあがめる。それとは少し違う。神と対峙する、心の中に勇気だ。神託も勇気で解くのだ。正しい道はそこに開けて先に延びていく。勇気凛々、心して聞き取れ!訳わからずの神託の針穴から未来を覗き視るのだ。神官はアポロンの威を借りて言葉を吐く、彼ら自体、何がなんだかわかっていないのだ。しかし、言っておく、神官からの親切だけはありがたく頂戴しておくのだ』
 アンキセスは父らしい言葉を吐いて、しゃきっと起ちあがった。
 アエネアスは一行に声をかけた。
 『よしっ!イリオネス行くぞ。一国の民を率いて、建国の大事を成すためだ』
 しっかりした歩運びで身を進めた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY            第5章  クレタ島  101

2012-08-15 05:48:00 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アエネアスのデロスでの一日が始まった。
 停泊している浜を出発したアエネアスの一行は、角の取れていない荒々しい石のごろついている道の歩行に難渋した。海沿いの道は踏みならされてるように見えていたが荒れた道であった。年老いたアエネアスの父のアンキセスにとっては歩きにくそうであり、足運び場所を選びながらのたどたどしい歩行であった。
 行く手の遠い先に神殿が近いことを示す、天を突き刺すように真っ直ぐ聳え立つ石柱が見えてきた。この辺りに至ってなんとか歩の進めやすい道になってきていた。右手一帯の岩だらけの海岸のあちこちには小船が係留されている風景が見られる。デロスを訪れる者たちの小船の係留岸の体を為していた。
 一行は先程、目にした石柱のところに着いた。一行が見上げる石柱、当たり一帯を睥睨する巨大な石柱、そこに神威を感じた。
 『お~い、ひと休みしたい。この歩きは俺にはきつい!』
 アンキセスはひと息いれることを提案した。
 『いいでしょう。ご老体には、ちょいときつかったようですね』
 イリオネスが相づちをうった。彼らはたずさえてきた水を口に含んで喉をうるおした。
 アンキセスが初めてデロスを訪れたのは、さかのぼること20年以上も前のことであり、乗ってきた船も神殿に極めて近い海岸につけて、このデロス島にあがったのである。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM  TROY            第5章  クレタ島  100

2012-08-14 05:55:26 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『お~お、いいじゃないか。ようやってくれた、有難う。感謝、感謝だ。諸君!聞いてくれ。伝えることはひとつだ。統領のデロスでの用件は今日中に終わる予定となっている。オキテスの船団は、明朝、陽の出の刻にデロスを出航することになっている。我々の船団は、その船影を追ってこの浜をはなれる。いいな。その予定で就寝、起床、そして、船出だ。よろしく頼む。待たせた、さあ~、めしにしよう。カイクス、酒樽のふたを割れ!酒杯が足りなきゃ杯を回して飲むのだ!』
 彼はひと息に明日の檄を飛ばした。
 『酒はたらふくとは言いがたい、心づくしがたらふくだ。明日の航海の無事を祈って乾杯!』
 『イエッ!イエッ!イエイッ!』
 一気に夕めしの場は沸きに沸いた。喉を通る、たった一杯の酒、一同をことのほか喜ばせた。
 『カイクス、夜の警備の件手配を頼むぞ』
 『判っています。それは、めしの準備をする前に全員に話して決めて居ます。隊長、少し身体を休めてください』
 これを耳にしたパリヌルスはほのぼのとした。安どの表情をうかべてカイクスに微笑んだ。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM  TROY            第5章  クレタ島  99

2012-08-13 06:06:17 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 船底を過ぎていく風が心地よかった。彼ははからずも『ウトッ』とした。どれくらいウトウトしただろうか、目をあげて太陽を見上げた。陽の高さが思いのほか低い、あわてた、大声をあげて副長のカイクスの名を呼んだ。カイクスは近くにはいないらしい。かたわらにいた者に呼んでくるように言いつけた。彼は寝ぼけを捨てた。
 『おうっ!カイクス来たか。俺はちょいとウッカリ居眠ってしまった、うかつだった。夕めしの準備を整えねばならん、皆に伝えたいこともある。急いで準備してくれないか、大至急だ』
 『隊長、ご安心ください。夕めしの準備は出来ています。。隊長に来ていただくだけになっています』
 『何っ!夕めしの準備が出来てしまっている。本当か?』
 『少し離れていますが、青草の場にしつらえました。皆が待っています。行きましょう』
 『それはありがたい。カイクスよくやってくれた、礼を言うぞ。有難う。ところでだ『ぶどう』のことだがうまかったか?』
 『久しぶりにありついた果物です。うまかったし、皆、とても喜びました。ご馳走様でした』
 肩を並べて歩きながら口を交わした。
 全員が総立ちで割れんばかりに手を打ち鳴らしてパリヌルスを迎えた。パリヌルスは整った夕めしの場の真ん中に、こそばゆい思いを抱いて立った。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY            第5章  クレタ島  98

2012-08-10 14:06:46 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 パリヌルスは舟艇のかたわらに立った。
 『おっ、オキテス、今日はお前が来てくれて助かった、有難う。明日の出航については舟艇の上で話した要領だ、いいな。俺は統領のデロスでの用件は今日だけで充分と考えている。よろしく頼む』
 『パリヌルス、お前、ちょっぴり先が見えるのか。判った、心得た。じゃ~な』
 浜を離れる舟艇は、海面を泡立てて帰途についた。

 オキテスを見送ったパリヌルスは、一同のもとに戻った。
 『お~い、カイクス、『ぶどう』は足りたか。ここ数日、新鮮なものを口にしていない。有り余るほどあるはずだ。充分にやってくれよ。それから、今日の夕めしはやや早めに始めよう。皆、判ったな』
 彼らは歓声を上げた。
 『この『ぶどう』はだな、甘味も強い、酸味も強い、その酸味が身体にいいのだ。味わって食べろよ。干し肉と酒は夕めし分だ』
 彼らは『ぶどう』を口いっぱいにほおばって食べている。喜びの感情を満身にあらわして胃袋におさめていた。種だけを辺りかまわず『ぺっ!』『ぺっ!』と吐き出して、酸味の強さに顔をしかめる者、旨そうに食べる者、皮の渋みを味わって食べている者、さまざまな様子がうかがえた。久しぶりに口にした果物、堅いパンにも『ガリッ!』と噛みつき音をたてながら咀嚼していた。
 昼めしを終えたパリヌルスは、船影に座して沖行く船を目で追いながら深く考えた。
 狭い島の間を通り抜ける船団の姿をイメージした。イメージの中では異変は生じなかった。彼はそのようであってくれと強く強く念じた。これだけの船団の航海を無事に成し遂げる統率者としてのプリペアードマインド(準備された精神)を心中に築こうとしていたのである。
  

*お詫び申し上げます。    第5章  クレタ島  97
 12行目で欠字をやりました。訂正いたします。申し訳ありませんでした。
 荷降ろし手伝った。   を   荷降ろしを手伝った。
                          訂正いたします。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY            第5章  クレタ島  97

2012-08-10 05:55:58 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『あ~あ、オロンテス、オキテスの船団も俺の船団も、明日の昼頃にはパロスの浜に着く。みんなで、お前の焼いた旨いパンを食おう。頼んだぞ』
 『昼食のパンは、オロンテススペッシャルをご馳走しますよ!』
 言葉を交わして、パリヌルスは舟艇に、オロンテスは浜に立っていた。舟艇は海面を泡立てることなく滑るように浜を去った。
 『おっ、オキテス、買い物はうまくいった。重畳、重畳。あの値段、あの価格、俺たちの思いより安くついた。ところでだ、明日のことだ。陽の出には出航してほしい。俺はお前たちの船団が浜を離れる様子を見て、間隔を測ってこの浜を出る。いいな。ナクソスとパロスの島間の狭いところで両岸から矢が射掛けられるかも知れない。そのときは俺たちが応戦する。統領たちを安全なところに頼む。天候の悪いときのほうが危険度が大きい、注意してくれ』
 舟艇の船足は速く、パリヌルスの船団のいる浜には時間がかからなかった。船団の者たちが総出で出迎える、そして、荷降ろし手伝った。
 『隊長、お帰りなさい。待っていました。塩漬け干し肉じゃありませんか。それに『ぶどう』と酒、豪勢ですね。お昼は済まされましたか、一緒に食べましょう』
 『おうっ、判った。おれはオキテスを見送ってくる、それからだ。『ぶどう』を皆に渡してくれ。肉と酒は夕めしにだ』
 『判りました』