
11歳のヒロへ
11歳の誕生日、おめでとう。
パパが11歳だった頃。
名古屋のじいちゃんと名古屋のばあちゃん、つまりパパのお父さんとお母さんはパパが小さい頃からずっと仲が悪かった。
とうとうパパが小学校4年生の時、「別々に暮らそう」ということになって、お母さんは今まで暮らしていた家を出て行くことになった。
パパはお母さんについて家を出て行くことになった。
どうしてお母さんについて行くことになったのかよく覚えていない。
お母さんからいつもお父さんの悪口を聞かされていて、お父さんのことが嫌いになっていたからかもしれない。
そうしてパパは生まれて初めて転校した。
だからパパは小学校4年生の途中から小学校5年生まで、お母さんと2人で暮らしていた。
パパのお母さんは看護婦の仕事をしていた。
看護婦の仕事、というのは仕事の時間が不規則で、夜遅く帰ってくることもある。
そういうとき、パパは一人で家に帰って、自分でご飯を作って、一人で食べていた。一人で食べるご飯は、どんなにいっしょうけんめい作ってもあんまりおいしくなかった。
転校した先の小学校ではバレーボール部に入った。レギュラーで試合にも出ていた。
友だちもたくさんいた。みんなスゴクいいヤツだった。今でも時々、夢に出てきたりするよ。
お母さんとパパの2人暮らしは、結局、パパが小学校6年生になった時に終わった。またお父さんとお母さんが一緒に暮らすようになったからだ。だからまた転校して、最初に通っていた小学校に戻った。
小学生の時、特に4年生頃までは、家に帰るといつもお父さんとお母さんがケンカばかりしてた。学校ではパパは目立たない子どもだった。親がケンカばかりして、家に安心できる居場所がないと、子どもって性格が暗くなるんだ。パパも内気で暗い子どもだった。勉強がメチャメチャできたわけでもないし(それはパパの小学校の時の成績表を見ればわかる)、運動がメチャメチャ得意だったわけでもない。家はどちらかというと貧乏だった。一番のごちそうは、炊きたての白いご飯に砂糖をかけて食べるのだったな。
だからというわけでもないけど、小学校時代のパパはどちらかというと目立たない、いじめられっ子だった。
小学校4年の時に転校して、5年生の時は別の小学校に通って、その時の担任の先生(男)がスゴクやさしくてイイ先生で、友だちもみんないいヤツばかりで、その頃からパパは明るくなった。
「家とか両親がメチャメチャでも何とかなるんだな。味方になってくれるヤツが世の中にはいるんだ。」って分かったからかもしれない。
パパの小学校時代というのはこんな感じだったから、パパは「お父さんとの思い出」というのがすごく少ない。今は名古屋のじいちゃんともよく話すし、一緒にご飯も食べるし、お酒も飲んだりするけど、小さい頃は全然違った。お父さんにたくさん遊んでもらったとか、色んな所に連れてってもらった、という記憶があまりない。全然ないわけじゃないけど。
そういう子ども時代を過ごしたから、「小学生の子どもと父親の付き合い方」というのがパパはあまりよく分かっていない。だから、今、ヒロの話を聞いたり、ヒロとケンカしたり、ヒロに何かを伝えたり、ヒロを叱ったり、ヒロとどこかに出かけたりするのが、パパはスゴク楽しい。
パパが小さい頃のお父さんとお母さんはそんな風だったけど、別にパパは名古屋のじいちゃんと名古屋のばあちゃんをうらんではいないし、キライでもない。そういう子ども時代を送れたことで、パパにとってすごくプラスになったことが、実はたくさんあるから。
ヒロもそろそろ反抗期に入ってきた。パパやママがウザイだろ。
男の子というのは早い子だと小学校5年生くらいからそういう時期に入る。体と心がどんどん大きくなってきて、なんだかイライラして、親の言うことやることすべてがうっとうしくて。物をこわしたり、親に「クソババア」とか「死ね」とかひどいことを言ったり。
ママはそういうヒロを見て、「病気じゃないか」とメチャメチャ心配したけど、パパはあまり心配してない。男の子というのはそうやって大人になっていくものだから。パパもそうだったし。
パパはたぶん、普通の人より感情の量が多い。誰かを好きになったり、嫌いになったり、嬉しかったり、悲しかったり、感動したり、落ち込んだり。そういう心の動きが人より大きい。たぶん、3倍くらい。
ヒロはそういうパパの子だから、やっぱり感情というか心がたくさん動くんだろう。大人になりきれていない体の中で、色んな気持ちが爆発しそうになって、イライラしたり落ち込んだりするんだろう。
それが今のヒロだ。
だけど、気持ちとか感情が大きいというか多い、というのは全然悪いことじゃない。ワクワクしたり、ハラハラしたり、ドキドキしたり、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、落ち込んだり、そういうのがたくさんある、というのはとても楽しい人生を送れる、ということだ。
「宏天」という名前はパパが考えた。
とんでもなく広くてデカい、世界を包み込んでいる「天」のように、どんなことでも受け入れられる大きな大きな人間になろう、という願いを込めた。
ヒロのいいところは、「優しい」ところだ。反抗期のヒロは否定するだろうし、嬉しくないだろうけど。
ヒロの優しいところは、ヒロが友だちに接するところや、祐ちゃんに対する態度を見ているとよく分かる。
祐ちゃんがまだ赤ちゃんだったとき。車の中に眠っていた祐ちゃんとヒロを残してパパがTSUTAYAにDVDを返しに行ったことがあった。
DVDを返すのに少し時間がかかって車に戻ったら、目を覚ました祐ちゃんが大泣きしていた。ヒロは一人で一生懸命、祐ちゃんに話しかけて、抱きしめて、祐ちゃんをあやし続けていた。パパはそんなヒロを見て、嬉しくて涙が出そうになった。
今はまだ分からないかもしれないけど、「優しい」というのは、勉強ができることより、運動ができることより、お金をたくさん持っていることより、スゴイことなんだ。
「人に優しい人」の周りには人が集まってくる。集まってきた人の中から仲間ができる。仲間がどんどん増えると、一人じゃできなかったこともできるようになる。世界と未来と人生が広がる。
「勉強はできるけど優しくないヤツ」「スポーツ万能だけど優しくないヤツ」「お金持ちだけど優しくないヤツ」の周りには人は集まってこない。集まってきたとしても、すぐにいなくなる。本当の仲間はできない。
ママが悲しむから、(ママの言葉や態度にイラッとしても)あんまりママにひどいことは言わないようにしよう。
そろばんは頑張ろう。
1週間に1回、部屋をきれいにしよう。
夜9時過ぎたらDSは片づけて勉強するか本を読もう。マンガを読んだら、同じ数だけ、マンガじゃない本も読もう。本を読むのはいいことだ。たくさんの本を読もう。名古屋のじいちゃんは毎月毎月、本をヒロに送ってきてくれる。パパが小さい頃は貧乏だったけど、やっぱり名古屋のじいちゃんは本を毎月買ってくれていた。どんなに忙しくても、名古屋のじいちゃんが送ってきてくれた本だけは全部読もう。
たくさん本を読んで、たくさん勉強して、たくさん遊んで、たくさん人に優しくして、少しずつ大人になろう。
2014年2月9日
パパより

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