平和への希い


 
  積極的平和主義とは、世界のすべての国が、日本
  の平和憲法を掲げる努力をすることです。

平和への希い1545 イランの石油利権

2019-06-24 11:03:53 | 日記

イランとアメリカの対立関係は、トラさん出現で、一触即発の様相ですが、
なぜ、このような状況になってしまったのか、40年以上に及ぶ、イランの石油利権を、英米とイランの
「分捕り合い?」の歴史があるみたい

いや、「分捕られていた石油利権」をイランが取り返すために、苦闘してきたのだ。
第二次世界大戦当時、植民地帝国の英国は、イランの石油利権を所有していた。
第二次世界大戦で、イランは、英仏ソ米など連合国と、ナチスドイツのどちらにも組しない中立を保っていた。
連合国は、求めた鉄道使用を拒否するなど、非協力的なイラン・モハンムド専制皇帝を追い落とすために侵攻、制圧。
戦後、イランは、労働組合活動やイスラム教も信教の自由など、女性のミニスカート姿が見られるほど、民主化が進んだ。
議会制民主主義になったイラン政府は、英国独占の「石油利権」を、「イラン国民の財産の不適切な独占」だと、国有化
に踏み切った。

ところが、英米政府は、米CIAを使って、1953年、反政府クーデター「アジャックス作戦」を展開、
元の専制皇帝を「傀儡」として復帰させ、独裁的な王政を敷かせた。

米英は、石油利権をイラン国民から米英に取り戻すために、イランの民主主義を破壊したのだ。
一時的には、米国寄りとなったイランだったが、極端なイスラム文化破壊や欧米の「石油利権」に伴う国民財産の流出、
貧富の差が拡大、皇帝の秘密警察などによる弾圧、に反発、
ホメイニ中心に、イスラム革命が勃発、再び皇帝は国外逃亡した。

イランは、議会制民主主義に復帰。
新政権は、米国に不平等条約の撤廃と、専制皇帝が持ち出した資産の返却を求めたが、
米国は拒否、それどころか、隣国イラクへ武器を供給し、イラン・イラク戦争を誘導したのだ。

実は、イランの石油利権を所有している、英国の石油会社は、英国の「ユダヤ人ロスチャイルド男爵」の資本傘下の会社で、
ロスチャイルド男爵は、イスラエル建国の立役者なのだ。

このような歴史があって、イスラエル・英国・米国がイランと敵対しているのだ。
それにしても、「ガセネタ」でイラクフセインを追い落とした「米CIA作戦」を思い出し、
大国の国益のためには、「何でもあり」の胸恐ろしさに、改めて慄然とする。
この怖さを知っていて、トラさんベッタリなのかなあ、晋さん。こんな大国のエゴ、やり方を許していいのか?
ウォーキング中に出会った花々です。

6月24日「今日は何の日カレンダー」より
UFO記念日(UFOライブラリー)、ドレミの日、林檎(美空ひばり)忌・麦の日
▲壬申の乱、勃発。天智天皇の死後、吉野に引退していた大海人皇子が、弘文 天皇率いる近江朝との戦闘
を決意。この日、挙兵。1カ月後に大海人側が勝利。即位して天武天皇に(672)
▲イタリアの僧侶ギドーがドレミの音階を定める(1024)▲H2O発見(1783)
▲ペリー、琉球王朝を威嚇し、貯炭所建設の権利を獲得する(1853)▲露兵樺太函泊を占領(1869)
▲ベルリンで、警察犬、誕生のきっかけ。たまたま刑事が連れていた愛犬が活躍(1910)
▲政府、シベリア派遣軍撤退を声明(1922)▲アメリカの実業家が自家用機で飛行中、「空飛ぶ円盤」を発見。
 これが最初のUFO目撃。UFO(unidentified flying object=未確認飛行物体)と米空軍が命名(1947)
▲阿蘇山大爆発。12人死亡(1958)▲本州各地での集中豪雨。死者・行方不明者357人(1961)
▲萩野昇ら、学会でイタイイタイ病のカドミウム原因説発表(1961)▲黒人の「貧者の行進」、ワシントンに
非常事態宣言(1968)▲美空ひばり、没(林檎忌麦の日)(1989) ▲小笠原諸島世界遺産に(2011)