城郭 長谷川博美 基本記録

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野鳥観察 二人歩記  を見て驚愕する

2020-07-01 05:18:47 | 民俗学
野鳥観察 二人歩記  を見て驚愕する
現在の鳥類は遠く爬虫類の翼竜から分岐して空
に向かった爬虫類と研究分析が進捗しているが
上記のブログを拝見していると空中を飛翔して
いる鳥類の躍動する翼の形状や巧みに脚を高度
に空中で制御する圧倒的場面が激写されており
驚く、また嘴「くちばし」による枝などの獲得
を通して営巣に励む鳥類の生態が具に観察出来
る特に空中を飛翔する鳥類の圧倒的激写が格別!

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★多賀みておき隊 明智光秀講演 ★令和2年7月4日

2020-07-01 04:04:17 | 社会観察
★多賀みておき隊 明智光秀講演 ★令和2年7月4日
◆地元の人と外来者の歴史観の違い「旧伊吹町」
上記写真は見る人が見れば明確に中世城郭である
事は城址見学経験のある人ならば一目瞭然である
もっとも地元では治山「じゃま」と呼ばれ、城址
とは認識されていない。実は民俗学の分野の伝承
転訛つまり語源変化では治山は「城山じょうやま」
の変化したものだ遠い昔の中世にこの城に武士が
割拠していたら弓の練習をした跡が残っているはず
で是は地元とでは「まとんば」と呼ばれている小字
名称は「的場」であり弓矢の練習場所である。外来
の人には旧伊吹町の歴史的に旧浅井郡東草野谷所属
の甲津原の治山は城山であり、的場である事は客観
的に解るのであるが地元の人にとり「治山」じやま
であり、まとんば、と言う小字名称なのである。城
とは石垣や天守と言うイメージ印象は江戸時代時代
劇を平素みている日本人の先入観にほかならず城は
本来 土+成=城 であり城の本質とは本来土なのだ。
◆陣払「じんはらい」
この文言は戦国文書でよく登場する言葉で自らの軍
が対陣する場合、陣を撤収する用語を、陣払と言う
戦国の昔、浅井氏の軍が多賀久徳城を攻めて落城さ
せたが、陣払と言う言葉は浅井軍が本来使う攻城軍
を退陣すると言う意味で使う言葉である。今回7/4は
この久徳城も明智光秀講演の後に会場に隣接してい
るので参加者様と見学する事にしたい。久徳城久徳
氏は山崎合戦のおりに久徳氏が明智に味方した為に
衰退したと言われている。集落の通路はかってこの
城が円郭式の平城であった事を偲ばせる円形の道が
残って、城の中核部には、堀跡や土塁の痕跡を観察
する事が出来る。

田畑氏の無償による歴史講演と見学会に相応しい
多賀愛に満ちた良識と常識ある歴史鑑賞をしたい。
地元郷土史を客観的に考察する事は実は普段ここ
に生活する人にとり非常に難しい難題である。昔
内中尾山城「玄蕃尾城を調査」して非常に巨大な
城址である事を認識したが当時地元の人々は冷淡
なものだった。田畑氏の様に地元の歴史を顕彰し
たいと純朴に発想する人とは実際は非常に少ない。

★多賀みておき隊 講演★
催事名称
多賀みておき隊 結の森 歴史民俗学講演 
主催団体
多賀みておき隊
参加費
無料
主催者
田畑喜久弘 /元滋賀民俗学会会員/元脇ヶ畑城郭探検隊長/元関西城郭研究会会員
連絡先携帯☎ 090-6205-0237
講師
長谷川博美/元滋賀県中世城郭分布調査現地調査員/元滋賀民俗学会理事/歴史城郭研究家
開催日
2020年7月4日土曜 
集合場所
多賀町中央公民館 多賀結いの森 
滋賀県犬上郡多賀町大字久徳160番地2名神高速道路彦根IC左折→国道307号久徳南交差点を左折(ICから車で約7分)
 名神高速道路湖東三山スマートIC右折→国道307号久徳南交差点を右折(スマートICから車で約12分)
集合時間
午後1時前には集合受付を終了させて下さい。窓口宮本さん。
会場は広く、ソーシャル、デスタンスを取られる準備あり。
講演予定 午後1時~2時 無料駐車場完備 場所大会議室
講演内容
①  結の民俗学的考察
② 明智光秀伝説 多賀町佐目の城の構造的解説
③ 彦根藩木俣土佐守と明智十兵兵衛の密接な関係
★ 講演後 多賀町久徳城跡無料有志見学会の予定あり
▼歴史書『信長公記』にも登場する久徳左近尉ゆかりの久徳城址


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