マホメット ムハンマド 人間の記憶学習の違和感の根源
昔イスラム教の創始者をマホメットと学んだ人は
現代において、全て、ムハンマドと改めている事
を承認しにくい、つい昔学んだ、マホメットなる
発音を発していまうのだが?今回の投稿の意味は
正式呼称が「モハメッド」「ムハンマド」何れが
正しいかではなく、人間は昔、学んだ記憶からは
離れに難い、つまり固定概念や既知記憶の訂正は
脳神経細胞記憶伝達物資「シナプス」に支配され
ているという大脳生理学を冷静に認識していない
と新しい歴史研究見解や考古学的発見を容認出来
ない頑固、固定概念歴史観から一生脱失できない
恐れも発生する事がある。人間は頭脳柔軟な人も
頑固な固定概念に支配される人もおり一概に頭脳
の良さの評価は不可能である。過去の歴史教科書
と現代歴史教科書は著しく異なっているのだ、是
を悟れば、未来にはまた、いずれ考古学的発見や
歴史研究の進展により、教科書が書き替えられて
いる事は推測がつくのだ。過去、現在、未来へと
時間軸は流れて、私達人類の学ぶ教科書とは書き
変えられるて行く事は社会現象の常である。現在
形に形式にハメ込まれた歴史を丸暗記するのか?
自ら作られ記録された歴史の矛盾に気付くのかは
貴方の頭脳の柔軟性次第と言えるかもしれない。
昔の恐竜の研究などでは、羽根や羽毛が存在す
る恐竜など、どの様な恐竜辞典にも掲載されて
いないが、現在では多くの化石による羽毛標本
が発見ーされ、羽毛の存在する恐竜は一般的だ。
昔は非常識だったのに時代が変われば常識とは
常に変化し、有為転変を繰り返しているものだ。
果たして余呉城郭研究会の深化進化した研究が
社会のお役に立てるのか?常に思慮し同志有志
を常に求めているのが、現状と言えるだろう。
別に高度で難解な城郭研究をしているつもりは
ないが、初心に常に立ち返った素朴さ純粋さは
失いたくはないものだ。
左から田畑名誉理事「元会長」、前川常務、宮本さん、生月会長