伊藤浩之の春夏秋冬

いわき市遠野町に住む市議会議員。市政や市議会、日常の活動などを紹介していきます。

遠野和紙、ボランティア

2020年11月25日 | 遠野町・地域
 18日の初参加での体験や、コウゾの皮むきまでの工程を文章で紹介していた。

11月18日ブログ記事=これは何に使う?


 この時は写真を撮っていなかったので、文字ばかりとなっていたので、この体験を知ってもらうために、読者のみなさんにはある意味苦役を課すことになった。今回の2日間は写真で紹介したい。作業しながらだったので、全工程を紹介するとまではならないのだが・・。


 フロントページに掲載していた写真は、コウゾの皮むき作業だ。

 枝の端をねじって切れ目を入れたら、クルッと皮を剥いてつかみ、一方の手の人差し指と中指で白い枝をはさみこんで、皮を引きながら枝からそぎ落とすように動かす。ボランティアのベテランは実にきれいに皮を剥く。私も全会に比べればまともに近づいたと思う。

 写真がしらっちゃけているのは、湯気のせいだ。この季節なので気温は下がっている。2時間ほど蒸し上げた枝からは湯気が立ち上り、部屋の中に充満したのだ。晴れていれば外でやる作業なのだが、25日はあいにくの雨模様だった。このため室内作業となったことから湯気でかすんだ写真となった。

 さて、この皮むき作業に至るまでは、次の作業がある。

 夏場に草刈りをはじめ養生しながら育て上げたコウゾを刈り取る。



 刈り取ったコウゾで適当な太さがある枝(最低で大人の人差し指程度か)を75cmに切りそろえ、束にする。



 25日は雨模様の中、遠野町滝のコウゾ畑で作業した。畑の近くには未だハキダメギクが咲いている。外来種だが、最初に見つかった場所がゴミだめだったために、この名になってしまったらしい・・かわいそうな植物だ。



 24日は、遠野町大平のコウゾ畑での作業だった。空を小型プロペラ機が行き交う。測量か写真撮影でもしているのではないだろうか。空には彩雲も浮かんだ。



 できあがった束を遠野和紙工房「学び舎」に運びこむ。



 学び舎周辺には咲き遅れた花が咲く。この花はノゲシ。建物の左側が「学び舎」。右側は枝の蒸し上げ用の竈と鍋が設置された建物。この建物もボランティアの手によって建設されたという。

 炊きあげ用の釜は直径が90cm程度もあるだろうか。



 この釜に水をはり、コウゾの枝を縦方向に差し込む。



 竈に火をおこし蒸し上げ作業の開始だ。



 釜の上に大きな桶をかぶせ、蒸気で蒸し上げる。



 次の写真は、コウゾの枝を撮りだした釜を清掃している場面だが、かなりの蒸気が立ち上っている状況を確認していただけるだろう。



 約2時間蒸し上げ、ボランティアのみなさんは甘い香りと評す、コウゾの木の香りが漂うろ、だいたい皮むきの頃合いとなる。

 桶をはずし枝を取り出し、フロントページの作業となるわけだ。

 この皮を乾かした後、皮の一番外側の黒川等を削り落とし白皮にする作業をして初めて和紙の材料ができる。
 この白皮からゴミやチリを取り去り、皮を叩いてほぐし、できあがった紙料の不純物を取り除いて、水の入った漉舟に入れ、トロロアオイから抽出したネリを加えてよく攪拌する。こうして初めて和紙の製造、紙漉きができるわけだ。

 25日は、地域興し協力隊による卒業証書用の和紙漉き作業が始まっていたので少し見学させていただいた。

 これが漉舟の中の攪拌した紙料だ。



 青いプラスチックの角桶だが、この桶は学校等での体験授業用に使われているものだ。菊版かな、障子などに使われる大判の紙を漉くことができる本格的な漉舟は、写真奥にある。



 攪拌した紙料を簀桁(すげた)にすくい上げ、縦に横に揺すりながら厚さを均一に整えていく。



 寒くなってからの水作業で大変だが。協力隊員はご夫婦の平山平山祐さんと綾子さん、そしてニュージーランド出身のシルビア・ギャラハーさん。
 綾子さんとギャラハーさんが紙を漉いていたので、お願いして写真を撮らせていただいた。



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2 コメント

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生業として成立するためには (Unknown)
2020-11-27 13:41:12
遠野和紙の作業、ボランティアと地域おこし協力隊員の方々により承継されていること、敬服の限りです。

これだけ膨大な作業が必要となると、和紙を漉くだけ(漉った和紙だけ)で生業を成り立たせていくのは容易ではないですね。

地元の卒業証書は継続していただきたいと思いつつ、新しい何かを見つけて創造していかないと、と。

しかしながら、私の頭では、和紙にどんなことができるかを考えるのは難しく・・・

協力隊員の定住に向けて、という意味合いでも何か良案があるといいのですが・・・
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同感です (伊藤浩之)
2020-11-29 17:33:59
協力隊の方々が熱心に和紙製造技術を習得し、この活用を図ろうと努力していることに頭が下がります。

もともと和紙は日常生活に息づいていましたが、工業化の進行の中で日常にしめる和紙の領域が縮小し、需要の縮小とともに和紙製造が廃れていったということなのでしょう。

和紙がなくてはならないものと感じたのは、世界の絵画や彫刻など美術品の修復に使われているとの報道を見たこと。そのために活用できる和紙の機械での製造技術を確立した事業者を紹介した報道ででした。

しかし二番煎じはあり得ないので、遠野和紙ならではの道を探ることが必要ですよね。

産地として若干弱いのが、遠野町が広域合併していわき市の一部地区となっていること。独立した自治体ならば、地域の中核的な事業の材料として活用するために、思い切った力の集中ができたのでしょうが、市のいろいろある課題の一つとなってしまっていることで、十分な力の集中ができない状況にあると思われます。

製造量を増やしたくても、材料となるコウゾがないなど課題は多いよう。行政が力も入れながら、材料も、技術の継承者も増やし、販路も拡大できれば良いですね。
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