午後に突然、ぐらぐらとやってきた。地震だ。数秒でおさまった。良くドドドッという地鳴りが遠くから近づいてきてグラッとくることがある。震源が比較的遠い場合が多い。この間の地震は予告もなく始まった感がある。今日の地震も震源は福島県沖。比較的近いために突然揺れる感があるのだろう。朝もほんの少し揺れた。微動・・そう微動だった。震源は栃木県。
この間地震が連続している感がある。大きくはないが、時折前触れもなくグラッとくる。震源は沖合の時も、茨城県北部のこともある。間違いなく2011年3月11日の東日本大震災の余震だろう。
一昨日の23日には、いわき市が地震と津波を想定した防災訓練を実施した。新型コロナ下、住民を集めるような訓練形式はとらず、情報伝達訓練などを実施したようだ。
前日から防災メール等で訓練の予告が届いていたが、当日も緊急地震情報の警告音がスマートフォンから鳴り響き、市防災メールにも津波発生、避難等の呼びかけのメールが送られてきた。
私の手元では、少なくとも緊急地震情報と市防災メールの機能はきちんと働いていることが確認できたさけだが、この23日にも地震があった。
まず日が変わって間もなくの1時4分頃、小さく揺れた。
震源は福島県沖だった。そして夜、22時12分頃、今度ははっきり分かる揺れがあった。グラグラッときて、耳を澄ましていると小さく地鳴りが聞こえ、そのまま終息した。
この地震は、最大震度こそ小さいものの広範囲に揺れている。
3月11日を前にして、不穏な動きだななどと思ったりもする。同時に、この地震は、油断しなさんなという自然からのメッセージなのかもしれない。10年という歳月は様々な記憶を風化させていく。震災の記憶だってだんだん朧気なものになっていく。
地震で改めておもい起こす。いわき市文化センター3階会議室で大きな揺れに数分間揺さぶられて机にしがみついていたこと、おさまった後、階段を下りながら見たはずれぶら下がった非常灯、戸外の玄関先で地面のタイルが波打ち、市役所までの道に小さいヒビ割れを確認、市役所駐車場には職員等が避難しており、自身はスマホのテレビで津波警報を聴き、脇道を探って大渋滞を回避しながら勿来、田人経由で遠野町に帰ったこと等、震災当時の記憶を。
また、4月11日の余震では、停電で信号がストップして大渋滞となり、瀬峰の切通しが崩落し通行不能になり、迂回しようとした林道は断層が出て通行不能、常磐、渡辺町と迂回する道すがら、つぶれた家屋での救出作業を見ながら帰路を急いだことなどを。
あの地震では断水や停電があり、自宅の塀が11日、12日の地震で落下し、そのままの状態になっている。
あの時の教訓を忘れず、常に地震に備えておけ。この間の地震は、その警告を発しているのだと受け止めたい。そう最近は、食糧備蓄やガソリンの準備など必要な備えが頭から抜け落ち気味だ。あらためてチェックをしてみたいと思う。
この間地震が連続している感がある。大きくはないが、時折前触れもなくグラッとくる。震源は沖合の時も、茨城県北部のこともある。間違いなく2011年3月11日の東日本大震災の余震だろう。
一昨日の23日には、いわき市が地震と津波を想定した防災訓練を実施した。新型コロナ下、住民を集めるような訓練形式はとらず、情報伝達訓練などを実施したようだ。
前日から防災メール等で訓練の予告が届いていたが、当日も緊急地震情報の警告音がスマートフォンから鳴り響き、市防災メールにも津波発生、避難等の呼びかけのメールが送られてきた。
私の手元では、少なくとも緊急地震情報と市防災メールの機能はきちんと働いていることが確認できたさけだが、この23日にも地震があった。
まず日が変わって間もなくの1時4分頃、小さく揺れた。
震源は福島県沖だった。そして夜、22時12分頃、今度ははっきり分かる揺れがあった。グラグラッときて、耳を澄ましていると小さく地鳴りが聞こえ、そのまま終息した。
この地震は、最大震度こそ小さいものの広範囲に揺れている。
3月11日を前にして、不穏な動きだななどと思ったりもする。同時に、この地震は、油断しなさんなという自然からのメッセージなのかもしれない。10年という歳月は様々な記憶を風化させていく。震災の記憶だってだんだん朧気なものになっていく。
地震で改めておもい起こす。いわき市文化センター3階会議室で大きな揺れに数分間揺さぶられて机にしがみついていたこと、おさまった後、階段を下りながら見たはずれぶら下がった非常灯、戸外の玄関先で地面のタイルが波打ち、市役所までの道に小さいヒビ割れを確認、市役所駐車場には職員等が避難しており、自身はスマホのテレビで津波警報を聴き、脇道を探って大渋滞を回避しながら勿来、田人経由で遠野町に帰ったこと等、震災当時の記憶を。
また、4月11日の余震では、停電で信号がストップして大渋滞となり、瀬峰の切通しが崩落し通行不能になり、迂回しようとした林道は断層が出て通行不能、常磐、渡辺町と迂回する道すがら、つぶれた家屋での救出作業を見ながら帰路を急いだことなどを。
あの地震では断水や停電があり、自宅の塀が11日、12日の地震で落下し、そのままの状態になっている。
あの時の教訓を忘れず、常に地震に備えておけ。この間の地震は、その警告を発しているのだと受け止めたい。そう最近は、食糧備蓄やガソリンの準備など必要な備えが頭から抜け落ち気味だ。あらためてチェックをしてみたいと思う。
上記は、気象庁から出されている情報(HPのサイト)です。
(ここのコメント欄には画像を添付できないので、すみませんが、HPで見てください)
そこに書かれた図に、青四角で囲まれたaという領域があります。
この領域内で起きた地震は、すべて「余震」とされます。
(ちなみに、この領域の外で起こると、「関連地震」などと呼ばれます。3.11直後に、富士山の麓や長野県などで起きたマグニチュード7前後の地震がそれにあたります。)
4.11の田人を震源として起きた地震も「余震」です。
マグニチュード7.0、いわき市震度6弱の地震でした。気象庁では、「福島県浜通り地震」という呼称もつけていますが、それでも「余震」であることに変わりありません。
4.11地震では、田人地区で地表面に最大約2メートルのずれが生じました。(2メートルの断層崖)
ということは、この大きさの地震が、海底を震源として発生すれば、海底面にずれが生じるので、津波を起こす引き金になります。
マグニチュード6の後半くらいの規模の地震になると、津波の心配をする必要が出てくる、ということです。
地震は、自分が感じた揺れの大きさだけで判断してはいけないと考えています。
例えば、揺れが小さくても「ズン」と一発だけのゆれのようなものであれば、近くで発生した直下型地震の可能性が高いということになります。
しかし、同じ小さな揺れでも、長い揺れであれば、遠くで発生した地震の可能性が高まります。
遠くで発生した地震の場合は、どこで(陸か海底か)起きたものか、どのくらいの大きさ(マグニチュード)を確認する必要があると思ってます。
遠くで起きても、海底が震源で規模の大きな地震の場合は、津波を心配しなければならなくなるからです。
地震が発生したときは、いつもそんなことを考えるようにしています。
長文になり、すみませんでした。
ありがとうごさいます。