石の安らぎのインテリア
二十年程前に私はパリのあるアパルトマンの寝室のベッドの上で、毛布から出した足でベッドの横の壁を撫でまわしていた。その壁には直径がニ、三十センチぐらいのまるい自然石が一面に埋め込まれていた。壁から突き出た石の半面を一個一個足の裏でたどりながら、ひんやりとしながら何処か暖かい石の感触に夢中になった。そして私は深夜の真っ暗な部屋で、何かに包まれているような安らぎを感じていた。
もし私がインテリアを自由に作れるとしたら一面にはぜひその安らぎの石の壁を作りたい。
その石の壁の反対側は全面ガラスの壁にしたい。ガラスの外には室内の床面とフラットに芝生の小さな庭が続き、一本の落葉樹だけがある。そのシンプルな庭は四季の移ろいと天候を告げるインテリアの一部と考える。自然を取り入れた癒しの壁である。
もう一つの壁は、天井までの本棚にしたい。私の生活の一部である読書。壁一面の本棚に並んだ愛読書は私の生活を見つめ、励まし、刺激を与える智の壁となる。
智の壁の反対側は白い重厚感のある漆喰の壁にしたい。私は日に何度かはその何もない無の空間を眺め、あらゆることを夢想する。白壁は私に想像と希望を与える。
床は加工していない自然石を敷き詰めた石畳みとし、天井は黒ずんだ太い古材の梁をむき出しにして梁と梁の間は白い漆喰で埋める。
家具はその存在を主張しない単純な形の丈夫な木製の物に統一したい。ベッド、机、椅子の最低限必要なものだけに限りたい。
ガラス面はシンプルにブラインドで明るさを調整し、夜は複数のフロアライトで照明。部屋は日照と照明により一日の中でいろいろな表情を見せてくれる。
住まいとして最も大切な安らぎと、さらに癒し、智、創造を加えた四つの壁は、インテリアを越えて私の身体の一部となる。
(WACOA 壁装材料協会 第5回明日のインテリア・アイデアコンクール B部門努力賞受賞作 2000年?)
以上は、表記のとおり壁材料協会というところが募集した懸賞論文に私が応募し受賞した800文字の小論文だ。B部門239点の作品の中から受賞した6点に選ばれている。審査委員の中には、エッセイストの安藤加津さんの名前もあった。この論文の中に、私が本好きで、壁いっぱいの理想の本棚のことも書いてあるが、この夢の家とは違って、我が家には小さな本棚がある。心配性の家人から本の加重が気になると言われ、本棚を整理していたら、受賞作品を掲載した小冊子が出て来た。久しぶりに自分の作品を読み、面白いと思ったので、このブログに改めてアップしておこうと思った次第だ。この論文を書いた時分は、仕事に余裕が出来てきて、もともと書く事が好きだっただけに、いろんな懸賞論文に応募していた。ただ今回の論文については、もしかしたら私の家を設計した建築家からの応募のススメがあって書いたのかもしれない。
もし、私が一人暮らしをすることになり、もう一軒家を作ることになったら、このような家を作ることになるかもしれない。現在住んでいる我が家ですでに実現しているアイデアもあって、芝生の庭とほとんどフラットな床面は、石畳ではないが、土足のコンクリートのたたきとなっている。庭に面する大きなガラス窓も一致している。漆喰ではないが、二階建ての建物を中心で貫くらせん階段は、珪藻土という厚い土壁が覆っていて、私のお気に入りだ。
あらためて要項を読むと、懸賞金は4万円。原稿用紙2枚で4万円は、小遣い稼ぎには率がいい。この頃は結構、小金を稼いでいたと思う。宝くじの当選者が、黙っておれずにいつか回りが知ることとなると聞く。私も受賞したことがうれしくて家人に黙っておれなくて、多分賞金の半分以上は、家人のために遣ってしまった。それもまたうれしいことだった。(2013.10.10)