ホクトマンのアドブログ

アドベンチャープログラムを愛するすべての人と、そうでもないすべての人へ。ひとりごと、今思うこと、泣き言、楽しか

ルールは破るためにある?とは

2017-04-16 | 雑念
いつまでも腹を立ててもしょうがない。

人に話して自分の中のストレスを吐き出す。
モヤモヤしていた気持ちはどっかに置き忘れてくる。

人間は忘却の生き物だ。

忘れるから生きていける。

脳梗塞で倒れた近所のおばちゃん。
あれほど気が強くおしゃべりだったのに、今はほとんど3歳児位の喋りになったという。

周りは心配だが本人はどんな気持ちなのだろう。

確かに思い出そうとしても思い出せない脳みそがストレスになることもあるそうだが、脳がリセットされて記憶のデータが飛んでしまったら…

"忘却は罪である"という植え付けも教育される。

でも大人になってストレスがかかった時、忘却こそが強く生きる術の1つであることに違いはない。

それを抱え込む、忘れてはいけないと根に持つ、それは「忘れ物はしてはいけません」という小さい頃からの習慣だとしたら?

そんな科学的な論文は発表されていないまでも、「こうしなければいけない」というルール原理主義になるのは、教育の問題だと思う。

日本の社会で自殺が多いのも、
会社が過酷な環境であるという現象に対応できない教育をしてきているのかもしれない。

"生きる力"

それは"ルールを教える"の対極にあるのかもしれない。