ここ3カ月同じ場所で勤務している。近所に小学、中学校があるため、小学校児童、中学校生徒たちの登下校の経路である。昨年11月初め、公園整備工事の現場での警備を始めたころ、私を不思議な感じでじろじろ見ながら登下校していた。特に小学生などは知らないおじさんに声をかけられても絶対に答えないと言うことが徹底されているのか・・・・。中学生に至っては全く無視状態だった。それでも私は毎日「お早う!」「お早う!」と声掛けを継続した。1週間、2週間経ち、既に3カ月以上が経過した。今ではあの頃のじろじろ見ていていた登下校の子どもたちから先に声をかけてくれるようになった。今日は朝の始業前に少し離れた所にいたが、子供たちが私を探して、大きな声で「お早うございまあ~す」と挨拶してくれた。単純なことだが嬉しかった。 わたしも少しはご近所の役に立てたかな? 子どもの頃、祖母からだれにも挨拶は元気にするもんだよと教わったことが今になって役に立った。(写真はyahooから・今回の工事現場に関係なし)
一昨日、ニュージランドで大地震が発生した。いつも思うことであるが、災害派遣は近傍火災以外の災害を除き、都道府県知事等々からの要請がなければ自主的に出動はできない規則になっている。おそらく、災害等を名目に武器弾薬を保有している武力集団を勝手な判断で動かさない(動かせばクーデターなども容易に可能)からであろう。平成2年私が舞鶴の某部隊の指揮官をしていた頃、或いはそれ以前にもそのような事例はあったが、ニュース報道で事態を知り、上級部隊からも「訓練のため○○海域に出港せよ」という意図の行動命令が出ていた。その意図も熟知している隷下部隊である我々は警急呼集をかけ、隊員を集め緊急出港する。正規の要請により、上級部隊からの命令が出るのは気の遠くなるほど数時間後である。それでも部隊は動いているので少しでも早く現地へ到着し、災害救助活動が可能となる。大災害が生起し、救助を求めないのは中国か北朝鮮くらいであり、今回の震災も情報入手後直ちに即応できるよう準備し、準備でき次第NZ(ニュージランド)に向かうべく行動し、行動しつつアップデートな情報、命令指示等を受けるような体制にすればもう少し効率的な救助ができるのではないかと思う。現在はどのようになっているかは未確認であるが、わが国の大震災生起事象の対処についても、被害発生県と隣接の被害のない県との相互協定で山口県での大災害発生時は福岡県と広島県が令なく防災対応に当たるような取り決め(協定)を平時から結んでおけばいいのでhないかと思う。極端にいえば被災県は「おんぶにだっこ」でいいのである。被災県にそれくらいのゆとりがあれば情報収集や被災者の対応などに集中できるのではないかと思う。 【写真はNZ地震から】
私はNHK大河ドラマ「江」(女たちの戦国)を観ている。先々週は織田信長が明智光秀に本能寺の変で、先週は明智光秀が秀吉軍に攻められ自決する。14世紀末の日本の歴史変動である。歴史に「もし」があればこの世界は著しく変貌していたであろう。織田信長と明智光秀に意思の疎通、相性が合っていたならば日本は世界に目を向け、その時点で他国との外交が始まっていたであろうし、国内の戦い等は無くなっていたであろうし、その後300年近くの徳川鎖国政策はなかったであろう。また、観点を20世紀まで進め、1941年(昭和16年)の真珠湾攻撃に視点を置いてみると、日本海軍の戦法(戦術)や日本人の思想等がよりドライであり、より姑息であれば真珠湾奇襲に続く作戦は後方基地(兵站)を叩く、或いは後方支援部隊を徹底的に潰す、或いは潜水艦の用法においても戦闘艦のみを目標とせず、(燃料、弾薬、食糧などの)補給艦等を攻撃したであろう。それによる日本の攻勢、或いは終戦末期の「特攻」戦法を開戦直後くらいの時期に米本土やパナマ運河攻撃等に運用すれば、「もし」ではあるが日本は第2次世界大戦(日本は大東亜戦争と呼称)の勝機は無きにしも非ずである。それでも日本人の武士道精神は英米に見抜かれていた。だから今の日本になっている。いいのか悪いのか、歴史に「もし」があれば・・・そう思うと不謹慎ではあるがおもしろい。
捕鯨反対のSS(シーシェパード)の無法行動により日本の調査捕鯨の中止を報道した。「捕鯨に従事する人の生命財産の保護」が理由である。昨日は民主党議員16名の民主党マニュフェストの問題で会派離脱、内閣主要閣僚のコメントは「考えられない」「遺憾である」・・・。捕鯨中止にしても一体全体この国をどうしようとしているのか。おそらくであるが、米国や北朝鮮或いは中国が調査捕鯨をしておればSSへの対応も生ぬるい日本の対応とは大違いで、外交面からみても現場でのSS対応にしてみてももっと(国際法にのっとった)対応をするであろうから看過することだろう。食文化の異なる日本と欧米諸国の捕鯨に関する考え方が根本にあるものの、牛も豚も鶏も食用にしているのにクジラ(イルカ)だけが異常に反対されているのはなぜだろうか? 数年前までは中国人は生の魚は絶対に食べなかったし、欧米人は刺身やタコやイカ(devilfish)は食べなかったが今では鮨や刺身など日本人以上に食べているようだ。腰くだけの外交にはもうウンザリだ。日本は完全に世界中からなめられているし、敬意をもっていた国からも今後はなめられるだろう。(写真:yahooニュースから)
昨晩「太平洋の奇跡」を観賞した。シニア料金なので千円で観ることができた。昭和19年から20年にかけてのサイパン島での日米両軍の死闘のドラマである。サイパン島は戦前から日本にとっては重要拠点の島であり、民間人も含め三万人近くが住んでいた。開戦当初は島伝いに行け行けどんどんのわが国も、攻勢終末点の読みを間違えるとともに、ミドウエー海戦での惨敗から始まり、戦局は悪化の一途を転ぶ。島民の保護をも兼ね、大本営からの絶望的な命令、それの反対に武器弾薬等、完璧な後方支援による米軍の猛攻・・・。そのような戦況下で何一つブレることなく指揮・統率した大場栄陸軍大尉の人物像をとても感動的に映写していた。既にリタイアしたものの、同じ使命を希求して勤務してきた私にとってとても感慨深い映画であった。私がその時期、彼の立場だったら恐らく発狂していたのではと思いたくなる。杉田二郎のフォークではないが、終戦直後に生まれ、育ち、恐らく今後人生を終えるまでにはそのようなことにはならないであろう時期に生まれた私は幸福であると思う。戦争は絶対してはならない・・・・。 でも、どこかの異常な国家の侵略で同胞が被害に遭うことがあれば自らを犠牲にしてまでも守りたいものである。
先日昼食のため近所の「すき家」に行った。食事はおいしくいただいたが、レジには5,6人が並んで支払っていた。順番を待っているとレジの女性が「千円からお預かりします」「千円からお預かりします」・・・と何度も繰り返しているのが無性に耳障りになりいよいよわたしになり同じく「千円からお預かりします」と言うので、言わなくてもいいのにとは思ったが「その言葉、少しおかしくありませんか?」と言うと、「どうしてですか・・・?」とのこと。おそらく外資ファーストフード店のマニュアルにfrom 1,000 dollとでも記載されていたのを、何でもかんでも「から」を使うようになり、支払う客も別に関心も持たず、注意もせずごく普通の言葉になったのだろう。 テレビを観ていても「全然おいしい」、「全然おもしろい」と言う言葉を連発している。 勤務している時、近くを登下校する中学校の生徒たちの言葉の乱れ、特に女子生徒同士の会話が聞こえるのだが「おまえ」「てめえ」・・・と男言葉をごく自然に会話に使っている。これから先どうなることやら・・・・。 「すき家」の女性は未だに「千円からお預かりします」と言っているのだろうな。 (写真なし)
昨夜、今年も元気に19名の会員の方が参加され楽しいひと時を過ごした。この会は1997年から始まり、1回の休みはあったが14年間ずっと継続している会である。平成元年~3年の海上自衛隊舞鶴地方隊を主とした各部隊指揮官の集まりであり、T総監のお名前から「正水会」をいただき毎年この時期に開催されている。気のおけない当時の仲間がこの再会を楽しみにしている。