今年もあとひと月となってしまった。この1年間何をしたのだろうと自問自答しても答えは見つからない。それでも病気もせず日々健康に、大過なく送ることができたことが答えなのかもしれない。昨夜《雨後の筍》のように林立した各党派のネット討論会を行ったとメデイアは報じていた。《脱原発》《卒原発》《原発ゼロ》・・・等々、聞こえのいいことを尻目に、現実では北海道洞爺湖付近では送電線の倒壊で長期の停電が大規模に続いており、スーパーではカセットコンロやカップ麺、はたまた懐中電灯やロウソクなどの買い溜めなどでごった返しているという。停電のためお風呂も入れない、トイレの水も流れない、食事はカセットコンロでレトルト食品を調理して摂っている。各党派の耳障りのいい、原発廃止は経済成長を続けてきた日本、それに伴う生活の向上をどのような代替エネルギーで対応しようとしているのか全く先が読めない。比較的良識ある自民党もいずれは原発ゼロを目指して行くとのことだが、その他の党は脱原発、脱原発を連呼し、その後の具体案が全く見えてこない。地球ができて46億年、現代のようなあらゆる面に爆発的に進化発展を遂げた期間は十数年間であるし、地球の一生から言えばまばたきにもならない。想像を絶する地球の大変動は今後も確実に起こるはずである。考えすぎても仕方ないし、その時に遭遇したのが不幸だと思って生きていくしかないのではないかと思う。人間の力では自然を克服することはできないのだから・・・。ただ言えることは人間同士、お互いに協力し合って生きて行く。それしかないように思う。そういう観点からは、既存の原発は可能な限りの安全対策を講じ、最大活用するべきだと思う。次の選挙こそ、目先のことに煩わされることなく、本音と建前に惑わされることなく、日本が日本らしく、日本人が日本人として誇りが持てる党、政治家を選びたいものだ。最近の政治家が《国》とか《国民》などのためにではなく、まさに《自分のため》としか感じられないのは私だけだろうか・・・・【写真は昨日のnetmeeting:読売新聞の記事抜粋】
11月19日は勤務も休みだったので、娘と3人で秋川渓谷方面をドライブする。紅葉は今が真っ盛りであったが、午前中は天候がいまいちだった。奥多摩の《小菅の湯》に行く予定だったが、時間的な制約もあり秋川渓谷どまりだった。遅い昼食をとり、初めての《瀬音の湯:大人800円》につかる。お湯はツルツルしてすごく良質で、快適な時間を過ごす。大都会から脱出し秋の紅葉を眺めながらの温泉は格別だった。【写真は瀬音の湯HPから拝借】
今朝、所要があって近くのコンビニに行くと、店内に本年初出荷《ボージョレヌーボー》があったので、好奇心の強い私は久し振りに食らいつき、早速飲んだ。 感想としては、甲州ワインの方が私には合っている感じがした。甘味がなく、薬を飲んでいるような感じだが、お金持ちの御人たちは、これがウマいと言って飲んでいるのだろう。ま、健康のためにもたまにはいいかって感じだ。もう買わない! それにしても年末になると知己の諸先輩の鬼籍に入られた旨の《喪中挨拶状》がたくさん届き、それでなくとも秋は感傷的になるのに本当に寂しく思う。中には本人の遺志により、身内でささやかに送ったとの方がおられたが、生まれたからには、いつか必ず死が訪れる。私も個人的にはそっと静かに去り、遺骨は【海】に散骨して欲しいと思っている。なかなかそう簡単にはことは進まないだろう。
写真は《蓼科湖周辺》の紅葉である。いつも思うのは人間がどのように研究努力しても、このような鮮やかな風景を造形することはできないことだ。写真撮影をしながら、ふ~っと半世紀前のある日のことを思い出した。昭和40年の10月上旬のある日のことである。その日は自衛隊に入隊し、それまでの親元での生活から一気に陸上自衛隊という男所帯の団体生活をすることとなり、山口県及び静岡県の教育部隊を終えて、北海道札幌市の真駒内部隊に着任した頃、新着任部隊のすべての先輩たちはいなかった。というのは秋の演習に出払っていたからだ。数日は新兵のみの心細く、不安な日々を過ごし、演習が終了し先輩たちが帰隊するということで新兵たちは出迎えた。すると、演習場での数日間、ヒゲは伸び放題の、精悍な先輩たちが《M42:高射機関砲搭載戦車》に乗り、車列を組み何台も何台も現れてきた。その戦車には偽装のための紅葉した木々が至る箇所にくっつけられており、まるで紅葉のかたまりが動いているように見えた。当時は北方重視の戦略で、北海道には希望しなくても赴任できた。ひげ面の、こわもての先輩たちは想像以上に温かく、親切に新兵に接してくれた。これが最前線の一線部隊なのだと、心を新たにしたことを思い出す。先日の紅葉狩りドライブの時も、本栖湖で、一台の舟艇搭載の陸自トラックが湖水にボートを降ろしていた。行楽シーズンの土曜日というのに黙々と任務を遂行している。聞くと、富士周辺でのレインジャー訓練の支援《レンジャー隊員の渡河支援》と話していた。それも深夜の行動のための準備だという。彼らと話ができとても頼もしく感じた。【蓼科湖付近の紅葉】
先週の金、土日にご近所のOさんご夫妻と東名経由、須走富士五湖道路~中央自動車道紅葉狩りに行った。蓼科湖や霧ヶ峰高原からの風景は錦秋の紅葉が素晴らしかった。金曜日の夜は石和温泉に泊まり、翌日は河口湖や精進湖、本栖湖などの富士五湖廻りをした。帰途の東名は混雑を予想し、山中湖からはお馴染みの道志渓谷を経由し午後8時頃帰宅する。【写真は霊峰富士山と紅葉】
今朝7時頃、新潟の親戚夫人から《私がテレビに映って、取材されていた》という連絡メールをもらった。そういえば先週金曜日の夕方、渋谷駅のモアイ像近くの喫煙所でタバコをくゆらせ、イヤホーンで聞いていたら、日本テレビの取材が近寄り《ZIPという朝番組》で放映するか、(しないかもしれない)ということで、イヤホーンで何を聞いているの?という取材を受けた。当の本人は放映などすっかり忘れていたが、今朝放映したようだ。山口県下関市の先輩からも、《見ましたよ》とメールを頂戴した。当の本人はいつ放映されるか気にもしていなかったので、見損なってしまった。残念無念。今日から11月だ、グンと秋らしく朝夕の冷え込みも一層増してきた。今年もあと2ヶ月、本当に月日の経過は早く感じる。【写真は11月1日のテレビ番組表】