平成版徒然草

自由気ままにその時々の感想や写真などを残しておきたいと思いBLOG作成を思い立ちました。作成から早9年経過・・

旧東海道川崎宿の散策

2012-09-26 10:26:14 | Weblog
昨日はKSN(川崎シニアネット)の仲間と家内同伴で散策に参加した。23人が川崎駅に集合し、多摩川《六郷の渡し》~川崎宿辺りの旧東海道は、現在では跡地の説明石碑や銘版などをよく見ないとわからないが、当地の地理に詳しい方がおられ説明いただき有意義な散策だった。お昼には区役所の食堂で食事をし、寺社、仏閣、芭蕉の句碑などを見学し、15時頃解散した。喫茶店で一休みし、時間もあったので喫茶店の外のテーブルでブリッジ(トランプ)を楽しむ。閑静なおしゃれな通りで車も通らず、まさにヨーロッパ風の景色の中での散策後の心地よい疲れと爽やかな秋風を感じてのブリッジは最高だった。日もとっぷりと暮れ、ブリッジ仲間と別れ21時頃帰宅する。晩年の松尾芭蕉が旧東海道を西に向かいつつ、六郷の渡しを小舟で渡り、川崎宿で泊まり、弟子との別れを惜しみつつ、その半年後に亡くなった・・そうだ。当時の人たちの足跡を思い起こしつつぶらりぶらりの楽しい1日だった。【写真は京浜急行《八丁畷》駅近くにある芭蕉の句碑:麦の穂を たよりにつかむ 別れかな】

平成24年海自幹部候補生同期会

2012-09-23 10:34:11 | Weblog
昨22日夕刻から海自21期幹部候補生同期生会が原宿水交クラブで開催された。名誉会員2名、クラス45名、同伴夫人6名の53名の盛会であった。新宿の夜勤明けだったので渋谷で散髪等で時間をつぶし、午後は昭和47年当時の護衛艦K艦長のお宅をクラスのT夫妻と訪ね、お焼香させていただく。K艦長は14年前に他界されたが奥様は至ってお元気で大層なおもてなしをいただき恐縮する。1700クラス会開始で久し振りに元紅顔の青年士官、現前期高齢者との旧交を温める。今年は2名が他界したが参加者は白く、薄くなっても皆んな元気だった。お開き後原宿で二次会、終わってまっすぐ帰ればいいのに中目黒のM君宅を初訪問、11時頃おいとまし、帰宅は護衛付きで午前様だった。健康のためにも少しお酒を控えようかな?《21日に自費での胃カメラ検診をしたが全く異常なしだった》【写真は前期高齢者の同期生会、写真中央は84歳になられた片桐元練習艦隊首席幕僚】

祝日《敬老の日》を想う

2012-09-17 05:51:44 | Weblog
今日は祝日《敬老の日》である。以前は9月15日と日が決まっていたがいつの頃か連休の関係で数日ずれての祝日となり毎年変っている。1月1日の元旦、15日の成人の日等々、一昔前は祝日が決まっており、分かりやすく、その設立の意義も理解しやすかったように思う。私は昨年から《前期高齢者》の烙印?を押され仲間入りしたのだが、気分的には高齢者とは自ら思いたくないし、たぶん周囲からも思われていないだろう。それでも各地の掲示板などで《敬老の日イベント》ポスターが貼られており、殆どが区民の65歳以上の者が対象になる・・・と表示されている。と言うことは祝ってもらう側で素直に認めなければならないのだ。どうも敬老の日に祝われる側だと思うと老いが増幅するようだ。私は以前の職業柄、国旗や国歌に敬意を表し掲揚や敬礼、あるいは国家斉唱は国民としてごく当然の行為と思っている。しかし昨今はマンション居住などの住宅事情もあり、大部分の自宅での祝日に国旗を掲げる行為は見当たらない(という私も掲揚していない)。青空に翩翻とひるがえる日本国旗は素晴らしいものである。国旗を掲げるよう努力したいものだ。【読売新聞9.16付「くらし」から抜粋】

中国各地での暴動化拡大《尖閣日本国有化関連》

2012-09-16 06:44:41 | Weblog
写真は読売新聞16日の朝刊である。尖閣の国有化に抗議するデモは中国の40都市以上に拡大し、数万人が参加した。日本大使館前での暴徒化した群衆と武装警察の衝突、その他日系企業、日系スーパー、日本料理店などの破壊行為が繰り返され、日本国旗や日本車に火をつけての暴動は激化した。18日が柳条湖事変が起きた日であり、インターネットなどでデモを呼びかけてさらに規模は拡大する様子である。日本国内をみてみると一部の右翼団体の過激行動はあるにせよ、一般市民が中国国旗を焼き捨てる、踏み付けるとか横浜中華街を襲うとかいった中国国内のような暴動、破壊行為は一切みない。中国の一人っ子政策による《小皇帝》が20代~30代となり、国内のIT化も進んでいる中国は今後、共産党の国民引き締めや、思想統制、情報管制等々が難しくなることだろう。 それにしても米・中・韓国の田舎芝居については先のブログで冗談に書いたが、案外本当にそうなるかもしれない。 その時今の政府は、今の国会議員さんたちは《遺憾、遺憾、不快感》だけで有事にいかに対応すべきかの腹積もりなど全くないのだろう。そこが気に食わないのだ。

《つぼ》にはまる蚊帳の外の日本

2012-09-12 08:25:49 | Weblog
ここ数ヶ月、日本周辺海域での竹島問題、尖閣問題での韓国、中国との関係が注目されている。おそらく、九分九厘、大規模、中規模な軍事的衝突は惹起しないであろうことは見通されるが、ここで大きな問題が残るのだ。私の姑息なイメージとして《日本》は蚊帳の外で米韓、米中の田舎芝居もどきの《外交シナリオ》に乗せられかけているとも思えるのだ。竹島には韓国軍あるいは韓国警備隊、民間漁船などの上陸、一方尖閣にも中国台湾の複数隻の漁船団による上陸などにより、日本は海保で対応し、いずれも過激な行動をとることにより海保では対応できなくなる。そこで、日米安保条約に基づく今回の芝居の立役者たる【米国】が(日本のために)海域周辺に出動、それに併せて国務長官や大統領の韓国・中国に対する説得工作(これも芝居)が始まる。最終的には軍事衝突もなく無事尖閣、竹島問題は収束する・・・・といったシナリオなのだ。 外交問題は全て力と力、双方の騙し合いで国益を維持、増すのであり、真っ正直な日本人はいつも周囲の姑息な《蚊帳の外シナリオ》により戦争を起こすはめになったり、不利益をこうむっているのだ。それはこれまでの日本の歴史が物語っている。そう思うのだがなあ・・・。【今回写真無し】

何だかおかしい《無免許運転での事故》

2012-09-08 07:30:25 | Weblog
記事は9月5日読売新聞夕刊の《よみうり寸評》である。一般の社会人がどう考えても理解できないことが、法的には適用される。【無免許運転であるが運転技能は未熟ではなかった、事故の原因は居眠り運転だったので危険運転致致死傷罪は適用されない】って一体どんなこと?18歳の少年は匿名(インターネット上では全部暴露されてはいるが)での報道、そんなに加害者を有利にしなければならないのか?将来のある子供の命やまだこれから生まれてくるお腹の子供の命を軽率極まる行為で簡単に奪っている。それも調査の結果では無免許運転の常習者だという。少年の更生の道が開けていれば、罪は甘くしていいのかと本当に腹が立つ。 
【以下インターネットmsn産経ニュースから抜粋転記】
「死んで償ってもらう」死亡妊婦の夫
2012.4.24 07:02 (1/2ページ)[交通事故]
 23日午前8時ごろ、京都府亀岡市篠町の府道で、集団登校中の小学生ら10人の列に軽乗用車が後ろから突っ込んだ。この事故で小学2年の女子児童(7)と登校に付き添っていた女性(26)が死亡。女性は妊娠7カ月だったが、胎児も助からなかった。(サンケイスポーツ)
集団登校列の最後尾で児童に付き添っていた京都府亀岡市の松村幸姫(まつむら・ゆきひ)さんが、18歳少年による無免許居眠り運転の車に命を奪われた。妊娠7カ月。お腹の中にいた3人目の子供も犠牲となった。「加害者には死んで償ってもらう」。最愛の妻を失った夫は声を絞り出した。同じく死亡した安詳小学校2年、小谷真緒さんの祖父は「何をおいても犯人が憎い」と唇をかんだ。あってはならない悲劇が繰り返された。心待ちにしていた新しい家族をお腹に宿したまま、松村幸姫さんは帰らぬ人となった。妊娠7カ月。今夏に出産予定だった。


懇親会に参加

2012-09-03 04:38:23 | Weblog
昨日の午後、もうひとつの勤務の懇親会に参加した。参加者は約30名75歳から20歳までの混在の懇親会だった。今年の夏はニーズが少なくて大方の者は勤務意欲は十分あっても仕事がないという状況のようである。年に2回程度懇親会があるが、日頃は現場や配員の関係で仕事以外にゆっくりと話すこともできず、有意義な会合だった。どこかの安易な行政の方針と役人の対応、市民の労働意欲の欠如により4人に一人は《生活保護者》がいるのと違って、本当に真面目に真剣に日々を生きている仲間意識を再認識できた。【写真なし】

矢沢永吉40周年記念ライブ

2012-09-02 05:15:53 | Weblog
昨夜、新横浜の《日産スタジアム》で矢沢永吉40周年記念ライブが開催され、運良くチケットを購入できたので久し振りに観に行った。写真は開演30分前の会場の様子であるが、時間が経つにつれ続々、続々と入場し発表では6万5千人とのことだった。永ちゃんのパワーのある歌唱とパフォーマンス、会場全体や特設ステージの照明などにも相当な力の入れ込みようだった。アンコール時間を含め約3時間半、ぶっ通しのROCKのリズムに観客は酔いしれ、周囲の若者などはずっと立ちっぱなしで興奮気味だった。永ちゃんの人気は絶大だ。同世代の人が多いいかといえばそうでもなく若者が半数以上いる。さすがスタイルや歌唱力は抜群だが風貌は身近にいるようなオジさんだ。それが案外近親感を呼ぶのだろう。元気な62歳のオジさんが精一杯歌っている。それがいいのだ。それにしてもスタジアムの大観衆には驚いた。途中のトークでは永ちゃんの歌手生活40年の間のいろいろなことを話していたが、団塊の世代の代表的な偉大な歌手にも不安な日々の生活にも困るような出発があり、今の成功があるのだなあとつくづく感じ、若さをもらったひと時だった。イエ~イ ROCK'N'ROLL!! 【写真は日産スタジアム《=元のFIFAでの決勝戦会場横浜スタジアム》の開演前の様子】