■AX/伊坂幸太郎 2018.6.18=2
中国の故事で、 「蛇に足を描き加えた話」 がこのミステリーに出てくるのだが、
このことわざ何だったか思い出せない。 蛇足。
『蛇を画きて足を添う』
【読み】 へびをえがきてあしをそう
【意味】 蛇を画きて足を添うとは、余計なつけ足し、なくてもよい無駄なもののたとえ。
(故事ことわざ辞典より)
蛇足の話
さて、伊坂幸太郎氏の 『AX』 楽しく読みました。
「凄腕の殺し屋」である兜が、滑稽なほどの「恐妻家」。
兜の裏の生業がもたらす緊張感と妻に気を遣う傍目にも気の毒な(別の緊張感漂う)日々。
殺し屋でありながら、孤独な心優しい非情な男。
このギャップがたまらない。
親と子の愛情の話でもあるのです。
「いつだって生きるのは大変なんだ」
大人から、子供たちへの応援歌なのです。 いつだって生きるのは.......
「私は社交的なほうではないですし、昔から暗いほうでしたしね、ようするにぱっとしないんですよ。子供から尊敬される父親とは言い難くて」
「何を言ってるんですか」兜は声を強め、身を乗り出しかけた。
もちろん頭によぎったのは、自分のことだ。「ぱっとする仕事って何ですか。暗いというのは、単に、静かに日々を楽しむことができる、ということですよ」明るい性格です、と自称する人間がえてして、他者を巻き込まなくては人生を楽しめないのを兜は知っている。「むしろ、真面目に生きてこられたお父さんを、息子さんは誇ったほうがいいです」
「いや、三宅さん、誉めすぎですよ。どうしたんですか」
「本心からですよ」
「そんなに言ってもらって恐縮ですが、ただ、父親というのは、自分の子供には、尊敬というか」
「分かります。がっかりしてほしくないですからね」
伊坂幸太郎の心優しい世界を堪能して下さい。
では、兜は、このミステリでどのように描かれているのか見てみましょう。
「ほら、親父はそうやってすぐに、情報を組み合わせて、結論に飛びつくんだ。何でも結び付けたくなる。親父の、『なるほど』は要注意だ」
自覚はなかったため、不本意であったが、兜言い返さなかった。「そういう側面もあるかもしれないな」と曖昧に応じた。
「あなたには少し思い込みが激しいところがあります」
「息子にもそう言われたことがある」思い込みではない。兜はムキになるところもあった。
急に恐怖が全身を貫いた。これはまさに、俺を狙う何者かが行動を起こしたからに違いない、兜の思考は一度転がり出すと、思い込みの谷を、その底に辿り着くまで勢いよく落ちていくため、これは危機が訪れた、と判断していた。
世の中には真理はいくつかある。兜はまともに学校教育は受けずに生きてきたが、それゆえに、実体験として理解した常識や真実があった。
「それなら、一番いい食べ物を教えますよ」
「音が鳴らず、日持ちがするもの」
「私の場合は、魚肉ソーセージです」
何と、兜はのけぞる思いだった。
さらに強く握手を交わす。
妻に限らず女性は、いや人間は、と言うべきかもしれないが、とかく、「裏メッセージ」に敏感だ。相手の発した言葉の裏には、別の思惑、意味や批判、依頼が込められているのではないか、と推察し、受け止める。おそらく、言葉が最大のコミュニケーション方法となった人間ならではの、生き残るための能力の一つなのだろう。
「信頼を得るのはやはり、経験者です」
「ただ、どんな経験者も最初は初心者だ」
「その通りです。けれど、どんなものでもそうですが、二極化が進んでいます。つまり、有名な人はより有名に、無名の者はいつまでも無名のまま、と」
「天気の話は安全。確かに。ただ、あまり膨らまない」兜は日ごろから感じていることをそのまま口にしたたけだが、奈野村は、ぷっと噴き出し、「その通りですね」と同意した。
非情な殺し屋の話ですが、孤独な男たちの思わず洩らす切ない独白もあります。
『 AX/伊坂幸太郎/角川書店 』
中国の故事で、 「蛇に足を描き加えた話」 がこのミステリーに出てくるのだが、
このことわざ何だったか思い出せない。 蛇足。
『蛇を画きて足を添う』
【読み】 へびをえがきてあしをそう
【意味】 蛇を画きて足を添うとは、余計なつけ足し、なくてもよい無駄なもののたとえ。
(故事ことわざ辞典より)
蛇足の話
さて、伊坂幸太郎氏の 『AX』 楽しく読みました。
「凄腕の殺し屋」である兜が、滑稽なほどの「恐妻家」。
兜の裏の生業がもたらす緊張感と妻に気を遣う傍目にも気の毒な(別の緊張感漂う)日々。
殺し屋でありながら、孤独な心優しい非情な男。
このギャップがたまらない。
親と子の愛情の話でもあるのです。
「いつだって生きるのは大変なんだ」
大人から、子供たちへの応援歌なのです。 いつだって生きるのは.......
「私は社交的なほうではないですし、昔から暗いほうでしたしね、ようするにぱっとしないんですよ。子供から尊敬される父親とは言い難くて」
「何を言ってるんですか」兜は声を強め、身を乗り出しかけた。
もちろん頭によぎったのは、自分のことだ。「ぱっとする仕事って何ですか。暗いというのは、単に、静かに日々を楽しむことができる、ということですよ」明るい性格です、と自称する人間がえてして、他者を巻き込まなくては人生を楽しめないのを兜は知っている。「むしろ、真面目に生きてこられたお父さんを、息子さんは誇ったほうがいいです」
「いや、三宅さん、誉めすぎですよ。どうしたんですか」
「本心からですよ」
「そんなに言ってもらって恐縮ですが、ただ、父親というのは、自分の子供には、尊敬というか」
「分かります。がっかりしてほしくないですからね」
伊坂幸太郎の心優しい世界を堪能して下さい。
では、兜は、このミステリでどのように描かれているのか見てみましょう。
「ほら、親父はそうやってすぐに、情報を組み合わせて、結論に飛びつくんだ。何でも結び付けたくなる。親父の、『なるほど』は要注意だ」
自覚はなかったため、不本意であったが、兜言い返さなかった。「そういう側面もあるかもしれないな」と曖昧に応じた。
「あなたには少し思い込みが激しいところがあります」
「息子にもそう言われたことがある」思い込みではない。兜はムキになるところもあった。
急に恐怖が全身を貫いた。これはまさに、俺を狙う何者かが行動を起こしたからに違いない、兜の思考は一度転がり出すと、思い込みの谷を、その底に辿り着くまで勢いよく落ちていくため、これは危機が訪れた、と判断していた。
世の中には真理はいくつかある。兜はまともに学校教育は受けずに生きてきたが、それゆえに、実体験として理解した常識や真実があった。
「それなら、一番いい食べ物を教えますよ」
「音が鳴らず、日持ちがするもの」
「私の場合は、魚肉ソーセージです」
何と、兜はのけぞる思いだった。
さらに強く握手を交わす。
妻に限らず女性は、いや人間は、と言うべきかもしれないが、とかく、「裏メッセージ」に敏感だ。相手の発した言葉の裏には、別の思惑、意味や批判、依頼が込められているのではないか、と推察し、受け止める。おそらく、言葉が最大のコミュニケーション方法となった人間ならではの、生き残るための能力の一つなのだろう。
「信頼を得るのはやはり、経験者です」
「ただ、どんな経験者も最初は初心者だ」
「その通りです。けれど、どんなものでもそうですが、二極化が進んでいます。つまり、有名な人はより有名に、無名の者はいつまでも無名のまま、と」
「天気の話は安全。確かに。ただ、あまり膨らまない」兜は日ごろから感じていることをそのまま口にしたたけだが、奈野村は、ぷっと噴き出し、「その通りですね」と同意した。
非情な殺し屋の話ですが、孤独な男たちの思わず洩らす切ない独白もあります。
『 AX/伊坂幸太郎/角川書店 』