ゆめ未来     

遊びをせんとや生れけむ....
好きなことを、心から楽しもうよ。
しなやかに、のびやかに毎日を過ごそう。

「AX」  私の場合は、魚肉ソーセージです

2018年06月18日 | もう一冊読んでみた
AX/伊坂幸太郎  2018.6.18=2  

中国の故事で、 「蛇に足を描き加えた話」 がこのミステリーに出てくるのだが、
このことわざ何だったか思い出せない。 蛇足。

    『蛇を画きて足を添う

【読み】 へびをえがきてあしをそう
【意味】 蛇を画きて足を添うとは、余計なつけ足し、なくてもよい無駄なもののたとえ。

     (故事ことわざ辞典より

      蛇足の話

さて、伊坂幸太郎氏の 『AX』 楽しく読みました。

「凄腕の殺し屋」である兜が、滑稽なほどの「恐妻家」。
兜の裏の生業がもたらす緊張感と妻に気を遣う傍目にも気の毒な(別の緊張感漂う)日々。
殺し屋でありながら、孤独な心優しい非情な男。
このギャップがたまらない。
親と子の愛情の話でもあるのです。

 「いつだって生きるのは大変なんだ

大人から、子供たちへの応援歌なのです。 いつだって生きるのは.......

 「私は社交的なほうではないですし、昔から暗いほうでしたしね、ようするにぱっとしないんですよ。子供から尊敬される父親とは言い難くて」
 「何を言ってるんですか」兜は声を強め、身を乗り出しかけた。
 もちろん頭によぎったのは、自分のことだ。「ぱっとする仕事って何ですか。暗いというのは、単に、静かに日々を楽しむことができる、ということですよ」明るい性格です、と自称する人間がえてして、他者を巻き込まなくては人生を楽しめないのを兜は知っている。「むしろ、真面目に生きてこられたお父さんを、息子さんは誇ったほうがいいです」
 「いや、三宅さん、誉めすぎですよ。どうしたんですか」
 「本心からですよ」

 「そんなに言ってもらって恐縮ですが、ただ、父親というのは、自分の子供には、尊敬というか」
 「分かります。がっかりしてほしくないですからね」


伊坂幸太郎の心優しい世界を堪能して下さい。

では、兜は、このミステリでどのように描かれているのか見てみましょう。

 「ほら、親父はそうやってすぐに、情報を組み合わせて、結論に飛びつくんだ。何でも結び付けたくなる。親父の、『なるほど』は要注意だ」
 自覚はなかったため、不本意であったが、兜言い返さなかった。「そういう側面もあるかもしれないな」と曖昧に応じた。

 「あなたには少し思い込みが激しいところがあります」
 「息子にもそう言われたことがある」思い込みではない。兜はムキになるところもあった。

 急に恐怖が全身を貫いた。これはまさに、俺を狙う何者かが行動を起こしたからに違いない、兜の思考は一度転がり出すと、思い込みの谷を、その底に辿り着くまで勢いよく落ちていくため、これは危機が訪れた、と判断していた。

 世の中には真理はいくつかある。兜はまともに学校教育は受けずに生きてきたが、それゆえに、実体験として理解した常識や真実があった。

 「それなら、一番いい食べ物を教えますよ」
 「音が鳴らず、日持ちがするもの」
 「私の場合は、魚肉ソーセージです
 何と、兜はのけぞる思いだった。
 さらに強く握手を交わす。

 妻に限らず女性は、いや人間は、と言うべきかもしれないが、とかく、「裏メッセージ」に敏感だ。相手の発した言葉の裏には、別の思惑、意味や批判、依頼が込められているのではないか、と推察し、受け止める。おそらく、言葉が最大のコミュニケーション方法となった人間ならではの、生き残るための能力の一つなのだろう。

 「信頼を得るのはやはり、経験者です」
 「ただ、どんな経験者も最初は初心者だ」
 「その通りです。けれど、どんなものでもそうですが、二極化が進んでいます。つまり、有名な人はより有名に、無名の者はいつまでも無名のまま、と」


 「天気の話は安全。確かに。ただ、あまり膨らまない」兜は日ごろから感じていることをそのまま口にしたたけだが、奈野村は、ぷっと噴き出し、「その通りですね」と同意した。


非情な殺し屋の話ですが、孤独な男たちの思わず洩らす切ない独白もあります。

        『 AX/伊坂幸太郎/角川書店 』


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「ホワイトラビット」  誘拐は、ビジネスとして割に合わない

2018年06月18日 | もう一冊読んでみた
ホワイトラビット/伊坂幸太郎  2018.6.18=1  

    2018年版 このミステリーがすごい!
    国内篇 第2位 ホワイトラビット


 誘拐には、リスクがある。ビジネスとして割に合わない。一般的にはそう言われている。いや、正確には、誰も、誘拐がビジネスたりえるかなど考えないのだが、事実として、割には合わない。だから彼らの属する組織は、そのリスクをできる限り低くするように工夫を凝らしていた。どのような業種においても、成功するのは、困難に対する対策を考える、創意のある者だから、彼らのグループがうまくやっているのは当然かもしれない。

このミステリーは、ユウモア一杯。 てんこ盛りなのだ。
ぼくは、ユーモア小説として読んだ。

しかし、これは ホント 切なかった。

 「お父さん、星の一生に比べれば、わたしたちの人生なんて、ほんの一瞬だけど」
 はい、生まれました。 はい、いろいろありました。 はい、死にました。 以前、愛華が言ったことを思い出す。


では、このあたりで、このミステリーの面白いところを覗いてみましょう。

 「誰だよ、それ」
 「オリオンの恋人の名前」
 「なんで知ってるんだよ。というかおまえ、その年で、女神とか言うなよ。気持ち悪い」
 「別に年齢は関係ないだろうに」猪田が少しむっとする。「それもオリオオリオに聞かされたんだよ。アルテミスの話ってのを。あの、いんちきコンサルタントは、オリオン座の話となるともう、だれかれ構わず講釈垂れ始めるだろ。オリオン座界の第一任者とでも自負してるのかねえ」

 真面目に、誰にも迷惑がかからないようにと生きてきたつもりなのに、常に目立たぬようにと日陰を選んできたというのに、いつも割を食う。どうしてなのか。自分が何をしたというのか。

 「人間というのは集団で生きているからな」黒澤が言う。「ルールを守ることに関しては敏感なんだ。ルールは自分たちから自由を奪う。ただ、そのルールによって秩序が、集団が守られている。ルールを破りたいが、破らないように、と昔から教え込まれている」
 「誰に教え込まれたんすか」
 「渡り鳥に、渡る時季を教えたやつだろうな」本能、と口にするのは大袈裟に感じ、黒澤はそう言い換えた。
 「それ誰でしたっけ」

 「俺たちは、ルールを破る奴は許せないんだ。せっかく自分たちが我慢して、ルールに従っているのに、何でおまえも我慢しないんだ、そのせいで秩序が壊れてしまう、と感じるようにできている。影響の小さいルール破りだろうが、瑣末な反則だろが、どんなものでも腹が立つ。しかも、相手が悪びれていなければ、許せるわけがない。集団を危機に陥れる可能性がある。だから自分に被害があろうがなかろうが、不愉快になる。」

 「前に親分が言ってたんすよ。自分が正しい、って思っている奴は怪しい。俺の言うとおりやれば間違いないのに! と考えている人間は、そのためには手段を選ばなくなるって。

 「真面目な奴ほど痛い目に遭う。架空請求だってそうだろ。身に覚えのない請求が来れば、問い合わせて、誤解を解こうとする。その結果、悪いやつに電話番号を知られる。不真面目な奴は、身に覚えのある請求だって無視している。結果的には、そっちのほうが被害は少ない」

 「とにかく、犯人へはもちろん連絡する。慌てるな。犯人もこの時点で、自棄を起こしはしないはずだ。立てこもり犯との交渉も恋愛みたいなもんじゃないのかな。一に駆け引き、二に我慢、三四がなくて五に強行突破」
 「課長、恋愛に強行突破は良くないんじゃないですか」

 「まあな。だいたい、誰かを騙す時ってのは、どうってことのない言い方をしてくるもんだからな」

 社会において、人の行動を自重させるのは、法や道徳ではなく、損得勘定だ。

 「仕事ってのは」と自分に言い聞かせるように洩らした。「人の人生の大半を食い尽くす化け物みたいだな」

 苦労や心配は、一人で抱え込むよりも、吐き出してしまったほうが気持ちは楽になる。


真面目な意見とは、真剣になればなるほど、どこか滑稽に聞こえてしまうんですよねえ。
深刻な場面で、深刻になれば成るほど、何故か笑えてきてしまうように。

      『 ホワイトラビット/伊坂幸太郎/新潮社 』


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