■監禁面接/ピエール・ルメートル 2019.5.6=2
おれは悲しい男になった。
彼女なしではなにごとも意味をなさない。
『悲しみのイレーヌ』
『その女アレックス』
『傷だらけのカミーユ』
『天国でまた会おう』
これらの作品の作者、ピエール・ルメートルだもの面白くない訳がない。
絶対、面白いはずだ。
2019年版 このミステリーがすごい!
海外篇 第8位 監禁面接
ぼくの感想では、ベスト5に入る面白さだった。
シャルルは、いつまでも心に残ってしまう。
「●●●、お主も悪よのう~」と、主人公のアラン・デランブルに言ってしまいそうです。
その人物像とは。
アラン・デランブル
おれは断じて暴力を振るうような人間じゃなかった。
なんとも……。いや、試験そのものはどうでもいい(結局のところ、生きているかぎり人は評価さけつづけるんだし)それよりショックだったのは、会場に入ったらおれがいちばん年上だったことだ。というよりおれが唯一の中高年だった。
おれとニコルには旧友が二人いた。ニコルの高校時代の同窓....おれが兵役で知り合って....職場の友人....バカンス先で知り合った....パパ友。だがみんな疎遠になった。たぶんおれたちに飽きたんだろう。心配ごとが同じでなくなると喜びも同じではなくなる。ニコルとおれは少々孤独だ。
ニコルに相談できなくなってから、そういうことを言ってくれる人間がいなかったのでありがたかった。わかっていることでも、時には誰かに言ってもらう必要があるんだとしみじみ思う。
ニコル
おれたちは四年前からなんとか沈むまいと一緒に闘ってきた。だが、ある日もう無理だと気づく。知らぬ間にどちらも自分の殻にこもっている。いくら息の合った夫婦でも、現実を同じように見ているわけじゃないんだし。そのことをニコルに言いたいのに頭に血が上ってうまく言えない。
シャルル
シャルルはもう一度家に住むという希望を完全に捨てたときからの日にちを数えている。「希望なんてな」と彼は人差し指を立てる。「人間どもがその条件を我慢して受け入れられるようにと、悪魔が作り出したひどいしろものにすぎん」。
つまりホームレスのあいだでさえ競争があり、強い者だけが、ライバルと差をつけられる者だけが生き残る。もしおれがホームレスになったら、シャルルのように生き残る側に回れるかどうか極めて怪しい。
さて、シャルルの口癖に、「唯一たしかなのは、なにごとにも予想どおりにゃならんってことさ」というのがある。そうシャルルは歴史上の名言とか長老然とした物言いを好む。
先日、シャルルが言っていたことをまた一つ思い出した(あいつは格言めいたことが好きだったな……)「誰かを殺したいなら、まずそいつがいちばん望むものをやれ。ほとんどの場合、それで事足りる」 シャルルがいないのが寂しくてたまらない。
ぼくも寂しい。
ロマン・アルキエ
ロマンは農家の息子で、彼の行動と反応のすべては農家ならではの心の枠組みによって決定される。つまり手にしたものは手放すなと体で覚えている。持っているものは持ちつづける。後生大事に。なんでもそうだ。もちろん仕事も。好きかどうかにかかわりなく、手にしたものは彼のもの、彼の所有物だ。
アレクサンドル・ドルフマン
ドルフマンは卓越した技を持っている。その技で数えきれないほどのコラボレーターだの秘書だのを震え上がらせ、虐げ、たじろがせ、うろたえさせ、転落へと追い込んできたのだろう。ドルフマンという存在はある単純明快な事実の結果でしかない。つまり、彼がいまこの地位にいるのはほかの全員を蹴落としてきたからだ。
きらりと光る一言が、物語の中で様々散見します。
システムにはシステムのモラルがある。
すでに後戻りできないところまで来ていて、終わらせ方もわからなかったのだろう。なにごともいちばん骨が折れるのは幕引きだ。
マネジメントにいわく、《自分のなかの幻想を見つけて遠ざけ、常に現実と、測定可能なものを優先せよ》。
このミステリを読み切るには、第一部 「そのまえ」 で挫折しないことが肝心です。
健闘を祈る。
『 監禁面接/ピエール・ルメートル/橘明美訳/文藝春秋 』