■青鉛筆の女/ゴードン・マカルパイン 2019.11.4
ハードボイル小説、編集者の手紙、パルプ・スリラーの三つの小説が入れ替わり立ち替わり登場するかたちで進んでいく、ちょつと変わった構成のミステリです。
冒頭部分のちょっと素適な紹介文。
二〇一四年八月三十日
カリフォルニア州ガーデンローブの、解体が予定されている家の屋根裏から埃まみれの貴重品箱が発見されて運びだされた。そのなかには三つのものが入っていた。ひとつは一九四五年にウィリアム・ソーンというペンネームで刊行されたパルプ・スパイスリラー。もうひとつはその本の編集者から、おもに著者にあてた手紙の束で、日付は一九四一年から四四年にわたっていた。最後はおなじ著者による未刊の中編小説で、第二次世界大戦中に軍が支給した便箋百二枚に手書きされ、ところどころ泥や血で汚されていた。その原稿にはタクミ・サトーという著者の本名が著名され、『改訂版』というタイトルが付されていた。
わくわくとさせられ読みたくなる誘い文ですね。
妄想の力には魅せられずにいられなかった。夢より強力な妄想。夢なら普通、悲惨すぎる場合は目覚めることができるが、妄想はもうひとつの世界で、母はそこから目覚めることができない。医師はそれを老人性精神疾患と呼んでいる。
「地獄に堕ちろ、チャーニチェク」
「ふたりともとっくに地獄に堕ちているのかもしれないとは考えなかったのか?」
「これは地獄なんかじゃないよ」
「どうしてそんなこと断言できる?」
「やるべき重要なことがあるからさ」
「だからおまえが好きなんだ」
「目が細くて、笑うと歯がむき出しになって、東洋ふうの陰険な考え方をするにしてしても、希望がないときにさえ希望を抱くからな。たとえば奥さんが殺された事件だ……。
迷宮入りになっている。だから自分で私立探偵をやるというわけか? 馬鹿馬鹿しい! 脳天気なジャップ、それがおまえだよ」
「フェアですね」
「何がフェアだ、馬鹿馬鹿しい!」老女は笑った。
「そんなもののためにここへ来たんでなけりゃいいが。運命なんてフェアなものではない。たとえばこの部屋をちょっと見回してごらん。そして自分の心のなかをのぞくんだ、心が傷ついて心配しているからこそあんたはここへ来たんだろ、占いなんて信じてもいないくせに」
「青鉛筆の女」とは、この編集者のことらしい。
なぜなら、
この人物が女性であること。
当時、編集者は原稿を「青鉛筆」で校正していたらしい。
『 青鉛筆の女/ゴードン・マカルパイン/古賀弥生訳/創元推理文庫 』
ハードボイル小説、編集者の手紙、パルプ・スリラーの三つの小説が入れ替わり立ち替わり登場するかたちで進んでいく、ちょつと変わった構成のミステリです。
冒頭部分のちょっと素適な紹介文。
二〇一四年八月三十日
カリフォルニア州ガーデンローブの、解体が予定されている家の屋根裏から埃まみれの貴重品箱が発見されて運びだされた。そのなかには三つのものが入っていた。ひとつは一九四五年にウィリアム・ソーンというペンネームで刊行されたパルプ・スパイスリラー。もうひとつはその本の編集者から、おもに著者にあてた手紙の束で、日付は一九四一年から四四年にわたっていた。最後はおなじ著者による未刊の中編小説で、第二次世界大戦中に軍が支給した便箋百二枚に手書きされ、ところどころ泥や血で汚されていた。その原稿にはタクミ・サトーという著者の本名が著名され、『改訂版』というタイトルが付されていた。
わくわくとさせられ読みたくなる誘い文ですね。
妄想の力には魅せられずにいられなかった。夢より強力な妄想。夢なら普通、悲惨すぎる場合は目覚めることができるが、妄想はもうひとつの世界で、母はそこから目覚めることができない。医師はそれを老人性精神疾患と呼んでいる。
「地獄に堕ちろ、チャーニチェク」
「ふたりともとっくに地獄に堕ちているのかもしれないとは考えなかったのか?」
「これは地獄なんかじゃないよ」
「どうしてそんなこと断言できる?」
「やるべき重要なことがあるからさ」
「だからおまえが好きなんだ」
「目が細くて、笑うと歯がむき出しになって、東洋ふうの陰険な考え方をするにしてしても、希望がないときにさえ希望を抱くからな。たとえば奥さんが殺された事件だ……。
迷宮入りになっている。だから自分で私立探偵をやるというわけか? 馬鹿馬鹿しい! 脳天気なジャップ、それがおまえだよ」
「フェアですね」
「何がフェアだ、馬鹿馬鹿しい!」老女は笑った。
「そんなもののためにここへ来たんでなけりゃいいが。運命なんてフェアなものではない。たとえばこの部屋をちょっと見回してごらん。そして自分の心のなかをのぞくんだ、心が傷ついて心配しているからこそあんたはここへ来たんだろ、占いなんて信じてもいないくせに」
「青鉛筆の女」とは、この編集者のことらしい。
なぜなら、
この人物が女性であること。
当時、編集者は原稿を「青鉛筆」で校正していたらしい。
『 青鉛筆の女/ゴードン・マカルパイン/古賀弥生訳/創元推理文庫 』