■スノーマン(上・下)/ジョー・ネスボ 2019.11.25
『スノーマン下』 で、ぼくが心動かされたのはブラットとハリーの関係でした。
孤独と悲しみのハリーとブラット。
ブラットは、悲しみにまみれ孤独なのだ。
ブラットのことを考えるとその悲しみに耐えられない。我が子であれば、抱きしめていただろう。
ハリーの孤独は、その悲しみを生きる姿が読ませるのだが。
不思議に思うのは、「スノーマン」のハリーと、「レパード」のハリーが、同一人物とはぼくには思えない。
スノーマンのハリーの方が好感が持てる。
レパードのハリーとは友だちになれない。
将に、「橋の下をたくさんの水が流れたのだ。古傷だ。時は移り、人は変わるのだ。」
心和ませるのは、ハリーのオレグに対する父親のような愛情だろうか。
また、幼なじみのトレスコーの存在はハリーの孤独を和らげてくれる。
ハリーはブラットを観察しおれはどうして彼女と同じように興奮を感じないのだろう、逮捕したときの陶酔にも似た歓びも感じたことがないように思われるのはなぜだろう、と訝った。やってくるのが遅すぎたという虚しい思いにすぐに取って代わられると、焼け跡を操作する消防士のような気分になると、あらかじめわかってしまってからだろうか。そうかもしれない。
「いいことを教えてあげましょうか、ヘル・ホーレ。あなたは不愉快な真実を暴くことを仕事にしているわりには、嘘を生きることを間違いなく楽しんでいるのよ」
諦めるか、と弱気が頭をもたげはじめた。ハリーは即座にそれを否定した----馬鹿な!諦めてたまるか! FBIで訓練を受けているときに、十年以上経ってから犯人が捕まった事件があることを学んだだろう。通常、事件を解決に導くのは、たまたま出くわした小さな事柄だが、実際に犯人逮捕までたどり着くことができるとすれば、それは捜査陣が決して諦めず、十五ラウンドをフルに戦い抜いて、それでもまだ相手が倒れなければ、再戦を挑むからだ。
ハリーはヴィンデレンの路面電車乗り場を通り過ぎた。亡霊がちらちらと瞼の裏で瞬いた。カー・チェイス、衝突、同僚の死体。運転していたのはハリーで、酒気を帯びていないかどうかの検査を受けるべきだったという噂。遠い昔のことだ。橋の下をたくさんの水が流れたのだ。古傷だ。時は移り、人は変わるのだ。
ブラットはゆっくりと首を横に振りはじめていたが、やがて、本土のほうを指さした。
「わたしは二時間もあそこのボートハウスであなたを待っていたのよ、ハリー。だって、くることはわかっていたんだもの。わたしはあなたを研究していたの。あなたは探しているものを見つけずにはおかない人よ。
だから、わたしはあなたを選んだのよ」
「おれを選んだ?」
「そう、選んだの。わたしのために<雪だるま>を見つけてもらおうと思ってね。だから、あなたに手紙を送ったのよ」
「自分で見つけられたんじゃないのか? おまえさんならそんなに難しいことでもなかっただろうに」
彼女は首を振った。「やってみたわよ、ハリー。何年も努力したわ。そのあげく、独力では無理だととうとうわかったの、あなたでないとだめなのよ。連続殺人犯逮捕に成功したのはあなたしかないの。わたしにはハリー・ホーレが必要だったのよ」
「それは彼女があなたみたいだから? 彼女じゃなくて、あなただったかもしれないから?」
おれとブラットが似ているなんてラケルに話したことがあったかな、とハリーは訝った。
「彼女は孤独で、とても怯えているみたいだった」ハリーは言った。眼のなかに雪片が飛び込んできた。「夕暮れどきに道に迷っただれかみたいだったんだ」
くそ、くそ、くそ! ハリーは瞬きした。涙がこみ上げてくるのがわかった。まるで硬い拳が喉元に迫り上がってこようとしているかのようだった。おれは壊れはじめているのか?
ラケルの温かい手が首筋を撫でてくれ、ハリーは動けなかった。
『 スノーマン(上・下)/ジョー・ネスボ/戸田裕之訳/集英社文庫 』
『スノーマン下』 で、ぼくが心動かされたのはブラットとハリーの関係でした。
孤独と悲しみのハリーとブラット。
ブラットは、悲しみにまみれ孤独なのだ。
ブラットのことを考えるとその悲しみに耐えられない。我が子であれば、抱きしめていただろう。
ハリーの孤独は、その悲しみを生きる姿が読ませるのだが。
不思議に思うのは、「スノーマン」のハリーと、「レパード」のハリーが、同一人物とはぼくには思えない。
スノーマンのハリーの方が好感が持てる。
レパードのハリーとは友だちになれない。
将に、「橋の下をたくさんの水が流れたのだ。古傷だ。時は移り、人は変わるのだ。」
心和ませるのは、ハリーのオレグに対する父親のような愛情だろうか。
また、幼なじみのトレスコーの存在はハリーの孤独を和らげてくれる。
ハリーはブラットを観察しおれはどうして彼女と同じように興奮を感じないのだろう、逮捕したときの陶酔にも似た歓びも感じたことがないように思われるのはなぜだろう、と訝った。やってくるのが遅すぎたという虚しい思いにすぐに取って代わられると、焼け跡を操作する消防士のような気分になると、あらかじめわかってしまってからだろうか。そうかもしれない。
「いいことを教えてあげましょうか、ヘル・ホーレ。あなたは不愉快な真実を暴くことを仕事にしているわりには、嘘を生きることを間違いなく楽しんでいるのよ」
諦めるか、と弱気が頭をもたげはじめた。ハリーは即座にそれを否定した----馬鹿な!諦めてたまるか! FBIで訓練を受けているときに、十年以上経ってから犯人が捕まった事件があることを学んだだろう。通常、事件を解決に導くのは、たまたま出くわした小さな事柄だが、実際に犯人逮捕までたどり着くことができるとすれば、それは捜査陣が決して諦めず、十五ラウンドをフルに戦い抜いて、それでもまだ相手が倒れなければ、再戦を挑むからだ。
ハリーはヴィンデレンの路面電車乗り場を通り過ぎた。亡霊がちらちらと瞼の裏で瞬いた。カー・チェイス、衝突、同僚の死体。運転していたのはハリーで、酒気を帯びていないかどうかの検査を受けるべきだったという噂。遠い昔のことだ。橋の下をたくさんの水が流れたのだ。古傷だ。時は移り、人は変わるのだ。
ブラットはゆっくりと首を横に振りはじめていたが、やがて、本土のほうを指さした。
「わたしは二時間もあそこのボートハウスであなたを待っていたのよ、ハリー。だって、くることはわかっていたんだもの。わたしはあなたを研究していたの。あなたは探しているものを見つけずにはおかない人よ。
だから、わたしはあなたを選んだのよ」
「おれを選んだ?」
「そう、選んだの。わたしのために<雪だるま>を見つけてもらおうと思ってね。だから、あなたに手紙を送ったのよ」
「自分で見つけられたんじゃないのか? おまえさんならそんなに難しいことでもなかっただろうに」
彼女は首を振った。「やってみたわよ、ハリー。何年も努力したわ。そのあげく、独力では無理だととうとうわかったの、あなたでないとだめなのよ。連続殺人犯逮捕に成功したのはあなたしかないの。わたしにはハリー・ホーレが必要だったのよ」
「それは彼女があなたみたいだから? 彼女じゃなくて、あなただったかもしれないから?」
おれとブラットが似ているなんてラケルに話したことがあったかな、とハリーは訝った。
「彼女は孤独で、とても怯えているみたいだった」ハリーは言った。眼のなかに雪片が飛び込んできた。「夕暮れどきに道に迷っただれかみたいだったんだ」
くそ、くそ、くそ! ハリーは瞬きした。涙がこみ上げてくるのがわかった。まるで硬い拳が喉元に迫り上がってこようとしているかのようだった。おれは壊れはじめているのか?
ラケルの温かい手が首筋を撫でてくれ、ハリーは動けなかった。
『 スノーマン(上・下)/ジョー・ネスボ/戸田裕之訳/集英社文庫 』