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好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

優しい彗星 第一話

2024年09月05日 | 魔道祖師 鬼滅の刃パラレル二次創作小説「優しい彗星」
「魔道祖師」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。

「お父様、起きて下さい!」
「ん~、もう少し・・」
子供達に叩き起こされながらも、魏無羨はキングサイズのベッドの中で寝返りを打っていた。
しかし、魏嬰は頭から被っていたシーツを勢いよく剥がされ、彼は悲鳴と共にベッドから転がり落ちた。
「何するんだよ、藍湛!」
「魏嬰、もう起きる時間だ。」
「藍湛ぁん・・」
「そんなに甘えても駄目だ。」
「え~!」
頬を膨らませて拗ねる“妻”の髪を、彼の“夫”である藍湛は優しく黄楊の櫛で梳き始めた。
「今日は、早く仕事を終わらせて帰って来る。」
「わかった。」
「お父様、行ってらっしゃい!」
「行って来る。」
「お土産、買って来てね!」
「余り我儘言うなよ。」
「は~い!」
玄関先で家族に見送られながら、藍湛は出勤した。
今の生活を送れるのは、自分を支えてくれた妻の―魏嬰のお陰だ。
男同士でありながらも、藍湛は魏嬰と惹かれ合い、夫夫となり、男同士で四人の子宝を授かった。
藍湛は、職場で只管帳簿とにらめっこしながら、妻と子供達の事を想っていた。
「お疲れ様です。」
「藍君、この後一杯どうかね?」
「課長、彼もう帰りましたよ。」
「はぁ、つれないな。」
「まぁ、彼は愛妻家ですからね。」
「そういえば、この前お弁当届けに来ていましたよね、藍さんの奥さん。“うちの主人をお願い致します。”って、挨拶してくれましたよ。美人で優しい方でしたよ。」
「そうか。」
「お子さん達も可愛いし礼儀正しい子達でしたよ。将来が楽しみです。」
「そりゃぁ、あんな美人の嫁さんと可愛い子供達が居たら、寄り道したくないよなぁ!」
同僚達がそんな事を話しながら酒を酌み交わしている頃、藍湛は家路を急いでいた。
「ありがとうございました!」
途中で立ち寄った簪や櫛を売っている店で、彼は魏嬰の髪に似合いそうな真紅のリボンを購入した。
店から出ると、外は雪が降っていた。
(雪か・・)
そういえば、初めて魏嬰と会った日は雪が降る日だった。
その日、藍湛は江家の令嬢と見合いする予定だったが、その見合いの席に付き添いとして同席していた魏嬰に一目惚れしてしまったのだ。
「兄上、決めました・・わたしは彼を、妻として迎え、姑蘇へ連れて帰ります。」
藍湛の爆弾発言で両家の縁談は破談となった。
「本気か、忘機!?男の嫁など藍家は認めん!」
「ならば縁を切るまでです。」
「なっ・・」
藍湛の叔父である藍啓仁は、甥の言葉を聞いて吐血した。
「もう心を決めたのだね?」
「はい、兄上。」
「そうか。ならば己の心に従いなさい。」
「兄上・・」
「彼と、幸せになりなさい。」
そう言って笑顔で自分を送り出してくれた兄に背を向け、藍湛は魏嬰と共に新たな人生を歩き出した。
生活は余り楽ではなかったが、四人の子供達と妻である魏嬰の存在は何よりも代え難いものだった。
「ただいま。」
家に着くと、いつも玄関先で元気よく出迎えてくれる妻子の姿は、そこにはなかった。
それに、賑やかな笑い声に満ちている家の中は、不気味な程静まり返っていた。
「魏嬰?」
藍湛が家の中に入ると、彼は何かに躓(つまず)いて転びそうになった。
それは、変わり果てた四人の内二人の子供達だった。
「あ・・」
二人は、全身傷だらけで、腸は獣に食いちぎられたかのように無惨に引き裂かれていた。
(そんな・・どうして・・)
 藍湛は、残っている二人の子供達と、魏嬰の姿を捜した。
三人は、家の裏口で倒れていた。
魏嬰に抱かれていた二人の子供達は息絶えていたが、その姿は血塗れだったが死に顔は美しかった。
「魏嬰、しっかりしろ!」
藍湛が魏嬰を揺さ振ると、彼は微かに呻いた。
生きている―ただ、それだけで嬉しかった。
しかし、彼の背に大きな傷を見つめた藍湛は、すぐさま彼を背負って雪降る森の中を走り出した。
彼をこのまま、死なせる訳にはいかない。
白い息を吐き、背中越しに伝わる魏嬰の体温を感じながら、藍湛はひたすら森の中を走っていた。
(絶対に、死なせない!)
暫く魏嬰を背負いながら走っていると、魏嬰が突然暴れ始めた。
「どうしたんだ、魏嬰!?」
藍湛が魏嬰の方を見ると、彼は白目を剥いて獣のように唸っていた。
「魏嬰、わたしだ!」
藍湛が必死に呼びかけても、魏嬰は唸って暴れるだけだった。
「お願いだ魏嬰、しっかりしてくれ!」
魏嬰を何とか落ち着かせようとしたが、彼は暴れるだけだった。
あと少しで、彼を医者に診せてやれるのに―そんな事を思っていると、突然藍湛の前に一人の男が現れた。
「気配を感じて来てみたら・・あれか。」
男は冷やかな目で藍湛に背負われている魏嬰を見ると、腰に帯びていた刀を抜いた。
「やめてくれ!」
藍湛は咄嗟に剣を抜くと、男と応戦したが、その拍子に彼は背負っていた魏嬰を振り落としてしまった。
その所為で、魏嬰は目を血走らせながら唸ると、藍湛に襲い掛かって来た。
「魏嬰、やめてくれ!」
藍湛は必死に魏嬰に呼び掛けたが、魏嬰はただ唸っていた。
剣を咄嗟に魏嬰との間に出したが、魏嬰はその硬い刃を砕こうとしているかのように、ギリギリとそれを鋭い牙で噛んだ。
「魏嬰・・」
藍湛がそう言って魏嬰を見ると、突然雫のようなものが自分の頬を濡らした。
魏嬰は、泣いていた。
「魏嬰?」
彼の背後に迫る影に気づいた藍湛は、そのまま男と刃と交えたが、男に左肩と左足を斬られ、よろめいた。
「哀れな奴め、鬼諸共斬り殺してやる。」
魏嬰は、男に向かって唸ると、まるで藍湛を守るかのように彼の前に立った。
「魏嬰・・」
「夜が明けたら、温寧という小僧に会え。その者を、鬼から人へと戻す方法があるかもしれん。」
「待って、あなたは・・」
「さらばだ。」
男は、魏嬰の首に手刀を打つと、気絶した彼の口に竹の棒を咥えさせた。
「魏嬰・・」
「む~」
藍湛は、起き上がった魏嬰の黒髪に、真紅のリボンを結んだ。
「うん、似合っている。」
「む~、む~」
色素の薄い魏嬰の瞳は、何処か嬉しそうに輝いて見えた。
「行こう。」
「む~」
差し出された藍湛の手を、魏嬰はしっかりと握った。
二人が歩いた足跡は、たちまち雪によって消えていった。
「・・そうか。」
「これからあの二人をいかがなさいますか?」
「・・放っておけ。」

御簾の向こうで、“彼”はそう言った後笑った。


「ん・・」
「藍湛、起きろ!」
藍湛が目を開けると、そこには珍しく台所に立っている魏嬰の姿があった。
「魏嬰・・」
「どうしたんだ、そんな顔をして?早く顔、洗って来いよ。」
(一体、どういう事だ?)
昨夜、魏嬰と子供達は何者かに襲われた筈。
それなのに、彼らはいつもと変わらぬ姿で自分の前に立っている。
(あれは、夢だったのか・・)
藍湛が顔を洗い鏡を見ると、自分の背後に“何か”の影が横切った。
「魏嬰?」
「・・どうして、俺達を助けてくれなかったの?」
そう言った魏嬰の全身は、血塗れだった。
「魏嬰、何処だ、魏嬰!」
「む~?」
「あら、漸く目を覚ましたのね。」
そう言って藍湛の顔を覗き込んだのは、気が強そうな女だった。
「あなたは・・」
「初めまして、わたしはここで医師をしている温情よ。あなたの奥さんの事は、少し調べさせて貰ったわ。」
「魏嬰は・・」
「あなたの奥さんは、完全な鬼ではないわ。だから、人に戻す方法はゼロではないわ。」
「そうですか・・」
「今夜は、わたし達の家で休んで。」
「わかりました。」
藍湛は、温情に頭を下げると、彼女が用意してくれた部屋で魏嬰と休む事にした。
「む~」
胸が突然重くなる感覚がして、藍湛が目を開けると、自分の上に覆い被さっている魏嬰の姿があった。
「魏嬰、どうしたんだ?眠れないのか?」
魏嬰はじっと藍湛を見つめた後、彼の陽物を布越しに触り始めた。
「魏嬰、何を・・」
藍湛がじっと魏嬰を見ると、彼はおもむろに自分の夜着を脱ぎ始めた。
「む~」
「魏嬰・・」
「む~」
藍湛が魏嬰の夜着を着せようとしたら、彼は不満そうな顔をして唸った。
(もしかして・・)
「魏嬰、したいのか?」
「む~」
「魏嬰・・一晩中寝かせないから、覚悟して。」
「姉さん、何だか向こうの部屋が・・」
「放っておきなさい。」
「でも・・」
「夫夫の事に口出しはしない。」
「はい・・」
温情はそう言うと、あの夫夫が居る部屋の方を見た。
翌朝、朝食を食べに来た藍湛の隣に居る魏嬰の首筋に噛み痕がある事に気づいた温寧だったが、何も言わなかった。
「魏嬰、これも食べて。」
「む~」
魏嬰は、藍湛に朝食を食べさせて貰っていた。
「あなた、こんな呪物を外すなんて、凄い力の持ち主ね。」
「ただの竹の棒だったので。」
「あなた、只者じゃないわね。」
温情はそう言うと、溜息を吐いた。
「あなた、これからどうするつもりなの?」
「わからないんです・・何故、魏嬰が襲われたのか・・」
「そう。あなた、確か藍家の方よね?」
「はい。実家とは、もう縁を切った身なので・・」
「実は昨夜、あなた達が部屋で休んでいる時に、あなたのお兄さん・・沢蕪君が来たのよ。」
「兄上が?」
「ええ。」
温情は、昨夜の事を藍湛に話した。
「お邪魔するよ。」
「まぁ、沢蕪君、あなた様のような方が何故こちらに?」
「弟夫夫を探していてね。こちらに来ていないだろうか?」
「いいえ、来ておりませんが。一体、何があったのですか?」
「実は・・」
沢蕪君こと藍曦臣は、温情に弟夫夫が襲撃され、彼らが行方不明になった事を話した。
「何か、弟夫夫の消息がわかるような事はないだろうか?会えないとしても、彼らの安否を知りたいのです。」
「わかりました・・」
温情は、藍湛と魏嬰を匿っている事を話した。
「そうですか、兄上が・・」
「安心して、あなたの奥さんが鬼になった事は話していないわ。」
「わたしは、兄上に合わせる顔がありません。」
「あなたのお兄様は、あなたの事を心配なさっていたわよ。一度だけ、会ってみたらどうかしら?」
「はい・・」
電話をお借り出来ますか、と藍湛が温情に尋ねると、彼女は静かに頷いた。
『もしもし、どちらにお繋ぎ致しますか?』
「藍家をお願い致します。」
暫く電話室で藍湛が電話を握り締めていると、受話器越しに兄の声が聞こえて来た。
『忘機、忘機なのかい?』
「兄上、お久しぶりです。」
一度会わないか、と兄から言われた藍湛は、温情に魏嬰を預け、喫茶店で兄と会う事にした。
「魏嬰、大人しくしているんだぞ。」
「む~、む~!」
「すぐに戻って来るから。」
愚図る魏嬰を温情に任せ、藍湛は兄が待つ喫茶店へと向かった。
「兄上、お久しぶりです。」
「忘機、無事で良かった。」
そう言って曦臣は、藍湛に微笑んだ。
「あの時、わたしがちゃんとお前達の結婚を認めていれば、こんな事にはならなかったのではないかと思っているよ。」
曦臣は、女給に珈琲を二つ頼んだ後、そう言って溜息を吐いた。
「謝るのはわたしの方ですよ、兄上。」
「魏嬰は・・魏公子はどうしている?」
「彼は・・元気です。」
「そうか。」
曦臣は運ばれて来た珈琲を一口飲むと、藍湛の言葉を聞いて安堵の溜息を吐いた。
「叔父上は、お前達の事を許すと言っている。お前達の結婚について未だに口さがない事を言う連中が居るが・・」
「わたしは家を捨てるつもりで、彼と一緒になる事を決めました。」
「それはそうだが、今回の事件で叔父上はお前達の結婚を許さなかった自分に責任があると言ってね・・出来れば、お前達には藍家に戻って欲しいと・・」
「兄上、わたしは・・」
「すぐに答えを出さなくても良い。ただ、わたし達はお前達の事をとうに許している。顔を合わせたくないというのなら、せめて手紙のやり取りだけでもして貰えないだろうか?」
「・・暫く、考える時間を下さい。」
「わかった。今日は、会えて嬉しかったよ。」
「わたしもです。」
喫茶店から出て温情達の家へと戻った藍湛は、部屋の中が荒れている事に気づいた。
(これは、一体・・)
「温寧、そっちに行ったわよ!」
「姉上・・」
「む~!」
奥の方から叫び声と慌しい足音が聞こえ、突然藍湛達の前に魏嬰が現れた。
「む~!」
「一体、何があったのですか?」
「あなたの奥さんをお風呂に入れようとしたら、突然暴れ出して・・」
「魏嬰、大丈夫だ、わたしはここに居る。」
「む~」
藍湛が混乱している魏嬰にそう話し掛けて彼の背を優しく擦ると、彼は落ち着いた。
「すいません、ご迷惑をお掛けしました。」
「いいえ、いいのよ。」
「どうやら、魏公子は含光君が居ないと不安になるようですね。」
「む~」
「魏嬰、わたしは何処にも行かないから安心して。」
「む~、む~!」
魏嬰は、嬉しそうな声を出した。
「ねぇ、あなたこれから服はどうするの?着替えは持っていないようだけれど・・」
「はい・・あの事件の時、無我夢中で魏嬰を助ける事しか考えていなかったので・・」
「そう。じゃぁ明日、このお店に行って。わたしの知り合いが経営しているお店だから、話を通すわ。」
「わかりました。」
翌日、藍湛は魏嬰を連れて、温情の知人が経営している洋装店へと向かった。
「いらっしゃいませ。温情様からお話は伺っております。さぁ、あちらへどうぞ。」
品の良さそうな店主に案内され、二人は奥の部屋へと向かった。
そこには、様々な色や種類がある生地が壁に掛けられていた。
「魏嬰、どんな服が欲しい?」
「む~」
魏嬰が指したのは、黒地に蓮の刺繍が施された布だった。
「奥様はお目が高い。こちらは先日大陸の方から取り寄せた一級品です。奥様のお肌に合うかと・・」
「それを、このような服にしてくれないだろうか?」
「かしこまりました。」
洋装店で洋服を何着か注文した後、藍湛が魏嬰を連れて町を歩いていると、洋菓子店の前で魏嬰が急に立ち止まった。
「どうした、魏嬰?」
藍湛が店の中を覗き込むと、そこには何組かの家族連れがケーキが入った箱を抱えて笑顔を浮かべていた。
(クリスマスか・・)
この日、毎年二人は四人の子供達と共にクリスマスを祝っていた。
だが今年は・・
「む~」
「行こう、魏嬰。」
「む~」
藍湛は店の前で愚図る魏嬰に負け、店でケーキを買って帰った。
「まぁ、可愛いケーキね。早速頂きましょう。」
「はい、姉上。」
「良かったな、魏嬰。」
「む~」
そんな四人の様子を、一人の女中が物陰からこっそり見ていた。
「何かあったのか?」
「何も。」
「そうか。」
女中は男に一礼すると、その場から去っていった。
「・・漸く、見つけた。」
男はそう呟くと、藍湛が居る温情の家を見た後、笑って姿を消した。
「どうかされましたか、姉上?」
「いいえ、何でもないわ。」

(今、誰かに見られていたような・・)

「どうかされたのですか、姉上?」
「何でもないわ。」
温情は、ここ数日間何者かの執拗な視線を感じていた。
「温寧、最近誰かに見られているような気がするの。もしかして、この家の場所がバレたのかしら?」
「そうかもしれないね・・」
「結界を強化しないと・・」
女中は、二人の会話を聞いた後、男に連絡を取ろうと庭へと出た。
だが、そこには藍湛が居た。
「何処へ行く?」
「あ、あの・・」
「君、その手に握っている物を出しなさい。」
「え、それは・・」
女中は慌てて男に渡そうとしていた手紙を背に隠そうとしたが、遅かった。
「あなたには暇を出すわ、荷物をまとめてここから出て行きなさい。」
「は、はい・・」
男はその様子を通りから見た後、路地裏に消えた。
「そうか、バレてしまったのなら仕方ない。こちらから“挨拶”をしに行くとしよう。」
「ですが・・」
「何か問題でもあるのか?」
「い、いいえ・・」
御簾の向こうに居た男―金光瑤は、そう言うと笑いながらそこから出た。
その夜、遠くで犬が吠えている声が聞こえ、藍湛は目を覚ました。
その声を聞いた魏嬰は、怯えて藍湛に抱きついた。
「魏嬰、大丈夫だから・・」
「む~」
「大変よ・・あいつが・・金光瑤が来たわ!」
「魏嬰、ここに居て。」
藍湛が部屋から中庭へと出ると、金光瑤が彼に気づいて微笑んだ。
「藍公子、お久し振りです。」
「どうして、ここが・・」
「わかったか、ですって?」
金光瑤は、魏嬰が居る部屋へと目を向けた。
「あなたの“妻”を鬼にしたのは、このわたしですからね。血の匂いを辿れば、あなた方の居場所などわかりますよ。」
「貴様・・」
藍湛は、腰に帯びている愛刀・避塵を鞘から抜くと、その刃を金光瑤に向けた。
「わたしをここで斬るつもりですか?それであなたの奥様が元に戻るとでも?あぁ、そうなったら、あなたの奥様は死にますよ。」
「それは、一体どういう事だ?」
「わたしが死ねば、あなたの奥様の中に流れる血が毒となってあなたの奥様を害します。」
「そんなの、嘘だ!」
「では、試してみますか?」
まるで藍湛を挑発するかのように、金光瑤はそう言って笑った。
「藍公子、彼の言葉を聞いては駄目!」
温情はそう言うと、金光瑤を睨みつけた。
「あなたは、わざと彼を怒らせて、その隙に魏嬰さんを我がものにしようとしているんでしょう?」
「ふふ、あははっ!」
夜の闇を切り裂くかのように、金光瑤は突然大声で笑い出した。
「あなたは、わたしの事を何でもご存知のようですね。まぁ、それはあなたが鬼になったからでしょうね。」
「姉上・・?」
「あの時は、仕方なかった!わたしが鬼なったのは、子供の成長を見届けたかったからよ!」
そう叫んだ温情の目には、涙が溜まっていた。
「あなたが魏嬰さんを我がものにしようとしているのは、あなたの唯一の弱点をあなたが克服したいから、そうでしょう!?」
「ええ、そうですよ。わたしは、超人的な力と完璧な美を手に入れた。わたしは完璧で美しい・・太陽の下を歩けない事以外は!」
藍湛は、東の空が少しずつ白み始めている事に気づいた。
「む~!」
「藍湛、こちらに来てはいけない!」
「む~!」
「ふふ、獲物がこちらからやって来るとは、好都合ですね。」
金光瑤はそう言って笑うと、魏嬰の方へと触手を伸ばしたが、それを藍湛が愛刀で切り落とした。
「また会いましょう。」
「待て!」
朝日が昇る前に、金光瑤は藍湛達の前から去っていった。
「む~」
「大丈夫、怪我は無い、魏嬰?」
「む~」
朝日が昇り、魏嬰は藍湛に抱きついた。
「その顔は、焼けていないわ・・鬼は、太陽に焼かれて死んでしまうのに・・」
「そうなのですか?」
「ええ。あいつがさっき逃げたのは、日光を浴びたくなかったからよ。あいつはこれからも、魏嬰さんを狙って来るわ。」
「温情さんも、鬼なのですか?」
「ええ。わたしは、子供の為に鬼になった・・でも、その所為でわたしは愛する家族を喰い殺してしまった。わたしは、金光瑤を倒す!」
「姉上、わたしもお供します!」
「ここを離れるわ、急いで荷物をまとめて!」
温情の指示に従い、魏嬰は荷物をまとめ、隠れ家を後にした。
「これから、どうすれば・・」
「あの方に、会いにいかなくては・・」
「あの方?」
「金光瑤を倒す為に、結成された組織があるの。その名は―」
「光瑤様、お帰りなさいませ。」
「お帰りなさいませ。」
「彼らを集めなさい。」
「はい。」
太陽を克服する為、金光瑤は魏嬰を拉致しようと企んでいた。
「着いたわ、ここよ。」
魏嬰を連れた藍湛が温情に連れられて向かった先は、街中にある家だった。
「人里離れた家の方が、鬼に狙われにくいのでは?」
「街中に居る方が、山奥に居る方よりも安全なの。」
温情はそう言うと、新しい隠れ家の中へと入った。
隠れ家の中には、いくつか隠し部屋があった。
「ここが、外へと繋がる隠し通路よ。何かあった時は、“彼ら”に文を送って。」
「“彼ら”?」
「今来たわ。」
一羽の烏が、鋭いくちばしでコンコンと窓を叩いていた。
「この烏は?」
「“彼ら”の伝達手段よ。」
温情は窓を開け、烏を家の中に入れた。
藍湛が烏の方を見ると、烏の足に文のようなものがくくりつけられている事に気づいた。
『至急、屋敷へ来るように。』
「呼び出されたわね、あなた。」
「この文の送り主は、一体誰なのですか?」
「それは、会ってみればわかるわ。」
温情達に見送られ、藍湛は魏嬰と共に、文の送り主の元へと向かった。
そこは、美しい藤の花に囲まれた屋敷だった。
(ここは、一体・・)
「お前か、鬼を飼っているのは?」
藍湛が魏嬰と一緒に屋敷内を歩いていると、一人の少年が彼らに声を掛けて来た。
「君は、誰?」
「誰だっていいだろ。こいつ、鬼なのに日光を浴びても平気なんだな。」
少年はそう言いながら、ジロジロと魏嬰を見た。
「む~」
「魏嬰、大人しくして。」
藍湛が愚図る魏嬰を宥めていると、誰かが屋敷の奥から出て来る気配がした。
「お館様の、おなりです。」
屋敷に集まった人々が向ける視線の先には、一人の若い男が立っていた。
彼は薄い紫の瞳で、藍湛と手を繋いでいる魏嬰を見て、こう言った。
「漸く、会えたね。」
「む~?」
「あなたは・・」
「わたしは、加賀屋輝人。君の奥さんを守り、金光瑤を倒す為に作られた―いや、その使命を課せられた者だ。」
男はそう言うと、笑った。
「そうか。金光瑤が君の奥さんを鬼に・・」
「温情さんから、魏嬰はまだ人ととして可能性があると・・」
「わたしも、そう思う。金光瑤に鬼にされた者は、日光を浴びると死んでしまう。しかし、君の奥さんはそうではない。」
「む~」
「今まで、君の奥さんは何を食べていた?」
「普通の、人の食べ物です。」
「そうか。では、君の奥さんが一度も人を喰った事がないというのは、珍しいね。」
男―加賀屋輝人はそう言うと、魏嬰の頭を撫でた。
「む~」
魏嬰は嬉しそうな声を出して笑った。
「この子は、人懐っこいね。」
輝人がそう言いながら魏嬰の髪を梳いていると、藍湛が恨めしそうな目で自分を見ている事に気づいた。
「ごめん、少しふざけすぎたね。」
「魏嬰、おいで。」
「む~」
 少し魏嬰は拗ねたように唇を尖らせると、藍湛の元へと駆け寄って来た。
「温情さんから聞きましたが、あなたがある組織の主・・」
「あぁ、そうだよ。」
 輝人はそう言うと、そっと藍湛へと手を差し伸べた。
「ようこそ。これから、共に金光瑤を倒そう。」
「・・はい。」
藍湛はそっと、輝人の手を握った。
こうして、藍湛は組織―暁隊の一員となった。
「・・そう、彼が・・」
「如何致しましょう、光瑤様?」
「引き続き、あの二人を探れ。」
「はい。」
(さぁ、これからが始まりだ。)
金光瑤はそう思いながら笑うと、和琴を爪弾いた。
(今、何か音が・・)
「む~?」
藍湛は、じっと自分を見つめている藍湛を抱き締めた。
「大丈夫だよ、魏嬰。君は、わたしが絶対守る。だから、安心して眠って。」
「む~」
二人が眠りに就いた頃、藍家では曦臣がある書物を読んでいた。
「若様、お客様がいらっしゃっています。」
「わたしに?」
曦臣が深夜の訪問者に応対する為に玄関ホールへと向かうと、そこには学生時代の後輩である金光瑤の姿があった。
「夜分遅くに申し訳ありません、兄様。少し相談したい事がありまして、こうして訪ねて来てしまいました。」
「構わないよ、阿瑤。さぉあ、立ち話も何だから入ってくれ。」
「はい・・」
曦臣はこの時、金光瑤の本性に気づかなかった。
いや、気づけなかったのだ。
「それで、相談したい事というのは何だい?」
「はい、それが・・」
(兄様は、いつだってわたしの味方・・)
コメント

恋はオートクチュールで!1

2024年09月05日 | F&B 現代昼ドラハーレクインパラレル二次創作小説「恋はオートクチュールで!」

素材表紙は湯弐さんからお借りしました。

「FLESH&BLOOD」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意下さい。

(うわぁ、本当に来ちゃったんだ、俺。)

東郷海斗は、目の前にずっと憧れているファッションデザイナー、フランシス=ドレイクが居る事が未だに信じられなかった。
日本を代表するアパレルブランド・TOGOの社長一家の長男として産まれた海斗は、自然とファッションに興味を持つようになった。
9歳の時に渡英し、寄宿学校を卒業した海斗は大学に進学せず、英国王立刺繍学院で刺繍とデザインを学び、卒業後はパリでデザイナーとしてデビューする事を夢見ながら、アルバイトと勉学に明け暮れる日々を送っていた。
デザイナー、作家、音楽家―芸術に携わる人間が稀にプロデビューして脚光を浴びても、それを長く維持する事は難しい。
だからこそ、ファッション界に君臨するフランシス=ドレイクの存在は、世界中からデザイナーを志す者達の憧憬の的となっている。
そんな憧れのドレイクに海斗が声を掛けられたのは、海斗がパリで暮らし始めて半年が過ぎた頃だった。
海斗は、自分が好きな16世紀のファッションと、日本の“カワイイ”文化を融合させたドレスをパリの大手ブランドのコンペティションに応募したが、二次選考で落選した。
(やっぱ、パリは厳しいなぁ・・)
海斗がそんな事を思いながら、家計簿とにらめっこしていると、電話がけたたましく鳴った。
「アロー?」
「カイト=トーゴ―様ですね?わたくし、フランシス=ドレイクのマネージャーをしております、ニコラスと申します。」
「は、はい・・」
「キャプテンが、今週末ヴェルサイユ宮殿にて開催されるファッションショーのスタッフに、あなたを加えたいとおっしゃっています。」
「是非、参加させて下さい!」
こうして、海斗はひょんな事からプロのデザイナーとしてフランシス=ドレイクのファッションショーのスタッフとして参加する事になった。
流石、一流デザイナーが手掛けるファッションショーだけあって、ショーのスタッフやモデルも一流揃いで、海斗は自分がまるで夢の世界の住人になったかのような気分になった。
(俺、こんな所でやっていけるの?)
海斗が所在なさげに会場を歩いていると、彼は一人のモデルとぶつかってしまった。
「すいません・・」
「見ない顔ね、新入りの子?」
淡褐色の髪を揺らし、全身ハイブランドの黒い膝上のワンピース姿のモデルは、そう言うと海斗を見た。
「綺麗な赤毛ね、染めているの?」
「は、はい・・」
「可愛い子だね。特に目がいいね。抉り出して食べちゃいたい。」
「ラウル、ここに居たのか。」
海斗がモデルに怯えていると、そこへダークスーツ姿の男がやって来た。
「じゃぁね。」
(あ~、怖かった。)
「カイト、来たのか!」
「は、はじめまして・・」
「そんなに緊張しなくて良い。君のドレス、斬新なデザインで良かったよ。」
「ありがとうございます!」
ファッションショーの衣装合わせの為、海斗はあるモデルの控室へと向かった。
「失礼します・・」
「どうぞ。」
英国のトップモデルで、今世界中で人気沸騰中のジェフリー=ロックフォードは、金髪碧眼の美男子だった。
彼は洗い晒しのデニムにライダーズジャケットというラフな格好をしていたが、彼の美しさというか、彼の纏っているオーラはそれだけでは半減するものではなかった。
「見ない顔だな、お前。」
「カイト=トーゴ―です。」
「その髪は、地毛か?」
「いいえ、染めているんです。」
「へぇ、そうか。お前、いくつだ?」
「今年で22になります。」
(何この人、距離が近い・・)
海外で長く暮らしていた海斗は、日本人よりも欧米人の方が、パーソナル・スペースが狭いという事は知っていたが、余りにも近過ぎる。
しかも、宝石のような蒼い瞳で見つめられると、何処か落ち着かなくなる。
「あの・・」
ジェフリーは、海斗の顎を掴んで自分の方へと彼を向かせると、その唇を奪った。
(うわぁぁ~!)
海斗はジェフリーから逃げようとしたが、彼に腰を掴まれ、逃げられなかった。
「ん・・」
「可愛いな、もしかして初めてか?」
「何すんだ、この変態!」
「ジェフリー、その顔どうした?」
ジェフリーのマネージャー、ナイジェル=グラハムが親友の控室に入ると、彼は顔に赤い手形のようなものが残っている事に気づいた。
「いやぁ、可愛い子にキスしたら・・」
「あんた、また悪い癖が出たな!」
ナイジェルはそう言ってジェフリーを睨んだ。
「あんたの男癖の悪さで、俺がどれだけ苦労していると思っているんだ?」
「そう怒鳴るな。俺は、“来る者は拒まず”の主義なんでね。」
「あんたって奴は・・」
ナイジェルは溜息を吐くと、黒褐色の髪を掻きむしった。
「それで?あんたの可哀想な被害者は、何処のどいつだ?」
「22歳のキュートな日本人さ。」
「ショーが終わるまで、そいつには手を出すなよ!」
「わかったよ。」
(あ~、何なんだよあいつ!挨拶代わりに舌入れるなんて有り得ねぇだろ!)
海斗はショーの衣装合わせの為、ドレイクと共に衣装部屋へと向かった。
そこにはドレイクの最新作がずらりと並べられていた。
「すげえ~!」
「驚くのはまだ早いぞ。今日のショーには、君が好きな16世紀の衣装からインスパイアされた作品が出るから、楽しみにしておけ。」
「はい!」
世界遺産であるヴェルサイユ宮殿を貸し切ったファッションショーとあってか、各国のメディアが集まり、その様子をネット配信していた。
「おい、37番の衣装は何処だ!」
「わたしのネックレスを出して!」
ステージは大盛り上がりだが、バックステージは殺伐としていた。
「カイト、大丈夫か?」
「はい・・」
海斗は少し頭がボーっとしていると、丁度そこへジェフリーがやって来た。
彼は真紅のマントをイメージしたコートを羽織っており、まるで16世紀の海賊がそのままタイムスリップして来たかのようだった。
「俺に触るな~!」
「あ~あ、すっかり嫌われたな。まぁ、これから長く付き合う事になるから、宜しくな。」
「え~!」
「ジェフリー、もうすぐ出番だぞ!」
「あぁ、わかったよ!」
ショーのトリを飾ったジェフリーは、華麗に鏡の間を歩いた。
ショーが大成功に終わり、海斗はホッと安堵の溜息を吐いた。
ショーの後、ドレイクはパリ郊外にある自宅でパーティーを開いた。
そこには各国の政財界の要人や王族、貴族などが出席し、海斗はその豪華さに目が眩みそうだった。
(この格好、デザイナー失格じゃん・・)
海斗はこの日の為に一張羅のスーツを着ていたのだが、周りの洗練されたファッションを見ていたら、何だか出来の悪い七五三のように見えてしまう。
(どうせなら振袖でも着て行けば良かったなぁ。)
日本人デザイナーだから、自国の民族衣装である着物の事を学んで来た海斗は、友恵が成人祝いの為に贈ってくれた赤地に大牡丹の刺繍が施された大振袖を着てくれば良かったと、今更ながら後悔した。
「うわっ!」
「すいません、お怪我はありませんか?」
「いいえ、大丈夫です。」
ボーっとしていた所為か、海斗は給仕係とぶつかり、スーツがワインで汚れてしまった。
「こちらへどうぞ!」
「ありがとうございます。」
海斗がドレイク邸の部屋でスーツを脱ぎ、畳紙に包んでいた大振袖と帯紐、帯締め、帯と肌襦袢をスーツケースから取り出すと、大振袖に着替えた。
海斗が帯を締めていると、衝立の向こうから部屋に誰かが入って来る気配がした。
「ねぇジェフリー、こんな所でするの?」
「いいだろう?」
(おいおい、こんな所で乳繰り合うなよ!)
衝立の向こうから、恋人達の喘ぎ声が聞こえ、海斗は出るに出られなくなった。
「んもぉ、マネージャーが呼んでる。またね、ジェフリー。」
「あぁ。」
漸く二人の時間が終わった後、海斗が溜息を吐きながら衝立の中から出ると、長椅子には胸元をだらしなく開けたジェフリーの姿があった。
その逞しい胸元には、恋人がつけていたと思われるキスマークが無数に散らばっていた。
ジェフリーは気だるげな視線を海斗に送ると、舐めるように海斗の振袖姿を見た。
「へぇ、似合うなぁ。」
「あんた、まだ居たのかよ!?」
「キスの続きをさせてくれないのか?」
ジェフリーはそう言うと、おもむろに長椅子から立ち上がり、海斗の振袖の身八つ口に手を入れて来た。
「何をする、離せ!」
「ジェフリー、何をしている!」

扉が開き、ナイジェルはそう叫んでジェフリーを海斗から引き離した。

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