BELOVED

好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

約束 ~Always~第1話

2024年03月09日 | FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説「約束~AIways~」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様は一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが嫌いな方はご注意ください。

「ジェフリー、入るよ?」
海斗がグローリア号の船長室をノックすると、部屋の主はまだ夢の中に居た。
「もぉ、起きてよキャプテン、もう朝だよ。」
海斗がジェフリーの身体を揺さ振ると、彼は呻いて海斗をシーツの中へと引き摺り込んだ。
「ジェフリー!」
「おはよう、カイト。」
「ルーファスがあなたを呼んでいるよ。」
「あぁ、わかった・・」
出会った頃と同じ位の長さになったブロンドの髪を鬱陶しそうに掻き毟ったジェフリーは、欠伸を噛み殺しながら船長室から出て行った。
「もう、いつもこんなんじゃ調子狂っちゃうよ・・」
海斗はそう言った後、ジェフリーの後を慌てて追い掛けた。
「なぁカイト、もし生まれ変わったら、どうしたい?」
「そうだなぁ・・生まれ変わってもあなたの隣に居たいなぁ。」
「可愛い奴め。」
ジェフリーはそう言って笑った後、海斗の額にキスを落とした。
「ずっと一緒だよ、ジェフリー。」
「あぁ、ずっと一緒だ。」
あの日、初めてジェフリーと出会った時から、海斗は彼に心を奪われていたのかもしれない。
海斗は、もし生まれ変わってもジェフリーの隣に居たいと思った。
だが今は、来世の事を考えるよりも、隣に居る恋人の体温を感じていたかった。
(愛しているよ、ジェフリー。世界中の誰よりも。)
海斗は静かに目を閉じた。
また明日、海の仲間達との新しい生活が始まる。
何の変哲もない、だが何物にも代え難い宝物のような日々だった。

―ねぇ、あの子どうするの?
―うちには、ねぇ・・

(どいつもこいつも・・)

ジェフリー=ロックフォードは、時折聞こえて来る親族達の囁き声に、苛立っていた。
親族席に座っているのは、赤毛の、幼い少年だった。
彼は、海難事故で一夜にして孤児となった海斗だった。
海斗の前に置かれている三基の棺には、彼の家族の遺体は納められていない。
彼らの遺体は、まだ冷たい海の底に沈んでいるのだ。
海斗の親族達は、彼の心情を慮ろうともせず、誰が海斗の面倒を見れば良いのかを話し合っていた。
「カイト、俺の所へ来ないか?」
「いいの?」
そう言って俯いた顔を上げた海斗の瞳は、涙に濡れていた。
「行こう、カイト。」
「ちょっと、勝手に決めないで!」
「そうだ、大人の話に子供が口を挟むな!」
「自分の事しか考えないあんたらが、この子を育てられるとは思えないね。」
ジェフリーはそう言って海斗の親族達を黙らせると、海斗の手を取って歩き出した。
「どこ行くの?」
「俺の家さ。」
ジェフリーが海斗を連れて行ったのは、ジェフリーの親族が経営する居酒屋兼食堂「グローリア号」だった。
「ジェフリー、こいつは誰だ?」
「俺の運命の相手さ。」
「そうか。」
「本当に、ここで暮らしてもいいの?」
「いいに決まっているだろう。カイト、飯は?」
ジェフリーの問いに、海斗は首を横に振った。
「そうか。待ってろ、今俺が飯を作ってやるからな。」
ジェフリーは海斗を二階の自室に残すと、店の厨房へと下りていった。
「あの子、あの事故の子か?」
「あぁ。あの子の親族は、自分達の事しか考えていなかった。身寄りもなくて一人で心細そうに葬祭会場の親族席に座っているあいつが、小さい頃の俺と重なって見えた。」
「そうか・・」
ジェフリーの遠縁の伯父・ワッツは、児童養護施設で彼を引き取った日の事を思いだした。
彼は、多額の借金を抱えて自殺した父親の代わりに、交通事故に遭い寝たきりになった母親の介護と家事を独りでしていた。
その母親の死後、餓死寸前のジェフリーをソーシャルワーカーのトマソン医師が彼を保護したのだった。
ワッツがジェフリーを児童養護施設から引き取った時、ジェフリーは死んだ魚のような目をしていた。
全てに、絶望したかのような目をしていた。
「俺は、カイトにあんな思いを・・社会から拒絶された悲しみや辛さを味わわせたくないんだ。」
ジェフリーはそう言うと、輪切りにした玉葱をパン粉に塗し、油で揚げた。
「これで良し、と・・」
ジェフリーがオニオンリングとハンバーグを皿の上に置きながらそう呟いていると、店のドアベルが鳴り、一人の男が入って来た。
「すいません、店は五時からです・・」
「こちらに、カイト=トーゴ―様はご在宅でしょうか?わたくし、こういう者です。」
黒髪の男は、鮮やかな緑の瞳でジェフリーを睨んだ後、一枚の名刺を彼に手渡した。
そこには、“弁護士 ビセンテ=デ=サンティリャーナ”と印刷されていた。
「あの子に何の用だ?」
「それは貴様には関係の無い事だ。」
「ヴィンセント?」
「カイト、迎えに来たよ。」
「お腹空いた。」
海斗はそう言うと、カウンター席によじ登った。
「ハンバーグとオニオンリングだ、食うか?」
「うん!」
「カイト・・」
ビセンテは海斗に話し掛けたが、海斗は彼を無視した。
「悪いが、坊やはあんたとは話したくないみたいだ。」
「カイト、また来るよ。」
ビセンテはそっと海斗の頭を撫でた後、店から出て行った。
「もしもし、わたしだ。」
『あの坊やとは会えたの?』
「あぁ。だが、邪魔者が居た。」
『そう。』
「また連絡する。」
ビセンテはそう言うと、スマートフォンを切った。
「お帰りなさいませ、旦那様。」
「レオはどうしている?」
「レオ様なら、お部屋でお休みです。」
「そうか。」
ビセンテは執事のペレスに背を向けてリビングから出ると、二階の子供部屋へと向かった。
そこには、かつて共に戦場を駆け抜けた元従者の姿があった。
「ただいま、レオ。」
ビセンテはそう言うと、そっとレオの金髪を撫でた。
レオと“再会”したのは、二年前に起きた悲惨な交通事故の被害者同士としてだった。
レオはその事故で両親を、ビセンテは唯一の肉親であった妹を亡くした。
天使のような可愛い顔に巻かれた包帯姿のレオを病院で見た時、ビセンテはレオを病院で引き取る事に決めた。
「ビセンテ様・・」
「レオ、わたしと共に来るか?」
ビセンテはそう言うと、レオのまっすぐな蒼い瞳が自分を見つめている事に気づいた。
事故の後、レオは後遺症もなく元気に毎日暮らしている。
そんなレオを毎日幼稚園まで送り迎えをし、彼の為に愛情のこもった弁当をビセンテは作りながら、マリアを喪った悲しみを少しずつ癒していった。
だが、ビセンテは現在、途轍もない困難に見舞われていた。
それは、幼稚園指定バッグ類の製作だった。
裁縫が大の苦手であるビセンテにとって、それは勝てる見込みがない刑事事件の裁判よりも厳しく辛いものとなった。
四日がかりでバッグ類を完成させたビセンテは、魂が半分抜け出たような顔になっていた。
「ビセンテ様、行って来ます。」
「レオ、今日は早く迎えに来るからな。」
「うん!」
ビセンテがレオと幼稚園の前で別れ、駐車場に停めてある車に乗り込もうとした時、一人の保護者が彼に近づいて来た。
「久し振りだな、ビセンテ。わたしの事を憶えているか?」
そう言いながらサングラスを外したのは、アロンソ=デ=レイバその人だった。
「まさか、君とこんな所でまた会えるなんて思いもしなかったよ。」
「わたしもです・・」
「その様子だと、まだ独身のようだな?」
「その質問には、答えられません。」
「相変わらず、つれないなぁ。」
アロンソは、そう言うとビセンテの肩を強く叩いた。
転生しても、彼は何も変わらなかった。
「ビセンテ、あの子にはもう会ったのか?」
「はい。ですが、あの子は海賊に引き取られました。」
「それは良かったじゃないか。」
「良くありません!わたしは、カイトを大事に育てようと・・」
「落ち着け、ビセンテ。独りよがりの君の愛情で、カイトを縛っても何にもならない。それよりも、彼を心から愛してくれる人の元に引き取られた方が幸せじゃないか?」
「そうかもしれませんね。」
「それにしても、君がレオと一緒に居るなんて、やはり君達は運命で結ばれているんだな。」
幼稚園の近くにあるカフェで、アロンソはそう言った後、コーヒーを飲んだ。
「今日は会えて嬉しかったです。」
「わたしもだ。あ、ライン交換しないか?」
「お断り致します。」
「・・そ、そうか。」
アロンソとカフェの前で別れたビセンテは、職場へと向かった。
「おはよう、カイト。」
「ジェフリー、おはよう。」
「良く眠れたか?」
「うん・・」
「ここに座って待ってろ、今朝飯作ってやるから。」
ジェフリーは店の厨房でエッグベネディクトを作った。
「美味しいか?」
「うん・・」
海斗はエッグベネディクトを頬張りながら、ジェフリーに微笑んだ。
(やっと、笑ったな。)
海斗が家に来て一月が経った。
一月前は全く笑わなかった海斗だったが、ジェフリーと共に過ごすようになってから、彼は笑顔を見せるようになった。
「今日から新しい学校だな。」
「うん!」
「一緒に途中までついて行ってやろう。」
「ありがとう。」
海斗と手を繋いでジェフリーが通学路を歩いていると、そこへ一人の少年が彼らの方へとやって来た。
「ジェフリー、その子は?」
「こいつはカイト、訳あって一緒に暮らしている。カイト、俺の親友の、ナイジェルだ。」
「初めまして・・」
海斗がそう言って少年に挨拶すると、彼は灰青色の瞳で海斗を見つめた後、こう言った。
「久し振りだな、カイト。」
「ナイジェル、ナイジェルなの!?」
「あぁ。」
転生したナイジェルは、前世の頃と全く変わっていなかった。
「また後でな、カイト。」
「うん!」
楽しそうに会話をする彼らの姿を、遠くから一人の少年が黒塗りの高級車の中から見ていた。
「坊ちゃま?」
「出して。」
「はい・・」
やがて少年を乗せた黒塗りの高級車は、有名私立男子校の前に停まった。
「では、行って来るよ。」
「行ってらっしゃいませ。」
少年は校舎の中へと入ると、数学科講師室へと向かった。
「おはよう、ヤン。」
「ここでは、“先生”だろう?」
ヤン=グリヒュスは溜息を吐きながら、少年―ラウル=デ=トレドを見た。
「気に入らない?じゃぁ、“パパ”とでも呼ぼうかな?」
「好きにしろ。」

己の下腹をまさぐるラウルの白い首に、赤黒い痣がある事にヤンは気づいた。
コメント

光と影の輪廻 Ⅰ

2024年03月09日 | PEACEMAKER鐵 転生不倫パラレル二次創作小説「光と影の輪廻」
「PEACEMEKER鐵」二次創作です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

沖田さんが両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

―ねぇ土方さん、もし本当に“生まれ変わり”というものがあるのなら、どうします?
―何だ、急に?
それは、まだ戦が始まる前、屯所で歳三達と過ごす穏やかな日常の、他愛のない恋人同士の会話だった。
―わたしは、何度生まれ変わってもあなたと一緒に居たいなぁ。
―俺もだよ。
情事の後、歳三はそっと総司の髪を優しく撫でた。
―俺も、もし生まれ変わる事があったら、絶対にお前を見つけてやる。
―約束ですよ!
―あぁ、約束だ。
そう言って自分と交わした“約束”を、歳三が“忘れて”しまうなんて、この時は思いもしなかった。
「沖田さん、沖田さんったら!」
突然、肩を強く叩かれ、総司は我に返って現実の世界へと戻った。
「もう、何ぼーっとしているのよ!レジ、お願いね!」
「すいません・・」
総司は慌てて客が置いたトレーに載せられたパンをレジのバーコードリーダーに通していった。
「お疲れ様です。」
「お疲れ~」
バイト先のパン屋から出た総司は、自転車で自宅近くの道路を走っていた。
するとその途中の公園で、数人の中学生達が何やら揉めているのを見かけて、気になって総司がその様子を見ていると、どうやら二人組の中学生が一人の中学生に暴力を振っているようだった。
「あなた達、何をしているの!」
「うっせぇよ、ババアはすっこんでろ!」
「そうだ!」
中学生の一人がそう叫び総司に向かって金属バッドを振りかざしたが、それを総司は軽くかわすと彼女に足払いを喰らわせた。
「警察呼ぶわよ!」
「クソッ!」
「おぼえてろよ!」
総司に悪態をついた女子中学生達は、そのまま公園から去っていった。
「大丈夫?」
「はい・・」
「これ、わたしのスマホの番号。またあいつらに何かされそうになったら、連絡して。」
「ありがとうございます!」
「家何処なの?良かったら家の近くまで送ってあげようか?」
「はい・・」
総司が助けた中学生を家まで送ると、彼女は純和風の武家屋敷のような家に住んでいた。
「ここで大丈夫です。」
「おう、帰っていたのか。」
「お父さん!」
ガラガラと、玄関の引き戸が開かれ、家の中から長身の男性が出て来た。
あまりにも懐かしい、その男性の顔を見た途端、思わず泣きそうになってしまった。
(土方さん・・)
顔も姿も、声も、歳三はあの頃と全く変わっていなかった。
「その人は?」
「公園で絡まれていた所をこのお姉さんに助けて貰ったの!」
「そうか・・」
そう言った歳三の態度は、そっけなかった。
「すいません、もう帰りますね。」
「娘をここまで送って下さって、ありがとうございました。」
「いいえ。」

(土方さん、わたしの事を“憶えて”いなかった・・)

150年という、長い時を経て再会した総司と歳三のそれは、随分と呆気ないものだった。

(そりゃそうだよね・・)

頭でそう割り切ろうとしながらも、総司は一晩中“昔”の事を思い出しては枕を濡らしていた。

「土方先生、おはようございます。」
「おはようございます。」
歳三が職員室に入ると、同僚の女性教師が彼に声を掛けて来た。
「“沖田総司”・・」
「あぁ、この子、うちの学校がアルバイト禁止なのに、ベーカリーでバイトして・・」
(うちのクラスか・・)
「土方先生、どうされました?」
「いいえ。」
「そろそろ授業が始まりますから、急ぎませんと。」
女性教師はそう言うと、バタバタと慌ただしい様子で教室から出て行った。
「ねぇ、今日から新しい先生来るんだって!」
「男?女?」
「男の先生だって!」
「え~、どんな人なんだろ?」
教室で女子生徒達がそんな事を話していると、そこへ歳三が入って来た。
「今日からお前ぇらの担任を一年務める事になった土方歳三だ、よろしく頼む。」
「キャ~」
「イケメン!」
周りが騒ぐ中、総司はじっと、歳三の顔を見ていた。
(まさか、土方さんとこんな形でまた会えるなんて・・)
総司がそんな事を思っていると、歳三と目が合った。

“総司”

夢の中で、己の名を呼びながら自分を見つめる歳三の瞳が好きだった。
だが、今は―

(あぁ神様、何故わたし達は・・)

こんなに、残酷な形で再会してしまったのでしょうか。
土方さんは、わたしの事を・・

(こいつ、“何処か”であった事がある・・)

歳三はそんな事を思いながら、総司を見つめていた。

“土方さん”

その声は、何処か懐かしく聞こえた。

土方さん・・

目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
自分の前には、自分のクラスの生徒、沖田総司の姿があった。
―どうしたんですか、そんな気難しい顔をして?
また俳句の事でも考えていたんですか、と、総司はクスクスとそう言って笑った。
ふと周囲を見渡すと、文机の上には一冊の本が置かれていた。
そこには、“豊玉発句集”と表紙に書かれていた。
『返せ!』
―何ですか、そんなに恥ずかしがることないでしょう?
私と土方さんの関係で、隠し事なんて柄じゃないですよ。
『てめぇ・・』
―あはは、そんなに眉間に皺を寄せてちゃ、色男が台無しですよ!
そう言って、屈託の無い笑顔を浮かべる総司が、好きだった。
なのに―
―あはは・・みっともないところ、見せちゃいましたね・・
そう力無く笑った総司の口元は、血に濡れていた。
『総司・・』
何故、彼なのだろう。
何故、自分ではなく、彼が・・
歳三は、そこで夢から目を覚ました。
(何だ、これ・・)
洗顔を終えた後、歳三が鏡を見ると、そこには、見知らぬ男の姿が映っていた。
黒の着流しに、艶やかな黒髪を赤い髪紐で結い上げたその男は、自分と瓜二つの顔をしていた。
“てめぇはまだ、思い出さねぇのか?”
鏡の中の男はそう言うと、歳三を睨んだ。
「あなた、どうしたの?」
はっと彼が我に返って鏡の方を見ると、そこには自分の顔しか映っていなかった。
(一体、何だったんだ?)
「お父さん、お父さんったら!」
「済まねぇ・・」
「もう、今日はどうしちゃったの?」
娘がそう言って心配そうに自分の顔を覗き込んで来た。
その顔が、“誰か”と重なった。
「今日はお仕事、休んだ方がいいんじゃないの?」
「あぁ、そうする・・」
「じゃぁ、わたし達はもう行くから。」
「気を付けてな。」
「ええ。」
この日、妻は娘と共に妻の実家へと帰省する事になっていた。
「数日したら帰って来るから、そんなに心配しないで。」
「あぁ・・」
歳三は二人を玄関先で送り出した後、いつものように車で出勤した。
「土方先生、おはようございます。」
「おはよう。」
「なんか先生、顔色悪いよ、どうしたの?」
「いや、ちょっとな・・」
「ちゃんと病院、行った方がいいよ。」
「わかったよ。」
教師の仕事は、多忙を極める。
生活指導や教材研究、そして部活動の指導・・それだけでも、二十四時間などあっという間に過ぎてしまう。
「はぁ・・」
「土方先生、お疲れ様ですね。」
「大会が近いので、色々と。」
「そうですか。」
歳三はクラス担任と、剣道部の顧問を務めているので、時間が足りない。
「無理は禁物ですよ。」
「わかっていますけれど、中々自分の時間が取れなくて・・」
「そうですか。じゃぁ、わたしはこれで。」
「お疲れ様でした。」
パソコンから顔を上げた歳三が時計を見ると、それは午後八時を指していた。
「あ、土方さ・・先生、こんな時間までどうしたんですか?」
「仕事だ。そういうお前ぇは、どうしてこんな遅くまで残っていたんだ?」
「部活の片付け・・というか、色々と先輩から押し付けられちゃって・・」
そう言って苦笑した総司の周りには、誰の物なのかもわからない胴や面が転がっていた。
「ったく、仕方ねぇな、俺も片付け、手伝ってやるよ。」
「え、いいんですか?」
「いいも何も、お前ぇを一人で帰らせる訳にはいかねぇよ。」
「ありがとうございます。」
そう言った総司の横顔が、少しやつれているように見えた。
「大丈夫か?」
「最近、バイトをかけもちしていて休む暇がなくて・・」
「休める時は休め。そうしねぇと、身体がもたねぇぞ。」
「はい。先生、今日は家まで送っていただき、ありがとうございました。」
総司はそう言って歳三に向かって弱々しく微笑んだ。
“もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。”
京を離れる前、右肩を撃たれ負傷した近藤と共に大坂へと移送させる時、総司は歳三を心配させまいとそう言って無理に笑った。
「これ、俺のスマホの番号とLINEのIDだ。何か困った事があったら連絡しろ、いいな?」
「え・・」
「何でも、一人で抱え込むな。お前ぇは、一人じゃねぇ。」
歳三はそう言うと、そのまま車で去っていった。
(先生、どうしちゃったんだろう?)
アパートの階段を上がりながら、総司が部屋の前まで行こうとした時、そこに一人の青年が立っている事に気づいた。
「あの、うちに何かご用ですか?」
「沖田さん、ですよね?」
「え・・」
「俺、市村鉄之助です!」
「鉄・・君・・」

“沖田さん!”

総司の脳裏に、いつも自分に屈託の無い笑みを浮かべていた少年の顔が浮かんだ。

「あぁ、やっぱり沖田さんだ!」
コメント

今年でブログ18周年。

2024年03月07日 | 日記
今年でこのブログを運営してから18年目になります。
気まぐれに、好きな漫画や小説の二次小説を載せていただけですが、あっという間に18年も経ちました。
これからも、よろしくお願いいたします。
コメント

炎のように囁いて 第2話

2024年03月01日 | 薄桜鬼ハーレクイン風アラビアンナイトパラレル二次創作小説「炎のように囁いて」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。

土方さんが両性具有です。苦手な方はご注意ください。

歳三と隼人が再会したのは、マリーナ・ベイ・サンズ・ホテル内にあるレストランだった。

「歳三、久しぶりだな。暫く会わない内に、綺麗になったな。」
「父さん・・」
「お前から、そう呼ばれるのも久しぶりだな。」
隼人は美しく成長した歳三を見ながらそう言うと目を細めた。
「今までお前と連絡を取らなくて済まなかった。決してわたしがお前を捨てた訳だと思い込まないで欲しい。お前に、ずっと会いたかった。」
隼人からそんな言葉をかけられ、歳三は思わず涙を流した。
「そうか・・最期は苦しまずに亡くなったのか・・」
「あぁ。介護は大変だったけれど、祖母ちゃんには感謝しかないから、寂しいなって・・」
「恵里子とは・・母さんとは、会っているか?」
「会ってない。あの人の事は、余り考えないようにしている。」
「そうか・・」
隼人との楽しい時間はあっという間に過ぎ、彼とレストランの前で別れた歳三は、涙を堪えながら彼に向かって手を振った。
(父さん・・)
隼人がエレベーターに乗り込んだのを見送った歳三は、違うエレベーターで、バーがある階へと向かった。
『いらっしゃいませ。』
『カシスオレンジをひとつ。』
『かしこまりました。』
バーテンダーにカクテルを注文した歳三がおもむろにスツールの上に座ると、奥の方から鋭い視線を感じて振り向くと、そこには“ヴィーナス号”のウェルカム=パーティー―で自分にキスをしてきた金髪紅眼の男の姿があった。
「また会えたな、我妻よ。」
「誰がてめぇの妻だ、その汚ねぇ手を放しやがれ!」
歳三はそう叫んで男を睨みつけたが、彼は飄々とした態度で歳三の手を振り払った。
「ふふ、俺に会えて嬉しいのか。」
「やめろ、離せ・・」
「こんな所で騒ぐな。」
男の言葉を聞いた歳三が我に返って周囲を見渡すと、周囲の客達が自分達に迷惑そうな視線を送っている事に気づいた。
『お客様、あの・・』
『迷惑料だ。この金で店に居る者達に酒を振舞え。』
『は、はぁ・・』

男とバーテンダーがそんな話をしている時、歳三は少し温くなってしまったカシスオレンジを一口飲んだ。
(な、何だ・・)
「おい、どうした?」
そう言った男の顔が、歳三は大きく歪んで見えた。
床も、大きく波打っているように見える。
「おい!」
歳三は何とかスツールから立ち上がろうとしたが、その前に意識を失った。
それから、歳三の中からはその後の記憶が一夜分すっぽりと抜け落ちてしまった。
だから翌朝、歳三は見知らぬ部屋の見知らぬベッドの中であの男と全裸で眠っていたという現実が中々受け止めきれなかった。
(え、何で俺、裸なんだ?どうしてこいつが隣に居るんだ?)
歳三は少しパニックになりながらも、自分が今置かれている状況を理解しようとした。
(俺は確か、昨夜あのホテルのバーでこいつと飲んでいて・・それから・・)
バーでカシスオレンジを飲んだ後から、朝を迎えるまで何処でどう過ごしていたのか、思い出せない。
「ん・・」
とりあえず、隣の男が起きない内にこの部屋から出なければ―そう思った歳三がベッドから出ようとした時、突然歳三は腰に強い衝撃を受けた。
振り返ると、男が自分の腰にしがみついて離れようとしなかった。
「てめぇ、離しやがれ!」
「・・つれないな、あれ程愛し合ったというのに・・」
「離せ、離しやがれ!」
「嫌だ。」
歳三が男の手から何とか逃げようと藻掻いていた時、不意に部屋のドアが開いて、長身を漆黒のスーツに包んだ一人の男がやって来た。
「それ位にしなさい、風間。」
「あんた、誰だ?」
「はじめまして、わたしは王子の秘書の、天霧九寿と申します。」
男はそう言うと、そのまま乱暴に歳三の腰から主の手を引き剥がした。
「貴様、何をする!」
「それはこちらの台詞です。あなたの女癖の悪さにはうんざりしていましたが、何ですかこの無様なお姿は?」
「黙れ。お前の主は・・」
「いいえ、黙りません。あなたという方は・・」
それから小一時間、千景は全裸で正座させられ天霧から説教を受けた。
「失礼致しますが、あなた様のお名前は存じ上げております、土方歳三様。」
「お、おぅ・・」
「主の無礼を、どうかわたしに免じてお許し頂きたい・・」
「いや、大丈夫ですから・・」
「そうはいきません。」
「天霧、俺はいつまでこうしていれば・・」
「あなたは暫く黙っていなさい。」
「は、はい・・」
「あの、俺はもう・・」
「では、後で連絡致します。」
天霧に宿泊していた部屋まで送り届けられた歳三は、再び信子と共に“ヴィーナス号”へと乗り込んだ。
「トシちゃん、ちょっと来て!」
「叔母さん、どうしたんだ?」
もうすぐ“ヴィーナス号”がヴェネチアの港に停泊しようとした時、歳三は浴室から出て素肌にバスローブを羽織った姿でデッキへと向かうと、そこには賑やかな音楽と共に“ヴィーナス号”よりも巨大な豪華客船が姿を現した所だった。
「何だ、これ・・」
『乗り込め!』
何かがデッキの中へと投げ込まれ、突然銃で武装した男達が船室へと乗り込んで来た。
『いたぞ!』
「トシちゃん!」
男達に目隠しされた歳三は、そのまま彼らに謎の船へと拉致されてしまった。
(一体、どうなっていやがる?)
目隠しをされ、男達に謎の船へと連れ込まれた歳三は、これからどうなるのかという不安に駆られた。
『こいつが、例の女か?』
『はい。』
『例の部屋へ連れて行け。』
歳三は男達に船底へと連れて行かれた。
そこには、十代と思しき少年少女達が足首に鎖をつけられていた。
『こいつは上玉だな、高く売れるぞ。』
少年少女達の近くに居たひげ面の男は、そう言うと歳三の胸元を見て口端を歪めた。
ざっと船底の様子を、目隠しを外した目で歳三が観察していると、あの男達はどうやら人身売買組織の者達のようだった。
何故自分が彼らに拉致されてしまったのか―そんな疑問を抱きながら歳三がここからどう脱出しようかと考えていると、扉が開いてあのひげ面の男がまた部屋に入って来た。
『おい、そこの女を連れて行け!』
「てめぇ、何しやがる!」
『騒ぐな。』
ひげ面の男はそう言うと、歳三の背に銃を突きつけた。
男に連れられて歳三がやって来たのは、あるオークション会場だった。
参加者は皆、正体を隠す為なのか仮面を被っている。
『ご主人様、連れて参りました。』
『ご苦労だった。』
歳三の前に、ひげ面の男達の主人と思しきトーブ姿の男が現れた。
トーブ姿の男は金貨が詰まった袋をひげ面の男達に渡すと、歳三の手首を拘束していた手錠を外した。
「さてと・・わたしはこれで失礼するよ。」
「おい、俺はどうしたらいいんだ?」
「それは、君の好きにすればいい。」
トーブ姿の男はそう言うと、歳三に背を向けた。
(逃げるしかねぇか・・一体どうすれば・・)
歳三は謎の部屋から逃げようとしたが、出口がわからず途方に暮れた。
「また会ったな、我妻よ。」
「てめぇ・・」
「貴様を闇オークションになど出品させん。俺の手を取れ。」
「・・くそっ!」
あの時、歳三は千景の手を取るしかなかった。
そうする事でしか、危機的な状況から脱する事が出来なかったからだ。
『女、女はどうした?』
『わたしが逃がしました。』
『貴様、何という事を!』
『彼女は我々の手には負えません。』
『それは一体、どういう意味だ?』
『彼女は、神の花嫁となったのです。』
『神の花嫁、だと・・』

謎の豪華客船が停泊したのはヴェネチアではなく、名も知らぬ熱砂の王国だった。

「着いたぞ、我妻よ。」
「ここは何処だ?」
「俺の国だ。」
「は?」
「俺はマルヤム王国王太子だ。そしてお前は、次期国王の妻となるのだ。」
「おい、冗談にも程がある・・」
「冗談などではない、本気だ。」
千景はそう言うと、歳三を抱き締めた。
「これから俺をどうするつもりだ?」
「お前を妻として迎えると言った筈だが?」
「俺は・・」
「この国では、俺が法だ。故に、貴様に拒否権などない。」
「はぁ~!?」
状況が全く把握出来ないまま、歳三は千景と共に船から降りた。
「お帰りなさいませ、千景様。」
船から降りた二人を迎えたのは、千景の秘書・天霧だった。
「まずは、こいつの服や靴を買うぞ。天霧、車を出せ。」
「はい。」
天霧はそう言うと、二人を乗せた車をバラクーダの中心部へと向けて走らせた。
「まぁ、これはこれは・・」
「こいつに似合う服を全て持って来い。」
「かしこまりました。」
バラクーダの中心部にある高級ブティックに歳三を連れて行った千景がそう店員に命じると、彼女は慌てて色や種類が異なるデザインのドレスやワンピースを奥の倉庫から出してきた。
「どうぞ。」
「おいおい、こんなに高級な物、いらねぇって・・」
「先程も言ったであろう、貴様には拒否権はないと。」
歳三はそれから約一時間程、千景にブティックやエステなどへ連れ回され、王宮に着く頃には疲れ切っていた。
「おい、起きろ。」
「ん・・」
「トシゾウ様、どうぞこちらへ。」
「お、おぅ・・」
歳三が天霧と共に向かったのは、国王の妻や侍女達が住まう後宮―“ハレム”だった。
(右を見ても、左を見ても金ピカだな・・)
そんな事を思いながら歳三が天霧と共に宮殿内を歩いていると、何処からかヒソヒソと誰かが囁く声が聞こえて来た。
“あの方が・・”
“普通の方ね・・”
“でも、かなりの美人だわ・・”
“どうせどこかの高級娼婦でしょう?”
姿は見えなくとも、悪意ある噂話は遠くに居ても良く聞こえて来る。
(まぁ、女っていうのは面倒臭ぇもんだよな。)
「どうかなさいましたか?」
「いや・・」
「彼女達は好奇心の塊なのです。余りお気になさらず。」
「わかった・・」
「どうぞ、こちらへ。」
天霧が歳三を連れて行ったのは、ハレムの中でも一番格式が高い宮殿だった。
「今夜は、こちらでお休み下さいませ。」
「ありがとう。」
スーツケースを持った歳三は、宮殿の中に入ると寝台の端に腰を下ろして溜息を吐いた。
宮殿の部屋は定期的に換気と清掃がされていたので、床には埃や塵などが落ちておらず、浴室は鏡や床に至るまでピカピカに磨き上げられていた。
(一体これから、どうなるんだ?)
突然訳がわらかぬまま海賊に攫われ、日本から遠い見知らぬ異国の地へと流れ着いた。
頼れる家族や友人も居ない世界で、どう生きていけばいいのか―そんな事を思いながら歳三が溜息を吐いていると、外から控え目なノックの音が聞こえて来た。
『失礼致します。』
部屋に入って来たのは、褐色の肌をした美しい少女だった。
彼女は薄緑色のサリーを着ていて、それは彼女の美しさをより引き立たせていた。
『あの、あなたは・・』
『初めまして、わたくしは本日よりトシゾウ様にお仕えする事になりました、ジャスミンと申します。』
『えぇ、あぁ・・』
少女が英語で話しかけてくれたので、歳三は安堵の溜息を漏らした。
祖母の介護に追われながらも、歳三は“いつか役に立つ”と思い、英語を必死に勉強していたのだ。
『殿下がこれからいらっしゃいますので、どうぞお召し替えをなさいませ。』
『わかった・・』
少女に見送られ、浴室に入った歳三がシャワーを浴びていると、急に宮殿の外が騒がしくなった。
『いけません、今は・・』
『そこを退きなさい!』
(何だ?)
歳三がバスタオルを素早く身体に巻き付けていると、浴室に一人の女が入って来た。
『あの子が気に入った女がどんな女なのか気になって来てみたら・・あの子達が言っていた通りね。』
『あんた、誰だ?』
『将来親族となるわたしに対して、口の利き方がなってないね。』
女はそう言うと、不快そうに鼻を鳴らした。
『まぁユゼフ様、こちらにいらっしゃったのですか!』
女と共に慌てた様子で浴室に入って来たのは、深藍色のサリーを着た中年の女だった。
『遅かったわね、アグネス。』
『申し訳ございません。』
『また会いましょう。』
女はアグネスと呼んだ女を引き連れ、浴室から出て行った。
『トシゾウ様、大丈夫ですか?』
『やたら態度がデカイ女は誰なんだ?』
『あの方は、ユゼフ様・・千景王子様の叔母君様です。』
『へぇ・・』
(厄介な女に目をつけられちまったな・・)
『ユゼフ様、あの女は・・』
『王様が許したのです。わたくしも許すしかないでしょう。』
『しかし・・』
『まぁ、まだまだ先は長いけれどね。』
国王の第二王妃・ユゼフはそう言った後、口端を歪めて笑った。
『まったく、あやつは一体どういうつもりなのだ?儂が決めた縁談を断った上に、あんな得体の知れない異国の女を妃に迎えるだと!?』
『王様、余り怒っては血圧が上がってしまいますわ。』
『相手の女にすぐに会わせろ!』
『あの女の事なら、わたくしに全てお任せ下さいませ。』
ユゼフはそう言った後、王にしなだれかかった。
『そうか、そなたがそう言うのなら、そなたに女の事は全て任せる。』
『わかりました。』

翌朝、歳三が寝台の中で寝返りを打っていると、外からけたたましい雄鶏の鳴き声が聞こえて来た。

(うるせぇな・・)

『トシゾウ様、起きておられますか?』
『あぁ。何かあったのか?』
『また、ユゼフ様が・・』
『あの婆さんが朝から俺に何の用なんだ?』

うんざりした様子で歳三がそう言って窓の方を見ると、不気味な女の顔が浮かび上がった。

「ギャ~!」

歳三が思わず姫いっを上げると、そこへ先程まで窓に張りついていた女―ユゼフが寝室に入って来た。

『新入りの癖に朝寝坊なんていけないわね。』
『朝から何の用ですか?』
『決まっているじゃない、今日からあなたにこのわたくしが直々にお妃教育をするのよ。光栄だと思いなさい。』
『はい・・』

(何処の国でも嫁いびりってのはあるんだな・・)

朝早くから叩き起こされ、歳三はユゼフから王妃教育、もとい嫁いびりを受けた。
『今日はこれ位にしておきましょう。』
(また来るつもりなのかよ、クソ婆・・)
疲れ果て、ソファに力無く横たわる歳三に、ジャスミンがミントティーを淹れたカップを出してくれた。
『ありがとう・・』
『あの方は、王様ですら困らせているのです。余り相手になさらない方がいいかと。』
『そうか・・』
『これからが、大変ですよ。』

ジャスミンのその言葉の意味を歳三が知ったのは、その日の昼の事だった。

「トシゾウ、居るか?」
「何だ、俺は今休みてぇんだ。」
「俺達の結婚式の日取りが決まったぞ。早速衣装合わせだ!」
「おい待て、少し休ませてくれ・・」
「“善は急げ”だ!」
『その女が、お前の妃となる者か、王子よ?』
『父上・・』

威厳ある老人が、歳三と千景の前に現れた。

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炎のように囁いて 第1話

2024年03月01日 | 薄桜鬼ハーレクイン風アラビアンナイトパラレル二次創作小説「炎のように囁いて」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。

土方さんが両性具有です。苦手な方はご注意ください。

賑やかな音楽。

鼻腔を刺激するかのような、香辛料の匂い。

目の前に並んでいるのは、砂糖衣で美しく装飾されたウェディングケーキ。

『お二人の結婚を祝福して乾杯!』

『乾杯!』

自分達の前に立っている男が、そう言って乾杯の音頭を取った。

髪色に合う、闇色の美しいヴェール越しに花嫁は花婿の顔を見た。

太陽神の化身の如き、美しい金色の瞳に真紅の瞳。

まさにその姿は、神から祝福を受けた皇子そのものだった。

だが、その姿を見ている花嫁は、こう思っていた。

(俺、何でここに居るんだ?)

「トシちゃん、トシちゃぁ~ん!」
「あ~、はいはい。」
朝から7時間ダイナーで働いた後、歳三は疲れた身体に鞭打ちながら、祖母の部屋へと向かった。
「あのね、電球替えて。」
「わかった。」
「それとね、入れ歯洗って。」
「はい。」
「あとね、あの人最近わたしに意地悪するの。」
「誰?」
「佐々木さん。あの人、電磁波でわたしを攻撃してくるの。」
「そう・・ちゃんと、俺の方から言っておくね。」
「ありがとう、トシちゃん。」
歳三が、漸く祖母の部屋から出たのは夕方の4時過ぎだった。
彼は帰宅途中に寄ったスーパーで買った弁当をダイニングテーブルに広げて食べていると、玄関のチャイムが鳴った。
「は~い!」
「トシちゃん、急に来てごめんなさいねぇ。お母さん居る?」
「はい、部屋に・・でも、もう寝ていると思います。」
「そう。お母さんが大好きなたこ焼き、買って来たから一緒に食べようと思ったのに、残念ね。」
この伯母・英子は“口は出すが、金は決して出さない”タイプの親戚だった。
「ねえトシちゃん、お母さんの介護の事だけど・・高サ住(高齢者サービス付き住宅)に入れようとか思っていないわよねぇ?」
「どうして、それを?」
「あのねトシちゃん、あなたが今までお母さんに育てて貰った恩を返す為に、自らの生活を犠牲するのは当然よねぇ?」
「どういう意味ですか?」
「あなたは、独身だしまだお母さんの介護に専念することが出来るわよね。」
「お言葉ですが、俺には俺の人生があります。」
「な・・」
「たこ焼き、ありがとうございました。」
英子を無理矢理家から追い出した後、歳三は彼女がダイニングテーブルに置いていったたこ焼きを食べた。
「祖母ちゃん、飯どうする?」
歳三がそう言って祖母の部屋に入ると、彼女はまだ寝ていたーように見えた。
「祖母ちゃん?」
歳三が彼女の身体を揺さ振ると、彼女の首は力無くガクリと傾いた。
彼はすぐに救急車を呼んだが、祖母は既に死亡していた。
「老衰ですね。」
「そうですか・・」
祖母が脳卒中で倒れ、寝たきりになってから約7年間もの介護生活が、漸く終わった。
「トシ、長い間母さんの介護してくれてありがとう。」
「信子伯母さん・・」
「ちょっと、いいかしら?」
祖母の葬儀の後、母方の伯母・信子は、そう言うと歳三を葬祭場の近くにあるファミリーレストランへと連れて行った。
「トシ、あなたはこれからどうしたいの?」
「え?」
「あなたは今まで、母さんの介護で学校と家を往復する事しかしなかったじゃない。」
「・・それが、当たり前だったので。」
歳三の両親は歳三が二歳の時に離婚し、歳三は祖母に育てられた。
お婆ちゃん子だった彼は、友人と遊ぶよりも祖母と俳句を詠んだり、裁縫をしたりする方が好きだった。
祖母との良好な関係が大きく崩れたのは、歳三が中学校に入学した年の事だった。
脳卒中で倒れ、その後遺症で寝たきりとなった彼女の介護を、歳三は全てした。
夜中の体位交換や排泄介助、昼間の食事介助に至るまで、歳三は民生委員やスクールカウンセラーに相談出来ず、一人で抱え込む事となり、その結果歳三は高校卒業後大学進学せず、ダイナーでアルバイトをしながら介護費用と生活費を賄う生活を送っていた。
「今は、何も考えられないだろうけれど、これから何をしたいのかをゆっくり考えればいいからね?」
「・・はい。」
信子からそう言われても、歳三は未だに実感が湧かなかった。
「土方さん、4番テーブルにステーキ、お願いね。」
「はい。」

(俺がやりたい事、か・・)

そんな事を考えながら、歳三は今日もダイナーで汗水を垂らして働いていた。

一方、日本から遠く離れた熱砂の王国・マルヤム王国では、ある問題が浮上していた。
それは―

「一体いつになったら、王子は伴侶をお迎えする気なのですか?」
「このままだと、国の存亡にも関わりまするぞ!」

貴族達が議会で取り上げたのは、この王国の第一王子である千景の結婚問題だった。
彼は今年でもう22となるのだが、未だに結婚はおろか、女性との噂も全くないのである。

「もしかして、王子は男色家なのでは?」
「まさか・・」
「そのような事、有り得ませぬ!ならばあの女優との噂は・・」

貴族達がそんな話をしている頃、当の王子は王都・バラクーダの郊外にあるヴィラで優雅な休日を過ごしていた。
彼が結婚しない理由―それは、“面倒臭いから”、ただそれだけの事だった。

「王子、陛下がお呼びです。」
「何だ、折角の休日を楽しんでいるというのに・・」

千景はそう言うと、真紅の液体を飲み干した。

「いい加減、身を固めてはいかがです?」
「・・うるさい。」

(このままでは、国が滅びますね。)

王子の執事・天霧は、そう思いながら溜息を吐いた。

「え、今から?」
『そうよ。トシちゃんももう自由の身になったんだから、この際羽を伸ばしてみたら?』
「でもなぁ・・」
職場であるダイナーは年中無休で、盆正月関係なく働いて来た。
いきなり信子叔母から半年間豪華客船の旅に誘われ、歳三はそう言いながらシフト表を見た。
祖母の介護に追われ、その介護費用を稼ぐ為にバイトのシフトを週六日入れていたが、最近何故かシフトが減らされているような気がするのだ。
「土方君、ちょっといい?」
「はい・・」
いつものように歳三が厨房でオニオンリングを揚げていると、そこへ店長の前田がやって来た。
「あのね、ちょっと言い辛いんだけれど、今月限りで辞めてくれないかな?」
「え?」
「実は、ここ今月末で閉店するんだよね。まぁ、親父の介護で田舎に帰る事になってさ。」
「そうですか、大変ですね。」
「土方君、これ今まで働いてくれた感謝金ね。」
「受け取れません、そんなの・・」
「今までおばあさんの介護と仕事、両立していて偉いなと思ったよ。僕も頑張るから。」
「店長・・今までお世話になりました。」
「こちらこそ。」

こうして、歳三は約7年間働いたダイナーを後にした。

(これからどうするかなぁ・・)

突然無職になった歳三はハローワークへ向かったが、この不景気の中、条件が合う仕事はなかった。
溜息を吐きながら歳三がスーパーの惣菜コーナーで天丼を買って帰宅すると、家の郵便ポストに役所からの通知書が来ていた。

『区画開発整理のお知らせ』

それは、高層マンション建設工事の為、今月中に立ち退くようにという旨が書かれたものだった。
無職になった後に家まで失うとは―今日はなんて厄日なのだろうか。

「あ、もしもし、信子叔母さん?例の話だけど・・」

一週間後、歳三は信子叔母と共に豪華客船“ヴィーナス号”で世界一周旅行を楽しんでいた。
今まで自宅と職場を往復する毎日を送り外出は近所のスーパーとコンビニへ買い物するだけだったので、初めての船旅は彼にとって新鮮そのものだった。
「トシちゃん、今夜のパーティーには何を着ていくのか、もう決まった?」
「スーツで・・」
「まぁ、駄目よそんなの!」
「さぁ、わたくしと一緒にいらっしゃい!」
「え?」
信子に連れて行かれたのは、船内にあるブティック=サロンだった。
「まぁ、綺麗なお肌をしていらっしゃいますね!」
「わたしの自慢の姪っ子なの。パーティーの主役になれるようにして頂戴!」
「えぇ、かしこまりました!」
「なぁ、化粧なんていいのに・・」
「駄目よ、女は美しく着飾らないと!」
「え・・」
それから歳三は、プロのスタイリストの手で美しく化粧を施され、生まれて初めてドレスに身を包んだ。
「こんなの・・」
「まぁ、とてもお似合いですわ!」
「そうですか?」
そう言って鏡の前に立った歳三は、美しく変身した己の姿を見た。
短くて艶のある黒髪は、同色の美しいウィッグで腰下までの長さとなり、いつもスーツかTシャツとジーンズに包まれていた華奢な身体は、ワインレッドのイヴニング=ドレスに包まれていた。
「これが、俺?」
「お気に召しましたか?」
「はい・・」
「トシちゃん、これからは自分の為に沢山時間を使いなさいよ!一度きりの人生なんだから!」
「叔母さん・・」
「さぁ、行きましょう!人生、楽しまなきゃ損よ!」
信子はそう言うと、歳三の腕を掴んでパーティー会場へと向かった。
同じ頃、父王の危篤の一報を受けバリ島からマルヤム王国への帰途に着いている千景王子の姿は、華やかなパーティー会場にあった。
彼はオーダーメイドの白のタキシード姿で、傍らには数人の美女を侍らせていた。
「ねぇ、まだ話し足りないわ。」
「もっとお話ししましょうよ。」
「貴様らに構っている暇などない、そこを退け。」

千景がそう言いながら苛々とした様子で自分に群がってくる女性達を睨んでいると、会場に一人の女性が入って来た。
夜の闇のような艶やかな黒髪、そして雪のような白い肌に、切れ長のラピスラズリのような美しい紫の瞳。
マーメイドラインのイヴニング=ドレスのスリットから時折覗く足は、白くて細いがしなやかな筋肉に包まれている事が一目でもわかった。

(美しい・・)

まるで何かに引き寄せられるかのように、千景はゆっくりとその美女の元へと歩いていった。
信子とはぐれ、彼女の姿を探していた歳三だったが、彼は混乱したまま会場内を何度も見渡していた。

(叔母さん、一体どこに・・)

歳三が船室へと戻ろうとした時、彼は突然一人の男に腕を掴まれた。

(何だ?)

彼が振り向くと、そこには独特のオーラを纏った男が立っていた。
彼の燃えるルビーのような真紅の瞳は、歳三しか映していなかった。

「何だ、てめぇ?」
「お前、気に入ったぞ。我妻となれ。」

男―千景はそう言うと、歳三を自分の方へと抱き寄せ、唇を塞いだ。
その瞬間、会場中に黄色い悲鳴が響き渡った。
当の歳三といえば、一体何が起こっているのかが最初わからなかったが、初対面の男に突然キスされているという状況が次第に解ってきた。
「何すんだ、この変態!」
歳三は開口一番そう叫んで男を睨むと、その頬に平手打ちを喰らわせた。
「ほぅ・・気が強い所がますます気に入った。」
男は歳三から平手打ちを喰らわされても怯むどころか、彼の腰に手を回した。
「何しやがる、離しやがれ!」
「まぁトシちゃん、ここに居たのね?」
「信子叔母さん、もう行こう。気分が悪くなった。」
「そう。」
歳三は男に背を向け、パーティー会場から出て行った。
「天霧、あの女の事を調べろ。家族構成や血液型に至るまで、全てだ。」
「かしこまりました。」
船室に戻った歳三は、疲れた身体を引き摺りながら、浴室に入った。
イヴニング=ドレスを脱ぎ、熱いシャワーを頭から浴びた。
その身体には、男女両方のものがついていた。
歳三は、両性具有の身体を持って生まれて来た。
『何なの、この子!』
母・恵里子は、歳三を見た瞬間、彼を激しく拒絶し、彼の世話を一切放棄した。
恵里子が育児放棄した為、彼女の代わりに父・隼人と祖母が歳三を育てた。
祖母が脳卒中で倒れ、歳三が介護に専念する事になってからも、隼人は時折土方家に顔を出してくれたし、介護費用も出してくれた。
その隼人と連絡が取れなくなったのは、歳三が高校を卒業した数日後の事だった。
“急にシンガポールへ赴任する事が決まったんだ。だから、もう会えない。”
受話器越しにそう自分に詫びる父の背後で、はしゃぐ幼子達の声が聞こえた。

 こんな身体に生まれていなかったら、自分はもっと幸せになれただろうか。

歳三達乗客を乗せた“ヴィーナス号”は、シンガポールに寄港した。

信子と歳三は、シンガポール観光を一日楽しんだ後、マリーナベイサンズの最上階にあるプールでシンガポールの街並みを眺めていた。

「トシちゃん、来て良かったでしょ?」
「うん。」
「あのね、今朝隼人さんから連絡があったのよ。」
「父さんから?」
「えぇ、今夜一緒に食事したいって。」
「わかった・・」

その夜、歳三は約二十年振りに隼人と再会した。

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