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作者様・出版社様とは一切関係ありません。

炎のように囁いて 第2話

2024年03月01日 | 薄桜鬼ハーレクイン風アラビアンナイトパラレル二次創作小説「炎のように囁いて」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。

土方さんが両性具有です。苦手な方はご注意ください。

歳三と隼人が再会したのは、マリーナ・ベイ・サンズ・ホテル内にあるレストランだった。

「歳三、久しぶりだな。暫く会わない内に、綺麗になったな。」
「父さん・・」
「お前から、そう呼ばれるのも久しぶりだな。」
隼人は美しく成長した歳三を見ながらそう言うと目を細めた。
「今までお前と連絡を取らなくて済まなかった。決してわたしがお前を捨てた訳だと思い込まないで欲しい。お前に、ずっと会いたかった。」
隼人からそんな言葉をかけられ、歳三は思わず涙を流した。
「そうか・・最期は苦しまずに亡くなったのか・・」
「あぁ。介護は大変だったけれど、祖母ちゃんには感謝しかないから、寂しいなって・・」
「恵里子とは・・母さんとは、会っているか?」
「会ってない。あの人の事は、余り考えないようにしている。」
「そうか・・」
隼人との楽しい時間はあっという間に過ぎ、彼とレストランの前で別れた歳三は、涙を堪えながら彼に向かって手を振った。
(父さん・・)
隼人がエレベーターに乗り込んだのを見送った歳三は、違うエレベーターで、バーがある階へと向かった。
『いらっしゃいませ。』
『カシスオレンジをひとつ。』
『かしこまりました。』
バーテンダーにカクテルを注文した歳三がおもむろにスツールの上に座ると、奥の方から鋭い視線を感じて振り向くと、そこには“ヴィーナス号”のウェルカム=パーティー―で自分にキスをしてきた金髪紅眼の男の姿があった。
「また会えたな、我妻よ。」
「誰がてめぇの妻だ、その汚ねぇ手を放しやがれ!」
歳三はそう叫んで男を睨みつけたが、彼は飄々とした態度で歳三の手を振り払った。
「ふふ、俺に会えて嬉しいのか。」
「やめろ、離せ・・」
「こんな所で騒ぐな。」
男の言葉を聞いた歳三が我に返って周囲を見渡すと、周囲の客達が自分達に迷惑そうな視線を送っている事に気づいた。
『お客様、あの・・』
『迷惑料だ。この金で店に居る者達に酒を振舞え。』
『は、はぁ・・』

男とバーテンダーがそんな話をしている時、歳三は少し温くなってしまったカシスオレンジを一口飲んだ。
(な、何だ・・)
「おい、どうした?」
そう言った男の顔が、歳三は大きく歪んで見えた。
床も、大きく波打っているように見える。
「おい!」
歳三は何とかスツールから立ち上がろうとしたが、その前に意識を失った。
それから、歳三の中からはその後の記憶が一夜分すっぽりと抜け落ちてしまった。
だから翌朝、歳三は見知らぬ部屋の見知らぬベッドの中であの男と全裸で眠っていたという現実が中々受け止めきれなかった。
(え、何で俺、裸なんだ?どうしてこいつが隣に居るんだ?)
歳三は少しパニックになりながらも、自分が今置かれている状況を理解しようとした。
(俺は確か、昨夜あのホテルのバーでこいつと飲んでいて・・それから・・)
バーでカシスオレンジを飲んだ後から、朝を迎えるまで何処でどう過ごしていたのか、思い出せない。
「ん・・」
とりあえず、隣の男が起きない内にこの部屋から出なければ―そう思った歳三がベッドから出ようとした時、突然歳三は腰に強い衝撃を受けた。
振り返ると、男が自分の腰にしがみついて離れようとしなかった。
「てめぇ、離しやがれ!」
「・・つれないな、あれ程愛し合ったというのに・・」
「離せ、離しやがれ!」
「嫌だ。」
歳三が男の手から何とか逃げようと藻掻いていた時、不意に部屋のドアが開いて、長身を漆黒のスーツに包んだ一人の男がやって来た。
「それ位にしなさい、風間。」
「あんた、誰だ?」
「はじめまして、わたしは王子の秘書の、天霧九寿と申します。」
男はそう言うと、そのまま乱暴に歳三の腰から主の手を引き剥がした。
「貴様、何をする!」
「それはこちらの台詞です。あなたの女癖の悪さにはうんざりしていましたが、何ですかこの無様なお姿は?」
「黙れ。お前の主は・・」
「いいえ、黙りません。あなたという方は・・」
それから小一時間、千景は全裸で正座させられ天霧から説教を受けた。
「失礼致しますが、あなた様のお名前は存じ上げております、土方歳三様。」
「お、おぅ・・」
「主の無礼を、どうかわたしに免じてお許し頂きたい・・」
「いや、大丈夫ですから・・」
「そうはいきません。」
「天霧、俺はいつまでこうしていれば・・」
「あなたは暫く黙っていなさい。」
「は、はい・・」
「あの、俺はもう・・」
「では、後で連絡致します。」
天霧に宿泊していた部屋まで送り届けられた歳三は、再び信子と共に“ヴィーナス号”へと乗り込んだ。
「トシちゃん、ちょっと来て!」
「叔母さん、どうしたんだ?」
もうすぐ“ヴィーナス号”がヴェネチアの港に停泊しようとした時、歳三は浴室から出て素肌にバスローブを羽織った姿でデッキへと向かうと、そこには賑やかな音楽と共に“ヴィーナス号”よりも巨大な豪華客船が姿を現した所だった。
「何だ、これ・・」
『乗り込め!』
何かがデッキの中へと投げ込まれ、突然銃で武装した男達が船室へと乗り込んで来た。
『いたぞ!』
「トシちゃん!」
男達に目隠しされた歳三は、そのまま彼らに謎の船へと拉致されてしまった。
(一体、どうなっていやがる?)
目隠しをされ、男達に謎の船へと連れ込まれた歳三は、これからどうなるのかという不安に駆られた。
『こいつが、例の女か?』
『はい。』
『例の部屋へ連れて行け。』
歳三は男達に船底へと連れて行かれた。
そこには、十代と思しき少年少女達が足首に鎖をつけられていた。
『こいつは上玉だな、高く売れるぞ。』
少年少女達の近くに居たひげ面の男は、そう言うと歳三の胸元を見て口端を歪めた。
ざっと船底の様子を、目隠しを外した目で歳三が観察していると、あの男達はどうやら人身売買組織の者達のようだった。
何故自分が彼らに拉致されてしまったのか―そんな疑問を抱きながら歳三がここからどう脱出しようかと考えていると、扉が開いてあのひげ面の男がまた部屋に入って来た。
『おい、そこの女を連れて行け!』
「てめぇ、何しやがる!」
『騒ぐな。』
ひげ面の男はそう言うと、歳三の背に銃を突きつけた。
男に連れられて歳三がやって来たのは、あるオークション会場だった。
参加者は皆、正体を隠す為なのか仮面を被っている。
『ご主人様、連れて参りました。』
『ご苦労だった。』
歳三の前に、ひげ面の男達の主人と思しきトーブ姿の男が現れた。
トーブ姿の男は金貨が詰まった袋をひげ面の男達に渡すと、歳三の手首を拘束していた手錠を外した。
「さてと・・わたしはこれで失礼するよ。」
「おい、俺はどうしたらいいんだ?」
「それは、君の好きにすればいい。」
トーブ姿の男はそう言うと、歳三に背を向けた。
(逃げるしかねぇか・・一体どうすれば・・)
歳三は謎の部屋から逃げようとしたが、出口がわからず途方に暮れた。
「また会ったな、我妻よ。」
「てめぇ・・」
「貴様を闇オークションになど出品させん。俺の手を取れ。」
「・・くそっ!」
あの時、歳三は千景の手を取るしかなかった。
そうする事でしか、危機的な状況から脱する事が出来なかったからだ。
『女、女はどうした?』
『わたしが逃がしました。』
『貴様、何という事を!』
『彼女は我々の手には負えません。』
『それは一体、どういう意味だ?』
『彼女は、神の花嫁となったのです。』
『神の花嫁、だと・・』

謎の豪華客船が停泊したのはヴェネチアではなく、名も知らぬ熱砂の王国だった。

「着いたぞ、我妻よ。」
「ここは何処だ?」
「俺の国だ。」
「は?」
「俺はマルヤム王国王太子だ。そしてお前は、次期国王の妻となるのだ。」
「おい、冗談にも程がある・・」
「冗談などではない、本気だ。」
千景はそう言うと、歳三を抱き締めた。
「これから俺をどうするつもりだ?」
「お前を妻として迎えると言った筈だが?」
「俺は・・」
「この国では、俺が法だ。故に、貴様に拒否権などない。」
「はぁ~!?」
状況が全く把握出来ないまま、歳三は千景と共に船から降りた。
「お帰りなさいませ、千景様。」
船から降りた二人を迎えたのは、千景の秘書・天霧だった。
「まずは、こいつの服や靴を買うぞ。天霧、車を出せ。」
「はい。」
天霧はそう言うと、二人を乗せた車をバラクーダの中心部へと向けて走らせた。
「まぁ、これはこれは・・」
「こいつに似合う服を全て持って来い。」
「かしこまりました。」
バラクーダの中心部にある高級ブティックに歳三を連れて行った千景がそう店員に命じると、彼女は慌てて色や種類が異なるデザインのドレスやワンピースを奥の倉庫から出してきた。
「どうぞ。」
「おいおい、こんなに高級な物、いらねぇって・・」
「先程も言ったであろう、貴様には拒否権はないと。」
歳三はそれから約一時間程、千景にブティックやエステなどへ連れ回され、王宮に着く頃には疲れ切っていた。
「おい、起きろ。」
「ん・・」
「トシゾウ様、どうぞこちらへ。」
「お、おぅ・・」
歳三が天霧と共に向かったのは、国王の妻や侍女達が住まう後宮―“ハレム”だった。
(右を見ても、左を見ても金ピカだな・・)
そんな事を思いながら歳三が天霧と共に宮殿内を歩いていると、何処からかヒソヒソと誰かが囁く声が聞こえて来た。
“あの方が・・”
“普通の方ね・・”
“でも、かなりの美人だわ・・”
“どうせどこかの高級娼婦でしょう?”
姿は見えなくとも、悪意ある噂話は遠くに居ても良く聞こえて来る。
(まぁ、女っていうのは面倒臭ぇもんだよな。)
「どうかなさいましたか?」
「いや・・」
「彼女達は好奇心の塊なのです。余りお気になさらず。」
「わかった・・」
「どうぞ、こちらへ。」
天霧が歳三を連れて行ったのは、ハレムの中でも一番格式が高い宮殿だった。
「今夜は、こちらでお休み下さいませ。」
「ありがとう。」
スーツケースを持った歳三は、宮殿の中に入ると寝台の端に腰を下ろして溜息を吐いた。
宮殿の部屋は定期的に換気と清掃がされていたので、床には埃や塵などが落ちておらず、浴室は鏡や床に至るまでピカピカに磨き上げられていた。
(一体これから、どうなるんだ?)
突然訳がわらかぬまま海賊に攫われ、日本から遠い見知らぬ異国の地へと流れ着いた。
頼れる家族や友人も居ない世界で、どう生きていけばいいのか―そんな事を思いながら歳三が溜息を吐いていると、外から控え目なノックの音が聞こえて来た。
『失礼致します。』
部屋に入って来たのは、褐色の肌をした美しい少女だった。
彼女は薄緑色のサリーを着ていて、それは彼女の美しさをより引き立たせていた。
『あの、あなたは・・』
『初めまして、わたくしは本日よりトシゾウ様にお仕えする事になりました、ジャスミンと申します。』
『えぇ、あぁ・・』
少女が英語で話しかけてくれたので、歳三は安堵の溜息を漏らした。
祖母の介護に追われながらも、歳三は“いつか役に立つ”と思い、英語を必死に勉強していたのだ。
『殿下がこれからいらっしゃいますので、どうぞお召し替えをなさいませ。』
『わかった・・』
少女に見送られ、浴室に入った歳三がシャワーを浴びていると、急に宮殿の外が騒がしくなった。
『いけません、今は・・』
『そこを退きなさい!』
(何だ?)
歳三がバスタオルを素早く身体に巻き付けていると、浴室に一人の女が入って来た。
『あの子が気に入った女がどんな女なのか気になって来てみたら・・あの子達が言っていた通りね。』
『あんた、誰だ?』
『将来親族となるわたしに対して、口の利き方がなってないね。』
女はそう言うと、不快そうに鼻を鳴らした。
『まぁユゼフ様、こちらにいらっしゃったのですか!』
女と共に慌てた様子で浴室に入って来たのは、深藍色のサリーを着た中年の女だった。
『遅かったわね、アグネス。』
『申し訳ございません。』
『また会いましょう。』
女はアグネスと呼んだ女を引き連れ、浴室から出て行った。
『トシゾウ様、大丈夫ですか?』
『やたら態度がデカイ女は誰なんだ?』
『あの方は、ユゼフ様・・千景王子様の叔母君様です。』
『へぇ・・』
(厄介な女に目をつけられちまったな・・)
『ユゼフ様、あの女は・・』
『王様が許したのです。わたくしも許すしかないでしょう。』
『しかし・・』
『まぁ、まだまだ先は長いけれどね。』
国王の第二王妃・ユゼフはそう言った後、口端を歪めて笑った。
『まったく、あやつは一体どういうつもりなのだ?儂が決めた縁談を断った上に、あんな得体の知れない異国の女を妃に迎えるだと!?』
『王様、余り怒っては血圧が上がってしまいますわ。』
『相手の女にすぐに会わせろ!』
『あの女の事なら、わたくしに全てお任せ下さいませ。』
ユゼフはそう言った後、王にしなだれかかった。
『そうか、そなたがそう言うのなら、そなたに女の事は全て任せる。』
『わかりました。』

翌朝、歳三が寝台の中で寝返りを打っていると、外からけたたましい雄鶏の鳴き声が聞こえて来た。

(うるせぇな・・)

『トシゾウ様、起きておられますか?』
『あぁ。何かあったのか?』
『また、ユゼフ様が・・』
『あの婆さんが朝から俺に何の用なんだ?』

うんざりした様子で歳三がそう言って窓の方を見ると、不気味な女の顔が浮かび上がった。

「ギャ~!」

歳三が思わず姫いっを上げると、そこへ先程まで窓に張りついていた女―ユゼフが寝室に入って来た。

『新入りの癖に朝寝坊なんていけないわね。』
『朝から何の用ですか?』
『決まっているじゃない、今日からあなたにこのわたくしが直々にお妃教育をするのよ。光栄だと思いなさい。』
『はい・・』

(何処の国でも嫁いびりってのはあるんだな・・)

朝早くから叩き起こされ、歳三はユゼフから王妃教育、もとい嫁いびりを受けた。
『今日はこれ位にしておきましょう。』
(また来るつもりなのかよ、クソ婆・・)
疲れ果て、ソファに力無く横たわる歳三に、ジャスミンがミントティーを淹れたカップを出してくれた。
『ありがとう・・』
『あの方は、王様ですら困らせているのです。余り相手になさらない方がいいかと。』
『そうか・・』
『これからが、大変ですよ。』

ジャスミンのその言葉の意味を歳三が知ったのは、その日の昼の事だった。

「トシゾウ、居るか?」
「何だ、俺は今休みてぇんだ。」
「俺達の結婚式の日取りが決まったぞ。早速衣装合わせだ!」
「おい待て、少し休ませてくれ・・」
「“善は急げ”だ!」
『その女が、お前の妃となる者か、王子よ?』
『父上・・』

威厳ある老人が、歳三と千景の前に現れた。

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炎のように囁いて 第1話

2024年03月01日 | 薄桜鬼ハーレクイン風アラビアンナイトパラレル二次創作小説「炎のように囁いて」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。

土方さんが両性具有です。苦手な方はご注意ください。

賑やかな音楽。

鼻腔を刺激するかのような、香辛料の匂い。

目の前に並んでいるのは、砂糖衣で美しく装飾されたウェディングケーキ。

『お二人の結婚を祝福して乾杯!』

『乾杯!』

自分達の前に立っている男が、そう言って乾杯の音頭を取った。

髪色に合う、闇色の美しいヴェール越しに花嫁は花婿の顔を見た。

太陽神の化身の如き、美しい金色の瞳に真紅の瞳。

まさにその姿は、神から祝福を受けた皇子そのものだった。

だが、その姿を見ている花嫁は、こう思っていた。

(俺、何でここに居るんだ?)

「トシちゃん、トシちゃぁ~ん!」
「あ~、はいはい。」
朝から7時間ダイナーで働いた後、歳三は疲れた身体に鞭打ちながら、祖母の部屋へと向かった。
「あのね、電球替えて。」
「わかった。」
「それとね、入れ歯洗って。」
「はい。」
「あとね、あの人最近わたしに意地悪するの。」
「誰?」
「佐々木さん。あの人、電磁波でわたしを攻撃してくるの。」
「そう・・ちゃんと、俺の方から言っておくね。」
「ありがとう、トシちゃん。」
歳三が、漸く祖母の部屋から出たのは夕方の4時過ぎだった。
彼は帰宅途中に寄ったスーパーで買った弁当をダイニングテーブルに広げて食べていると、玄関のチャイムが鳴った。
「は~い!」
「トシちゃん、急に来てごめんなさいねぇ。お母さん居る?」
「はい、部屋に・・でも、もう寝ていると思います。」
「そう。お母さんが大好きなたこ焼き、買って来たから一緒に食べようと思ったのに、残念ね。」
この伯母・英子は“口は出すが、金は決して出さない”タイプの親戚だった。
「ねえトシちゃん、お母さんの介護の事だけど・・高サ住(高齢者サービス付き住宅)に入れようとか思っていないわよねぇ?」
「どうして、それを?」
「あのねトシちゃん、あなたが今までお母さんに育てて貰った恩を返す為に、自らの生活を犠牲するのは当然よねぇ?」
「どういう意味ですか?」
「あなたは、独身だしまだお母さんの介護に専念することが出来るわよね。」
「お言葉ですが、俺には俺の人生があります。」
「な・・」
「たこ焼き、ありがとうございました。」
英子を無理矢理家から追い出した後、歳三は彼女がダイニングテーブルに置いていったたこ焼きを食べた。
「祖母ちゃん、飯どうする?」
歳三がそう言って祖母の部屋に入ると、彼女はまだ寝ていたーように見えた。
「祖母ちゃん?」
歳三が彼女の身体を揺さ振ると、彼女の首は力無くガクリと傾いた。
彼はすぐに救急車を呼んだが、祖母は既に死亡していた。
「老衰ですね。」
「そうですか・・」
祖母が脳卒中で倒れ、寝たきりになってから約7年間もの介護生活が、漸く終わった。
「トシ、長い間母さんの介護してくれてありがとう。」
「信子伯母さん・・」
「ちょっと、いいかしら?」
祖母の葬儀の後、母方の伯母・信子は、そう言うと歳三を葬祭場の近くにあるファミリーレストランへと連れて行った。
「トシ、あなたはこれからどうしたいの?」
「え?」
「あなたは今まで、母さんの介護で学校と家を往復する事しかしなかったじゃない。」
「・・それが、当たり前だったので。」
歳三の両親は歳三が二歳の時に離婚し、歳三は祖母に育てられた。
お婆ちゃん子だった彼は、友人と遊ぶよりも祖母と俳句を詠んだり、裁縫をしたりする方が好きだった。
祖母との良好な関係が大きく崩れたのは、歳三が中学校に入学した年の事だった。
脳卒中で倒れ、その後遺症で寝たきりとなった彼女の介護を、歳三は全てした。
夜中の体位交換や排泄介助、昼間の食事介助に至るまで、歳三は民生委員やスクールカウンセラーに相談出来ず、一人で抱え込む事となり、その結果歳三は高校卒業後大学進学せず、ダイナーでアルバイトをしながら介護費用と生活費を賄う生活を送っていた。
「今は、何も考えられないだろうけれど、これから何をしたいのかをゆっくり考えればいいからね?」
「・・はい。」
信子からそう言われても、歳三は未だに実感が湧かなかった。
「土方さん、4番テーブルにステーキ、お願いね。」
「はい。」

(俺がやりたい事、か・・)

そんな事を考えながら、歳三は今日もダイナーで汗水を垂らして働いていた。

一方、日本から遠く離れた熱砂の王国・マルヤム王国では、ある問題が浮上していた。
それは―

「一体いつになったら、王子は伴侶をお迎えする気なのですか?」
「このままだと、国の存亡にも関わりまするぞ!」

貴族達が議会で取り上げたのは、この王国の第一王子である千景の結婚問題だった。
彼は今年でもう22となるのだが、未だに結婚はおろか、女性との噂も全くないのである。

「もしかして、王子は男色家なのでは?」
「まさか・・」
「そのような事、有り得ませぬ!ならばあの女優との噂は・・」

貴族達がそんな話をしている頃、当の王子は王都・バラクーダの郊外にあるヴィラで優雅な休日を過ごしていた。
彼が結婚しない理由―それは、“面倒臭いから”、ただそれだけの事だった。

「王子、陛下がお呼びです。」
「何だ、折角の休日を楽しんでいるというのに・・」

千景はそう言うと、真紅の液体を飲み干した。

「いい加減、身を固めてはいかがです?」
「・・うるさい。」

(このままでは、国が滅びますね。)

王子の執事・天霧は、そう思いながら溜息を吐いた。

「え、今から?」
『そうよ。トシちゃんももう自由の身になったんだから、この際羽を伸ばしてみたら?』
「でもなぁ・・」
職場であるダイナーは年中無休で、盆正月関係なく働いて来た。
いきなり信子叔母から半年間豪華客船の旅に誘われ、歳三はそう言いながらシフト表を見た。
祖母の介護に追われ、その介護費用を稼ぐ為にバイトのシフトを週六日入れていたが、最近何故かシフトが減らされているような気がするのだ。
「土方君、ちょっといい?」
「はい・・」
いつものように歳三が厨房でオニオンリングを揚げていると、そこへ店長の前田がやって来た。
「あのね、ちょっと言い辛いんだけれど、今月限りで辞めてくれないかな?」
「え?」
「実は、ここ今月末で閉店するんだよね。まぁ、親父の介護で田舎に帰る事になってさ。」
「そうですか、大変ですね。」
「土方君、これ今まで働いてくれた感謝金ね。」
「受け取れません、そんなの・・」
「今までおばあさんの介護と仕事、両立していて偉いなと思ったよ。僕も頑張るから。」
「店長・・今までお世話になりました。」
「こちらこそ。」

こうして、歳三は約7年間働いたダイナーを後にした。

(これからどうするかなぁ・・)

突然無職になった歳三はハローワークへ向かったが、この不景気の中、条件が合う仕事はなかった。
溜息を吐きながら歳三がスーパーの惣菜コーナーで天丼を買って帰宅すると、家の郵便ポストに役所からの通知書が来ていた。

『区画開発整理のお知らせ』

それは、高層マンション建設工事の為、今月中に立ち退くようにという旨が書かれたものだった。
無職になった後に家まで失うとは―今日はなんて厄日なのだろうか。

「あ、もしもし、信子叔母さん?例の話だけど・・」

一週間後、歳三は信子叔母と共に豪華客船“ヴィーナス号”で世界一周旅行を楽しんでいた。
今まで自宅と職場を往復する毎日を送り外出は近所のスーパーとコンビニへ買い物するだけだったので、初めての船旅は彼にとって新鮮そのものだった。
「トシちゃん、今夜のパーティーには何を着ていくのか、もう決まった?」
「スーツで・・」
「まぁ、駄目よそんなの!」
「さぁ、わたくしと一緒にいらっしゃい!」
「え?」
信子に連れて行かれたのは、船内にあるブティック=サロンだった。
「まぁ、綺麗なお肌をしていらっしゃいますね!」
「わたしの自慢の姪っ子なの。パーティーの主役になれるようにして頂戴!」
「えぇ、かしこまりました!」
「なぁ、化粧なんていいのに・・」
「駄目よ、女は美しく着飾らないと!」
「え・・」
それから歳三は、プロのスタイリストの手で美しく化粧を施され、生まれて初めてドレスに身を包んだ。
「こんなの・・」
「まぁ、とてもお似合いですわ!」
「そうですか?」
そう言って鏡の前に立った歳三は、美しく変身した己の姿を見た。
短くて艶のある黒髪は、同色の美しいウィッグで腰下までの長さとなり、いつもスーツかTシャツとジーンズに包まれていた華奢な身体は、ワインレッドのイヴニング=ドレスに包まれていた。
「これが、俺?」
「お気に召しましたか?」
「はい・・」
「トシちゃん、これからは自分の為に沢山時間を使いなさいよ!一度きりの人生なんだから!」
「叔母さん・・」
「さぁ、行きましょう!人生、楽しまなきゃ損よ!」
信子はそう言うと、歳三の腕を掴んでパーティー会場へと向かった。
同じ頃、父王の危篤の一報を受けバリ島からマルヤム王国への帰途に着いている千景王子の姿は、華やかなパーティー会場にあった。
彼はオーダーメイドの白のタキシード姿で、傍らには数人の美女を侍らせていた。
「ねぇ、まだ話し足りないわ。」
「もっとお話ししましょうよ。」
「貴様らに構っている暇などない、そこを退け。」

千景がそう言いながら苛々とした様子で自分に群がってくる女性達を睨んでいると、会場に一人の女性が入って来た。
夜の闇のような艶やかな黒髪、そして雪のような白い肌に、切れ長のラピスラズリのような美しい紫の瞳。
マーメイドラインのイヴニング=ドレスのスリットから時折覗く足は、白くて細いがしなやかな筋肉に包まれている事が一目でもわかった。

(美しい・・)

まるで何かに引き寄せられるかのように、千景はゆっくりとその美女の元へと歩いていった。
信子とはぐれ、彼女の姿を探していた歳三だったが、彼は混乱したまま会場内を何度も見渡していた。

(叔母さん、一体どこに・・)

歳三が船室へと戻ろうとした時、彼は突然一人の男に腕を掴まれた。

(何だ?)

彼が振り向くと、そこには独特のオーラを纏った男が立っていた。
彼の燃えるルビーのような真紅の瞳は、歳三しか映していなかった。

「何だ、てめぇ?」
「お前、気に入ったぞ。我妻となれ。」

男―千景はそう言うと、歳三を自分の方へと抱き寄せ、唇を塞いだ。
その瞬間、会場中に黄色い悲鳴が響き渡った。
当の歳三といえば、一体何が起こっているのかが最初わからなかったが、初対面の男に突然キスされているという状況が次第に解ってきた。
「何すんだ、この変態!」
歳三は開口一番そう叫んで男を睨むと、その頬に平手打ちを喰らわせた。
「ほぅ・・気が強い所がますます気に入った。」
男は歳三から平手打ちを喰らわされても怯むどころか、彼の腰に手を回した。
「何しやがる、離しやがれ!」
「まぁトシちゃん、ここに居たのね?」
「信子叔母さん、もう行こう。気分が悪くなった。」
「そう。」
歳三は男に背を向け、パーティー会場から出て行った。
「天霧、あの女の事を調べろ。家族構成や血液型に至るまで、全てだ。」
「かしこまりました。」
船室に戻った歳三は、疲れた身体を引き摺りながら、浴室に入った。
イヴニング=ドレスを脱ぎ、熱いシャワーを頭から浴びた。
その身体には、男女両方のものがついていた。
歳三は、両性具有の身体を持って生まれて来た。
『何なの、この子!』
母・恵里子は、歳三を見た瞬間、彼を激しく拒絶し、彼の世話を一切放棄した。
恵里子が育児放棄した為、彼女の代わりに父・隼人と祖母が歳三を育てた。
祖母が脳卒中で倒れ、歳三が介護に専念する事になってからも、隼人は時折土方家に顔を出してくれたし、介護費用も出してくれた。
その隼人と連絡が取れなくなったのは、歳三が高校を卒業した数日後の事だった。
“急にシンガポールへ赴任する事が決まったんだ。だから、もう会えない。”
受話器越しにそう自分に詫びる父の背後で、はしゃぐ幼子達の声が聞こえた。

 こんな身体に生まれていなかったら、自分はもっと幸せになれただろうか。

歳三達乗客を乗せた“ヴィーナス号”は、シンガポールに寄港した。

信子と歳三は、シンガポール観光を一日楽しんだ後、マリーナベイサンズの最上階にあるプールでシンガポールの街並みを眺めていた。

「トシちゃん、来て良かったでしょ?」
「うん。」
「あのね、今朝隼人さんから連絡があったのよ。」
「父さんから?」
「えぇ、今夜一緒に食事したいって。」
「わかった・・」

その夜、歳三は約二十年振りに隼人と再会した。

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